13 ありがとう先生

 好きだけど、崇めたりはしない……。

 それはさりげない一言だったけど、僕にとっては生まれて初めての告白といえるものだった。


 い……言っちゃった……! つい、言っちゃった……!


 ピュアリスはどんな反応をしているかなとドキドキする。

 恥ずかしがったり嬉しがったりしているといいな、嫌そうな顔をしてたらちょっとショックだけど……。


 横目でチラッと様子を伺ったんだけど、そのどれでもなかった。


 なんと、真顔……!


「えっ? すみません、よく聞きとれませんでした。もっと大きな声で……」


 AIアシスタントばりに事務的に返されてしまった。

 あんなこと、大きな声で言えるわけない!


「な、なんでもないよ! それより、そろそろ元の場所に戻らないと……」


 そうは言ったけど、入学式はウヤムヤのまま終了した。

 僕の生まれて初めての告白と同じように……。


 それから生徒たちは全員、寮の敷地の裏庭に移動となった。

 裏庭といってもゴルフコースみたいに広大で、湖や森まである。


 陽も傾きつつあるだだっ広い芝生の真ん中には、魔導フロアライトでライトアップされたいくつものテーブル。

 テーブルの上には、高そうな銀の燭台やごちそうが並べられている。

 おおきなステージまで設えられていて、そこには【ようこそ、新入生諸君!】とあった。


 どうやらここで歓迎パーティが開かれるようだ。

 ピュアリスは女子の新入生代表として挨拶を頼まれたようで、彼女はその準備のためにステージのほうへと向かっていった。


 その他の新入生にはビンゴカードが配られていたので、どうやらビンゴ大会まであるようだ。

 景品が並べられた棚のところ見ると、1位賞品は【ピュアリス様の隣に座れる権】だった。


 僕もビンゴカードをもらおうとしたんだけど、アグニファイをはじめとするアグニーズの面々が壁のように立ちはだかる。

 剣士で作った騎馬に担がれたアグニファイが、招かれざる客が来たみたいな表情で僕を見下ろしていた。


「貴様はポーラスター様を否定するという大罪を犯した! しかも、この俺様が恵んでやったPPで! 貴様のような恩知らずを、このパーティに参加させるわけにはいかん!」


 突っ込みどころ満載の一言だったけど、僕はひとつに絞って言い返した。


「べつに否定したわけじゃないけど」


「否っ! いまさら日和ろうとしてもムダだ! いまこの世界があるのはポーラスター様のおかげだというのがわからんのか!」


「べつに日和ってるわけでもないけど」


「否っ! 貴様にはごたくを並べる権利などない! なぜならば、お前は税金も払わずに社会福祉にたかり、あまつさえ文句を言うホームレスと同じだからだ!」


「ぜんぜん意味がわからないよ」


 ピュアリスといいアグニファイといい、ポーラスターについてはかなりの極論だ。

 いや、これがいまの世界の当たり前なのかもしれないけど……。


 いずれにしても、多勢に無勢。

 ごちそうは惜しいけど、晩ご飯でこれ以上騒ぎを起こすのも嫌だなと思ったので、僕は会場から退散することにした。


「消えろ、我が学園のホームレスめ! お前にはパーティ料理などもってのほかだ! すべてが終わったあと、残飯でも漁るんだな! ふははははははははは!」


 やられた鬱憤を晴らすみたいな高笑いを背に、僕は寮のほうへと向かう。


 この学園は全寮制で、おおきく2つに分かれている。

 ひとつは【白銀寮プラチナホワイト】。魔術師の生徒とその従者が入ることができる、宮殿みたいにおおきくて豪華な寮だ。


 もうひとつは【白銅寮カッパーホワイト】。魔術師以外の生徒たちが入る寮で、少し劣るけどちょっとした屋敷くらいの大きさがある。


 従者ではない剣士の僕の寮は、白銅寮カッパーホワイト

 しかし草原の向こうに見えているその建物に、僕は入る前からげんなりする。


 窓越しに、ポーラスターの等身像がすべての部屋に置かれているのが見えたからだ。


「アレといっしょに暮らすのかぁ……。アレって固定されてるわけじゃないよね……? 動かせるのなら押し入れの中にでもしまって……」


 そんなことを考えながら寮に向かっていると、後ろから声が追いかけてくる。


「シット、待ちなさい! キミの寮はそっちじゃない、あっちです!」


 僕を呼び止めたのはオーシット先生で、森のほうを指さしていた。

 その指の先を辿って視線を移動させると、森の奥の一軒家が目に入る。


「ペヴルくん、キミの寮はあの【石苔寮モスグリーン】だ!」


 それは見るからにボロくて、人どころかオバケしか住んでいなさそうな緑色の一軒家だった。


「あそこはかつて、素行や成績の悪い生徒が見せしめに入れられていた懲罰寮! もう長いこと使われていなかったので、入学式のあとで取り壊すつもりでしたが……! ふふ……いまならなまだ間に合いますよ!」


「取り壊すなんてとんでもない! 入ります! 喜んで入らせてもらいます!」


 僕は感謝のあまり、オーシット先生の手を握り閉めていた。


「あんないい寮に入れてくれて、ありがとうございます! 僕、先生のことを誤解してました!」


 素直に感謝の気持ちを伝えたのに、オーシット先生はポカーンとしている。

 僕は嬉しさのあまりそれどころじゃなくなっていたので、諸手を挙げて「やっほーっ!」と森に向かって駆けだした。


 いままでは階段下の狭い物置に住んでいたのに、あんなに広そうな一軒家に住めるなんて……!

 それにアスベスト家にいた頃はコソコソ隠れて魔術の練習してたけど、あそこなら誰もいないからやりたい放題じゃないか……!


 しかしいちばんの魅力はなんといっても、ポーラスターの気配がないということ……!


 そんなに喜ぶほどか? と思うかもしれないけど、よく考えてみてほしい。

 前世とはいえ、そこらじゅうにある自分の肖像画と目が合う暮らしを。


 それはまるで鏡張りの家に住んでいるような感覚なので、よっぽどのナルシストでもなければウンザリしちゃうよ。


「ポーラスターを見ずに暮らせるなんて、最高だっ! まさかこんなに早く、理想の居場所が手に入るなんて……!」


 本当に……本当にありがとう、オーシット先生っ……!

 入学初日だけど、先生は僕の恩師ですっ……!

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