05 ワンパンKO

 それからしばらく馬車に揺られ、お昼前くらいに最寄りの村へと着いた。


 僕はさっそく剥ぎ取ったゴブリンの素材を売り払い、5万エンダーほどを手にする。

 ちなみに1エンダーは、僕の前世の前世でいうところの1円にあたる。


 手持ちの現金と合せると少しの間は暮らせそうな額になったので、僕はちょっとホクホクした。


「うほっ、ペヴルじゃねぇか! いつもシケたツラしてんのに、今日はいい顔してんな!」


 店を出たところにある広場で、僕を待ち構えていたのはテッキンだった。

 

 広場にある石塀と同じくらい背高のムキムキの巨体、岩みたいにゴツゴツした身体。

 上半身裸で、傷だらけの肌と筋肉をまわりに見せつけ威圧している。


 コンクリート家の息子、【テッキン・コンクリート】だ。

 コンクリート家は剣士の家系で、アスベスト家とはライバル関係にある。


 テッキンは好物のバナナを見つけたゴリラみたいな顔で僕に迫った。


「なんかいいことでもあったのか? まさか、お前の家がピュアリス様に仕えることになったわけじゃねぇよなぁ?」


 コンクリート家もアスベスト家と同じで、家をあげて極星の巫女の仕えようとしている。

 僕個人はさっきスカウトされたばかりだけど、それは言わずにおいた。


「違うよ」


「わかってるよ、そんなこたぁ! ウェハースみてぇに柔らけぇお前らが、ピュアリス様のお眼鏡にかなうわけねぇもんなぁ! うほほほほ!」


 テッキンはバカ笑いしながら、手をちょうだいと出す。


「お互い、この笑顔を長続きさせようじゃねぇか! わかったら、よこすもんをよこしな!」


 それまでの僕なら、素直に有り金を渡していただろう。

 まず、普通に戦っても勝てない。極小魔術ナノマギアを使えば勝てるだろうけど、目立ちたくなかったから。

 でも……今日からは違う。


「嫌だと言ったら?」


「へっ、珍しく言うじゃねぇか! どうやら、いつも以上にギタギタにされてぇようだなぁ!」


 テッキンは丸太のような腕を曲げ、力こぶを僕に突きつけてくる。

 ただならぬ気配を察したピュアリスが割り込んできた。


「あの、お待ちください! あなたはいったい……!?」


「なんだぁ、テメーは……!?」


 テッキンはピュアリスを睨み下ろしたが、次の瞬間には真っ赤になっていた。


「うほっ……!? あ……お……俺……あ、いや……僕は……テッキン……って……い……いいます……!」


 さっきまでの威勢はどこへやら、目も合せられず、人さし指どうしを突き合わせてモジモジしている。


「あ……あな……あなたのような……その……美しいお方は……危ないですから……その……あっちへ……!」


 こんなしどろもどろのテッキンは初めて見た。どうやら、女の子に弱いみたいだ。

 目の前にいるのがピュアリスだと知らずにこの有様なのだから、正体を知ったらいったいどうなるんだろう。


 僕はピュアリスにそっと耳打ちする。


「テッキンはキミに仕えたがってるんだけど、従者としてどう?」


 すると、こんなピュアリスも初めて見た、みたいなドン引きの顔をした。


「えっ……!? そ……それはちょっと……!」


 どうやら不合格みたいだったので、僕はピュアリスに距離を取るように言う。

 ピュアリスは心配していたけど、大丈夫、と念を押すと離れてくれた。


「じゃあ、やろうか」


 ピュアリスが遠巻きになった途端、テッキンはいつも以上に強気になった。

 まるでピュアリスにいいところを見せようとしているみたいに。


「うほっ、ペヴルが強気になった理由がわかったぞ! あの美しいお方の前だからって、いい格好しようとしてたんだな!」


「それはテッキンのほうでしょ」


「う……うるせぇ! その減らず口、減らしてやろうかぁ!」


 テッキンは両手をスレッジハンマーのように組み、高く振り上げてボディビルみたいなポーズを決める。

 拳が、もうひとつの太陽のように青空に輝いた。


「特別サービスだ……! 一発だけ、好きに殴らせてやるよ……!」


 これは、テッキン……いや、コンクリート家の戦い方だ。

 コンクリート家の剣士たちは、生身の身体を鎧のように鍛え上げる。


 戦いでは相手のひと太刀を受け止め、びくともしないところを見せつけてから最上段からの振り下ろしで一撃で倒す。

 その戦法から付いた二つ名は、


 【二の太刀殺し】……!


 以前の僕ならボディビルのポーズを見ただけで震えあがっていたけど、【解禁】したいまはもう怖くない。

 ノーガードでヤツの目の前まで歩いていくと、バッキバキに割れた腹めがけて掌底を放った。


「ワンインチ・アバランチっ!」


 青白く輝く手のひらが触れた瞬間、衝撃波のような光輪が広がった。

 6つの腹筋が12に割り裂かれ、テッキンの身体はくの字に折り曲げられて押し流されていく。

 その姿はもはや、巨大な雪崩を前にした人のように無力だった。


「うっ……!? うほぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 テッキンは数メートル吹っ飛んだあと、その先にあった石塀に叩きつけられ大の字にめり込む。

 インパクトの瞬間、あたりがズズン、と揺れた。


 テッキンは磔のようなポーズで、なにが起こったのか理解できない表情のまま白目を剥いて気絶していた。

 自慢の腹筋は、削り取られたみたいに陥没している。


「あ……ちょっと、やりすぎちゃったかな……」


 剣士たちのいるこの村では、剣士どうしのいさかいなど日常茶飯事。

 ケンカしてても誰も気にも止めないんだけど、あまりの威力の掌底に、まわりにいた村人たちはすっかりざわついている。

 ピュアリスは両手を口で押さえるほどに驚いていたので、僕はとっさにごまかした。


「新しい体術が、見事に決まったぞ! どうだ! 僕の体術、【ワンインチ・アバランチ】は! これは寸勁を応用した体術で、ほんの少しの間合いでも……!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る