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「これ、借りてもいいよね?」
物をもたない姉は、クローゼットから妻の服を取り出して身につけた。
退職を機に長かった髪を短くしたせいか、リビングでくつろいでいる姿を見て、どきっとすることが何度もあった(妻はずっとショートボブだった)。微妙な違いはあるけれど、やはり姉妹、醸す雰囲気はよく似ていた。
姉のことを、初めて女性として意識したのは、深夜のリビングで映画を観ているときだった。
コウキの学校のことが落ち着くと、姉はWEBデザインやライターの仕事をフリーランスで始めた。多彩な仕事の範囲の中に、動画配信サービスの映画を観て、それに関しての記事を書くというものがあった。
「ちょっと面白いかなと思って」
コンタクトレンズを外した姉は、いつも少し大き目の眼鏡をかける。
「どんな映画です? 今夜は」
金曜の夜、コウキが寝静まってから、酒やスナックを用意して、長ソファで観始める。僕もだいたいそれにつきあった。
部屋を暗くして、姉がリモコンを握る。
「これなんだけど。ジャンルは……」
二人とも映画には詳しい方ではなかったので、初めて観る映画が多かった。姉はスマートフォンで公開年や俳優、監督などの情報を調べつつ、再生ボタンを押した。
ビールを片手にテーブルのスナックを口にしながら、大きめの画面を二人きりで眺めた。長ソファに間をあけて座っていたが、同じ皿をつつき、ワインを酌み交わす頃には、その距離はだいぶ近づいていく。
ホラー映画を観るときなどは顕著で、僕らの距離はほぼゼロになる。不穏な序章が始まると、姉は座る位置を少しずつずらし近寄ってきて、中盤の展開で僕のスエットの肘を掴み、ラストは僕の肩越しに観る、そんな感じだった。
布越しに伝わる姉の体温を感じる度に、映画に集中できないことがあった。妻が隣にいるような安心感。手を伸ばせば触れられる距離。それらを悩ましく思ったが、それ以上のことは何も起こらなかった。
心の片隅から、妻が見ているような気がしたからだ。
ときどき行き交う僕らの体温は、家族という名の無害な温度へ落ち着き、映画は終わる。
「おやすみなさい」
リビングから自分の部屋に入り、ドアを背にしてときどき思う。
姉は、僕のことをどう思っているのだろうかと。
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