第8話

『良かったらなんですけど、今度チョコレート買いに行きません?』


 ラーメンを食べに行ってから2週間ほど、意味のわからない不器用なLINEを送ったのは俺。

 別にバレンタインでもなければ、無類のチョコ好きという訳でもない。


『もちろんです!私からどこかにお誘いしようと思っていたところでした』


 前に会った時彼女の言っていた通り、気軽に誘えるのは本当にありがたい。


 そもそもなぜチョコなのか。普段はいただき物以外で口にすることはないのに。

 ……会社のビンゴで某有名チョコレート会社のギフトカードが当たってしまったのだ。


 1,000円やそこらなら1人で行って自分用に買うが、その額なんと5,000円。さすがに誰か誘おうと思った次第である。


 集合したのはターミナル駅の地下街。仕事終わりの時間ということもあって人通りはかなり多い。

 普通だったら晩ご飯でも食べに行くんだろうけど、俺はこの持て余したギフトカードを使ってしまいたいんだ。


「お待たせしました、幾野さん」


 肩にちょんっと触れて現れたのはご存知月ヶ瀬さん。今日はブラウンのワンピースにローファー、小さなバッグを肩から掛けている。


「あの、見つめられると緊張してしまうんですが、」


 どきまぎと口元をもにょもにょさせながら彼女ははにかむ。


「ごめんなさい、お洒落だなぁと」


 疲れているのか、脊髄で話してしまう。

 脳に浮かんだ言葉がそのまま口から飛び出していく。まぁ、どうせ彼女がと思えば頭の中も筒抜けなわけだし。


「ふふ、ありがとうございます。やっぱりフリーランスのいいところは時間と服装に縛られないところですね」


 彼女は目をぱちくりさせたかと思うと、ふんわりと笑う。

 どこぞの深窓の令嬢かと錯覚する所作に見とれてしまうが、ガッツリとんこつラーメン食べるんだよなぁこの人。


「でもでも、幾野さんもスーツ似合ってますよ」


「ありがとうございます」


 お世辞でも嬉しいもんだ。

 社会人になりたてだった頃はスーツに着られているような、なんともちぐはぐな見た目だったが、さすがに30も手前になると慣れてくる。


「それで今日はどうしたんです?チョコレートお好きなんですか?」


「いえ、実はですね……」


 会社のビンゴで5,000円ものギフトカードを手に入れてしまったこと、1人だと消費できないことを歩きながら話す。


「それはまた……」


 彼女のスカートの裾が揺れる。

 地下街は夜でも明るい。彼女の顔は店から漏れ出る光に照らされて輝いている。


 まさか光の操作まで?と思ったが、静電気のように髪が浮いていないことから、これは魔法なんかじゃなくて、彼女の持つ雰囲気がそうさせていることに気づく。


 やっぱり生きている世界が違う。

 どうして俺なんかと一緒にいてくれるんだろう。


 「そんなの決まってるじゃないですか」


 半歩こちらに近付いてきた月ヶ瀬さんが俺の腕を取る。

 横目で見る彼女の瞳には星が散っている。


「幾野さんが私を誘ってくれた時の気持ちと私も同じだからですよ」

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