第5話:急に静止画になる画面の向こうの先輩は、不憫可愛い。

『はい、それじゃあみんなそろったので、今日の朝会始めまーす』


 午前九時半。今日はテレワークな先輩の号令で始まったのは、私たちが担当している開発案件のミーティングだ。


 このミーティングは、各々の作業の進捗管理や情報共有を目的としており、朝と夕方の二階実施される。今は部門の朝礼が終わった後に行われる『朝会』で、前日の夕会以降の作業進捗と本日の予定を、各自共有していくことになっている。


 そして、この朝会の場合には、進捗や情報共有以外にもう一つ、やることがあるのだ。


『それで、今日のひとことですが――』


 メンバー間の距離を近づけ、気持ちよく仕事ができるようにと設けられた『今日のひとこと』。何でもいいので、ちょっとした出来事や気になっていること、はまっていることや心配なことなどなど、ノンジャンルでしゃべっちゃおう、というのが趣旨である。つまりはその日一日を過ごすうえでのアイスブレイクというやつだ。


 私もそうだし、たぶん他のメンバーも最初のうちは戸惑ってたと思う。けれど、他でもない言い出しっぺの先輩が本当にフリースタイルに話題を持ってくるし、他の人の話題にも遠慮なく乗っかっていくしで、いつの間にか朝一のちょっとした楽しみになっていた。


 実際、ただ仕事をしているだけだと知ることのできない人となりみたいなものが見えてくるから、なんとなくメンバー間の距離が縮まったような気がしている。感じ方は人それぞれだろうけど、私にとっては良い施策だ。


 メンバーの一人の『今日のひとこと』が終わって、次は先輩の番だ。昨日の実績、今日の予定と報告し終わって、『今日のひとこと』に移っていく。


『そうそう、昨日面白いことがあったんです!』


 おぉう、なかなか攻めた入りをするなぁ。自分からハードルを上げていくスタイル、決して嫌いじゃない。嫌いじゃないけど、こういうしゃべりだしって、思いっきりスベるのがお決まりなんじゃなかろうか。


 私が内心そんな心配をしていることなんて知る由もない先輩は、実に楽しそうにしゃべり続けている。ざっくりいうと、帰り道で後ろを歩いていた二人組の女の子が繰り広げていたやり取りが、かなりツボにはまったらしい。どうやら二人の間で何かが決定的にかみ合っておらず、すれ違いコントのようになっていたんだとか。


 そんな二人組と、前を歩きながら笑いをこらえて肩を震わせている先輩を想像してほっこりしていると、話がオチに差し掛かったようだ。声のトーンが一段上がり、自分で笑ってしまわないようにこらえながら、先輩が最後の言葉を放つ。


『で、そしたらようやく勘違いしてたことに気が付いたみたいで、女の子がこういったんです! そ――』


 その瞬間、時が止まった。


 ……いや、正確に言うと、先輩の時だけが止まった。直前まで滑らかに動いていたカメラ越しの先輩が静止画になり、元気に音を発していたスピーカーからは何も流れてこない。それからほどなくして、リモート会議の参加者一覧から先輩のアイコンが消えた。


 それが意味する真実は、たった一つ。一番肝心なところを目前に、先輩宅のネット回線が落ちたのだ。


「あー……」


 私の口から無意識に嘆きの吐息がこぼれ、何とも言えない気持ちでモニターを眺めていること、十数秒。リモート会議に戻ってきた先輩が、おずおずと問いかけてくる。


『えーっと……ど、どこまで聞こえてましたか……?』


 参加者間で顔を見合わせるような、気まずい沈黙が流れる。……こうなったらせめて、私の手で引導を渡すしかない。


「……オチは聞こえませんでした」


『うわぁぁぁぁぁんっ! どうしてぇぇぇっ!!!』


 さすがの先輩も、もう一度言い直すようなメンタリティは持ち合わせていなかったらしく、「……もう大丈夫です」と力なくつぶやいて次のメンバーに報告を譲っていた。


 リモートワークあるある、肝心な時に回線切れがち。みんなも気を付けよう。


明らかにしょんぼりとしながら、「それじゃあ、今日も一日よろしくお願いします……」と、朝一とは思えない低テンションで朝会を締める画面越しの先輩は、不憫可愛い。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る