第6話:コードが書きたい画面の向こうの先輩は、我儘可愛い。
『あ、あっちゃん。このままちょっと会話してもいい?』
先輩が朝会を締めて、メンバーがそれぞれWeb会議室を退出していく中、私は一人その先輩に呼び止められていた。
「はい、何でしょう」
『えっと……鈴木さんなんだけどね。ちょっと、想ったよりパフォーマンス出てないような気がしてて』
鈴木さんは、技術派遣会社からうちに派遣されてきているエンジニアだ。私の一つ年下で、プロジェクトメンバーの一人として設計開発を担当してもらっている。
彼女が今対応している機能は、私であればレビュー込みで二日、今回始めてこのシステムに触れる鈴木さんでも四日もあれば十分完了できるボリュームだと見込んでいた。そして、実際に彼女が作業に着手してから二日目の定時間際にコードレビューの依頼が来たから、むしろ思ったより早いなと驚いたものだ。
しかしながら、鈴木さんは今も同じ機能の開発を続けている。……要するに、それは。
「……ちょっと、指摘しすぎたかもですね」
彼女が組んだコードは、確かに設計通りに実装されていた。データベースから必要なデータを抽出し、分析用に加工してから別システムへ連携するためのファイルに出力して所定の箇所へ配置する、と、まさに設計書で定義した処理フローをそのまま写したかのように実装されていた。
……その結果、コードの読みやすさという考え方が、すっぽりと抜け落ちてしまっていたんだけど。
プログラムは、同じことを実現するのにもいくつもの書き方がある。ある目的地まで向かうのに、電車や地下鉄、バスに車、はたまた徒歩や自転車など様々な手段を使うことができるのに似ているだろうか。
そして、必ずしも最短経路が最良ではないように、プログラミングにおいても素直に処理フローに従って書くことが最良とは限らないのだ。設計された処理フロー通りに動作するように、適切な単位で処理を分割したり、時にはあえて記載量を増やしたりしてコードをわかりやすくすることが、何年も先まで使われるシステムのコードには求められてくる。
決して、鈴木さんのやり方が悪いというわけじゃない。一時的な検証で用いるコードが急ぎで必要だとか、下手に構造化だ何だと考えるほどの規模じゃない小さなプログラムであれば、正直このままでもいいかなと思う。
だけど、私たちが担当しているシステムは作って終わりじゃなく、リリースしたら何年も稼働するのだ。その時の状況に応じて改修が入ることもあれば、考えたくはないけど障害が発生して調査のためにコードを読み解く必要だって出てくるかもしれない。だからこそ、『読みやすさ』は大事にしないといけないんだ。
……まぁ、これも全部一年目の私が、先輩から叩き込まれたことなんだけどね。
『あー……これはしょうがないね。ワタシでもおんなじ指摘、したと思う』
実際に私がレビューしたソースコードを画面共有して見せると、先輩も納得がいったみたいで苦笑交じりに頷いた。……変に指摘しすぎた、とかじゃなくてほっとした。
『で、スケジュール的には今日までにしてるんだけど、あっちゃんから見ても今日中に終わりそう?』
「そうですね、昨日再レビューして追加で返してるんですけど、ほぼほぼ問題ないところまで来てるので、十分今日中には終わると思います』
『了解。……なーんだ、せっかくリカバリのために私が入ろうかなって思ってたのにー』
そうやってつまらなさそうに唇を尖らせる先輩に、今度はこっちが苦笑してしまう。今でこそ複数案件のプロジェクトリーダーを兼任しているがゆえに個別の開発タスクを持つことは少ないが、この人も根っからのコーディング好きなのだ。そうすると、自然とその魂胆も見えてくる。
「そんなこと言って、先輩はただコードが書きたいだけでしょう?」
『……バレた?』
「バレバレです。大体そうなったら、私がコーディングしますからね」
『むー、あっちゃんのいけずー』
カメラ越しの先輩の姿が細かく上下しているから、見えない机の下の方で足をバタバタさせているのだろうか。相変わらず、いちいち仕草がかわいらしい人である。
「先輩自らコーディングしてるって、プロジェクト的には非常事態なんですからね。潔く諦めてください』
『わかってますよーだ』
ちっともわかってなさそうなすまし顔に笑いをかみ殺しつつ、ほどなくして状況確認の居残りミーティングは終わりを迎えるのだった。
……技術者の本能に抗えない先輩は、我儘可愛い。
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