第三話 赤黒い衝撃
「あはは〜、ホントはもっとちゃんと自己紹介したいんだけど……後になっちゃいそうだね」
そう言うとフェリアは俺の後ろに目をやった。
釣られて俺も振り向くと、十数体のゴブリン目に入った。
しかも完全にこっちに目をつけている様子である。
「仲間が死んだのを嗅ぎつけたんだろうねぇ。アイツら鼻がいいんだよ〜?」
と自分の鼻を指さして説明してくれた。
蜂かな?なんかそういうフェロモンでも出ているのだろうか……
なんて考えている場合ではない。だってさっき見たときより明らかに……
「なんか数多くないですか!?」
「最近ゴブリンが群れ作ってるみたいでね?もー私達もたいへーんって感じ!」
その場で軽く伸びをした後、フェリアは短刀を構えた。
「もし危ないことがあったら呼んでね。助けに行くから」
俺にそういった後、フェリアはゴブリンの群れに駆け出していった。
それに呼応するように、三体のゴブリンが棍棒を振り上げ走り出す。その他のゴブリンも少し遅れて戦闘態勢に入った。
そんな中俺はと言うと、めちゃくちゃ焦っていた。
フェリアはゲームの初期配布キャラでずいぶん長いことお世話になっていたのだが、入手段階の状態では単体でゴブリン五体(ゲームの最大エンカウント数)を同時に相手することは不可能だった。
というかフェリアは会心系の赤属性単体物理アタッカーであり、多対一の戦闘には向いていないのである。
スキルは素直に優秀なのだが、初期キャラ特有の基礎ステータスの低さも相まって、このキャラクター単体での運用は難しい。
俺のゲーム知識上、この戦いは無謀と言わざる得ない。
「フェリア、危ない!!!」
そう焦っている俺を尻目にフェリアは冷静だった。
棍棒のリーチの外から中紅の歯車を回し、権能を行使する。
「いくよっ!【
次の瞬間、聞き覚えのあるスキル名と共に炎の刃がフェリアの前方に生成された。
何百回も見たスキル演出である。ただ一つ違うのは、その刃が三本あったことである。
単体攻撃なのではなくて?
そんな俺のツッコミはよそに放たれた炎の刃は、綺麗にゴブリン三体の首を刎ねる。
その後、俺の方を振り返ったフェリアは
「大丈夫だよ〜!安心して!後、私の攻撃には熱いから触んないでね〜!!」
と言った。……ははっ、俺が触って熱い程度で済むなら幸せである。
ってかリキャストはどうした!単発攻撃連発できていいわけないだろ!それにコストは!?
まさかゲームより本物のほうがチートだなんて思いもしなかったのである。
首を切られたゴブリン達は傷口が焼かれているので血が噴き出したりはしていないのだが……だとしても大分グロい。
つい数時間前からここに来たばっかりの一般人にはちょっとしんどい。
ゲームみたいにHP削りきったら霧になって消えるなら良いのに……
まぁ、消えないのが当たり前と言えば当たり前なのだが。
仲間がそんなやられ方をしたのにもかかわらず、ゴブリンの勢いは留まることを知らない。むしろ増えているような気さえする。
仲間の仇討ち的な感じなのか、それとも逃げるという頭がないのか……
……おそらくだが後者だな。
俺が手も足も出なかったゴブリンをフェリアは華麗にいなしながら一人一人首を刎ねていく。
しかも、それは歯車だけの力ではなく、手に持った短刀でもだ。
めちゃくちゃ当たり前のことをいうが、普通に考えて短刀で首を落とすことはできない。どちらかというと急所を切り裂いて致命傷を与える武器である。
両手剣ならまだしも、首の硬い骨を切り落とすなんて相当な力がいるはずだ。
一応俺の記憶が間違っていなければ、フェリアの弱点は基礎ステが弱いことだった気がするんだけどな……
どうやらゲーム知識は宛にならないらしい。
これで俺の知識チートによる無双の夢も断たれたわけである。
逆に考えればそのおかげで今は助かっているのだけれど。
そうして、淡々とゴブリンを駆逐するマシーンになってしまったフェリアはあんだけいたゴブリンを殺し尽くし、草原を死体の山に変貌させた。
「んー、疲れたねぇ。敵多くなーい?」
大きくのんびりと伸びをした後、短刀をしまいフェリアは俺に話しかけてくる。
「すいません何もできず……。本当に助かりました」
「いーのいーの!それより大丈夫だった?当たんないようには気をつけたんだけど」
そう言われて自身の体を確認する。
衝撃的すぎてあんまり記憶はないけど、怪我はしていないみたいだ。
気を使って戦っていてくれたんだろう。
あの数を相手しながらそこまでする余裕があるのヤバすぎる。
「傷一つないですよ」
「それならよかったよ〜。ホントは色々お話聞きたいところ何だけど……取り敢えず帰ろっか〜。夜はねぇ、怖いんだよ〜。迷子でしょ案内してあげる!」
そう言って手を伸ばしてくれるフェリア。
「ありがとうございます」
「いえいえ」
俺は手を取り、それを支えにして立ち上がった。
腰が抜けてると思ったけど、全然歩けそうで良かった。体は少し痛むが、打撲で済んでいそうだし。
そうして歩き出そうとしたが、なぜか俺はさっきのフェリアの言葉が引っかかっていた。
「夜は怖い」か、ゲームでもそんな台詞があったな。
確か何かのイベントの伏線だったんだけど……
そう考えている最中、突如として大きな黒い影が俺等を覆った。
もう日が暮れたの……か?
次の瞬間、俺の体が浮く。フェリアが俺を抱きかかえて跳んだのだ。
数瞬遅れて先程まで俺等がいた場所の地面が抉れる。
あ、あぶな。彼処に居たら死んでたぞ!!!
「い、いやぁ〜。これは結構やばいね」
着地した後、フェリアは俺を地面に置き臨戦態勢をとった。
俺の視界の先に写ったのは一匹の魔物だ。
黒い毛をした狼のような姿。額には小さな角があり、眼光は紅く光っている。
反応からしてフェリアは初見のようだが、俺はこいつに見覚えがあった。
序盤の洗礼。数多のプレイヤーを引退に追い込んだ張本人。
でもこんなに早く出てくる予定じゃなかったはずだ。
もう少し伝承について調べて、それを知った上で初めて遭遇する魔物のはずだろ。
なんたってこいつは【歯車が狂う前に】一章の中ボスなのだから。
「フェンリル……」
伝説上のその魔物にあまりにも早いタイミングで出会うことになってしまった。
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