第5話

「2名でお待ちの幾野さま〜!」


 気合いの入った声に招かれて店内に入ると、夏が戻ってきたのかと思うほどの湿気。

 通されたカウンターに2人並んで座る。


「う〜んどれにしよっかな〜」


 既に月ヶ瀬さんはメニュー表を手に取ってラーメンの写真とにらめっこしていた。

 環境に適応するのが早すぎる。


 今にも注文を取りに来そうな気配を感じて、俺も急いでメニューを見る。

 ふむ、鶏白湯……いいな。こっちの豚骨も捨て難い。仕事終わりだが敢えてあっさり系のにぼしとかもありか?


 真剣に悩んでいると、左側から視線を感じる。

 振り向けば綺麗な顔。整っているというのはもちろんだが、こう、表情に説得力があるというかなんというか。


「あの、見てた私が言うのもなんですけど、見つめられると恥ずかしいというか……」


「あ、ごめんなさい」


 こんなラーメン屋で小っ恥ずかしい会話はするもんじゃない。


「ご注文お決まりですか?」


 スタンバイしていた店員さんが話しかけてくる。


「豚骨ラーメン麺硬めネギ増しで」


 早口で注文するのはもちろん彼女。

 美味しいお店見つけたって連絡があったからもしやと思ったが、やはりメニューに当たりをつけていたな?

 ほんと、イメージに似合わず豪快なこった。


「じゃあ……鶏白湯ラーメン麺普通で」


「うう〜んそれもいいなぁ」


 彼女は今にもヨダレが垂れそうな顔で、俺の手元のメニュー表を凝視している。


 店員さんか去った後もうんうん唸っているが、ラーメンにかけるモチベが高すぎるだろ。


「私もそれと迷ったんですよ」


「その割には早口で言い切ってましたけど……」


「あれは迷いを断ち切ってたんです!」


 月ヶ瀬さんはカウンターに備え付けられたお漬物を小皿に取って、早くもお箸を手にしている。

 どうにも違和感が拭えない。


「もしかしてなんですが……」


 口火を切ったのは俺。

 もぐもぐと口を動かす彼女の髪がふわっと浮いた。


「そうですよ〜、気付かれちゃいましたか!」


 何も言ってないのに。もう驚くまい。

 少し先の未来でも見ることができるんだろうか。


「やっぱりそうだったんですね、でもそれだけ通い慣れているなら味に心配はないですね」


「ふふ、ぜひご賞味あれ!……って私が言うのもおかしな話なんですが。というか」


 お箸と一緒に言葉を小皿に置いたのか、彼女は一呼吸。


「幾野さんの言うことがわかった私に驚かないんですね?」


「驚いてますよ、顔に出ないだけで」


「またまた〜!こんな自然に話が繋がるの、私の方がおかしいかと思っちゃったじゃないですか」


 魔法が使えることはおかしなことじゃないらしい。

 どうやら彼女は時折、これから起こることがわかるみたいだ。俺の予想でしかないけれど。


「じゃあじゃあ!逆に私がこれからお願いすること分かりますか?」


 いたずらっぽく彼女の口は持ち上げられる。


「わかりませんが、いいですよ」


 常識外なことが起こったとしても、それが俺たちの関係に何か影響があるだろうか……いや、ない。


 彼女自身はちょっと魔法が使えるだけで常識人だし、そんな酷いことにはならないだろう。

 話していて楽しいって俺の気持ちは嘘じゃないしな。


「わぁ信頼マシマシじゃないですか。嬉しいですね、ちょっとむず痒いですけど……」


 ラーメンが来るのはもうすぐだろうか。

 店内の喧騒が遠のいていく。


 この静けさが魔法のせいなのか、そうじゃないのかもう分からない。

 やけに彼女の瞳がよく見える。


 あの不思議な星は散っていないし、髪も浮いていない。


「じゃあたまにでいいので、一緒に晩ご飯食べてくれませんか?」


 ちょっと恥ずかしそうに、整った口の端から言葉が漏れ出す。


 ほら、そんなひどい話じゃなかった。

 答えはもちろん決まっている。


 彼女がその気になれば、俺の答えなんて聞かずとも分かってしまうんだろう。

 それでも、それでも俺は口にするべきだと思うんだ。


「もちろん、こちらこそよろしく」

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