08 落ちこぼれのはずなのに

 ペヴルは知らなかった。

 自分に向かって雄叫びをあげていたのは、テッキンだけではなかったことを。


 同じ頃、アスベスト家のおさであるイシワタールは書斎で、いまかいまかと吉報を待っていた。


 出陣の準備はすでに万端。この日のためにオーダーメイドした新品の鎧を身に着け、奮発して鍛冶屋に作らせた剣を腰に携えている。

 鎧の胸やマントにはアスベスト家の紋章がデカデカとあしらえられているのだが、ふと鏡の前で立ち止まったイシワタールは不満げであった。


「やっぱり、まだアピールが足りん。救出作戦には紋章の入った旗も持って行くべきだな。そのほうがよりピュアリス様に……」


 部屋の隅に立ててある旗を取ろうしたところ、ドアがノックされる。


「だ……旦那様、【マモノシナリー派遣】の方がお見えになりました」


「おおっ、ついに来たか! 客間に通す必要はない! すぐに出発するから……!」


 言葉が終わらないうちにドアが乱暴に開かれ、3人の男が部屋に入ってきた。

 押し入ってきた男たちを見て、イシワタールはギョッとする


「な……お前は……!?」


「毎度、マモノシナリー派遣のナカヌキですよ」


 ナカヌキという男は小柄な身体に茶色いコートをまとい、さながらコウモリのような見目であった。

 自分よりも頭ひとつ以上も大きく、ガラの悪そうな男をふたり従えている。

 イシワタールは「いったいなんのつもりだ!?」と抗議するが、彼らはどこ吹く風だった。


「それはこっちのセリフですよ」


 ナカヌキは懐から取り出した紙切れを、鋭い視線とともにイシワタールに渡す。

 それをいぶかしげに受け取ったイシワタールの目が、飛びださんばかりになった。


「請求書だと……? いっ……1億エンダー!? なんだこれは!?」


「おや、とぼけてもらっちゃこまりますよ」


「な……なにを言っている!? お前は、依頼が成功した報せを持ってきたのではないのか!?」


 依頼とは、ゴブリンたちによるピュアリス誘拐のことである。


「それに、お前が提示した依頼料は500万エンダーだろう!? 20倍に跳ね上がっているではないか!」


「いい加減にしてくださいよ……こっちはあんたの茶番に付き合うほどヒマじゃないんですよ」


「ちゃ……茶番……!?」


「依頼は失敗しましたよ……あんたの息子さんのおかげでねぇ……!」


「な……なに!?」


「ペヴルさん、でしたっけ……? 手練れのゴブリンたち、しかも小隊クラスの規模を1分足らずで全滅させるなんて……。きっとあなたの家では右に出る者がいない、一族最強の剣士なんでしょうねぇ……!」


「ペヴルが……!?」


「そうですよ……! あれほどの強さなら、将来は【剣聖】……いや、【剣王】も夢ではないでしょうなぁ……! でもいくら可愛い息子だからって、派遣した魔物を練習台に使うのはいただけませんなぁ……!」


「ま……まさか、ペヴルがゴブリンたちを倒したというのか!? そんなはずはない! あやつは我が家でもいちばんの落ちこぼれなんだぞ! 剣王どころか、見習い剣士以下で……!」


 その言葉を遮るように、ナカヌキが早撃ちのような素早さで懐からなにかを取り出す。

 突きつけられたのは、ポーラスターの発明品である【魔導カメラ】で撮られた数枚の写真だった。


 そこには、多くのゴブリンを相手に一騎当千の戦いをしているペヴルの姿が映っていた。

 イシワタールは、我が目を疑うようにワナワナと震える。


「ば……ばかなっ!? これが、あのペヴルだと……!?」


「契約書に、書いてありましたよねぇ……? 派遣した魔物にはケガはさせても、命は奪ってはならないって……! しかも剥ぎ取りまでやるなんて……! 蘇生すらできなくて、こっちは大損害ですよぉ……!」


 イシワタールは20倍の請求書の意味を理解する。

 人材を使い物にならなくした損害賠償だったのだ。


「これはなにかの間違いだい! ペヴルは一族で最弱なんだぞ!」


「おやおや、次は脅しですかい? うちにはペヴルさんより強いのがゴロゴロいるぞ、っていう……」


 ナカヌキはずいっと前に出ると、ドスの効いた声でささやいた。


「そういうつもりなら、こっちも考えがありますよぉ……!」


 話がへんな方向に行きはじめたので、イシワタールは仕切り直すようにナカヌキから距離を取った。


「ちょ……ちょっと待て! これはペヴルが勝手にやったことだ! だいいち、ペヴルはうちの一族じゃない! 今朝、追放したんだ!」


「ああ、なるほどぉ……可愛い子には旅をさせろ、ってことですねぇ……」


 ナカヌキはうんうんと頷いたあと、大きく息を吸い込んだ。


「そんなフカシが通用すると思ってんのかぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


「ひ……ひいっ!?」


 のけぞるイシワタールの首根っこを、ナカヌキはガッと掴む。


「イシワタールさんよぉ……! 勝手にやろうがなんだろが、関係ねぇ……! 子の不始末は親の不始末、って言葉を知らねぇのかぁ……!?」


 体格的にはナカヌキのほうがずっと小さいというのに、その迫力にイシワタールはすっかり畏縮していた。


「そっ……そんなことを言われても……! 1億なんて金、払えるわけが……!」


「だったら一族じゅうを駆けずり回ってでも集めりゃいいだろうが! 利子が付くから、さっさと払ったほうがいいぜぇ……!」


「も……もし、払えなかったら……?」


「そん時は……イシワタールさんが魔物派遣を使ったことを、世間にバラすまでよ……!」


 魔物派遣は本来、違法な行為である。

 小規模の場合は必要悪として見逃される場合もあるのだが、アスベスト家のような名家ともなるとスキャンダルに発展する。


「う……ううっ! だがそんなことをしたら、お前たちもただではすまんだろう!」


「そうだなぁ、だがこっちはトカゲのしっぽ程度で済むんだよ……!」


 その反論は見越していたとばかりに、ナカヌキはニヤリと笑った。


「でもそっちは、あんたが一族を追放されるだけですめばいいが……なにせ、極星の巫女を誘拐しようとしたんだもんなぁ……! きっと、お取り潰しは避けられねぇだろうなぁ……!」


「ぐっ……ぐぬぬぬぬっ……!」


「これでわかったか……? お前ができるのは、1億払うか、破滅をするか……! 誰かを恨みたいんだったら……出来が良すぎた息子を恨むんだな……!」


「うっ……うううっ……! うぉぉぉぉっ……! ぺ……ペヴルぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


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