第二話 自分のターンを守りやがれ
この世界に来てから数時間(時計がないから実際は知らん)が経って、そこらへんを歩き回り分かったことがある。
1つ目。ここは【チナの草原】。他のゲームで言う始まりの森的な場所だということだ。
【歯車が狂う前に】は戦闘はターン制RPGだったが、マップ探索はオープンワールドで行われていたので、こんな草原しか特徴のない場所でもなんとなく察しがついたのだ。
俺の場合、リセットで死ぬほどここに戻ってきたし……
2つ目に分かったのは、俺が転生したのはこのゲームの主人公であることだろうか。
歯車が黒いのは主人公だけ、という設定があったはずだ。
「いや、よーく見たらこれ焦げ茶なんですよ」
と言われたらそこまでだが、それは考えないものとする!!
ちなみに見た目は転生前と変わってないし、格好も部屋に居たときのままである。
初期装備のボロい剣くらい落ちてないかな〜とも思ったが、そんなに上手くはいかない。
情報は本当にこんなもんである。というか、【チナの草原】が本当に何もなさすぎるのだ。なんかモンスターも少ないし、今のところエンカウントしていない。
取り敢えず、ここに居たら確実に野垂れ死ぬのでひとまず最初の街を目指すことにした。
数時間後。俺は完全に迷子だった。
いや、無理だよ。冷静に考えてみてマップないし。
目印になるような物も何もない。
もっと「お、遠くに街が見えてきたぞ!」ってすぐなると思ってたのに!
ひたすら歩き続けたため俺の体はボロボロである。
もう一歩も歩けません!
とまぁ、俺の疲れ切った体も労りたいのだが今現在一番心配なのは食事のことである。
まだ転生したばかりで死に直結はしないが、何日もいるとなると大問題だ。
なんせここにあるのは草ばかり。最悪の場合これを食うことにはなるだろうが……。異世界、それもゲームの中の植物なんて食えたもんか分かっちゃいない。
それにゲームなら、「ここの草原ぜーんぶ毒草だよ☆」とかやってても全然おかしくない。という嬉しくない信頼もある。
ゲームではこの草原の植生なんて、開発担当でもない限りわかんないしね。
そんなことを考えていると俺のお腹がぐぅぅぅ〜と切なそうな声を上げる。
食べ物のこと考えてるとお腹が空いてきた。
あ〜あ!日本にいるときは幸せだったなぁ!!
確かに仕事は大変だったけど、少なくとも飯は食えたし、ビールも美味かった。
俺だって男の子だ。「うおぉぉおお!!転生して無双してぇ!」となったことは結構ある。大分ある、めちゃくちゃある!!
けどこんなの聞いてないのだ。
更にだ。もし俺の予想があたっているのであれば、この主人公の能力はこの世界でハズレ寄り。
無双なんて夢のまた夢のまた夢である。
「はぁ、帰りたいなぁ!!!」
まだ一日も経って居ないのにホームシックな俺であった。
というか日本シック?あー寿司食いてぇ……
そんなことを考えている間にもどんどん時間は進んでいく。
空は少し暗くなり、日が落ちかけている。
夜になるのは流石にまずい。サバイバル知識がないってのも勿論そうだが、ここはゲームの世界。モンスターも出るんだし、迂闊に寝られないってのも痛い。
……現実世界でも熊とか出るし、変わんないのでは?とも一瞬思ったがそれは胸の内にしまっておく。
取り敢えずパッパと街見つけなきゃな……!!!
そうしてまた歩き出そうと前をみると、
あれ?もしかしてアレって人影っすか?
前方に何やら背の低そうな人?を発見。
もう少し暗くなっているので良く見えないが、あのシルエットは完全に人だ。
あの人なら街への行き方を知ってるかも!?
そう思った俺は走り出す。
「すいませーん!そこの人少しお尋ねしたいことが……」
とそこまで言って気がついた。
ここは異世界だぞ、と。いるじゃんこういうときのお約束。そしてゲームにも良く出てくるモンスターが!
「ギィヤ゙ォ!!!!」
【俺はゴブリンとエンカウントした。】
じゃねぇのよ!
「っと、っつぶねぇな!」
棍棒を勢いよく振り下ろしてくるゴブリン。
ゲームだとザコキャラだが、現実にいる棍棒振り下ろしてくるやつは強すぎんのよ!
「でも次は俺の番だな!殴らせろ!!!」
そうして意気揚々と殴りかかろうとした俺はゴブリンから蹴りを食らわせられる。
「ガッ……!」
地面を転がり、吹っ飛ぶ。痛ったい、痛い……
人から蹴られたりなんて、学生の頃にしていた喧嘩くらいでしかなかった。
久しく経験していなかった鈍痛が俺を襲う。ぁあ蹴られるってこんな感じだっけ。
自分のターンを守りやがれよ……ターン制RPGじゃねぇのかよ!
少しずつゴブリンが目の前まで迫ってくる。
俺は立ち上がろうとするが、思ったよりダメージが大きく立ち上がれない。
あんな小さいのに、なんて力してんだよ……!
今の俺にとって、こいつはドラゴンなんかよりよっぽど絶望的だった。
そうだ、俺はまだゲーム気分だった。
いつも俺がしていたゲームがVRになった、みたいなそんな感覚だったのだ。
ここは現実。
ただ弱者を強者が虐める、そんな現実だったのだ。
今更それに気がついたのだ。
死にたくないと。一度死んだ身でそう思った。
怖かった。
最後の望みをかけて俺は縋るように歯車に触れる。
手は震えている。まぁ今の俺はそれにも気が付かなかったのだが。
歯車。これはこのゲームにおける希望であり、絶望。
回すことによって超常的なギミックが使用できる、まさに神秘とも呼べるものだ。
武器もない俺が縋れるのはこれだけだった。
どうにかなれよ!じゃなきゃ死ぬんだ!!!
「くたばれクソったれぇえええ!!!」
俺は思いっきり叫んで、力を込める。そしてその歯車をー回したー
……はは、やっぱ何も起こらねぇわ。ゲームと一緒だ。
希望なんてなかった。
ゴブリンは向かって棍棒を振りかぶる。
せめて、ひと思いに逝けることを願って。
これからくる痛みに備えて俺は目を閉じる。
その、瞬間だった。
「えーーーい!!!」
俺の耳に聞こえたあまりに聞き馴染みのある声。
次の瞬間、目を瞑っていても分かる熱気と眩しい光が俺を襲った。
これって……!!!
目を開ける。俺の前に映し出されたのは首がはねられ、燃えているゴブリン。
そして赤色、いや中紅色の歯車を持った一人の女の子だった。
「こんばんは!フェリアです。お助け必要ですか?」
この瞬間、転生してきて良かったと今日初めて心から思った。
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