03 極星の巫女ピュアリス

 ダイヤモンド・シールドが解除されると、スカートをふわっと膨らませる勢いで、馬車からひとりの少女が下りてきた。

 彼女はぱたぱたと音がしそうな早足で僕のところまで来ると、ぺこりと頭を下げる。


 甘やかな風がただよってきて、僕はどきりとした。


「あ……危ないところを助けてくださいありがとうございました! わたしはピュアリス・ダイヤモンズと申します!」


 やっぱり彼女はピュアリスだった。

 僕は少しだけ悩んで、新しく考えた自分の名前を名乗る。


「僕はペヴル。ペヴル……スラムロック」


 ピュアリスはお礼もそこそこに、傷付いた護衛の手当をはじめる。

 その間、僕はずっと立ち尽くしていた。


 なぜならば、思わず見とれてしまったから。

 彼女は僕と同じくらいの年の頃なんだけど、同じ人間とは思えないほどに可憐で美しかった。


 お姫様カットのストレートロングの金髪はサラサラで、大きくパッチリした瞳は宇宙を内包しているみたいにキラキラ。

 服装は純白のワンピースドレスで、身体は小柄なんだけど出てるところは出てて……っと。


「あの、ペヴルさん?」


 気づくとピュアリスが目の前にいたので、僕は慌てた。


「あっ……な……なに?」


「その、大変申し訳ないのですが……。能力のほう、拝見させていただけませんか?」


 やっぱり、と僕は思う。


 魔術師は魔術を使える自分たちがいちばん偉いと思っていて、魔術を使えない人間を見下している。

 だから普通の魔術師は、自分たち以外の人間の能力を見るのにいちいち断ったりなんかしない。


 それに魔術師は護衛がやられたら自分だけさっさと逃げるのに、ピュアリスはそれをしなかった。

 傷付いた護衛ごと、ダイヤモンド・シールドで包んで守ってあげていた。


 彼女はきっと、普通の魔術師とは違う子なんだろう。


「いいよ」


 僕がそう答えると、ピュアリスは「失礼します」と手をかざし、能力表示の魔術を詠唱した。

 ふたりの間に、ゲームのステータスウインドウみたいな半透明の板が浮かび上がる。



 ペヴル・スラムロック


  職業:剣士見習い

  階級:なし


  体力:128

  魔力:1


  将来性

   魔術:Z

   技術:F

   体術:F



「まぁ……!?」


 僕の能力を見た途端、ピュアリスは両手で口を押さえるという上品な仕草で驚いていた。

 まるで、『この人の能力、低過ぎ……!』みたいな感じで。


 そして僕はなぜ、彼女が能力を見たがったのか理由を知っている。


「さっき僕が使った【ポプコーン・バレット】は体術だよ、小さな石つぶてを飛ばす指弾の一種なんだ」


 指摘すると、ピュリスは申し訳なさそうに頭を下げた。


「す……すみません……あのようなすごい体術があるなんて知りませんでした。なので、てっきり魔術だとばかり……。たしかに、あんな小さな魔術があるわけありませんよね」


 【魔術は大きいもの】これがこの世界の常識だ。

 常識にとらわれている彼女に対し、僕はここぞとばかりにウソをついた。


「それ以前に、もっとも基本的な魔術でも、使うのには魔力が2必要でしょ?」


 イコール、魔力が1の僕は魔術がまったく使えないということになる。


「それに、詠唱も無かったし」


「あ……そうですね、詠唱せずに魔術は使えませんね、ついうっかりしてました、すみません」


 みっつの根拠で、ピュアリスからの疑惑は完全に晴らせた。

 彼女は何度も頭を下げてくれたので、少しだけ良心が痛む。


 実を言うと、【ポプコーン・バレット】は魔術だ。

 ポーラスターは前世で【無詠唱】を体得していたので、今世の僕はそれを思いだしてマネしている。


 それと前世の記憶を取り戻してからというもの、アスベスト家でこっそり魔術の研究を続け、さらなる魔術体系である【極小魔術ナノマギア】を編みだしていた。


 これは魔術を小さくすることで、威力を上げつつ消費魔力も抑えるというもの。

 消費魔力が小数点以下になるから、魔力が1の僕でも使うことができるんだ。


 つまり、『小さいことは、いいことだ』。

 この考え方は【極大魔術ギガマギア】とは対極のものといえよう。


 前世でさんざん魔術漬けになっておいて、なんでまた今世でも魔術を使うのかというと、それにはいくつかの理由があった。


 まず、やっぱり僕は魔術が好きだということ。

 そして、その好きな魔術を剣術に応用すれば、落ちこぼれを脱却できるんじゃないかと思ったから。


 実はさっきのゴブリンとの戦闘で、実戦で初めて魔術を投入した。

 ぶっつけ本番だったけど、僕はかなりパワーアップをしたといえる。


 父さんや兄弟の前ではずっと内緒にしておいて、練習は夜中にこっそりやっていた。

 なぜならば、魔術師以外の人間が魔術を使うのがバレたら、極刑になってしまうから。


 ポーラスター曰く、『魔術は正統な血筋を持つ人間以外は使ってはならない』という理由からなんだけど、僕はそんなことを言った覚えはない。

 でも、今世では僕が生まれた時からそういう決まりになっていた。


 この世界の人間はみな、幼少の時に将来性の検査を受ける。

 そのとき同時に、魔術師の家系でない子供には、魔力を封印する儀式を施されるんだ。


 さいわい僕は魔術の将来性が最低のZランクで、魔力が1以上あがらないとわかっていたので、儀式はされずにすんだ。

 でも……そのせいでずっと、みんなからバカにされてきた。


 そしてピュアリスは、やっぱり他のみんなとは違っていた。

 僕の能力値を見てもバカにしたりせず、胸の前で白い指を絡め合わるというポーズで感激のまなざしをくれたんだ。


「ペヴルさんはすごいです……! 剣術や技術の将来性がFなのに、あんなにお強いなんて……! きっと、努力家さんなのですね!」


「いやぁ、それほどでも」


 僕は家にいるときはいちども褒められなかったので、こんな美少女に褒められた日には天にも昇る気持ちになった。

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