隣の席の先輩は、不憫可愛い。
ひっちゃん
第1話:青画面に直面した隣の席の先輩は、不憫可愛い。
「ひっ」
私の隣の席から聞こえていた軽快なタイピング音が、喉がひきつったような小さな息遣いとともにピタリと止んだ。
時刻は午後五時半を過ぎたところ。ついさっき定時を示す金が鳴ったばかりで、速い人はもう荷物をまとめてオフィスを出ようとしている。今もまた、この春入社したばかりでまだ研修期間中の新人が、「お先に失礼します!」と元気に挨拶をしていったところだ。
そんな中、横目で盗み見た彼女は、目の前のモニターに視線を貼り付けて微動だにしない。よく手入れされた猫のようなふわふわのロングヘアも、キーボードに置かれた細くてしなやかな指も、時の流れから切り離されたままだ。
彼女が凝視しているモニターへと視線を移せば、そこにあるのはまるで真夏の良く晴れた空を思わせる、青と白のコントラスト。旅行中の海辺でなら最も見たい、しかし仕事中のパソコン越しなら最も見たくない光景だと言える。
……なるほど、これはつらい。パソコン作業を生業にしている人ならば、誰もが一度はその絶望を味わったことがあるだろう。それがしかも、定時が着たタイミングで発生したのだ。こうなるともう、明日以降のタスクに影響を出さないためにも、残業は必須になってくる。
「……あっちゃん」
ギギギッ、と錆びついたドアみたいな音が鳴りそうなぎこちない動きで、彼女が私の方を向く。細い眉がハの字に垂れて、黒目がちの大きな瞳がゆらゆらと揺れている。その表情は、さながら捨てられた子犬のようだ。
そんな哀愁漂う姿の彼女をしっかりと見据えて、私は一言。
「……先輩、お先です」
「待ってぇ! 見捨てないでぇ!! リカバリ手伝ってぇぇぇぇっ!!!」
キャスター付きの椅子ごとタックルして縋りついてきた彼女を受け止めた私は、元々残っていた自分のタスク量を加味しつつ、今日は残業二時間で済むかなぁ、なんてことを考えるのだった。
……必死になって頼み込んでくる隣の席の先輩は、不憫可愛い。
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