メシマセ!魔王女ちゃん

未羊

第1話 魔族のお姫様

 薄暗い城内、その一角にある明かりの点いた部屋から、一人の少女の声が響き渡ってくる。


「きーっ、なんで血の滴り落ちる生肉がメインディッシュなのよ!」


「姫様、そうは仰られても、これが我々の最高の贅沢なのですぞ」


 癇癪を起こす姫様を執事風の男性が一生懸命宥めている。しかし、姫様は怒り心頭のようである。


「毎日毎日毎日……、贅沢とか言いつつもこれしか出てこないじゃないのよ! 食べ飽きた、他にはないの?!」


 ぶち切れモードの姫様に、執事たちやメイドたちは顔を見合わせており、誰も喋ろうとはしなかった。否、誰も喋れなかったのである。

 だが、黙っていたところで姫様の怒りは収まらなかった。


「はあ……、もっと変わったものが食べてみたいわ。どこか食べられそうな場所はないのかしら」


 ぶすーっとふて腐れ顔をする姫様の様子を見ながら、使用人たちがひそひそと話をしている。困り果ててしまってどうしたらいいのか分からないようだった。

 そんな中、何かを思いついたように一人の使用人が姫様に声を掛ける。


「あ、あの。姫様ちょっとよろしいでしょうか」


「なによ?」


 おそるおそる手を上げたメイドに、姫様の鋭い視線と低い声が飛ぶ。思わず身をすくめてしまうメイドだったが、負けじと思い切って言葉を続ける。


「人間たちの世界に行けば、違ったものが食べられるかと思います」


「人間たちの食事ですって?」


 ギロリと睨む姫様。ものすごい殺気が漂ってはいるものの、姫様は考え込んでいた。しばらくして、姫様は手をポンと叩いていた。


「そうね。人間たちは私たちと違って弱いから、食材を加工して食べるっていうものね。もしかしたら、おいしいものが食べられるかも知れないわね」


 ようやく姫様の機嫌が直り始めてきた。その様子を見た使用人一同は、ようやくほっとひと安心をした。


「よし、そうと決まれば早速出掛けますよ。おいしい食事が私たちを待っています!」


 機嫌の直った姫様は、口調がすっかり丁寧なものに変わっていた。

 しかし、機嫌が直ったかと思えば、今度はさっさと出掛けると言い出した姫様に、使用人たちの苦労は絶えないようである。だが、姫様には逆らう事はできないために、使用人たちは誰がついて行くかという事でもめにもめたのだった。


 ―――


 魔族の姫様は『ミルフィ』という名前で、青色と緑色の混ざった髪色の長い髪をなびかせたそれは美しい少女である。髪色は魔族がゆえにちょっと特殊なのだが、それを補って余りある美しい少女なのである。

 普段は父親である魔王にも溺愛されており、それはそれは物腰丁寧な気遣いのできるお姫様なのだが、ひとたびキレると手の付けられないわがまま姫様に豹変してしまう。

 キレてしまえば満足するまでしばらくこの状態が続くので、それはそれは使用人たちの悩みの種となっているのである。


 ―――


 どうにかしてどうこうする面々を決定して、人間の街に行くための変装をする使用人たち。

 変装する理由は、人間たちの領域で魔族だとバレると問答無用で襲い掛かってくるからだ。だからこそ、人選には慎重にならざるを得ないし、変装も念入りなのである。


「ふふっ、これなら人間の貴族っぽく見えるかしら」


 ミルフィはさっきまでの癇癪が落ち着き、いつもとは違う色のドレスを着てくるくると回っている。


「ええ、とてもおにお会いですよ、姫様」


 着替えを担当した羊型の使用人が両手を合わせながらミルフィを褒めちぎっている。


「髪にもリボンをつけて角は隠したし、よっぽどじゃないと分からないはずよね」


「はい、どこから見ても人間のお嬢様です」


 使用人が褒めていると、まるで勝ち誇ったかのように腰に手を当てて鼻息を荒くするミルフィである。


「さあ、いくわよ。おいしいごはんが私を待っているわ」


「はい、姫様」


 ミルフィは意気込んで城を出て一番近い人間の街へと向かったのだった。


 そうしてやって来たのは、魔族の領域から最も近い少々大きめな街だった。

 魔族の領域からも近いとあって、強そうな人間が街の中を歩いている。


「へえ、これが人間の街なのですね」


 ミルフィはきょろきょろと辺りを見回しながら感想を呟いている。


「お嬢様、あまりきょろきょろとしていると危ないですぞ」


 執事役の魔族がミルフィに注意する。


「分かっていますよ。気を付けます」


 ミルフィは立ち止まってくるりと振り返りながら言う。通常状態のミルフィなら心配ないとは思うが、どうも安心できない同行する三人の魔族である。

 ミルフィは街行く人たちに声を掛けながら、一番と評判の店へとやって来た。


「ああ、ようやくおいしいご飯が食べられるのですね」


 両手を組んで頬に中てるような仕草をしながら、ミルフィはわくわくしながらお店へと入っていく。


「もし、この店のおすすめを下さいな」


 入るなり座席に座って注文をするミルフィ。

 しばらくすると運ばれてきた料理にわくわくと期待をするミルフィ。

 見た目はおいしそうだし、においもいい感じだ。

 期待を胸に、いざ料理を口に運ぶミルフィ。


「むぐっ!」


 だが、口に入れた瞬間ミルフィに衝撃が走った。


 バターンッ!


「お嬢様?!」


 なんとミルフィは、突然その場に倒れてしまったのだった。

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