10 またワンパンKO
僕らは最高のひとときを過ごしていたんだけど、
「遅いぞ、我が妻よ!」
無神経そのものといった声が割り込んできて、ピュアリスの笑顔はシャボン玉のように弾けてしまう。
知らない声だというのに、僕は声の主を自然と睨みつけていた。
そこには、声と同じく高慢さを全面に出したような魔術師の新入生が立っていた。
炎のようなリーゼントに燃える瞳に、地面に付きそうなほどの裾の真っ赤な長ラン。
この世界の学生服のデザインは、僕の前世の前世、社畜だった頃にあったものに近い。
なぜかというと、前世の僕であるポーラスターがその知識を元にして作ったものだから。
ちなみに剣士の制服はブレザー調だ。
「こ……こんにちは、アグニファイさん」
真っ赤な新入生に、ピュアリスはちょっと引いているようだった。
「待ち侘びたぞ、我が妻よ! 主人を待たせるのは、巫女失格だ!」
「えっ? わたしはまだ、アグニファイさんのお嫁さんになると決まったわけでは……」
「否、決定事項だ!」
アグニファイと呼ばれた新入生は、この質問を待ってましたとばかりに握り拳を突き出し、周囲に喧伝するように叫んだ。
「太陽にも等しき爆炎を操るこの俺様こそが、ポーラスター様の血統を継ぐ【スターチルドレン】に間違いないのだからな!」
まわりから「おおーっ!?」と拍手喝采が起こる。
アグニファイは気を良くしながら、ピュアリスに向かって両手を広げた。
「来い。特別に、俺様の右胸の花にしてやろう。早くしないと、他の巫女が飛び込んできてしまうぞ」
アグニファイの態度があまりにも当たり前のようだったので、僕はてっきりふたりは婚約関係にでもあるのかと思った。
でもピュアリスの態度からするととてもそうは見えない。
「い、いえ、結構です……」
彼女はアグニファイの胸に抱かれるどころか、僕のほうに寄り添ってきた。
遠慮がちに、僕のコートの袖をつまんでいる。
それをSOSのサインだと察した僕は、ピュアリスをかばう。
アグニファイはそれまでずっと僕を無視してたんだけど、ここでようやく赤竜のような眼光を向けてきた。
「なんだ、貴様は?」
「僕はペヴル。ピュアリスの友達だよ」
するとなにがおかしいのか、アグニファイは天に向かって高笑いする。
「はーっはっはっはーっ! 剣士が友達だと? ピュアリスの慈愛に勘違いした愚か者め! 魔術師にとって、剣士はみな下僕だ!」
外野の新入生たちから「そうだそうだ!」とヤジが飛んできた。魔術師だけでなく剣士までいっしょになっている。
「勘違いなんかじゃありません! ペヴルさんは、わたしの大切なお友達です!」
言い返すピュアリスを、アグニファイは鼻で笑い飛ばした。
「そうか……! 勘違いでないのなら、躾が必要だな……! 金輪際、1キロ以内の接近を命じるっ! もちろん、
その一言に、僕の身体はカッと熱くなる。
僕はなんと言われてもいい、だけど……。
ピュアリスをそんな風に言うのは、許さないっ……!
僕の怒りを察したアグニファイは「ちょうどいい!」と、格好の獲物を見つけたように口角を吊り上げた。
「俺様の実力を見せつける場が欲しかったところだ! 貴様に、消し炭になる栄誉をくれてやろう!」
「け……決闘だぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!!」
まわりは一斉に後ずさり、さっそく決闘にふさわしい空間を作り上げる。
この感じからすると、学園では決闘というのは日常的に行なわれていることかもしれない。
ピュアリスは僕のそばから離れようとしない。むしろ服の袖を、両手でよりいっそう強くギュッと握っている。
目があうと、イヤイヤをされた。
「あの、受けないでくださいね? 決闘は大ケガをすることがありますから……」
「ああ、ケガさせない程度にやるつもりだから大丈夫だよ」
するとピュアリスの目が点になる。周囲からは失笑が漏れた。
「ぶっ!? おい、聞いたかいまの!? まさかアイツ、勝つつもりかよ!」
「剣士が魔術師に勝てるわけねぇのに! しかも相手は赤魔術の名門、メテオブラッド家の跡取りのアグニファイ様なんだぞ!」
「ケガさせないどころか、全身大やけどを負って保健室送りになるだろうな!」
ポーラスターの形をした校舎、その口が開いてラッパのような音が鳴り響く。
どうやらそれは学園側が決闘を承認した合図のようで、数人の生徒たちが僕のところにやってきた。
「おおっと、残念! 鐘が鳴っちまったな! ビビっていまさら止めようったってもう遅いぜ!」
「さぁさぁピュアリス様、危ないですから離れてください!」
「えっ……!? そんな、あの……!?」
ピュアリスは生徒たちに引き剥がされ、どこから持ってきたのか王様が座るみたいな豪華な椅子に座らされていた。
そして気づくと、アグニファイはけっこう遠くまで離れていた。
さらにその間には瓶みたいなずんぐりむっくりした体型の剣士の新入生が立っていて、演武みたいに剣をビュンビュン振り回している。
「我が名はビン! アグニーズ尖兵三人衆のひとり! お前みたいな三流剣士に、アグニファイ様が出るまでもない!」
当たり前のように2対1の状況になっちゃったけど、この世界の魔術師は基本的に単独で戦うことはしない。
理由は簡単で、魔術の詠唱を妨害されるから。魔術師が剣士を従者とするのは、詠唱の時間を稼がせるための盾にするためだ。
アグニーズなんて名前があるということは、アグニファイはきっと剣士の従者が大勢いるんだろう。
こっちが三流剣士以下だと知ったらビックリするだろうな。
「じゃ、やろ」「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
やる気マンマンのビンは、僕が構えを取るより早く襲いかかってくる。
手柄を焦っているのか大根でも避けられそうな大振りで、身体ひとつで楽にかわせた。
続けざまにボディブローを叩き込むと、「へぐうっ!?」とへんな息を漏らすビン。
とっさのことだったからテッキンの時みたいに【
こんな素手の一発でやられるほど剣士というのはヤワじゃない。
すかさず反撃に備えたんだけど、ビンは呻きながらそのままヒザを付いてしまった。
まさかのワンパン……!?
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