第7話

 湿度に溺れそうな店内から外に出ると思ったより涼しい。秋も近いんだろう。

 お会計は今回俺持ち。美味しいお店を教えてくれたほんのお礼だ。


 ……フリーランスで長いことデザイナーできてるなら俺よりも稼いでるんだろう、まぁでもこれはけじめ。


「私から誘ったのに出していただいてありがとうございます……こんなはずでは」


 無理やり伝票を奪ってお支払いさせていただきました。いやぁ魔法使い相手に1本取ったな。


「いえいえ、美味しいお店教えてもらったお礼ですし、それに」


 彼女は後ろ手でドアを閉めるとこちらに近付いてくる。

 俺の右側に立った月ヶ瀬さんは、ラーメン屋に向かう時よりもほんの少し近い気がする。


「かっこつけたい時もあるんですよ、たまには。1杯1000円もいかないラーメンではあれですが」


 進んで誇ることでもない。


「幾野さん、私はそういうのかっこいいと思うんですよ」


 ほんの少し踵に高さのあるローファーがアスファルトを鳴らす。

 そういえば彼女の左側に立つのはこの駅に着いて初めてだ。


「大事なのは果たして結果や動いたお金の大きさでしょうか」


 問いかけるように彼女はこちらを向く。

 その顔は心底嬉しそうで。


「もし魔法が使えたら何をしますか?派手に暴れてみたり、ぼろ儲けしてみたり、それとも天候や地形を変えてみますか?」


 想像してみる。

 もし本当に自分が魔法を使えたら……。


 やはり今と変わらない生活を送ってるんだろう。


「結果の大小よりもその思いが大切なんです」


 その言葉が口から零れるや否や、再び彼女の髪が不思議な力で持ち上がる。

 刹那、俺はアスファルトの割れ目に躓いてしまう。


 くらっと身体が倒れる。

 手を前に出して衝撃に備えるが、俺の顔が地面に触れることはなかった。


 柔らかい風のようなものが俺の胸を支えて倒れずに済んだのだ。

 クッションに包まれたかのような、疲れて帰ってきてそのままベッドにダイブするような安心感。


「だから今日はやっぱり、ありがとうございました。それとそれと、」


 ぐっと顔をこちらに近付けて彼女は囁く。


「さっきの本気にしていいんですよね?また晩ご飯、お誘いします!」

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