11 手加減したのに
うちの家の剣士たちは、ボディーブロー一発で沈んだりしない。
だからそれは挨拶代わりみたいなものだと思っていたんだけど……ビンとのケンカは挨拶だけで終わってしまった。
あ、そうか、ビンは体調が万全じゃなかったのかな。
きっとお腹が痛いのを無理して戦ってたんだろう、でなきゃこんなに弱いわけがない。
足元でえづくビンを見下ろしながらひとりで納得していると、ふと赤熱を感じる。
それは視界の片隅に現われ、あっという間に目がくらむほどにふくれあがっていった。
なんとアグニファイが両手を高く掲げ、頭上にくす玉くらいある火球を浮かべていたんだ。
「我こそはポーラスター様の息子! 父より授かりし力、とくと思い知るがいい……!」
彼の双眸は紅蓮に輝き、みっつの炎によるトライアングルが描かれていた。
その姿の恐ろしさに周囲はすっかりたじろいでいたけど、僕は別のことが気になってしまう。
……息子!? 僕には子供なんていないんだけど!?
だって前世の僕は、女の子と手を繋いだこともなかったし……!
って、いまはそんなことはどうでもいい!
アレをよけるのはわけないけど、どこかに当たりでもしたらまわりが大変なことになる!
だからといって当たってやる義理はないし……! えぇぃ、こうなったら!
僕が手をかざすと同時にアグニファイも手を振り下ろす。
まるで西部のガンマンの早撃ちの対決さながらで、僕らはその銃声のように叫んでいた。
「逆鱗……咆哮弾ぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」
「ポプコーンランチャーっ!」
アグニファイの手から射出された火球はかなりの高温で、その熱気のあまり周囲の風景を歪めながら僕めがけて飛んできた。
かたや僕の手からはなにも出ていなかったので、ヤツは「苦し紛れか、バカめ……!」と勝利を確信していた。
この時点で【勝ち確】するなんて、まだまだ甘ちゃん。
次の瞬間、火球のド真ん中にポッカリと穴が穿たれて、
「なっ……なにいっ!?」
風穴ごしに、驚愕に歪むヤツの顔が見えた。
僕が放っていたのは、極小の空気の砲弾。
誰にも見えないそれは水中を進む弾丸のように周囲の風景を歪めながら火球と衝突、貫通し、そのままアグニファイに見えないボディブローをお見舞いしていた。
ドムッと鈍い音とともに前屈みになり、「バッカなはぁっ!?」とへんな息を漏らすアグニファイ。
心は油断、身体は弛緩していたところの一撃は、かなり効いたみたいだった。
「な……なん……なんだ……いまのは……は……!?」
すでに火球は、それまでの存在感がウソのように霧散。
魔術というのは終わるまで意識を集中していないといけないから、途中で攻撃を受けるとこんなふうに消えちゃうんだよね。
ようするに、僕はまわりに被害を及ぼさないということと、アグニファイに勝つということを同時にやってのけたんだ。
悪夢を見ているような顔で崩れ落ちるアグニファイに、僕は【勝ち確】をする。
「危ないじゃないか! こんなところで火球を出したりなんかして! 僕の体術で止めてなかったら、まわりにも被害が出てたよ!」
体術であることをことさら強調したんだけど、まわりはしんとしている。
一拍置いて、まるで火球が炸裂したみたいな大騒ぎになった。
「えっ、えぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!?!?」
「なっ、なんだいまの!? なんだいまのっ!?」
「た、体術!? 火球を貫通したうえに、術者に攻撃できる体術なんてあるのかよ!?」
「そ……そんな芸当ができるのは、剣聖くらいじゃ……!?」
これでもけっこう、手加減したつもりだったんだけどなぁ……。
ポプコーンバレットだとアグニファイにも風穴が空くと思ったから、貫通力の低いポプコーンランチャーにしたのに……。
ピュアリスは両手で口を押さえ、目をまん丸にして僕を見ていた。
「ま……まさか……! あのアグニファイさんに勝つなんて……! しかも、一撃で……! す……すごい……! すごすぎますっ……!」
校舎のほうからまたラッパの音がする。たぶんこれは決闘が決着した合図だろう。
四つん這いのままのアグニファイはウーウー唸りながら僕を睨み上げていた。
「ま……まだだ! まだ、勝負はついていないぞ!」
「どう見ても負け犬っぽいけど」
「うるさいっ! 今日のところは、これで見逃してやる! だが次に会った時は、消し炭だ!」
「ええっ、もういいんじゃ……」
「いいわけあるか! 貴様を倒し、接近禁止を解除してやる!」
「えっ?」
そういえば決闘前に、アグニファイは僕とピュアリスに接近禁止を命じていた。
もしかしてこの学園の決闘って、勝ったほうの言うことを聞く、みたいなのがあるんだろうか。
「でも僕はそんなこと、望んでないけど……」
「なんだと!? ふざけるな!」
「ふざけてなんかないよ、誰がピュアリスに近づいて、誰がピュアリスから離れろなんて望んでない。それを決めるのは僕じゃなくて、ピュアリス自身だから」
「ぺ……ペヴルさん……!」
感激しているような声が横からする。いつのまにかピュアリスが傍らに寄り添っていて、僕の服の袖をつまんでいた。
「では……なにが望みだっ!? 答えろ! 貴様の望みはなんだ!?」
負けて地面に這いつくばってるとは思えないほど、アグニファイは上から目線だ。
こんな人に望むことは、特にないんだけど……と思いかけて、僕ははたとなる。
「そうだ、アグニファイは魔術師の名家のお坊ちゃんなんだよね? なら、PPたくさんもってるんでしょ? PPちょうだい、98万PP!」
これにはアグニファイだけでなくピュアリスまで「「なっ……!?」」と開いた口が塞がらなくなったような声を出す。
そんなに変なこと言ったかなと思ったけど、周囲からもどよめきが起こっていた。
「ま……マジかよ……!? 魔術師をカツアゲするなんて……!?』
「しかも相手はあの、アグニファイ様だぞ……!」
「あ……あの剣士……本当に、本当に何者なんだ……!?」
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