第2話 黒紙


 さて、この『80歳定命制』は、「国家緊急事態宣言」の下で、急遽、決められた。



 ただし、現実には、各地で、大規模反乱が起きた。その為の、自衛隊治安出動があったのである。



 で、満80歳以上の高齢者には、俗に、黒紙と呼ばれる「タコ・ゲーム参加用紙」が送られて来る事になったのだ。



 なお、この「タコ・ゲーム」に参加しない人には、強制的な「安楽死」が待っているのみだ。



 全国の高齢者は、既に、余命幾ばくも無い人以外、この「タコ・ゲーム」に殺到する事が推測された。



 そして、この物語の主人公の80歳を超えた、松下洋介にも、この黒紙が届いた。



 松下洋介には、たった、二つの選択肢しか残されていない。



「タコ・ゲーム」に参加するか、「安楽死」を選ぶかである。



 そこで、10歳年下の自分の妻と、自分の一人息子の旭と、その嫁さんを呼んで、家族会議を開いた。



「こんな、ご時世だ。タコ・ゲーム等に参加しても、先ずは助からないだろうな……。で、私は、タコ・ゲーム参加を諦め、「安楽死」を選ぼうと思うのだが……」



 もの凄く暗い状況の中で、ある一人の人間が、強烈な反対表明をした。



「お義父さん、要は、生き残れば良いのでしょう。私には、ある作戦があります。ですので、必ず、タコ・ゲームを選んで下さいね」



 そう言ったのは、息子の嫁さんの美里だった。



「そうは言うが、どうやって、10,000人の中から生き残るのだ?」と、松下洋介は聞く。



「私は、薬剤師です。で、現在、大学病院に勤務しています。大学病院薬剤室には、致死量0.1グラムの亜ヒ酸や、青酸カリ等が、研究用に置いてあります。

 まず、これを盗み出して、靴底に1キロを、二足に分ければ、片足500グラムで済みます。これで、他の人を全て、つまり10,000人全員を抹殺するのですよ」



「それは、理論的には可能だが、その毒物をどうやって他人に飲ませるのだ?」



「そ、それは、確かに、難しいのですが、一応、計算上は不可能ではありませんよ」



「確かに、その通りではあるが、誰も、死にたくは無い筈だ。例え、一人でも、毒物で死んだ人間が出れば、その段階で、この計画は頓挫する。



 では、この問題をどうクリアすのだ?」と、落ち着いた声で、反論する。



「そ、それは、確かに……」と、息子も頷く。



 だが、ここで、妻の明子が、次のように言った。



「私も、「安楽死」には絶対に反対です。ですが、仮に、万に一つでも、助かるのなら、「タコ・ゲーム」に参加して下さい!!!」



 息子の旭も、この意見に賛成した。



「お父さんは、空手の道場主だったじゃないですか?空手の名人なんでしょう。

 10,000人は無理でも、100人ぐらいなら、撲殺できるのでは?後は、嫁さんの言う毒物を利用して、何とか、最後の一人になるのです。



 こうやって、何とか、生きて帰って来て下さい」と、息子が言う。



「そうは言うが、旭には分からないだろうが、実戦となれば、空手より、道ばたの小石の方が、ホントは役にたつのだ。



 この小石を拾って、相手の頭めがけて投げつければ、それで人を殺せるのだ。ここに、空手は出て来ないのだ」



「では、お父さん、そのまま「安楽死」を受け入れるのですか?」



「ああ、高齢者同士で殺し合いは、なあ……自分としては、気が進まないのだ」



「いえ、そんな事言わないで下さい。



 一番悪いのは、独裁者のあの女性総理です。

 全ての、原因は、『80歳定命制』を決めた、あの狂気の独裁者なんですよ!」と、妻の明子が言う。



「シッ、盗聴されていたらどうする?一家皆殺しだぞ。



 まあ、おまえがそこまで言うなら、悲惨な殺し合いになるが、「タコ・ゲーム」に参加してみるか?」



 松下洋介は、こうして、ほぼ、助かる筈見込みの無い「タコ・ゲーム」に、参加を決めたのだ。

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