第4話

 ついこの前も来た駅前繁華街。

 定時に退勤したというのに外は薄暗く、夏の終わりを感じさせる。


「こっちですこっちです」


 白くて長い指に招かれるがまま大通りを進んでいく。ファンタジーよろしく、あの手には杖が握られたりするんだろうか。


 電車を降りる際には勢いで繋いでいた手も、いつの間にか離してしまった。

 一瞬とはいえ無意識に繋いでいた自分が恨めしい。


 歩いて数分、長蛇の列に遭遇する。


「幾野さんって列待てるタイプですか?」


「待てますよ、話し相手がいれば」


 ちらっと月ヶ瀬さんを見ると、こちらを見て口元を緩めている。


 どれくらいだろうか。もはや店の看板すら見えないんだけど。

 まぁ近くなった時のお楽しみと思えばいいか。


「では今宵は僭越ながら私がお相手しましょう」


「有り難き幸せ」


 先週初めましてしたとは思えないほど、スムーズに言葉が口から出る。


「そうですね、手始めに。まずはこの丁寧語やめません?私たち同い年ですし」


「まだお会いするの2回目でタメ口はちょっと気が引けますけど……」


 と言いながらも2人とも丁寧語のまま。

 染み付いた社会性は中々落ちてはくれないもんだ。


「うーん、なかなか難しいね。こんな感じ?」


 あごに手を当てながらこてん、と首を横に倒す。

 長い黒髪が宙に舞う。


 刹那、パチパチと静電気のような光が目を横切った気がした。


「今、もしかして魔法使いました?」


 冗談っぽく聞いてみる。

 彼女は少し目を開くと、人差し指を立てるとくるくると回す。


「よく分かりましたね……あ、また丁寧語だ」


 へへっと笑って後ろ手を組む月ヶ瀬さん。


「あれ、冗談のつもりだったのに。ちなみにどんな魔法ですか?」


 少し頬を染めると、彼女はにっこり笑った。

 合コンの時には見れなかった自然な笑顔に心臓が持ち上げられる。


「タメ口で喋っても緊張しない魔法です」


 そんな魔法まであるのか。


「『嘘だ』って思いました?それとも『そんな魔法まであるのか』って?」


「お恥ずかしながら後者で」


「ふふ、そっかそっか。私は幾野さんの、いいと思いますよ」


 はて、どんなとこだろう。

 馬鹿っぽく全部信じてしまうところだろうか。


 とはいえだ。

 別に月ヶ瀬さんが魔法を使っていようがそうでなかろうが、今俺たちが話していることに何ら影響しないのだ。


 ぬるい風が頬を撫でる。

 残夏が寂しいなんて誰が言ったんだ。


 列が少し進んで空腹を刺激する香りが漂ってくる。


「ここ、なんのお店なんですか?」


「入口に来た時のお楽しみ、と言いいたいところですが、匂いでわかっちゃいそうですね」


 相も変わらず丁寧な言葉遣いが抜けない。


 デザイナーでお洒落な彼女のことだ、イタリアンや創作居酒屋、ちょっとお高い落ち着いた和食とかも考えられるが。

 頭に浮かんだ候補たちを、濃厚な匂いがかき消していく。


「うーん、ラーメンとか?」


 感覚に全振りした回答を選ぶ。

 だって俺の鼻がそう言ってるんだもん。


「正解です!お見事!」


 パチパチと手を鳴らして彼女は嬉しそうに顔を綻ばす。


「意外だと思いました?」


「えぇ、正直」


「やっぱり労働の後にはカロリーですよ」


 むんっと握りこぶしを作って前に突き出す。

 かわいいサイズの割には、その姿は様になっていて。


「私、こうやってたまに晩ごはんをご一緒できる友達を探してたんですよ」


「この前のお2人は?」


 合コンでは仲良さげに話していた気がしたけど。


「彼女たちとはそういう遊びをしないというかなんというか、難しいですね。ランチとかは行くんですけど」


「まぁ、人によりけりですよね」


「そうそう、突然ラーメン行こ!って言ったらびっくりされちゃう」


 列も終わりが見えてきた。

 頭にタオルを巻いた店員さんが近付いてくる。


「ご準備でき次第お呼びします!ご人数とお名前伺っても?」


 口を開こうとすると、彼女が手で俺を制する。


「2人です、幾野でお願いします」


 こちらを振り返った彼女は舌を出す。


「何だか自分のじゃない苗字を名乗る時、緊張しません?」


 その割に平然としている彼女と目が合う。

 瞳には確かに、確かに星が散っていた。

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