07 テッキンの嫉妬

 僕は、これが悪い夢であってくれと願う。

 まだ最後の希望があると、ピュアリスにすがった。


「ね……ねぇ、ピュアリス……悪いんだけど、僕の能力を見せてくれないかな……?」


 僕が信じられないようにしているのが信じられないのか、ピュアリスは困惑しきり。

 しかし「はい、かしこまりました」と頷いて、能力表示の魔術を僕に掛けてくれた。


 そこで僕は、決定的な証拠を目にすることになる。

 それは、基本的なステータスからさらにウインドウを下にスクロールさせたところにあった。



  PP:20000



「PPが、増えてる……!」


 ピュアリスはいつもの穏やかさを取り戻しながら、打てば響くように教えてくれた。


「ああ、それはゴブリンさんをやっつけたからだと思います。魔物さんをやっつけると、所持していたPPが獲得できるんですよ」


 【PP】というのは、【ポーラスター・ポイント】の略。


 僕が前世で作った【魔想通貨】だ。

 前世の前世でいうところの【仮想通貨】に近い。


 PPが今世でも使われていることは知ってた。

 そしてゴブリンを倒したときに、死体からPPっぽい光が僕の身体に吸収されていたので、ひょっとしてと思っていた。

 でも、まさか……。


「魔物までPPを使ってるなんて……!」


「ご存じなかったのですね。最近では、魔物さんたちも普通にPPをやりとりされてますよ」


 そ……そうだったのか……!


 僕はずっと山奥にあるアスベスト家で暮らしていいて、外出といえば年に数回この村に来るくらいだったから、世間のことには疎かった。

 魔物の間でもPPが流通しているという事実、それが示すことはただひとつ。


 この世界は人間に限らず魔物までもが、前世の僕に染まっている……!

 ということは魔王軍に入ったとて、僕だらけの世界は変わらないということ……!


 ピュアリスは菩薩のような笑顔で、トドメの一言を放つ。


「【極大魔術ギガマギア】は魔物さんたちの世界をも一変させたのです。魔物さんたちはポーラスター様のことを、【万魔の父】や【破壊神】と呼んで崇拝しておりますよ」


 僕は人間の父どころか、魔物たちの父に……!?

 創造神どころか、破壊神にまでなっちゃってたなんて……!?


 新天地を奪われてしまったショックで、僕はとうとう床に崩れ落ち、四つ足でうなだれた。

 新居が全焼した人みたいになった僕を見て、ピュアリスもいっしょになってしゃがみこんでくる。


「あ……あの、急に、どうされました? お身体の具合が悪いようでしたら、どこかでお休みに……」


「……ピュアリス……」


「はい?」


「……僕は、なるよ……」


「なににですか?」


「……ピュアリスの、学友に……!」


 この発言に、ピュアリスはまた混乱していた。


「ええっ!? い……いきなりどうされたのですか!? 先ほどまで、天地がひっくり返ろうとも! と強い意志を示されていたのに……!?」


 僕はスックと立ち上がる。自分では見えないけど、その瞳に、さらなる新天地への希望を宿しながら。


「僕にはもう、天も地もなくなった。神も悪魔もいなくなったから、女神といっしょに行くことにしたんだ」


 女神とはもちろん、ピュアリスのことだ。


「は……はぁ……わかりました。なんにしても、来てくださるのならよかったです……」


 しかし彼女は僕の言っていることの意味がわかっていないのか、微妙な表情を浮かべるばかりだった。


 なにはともあれ、それから僕らは酒場を出る。

 広場を通りかかると、人型に穴が開いた石塀をテッキンが塗り直していた。


 この村、というか剣士にはある暗黙のルールがある。

 ケンカをした際にまわりに被害が及んだ場合は、負けたほうがその責任を負うというもの。


「テッキンさん、お身体の具合はいかがですか?」


 やさしいピュアリスが声を掛けると、テッキンは巨体に似合わぬ猫のような素早さで石塀の陰に隠れてしまった。

 チラ見えしている耳が、いちごみたいに真っ赤になっている。


「テッキンさん、どうされたんでしょうか……?」


「あの調子なら心配いらないよ、行こう」


 僕らはかまわず村の入口に停めてあった馬車に乗り込む。

 去り際に広場のほうを見ると、石壁から顔だけ出したテッキンが猛犬のような顔で僕を睨んでいた。


 歯噛みをしながらなにかブツブツ言っているようだったけど、この距離じゃ聞こえない。

 でもまさか、あんなことを考えていたなんて……。


「……ぐっ、ぐぎぎぎぎ……! ペヴルごときが、あんな美しい魔術師に仕えるなんて……! 可憐で、清楚で、やさしくて……! しかも、メチャクチャいい匂いだった……! あんな素敵な人と、同じ馬車に乗せてもらえるなんて……! う……うらやましい……! うらやましすぎるぅぅぅっ……!」


 遠ざかっていく村。小さくなっていくテッキン。


「こうなったら……俺はなんとしても、ピュアリス様に仕えてみせる! ペヴルに勝つにはそれしかない! やるぞっ! 俺はやるぞっ! 待っててください、ピュアリス様っ!」


 テッキンはドラミングしながら、空に向かって吠えていた。


「そして、見てろよ……! ペヴルぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

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