04 美少女からの誘い
気持ちが落ち着いたところで、ちょっと名残惜しかったんだけど、僕はピュアリスに別れを告げる。
「それじゃ、僕はもう行くよ。あ、ゴブリンはもらっちゃってもいいよね?」
「はい、もちろんです。ペヴルさんがやっつけられたのですから」
ピュアリスが快諾してくれたので、僕は腰に提げていたナイフを使ってゴブリンの死体から剥ぎ取りをした。
剥ぎ取りというのは、魔物の身体の部位のなかで素材になるものを切り分けて戦利品とすること。
死体をまるごと持っていければそのほうがいいんだけど、それができない場合により貴重な部位だけを取るんだ。
僕はゴブリンの牙とツメと耳、そして小さめの装備品などを取って布袋に詰めていく。
本当は内臓とかも欲しかったんだけど、身体に魔物の血の匂いを付けたくなかったので止めておく。
ピュアリスはその一連の作業をじーっと見つめていた。
「どうしたの? 行かないの?」
「ペヴルさんは旅の剣士さんなのですよね? どちらに行かれるのですか?」
それは正直に言うわけにはいかなかったので、「ちょっとね」と言葉を濁す。
「あの……もしよろしければ、わたしの馬車でご一緒しませんか?」
「えっ」
僕が面食らっていると、ピュアリスはスカートを翻す勢いで馬車まで戻り、扉を開けて「どうぞどうぞ」と招いてくる。
それはまるで使用人みたいな仕草で、彼女は他の魔術師とは違うなとは思っていたけど、まさかここまでとは思わなかった。
魔術師は自分の馬車に剣士を乗せたりなんかしない。
御者席に乗せるか、護衛のようにまわりに付かせることはあっても、中に乗せるなんてありえない。
普通だったら罠を疑うところだけど、ピュアリスはそんなことをしないだろう。
僕はこの世界の魔術師の馬車の中がどうなってるか気になっていたので、せっかくだからと近くの村まで乗せてもらうことにする。
馬車の中は別世界で、ちょっとした応接間みたいになっていた。
「うわぁ……外も大きいと思ったけど、中も大きくて立派なんだね……」
「はい、『大きいことは、いいことだ』ですから」
くすりと微笑むピュアリス。うまいことを言えたみたいな顔をしている。
「こんな大きな馬車なのに、キミひとりなんだね」
「はい、お家にいるときは付き人さんがいたのですが、進学にあたり、付き人さんなしで旅をしてみたいと思いまして」
「ふーん」
「それで、あの……」
ピュアリスは急に言い淀む。
しばらく逡巡するような仕草をしたあと、頬を染め、真剣なまなざしを僕に向けた。
「あの、ペヴルさん……わたしの付き人になっていただけませんか?」
付き人というのは要するに、従者になれと言うことだ。
普通の魔術師なら命令口調で一方的に言ってのけることを、ピュアリスはまるで告白するみたいな表情で言ったので、僕は思わずドキリとしてしまった。
つい「うん」って言いそうになっちゃったけど、寸前でぶるんと首を振る。
「う……ううん。それはできない、僕は魔術師に仕えたりはしないんだ」
ピュアリスは意外そうな顔をする。
断られたことよりも、魔術師に仕えない剣士がいることに驚いているようだった。
僕はなるべく彼女を傷つけないように言葉を選ぶ。
「あ、キミが嫌だってわけじゃないよ。僕には行くべきところがあるんだ」
「そうなのですか……? それは、どちらなのですか?」
「それは言えない」
いくらピュアリスでも、こればかりは教えるわけにはいかない。
だって、家を出た僕が行こうとしているところは……【魔王軍】だからだ。
魔王軍、それはつまり魔物たちのこと。
人間と世界を二分し、長きに渡って覇権を争っている軍勢だ。
僕がなぜ
かつての我が家には壁という壁にポーラスターの肖像画があったし、いたる所にポーラスターの像が置かれていた。
うちが特別ポーラスターを信仰してくるわけじゃなくて、近所の村とかもそうなんだ。
しかもどこに行っても、ポーラスターを崇めるのは人として当然みたいな空気なんだよね。
僕は前世の記憶が戻ってからというもの、前世の僕にひれ伏すというのがどうしてもできなくなってしまった。
それが原因で、一時期ノイローゼになったこともある。
だから魔王軍に入れば、前世の僕と関わらなくてすむと思ったんだ。
わざわざ内職してお金を貯めて、魔物っぽい黒いコートまで買った。
コートに魔物の血の匂いが付いちゃうと仲間に入れてもらえなくなるから、剥ぎ取りも加減した。
それらの苦労は誰にも言えない。
僕の前世はポーラスターだって言っても信じてもらえるわけがないし、ポーラスターが嫌で魔物軍に入るなんて言うたら捕まっちゃう。
だからいま、ピュアリスに言えるのはこれだけだ。
「僕には……万難を排し、命を賭け、泥をすすってでも……! ぜったいに、行かなくちゃいけないところがあるんだ……!」
ピュアリス以上に真剣なまなざしで訴えたので、彼女はそれ以上はなにも言わずに納得してくれた。
しかも怒ったり悲しんだりせず、むしろ深く尊敬してくれたので、僕はちょっとこそばゆくなる。
「ペヴルさんには、わたしが想像もつかないようなすごい夢がおありになって、それに邁進されているのですね……!」
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