8-11
翌日、玄佳は昨日桜から聞いた話を
朝食を食べた後、桜は弓佳の車で近くの病院に向かった。弓佳は玄佳と違って表情豊かで、饒舌な人だった。
医師に診て貰った所、しばらくは痣が残るが、無事に治ると言われた。
ただ――桜も弓佳も怪我に至った経緯は説明したので、児童相談所へ通報すると言う処置は取ると言われた。
桜は目を背けていたが、もう、逸らす事もできないくらいに、桜が受けている扱いは虐待だった。
混乱している間に弓佳の方でもそれを進め、更に学校の方とも相談すると言う話ができていて、桜の方は何も言えなかった。
病院に時間を取られたので、弓佳は桜を近くの店に連れていき、お昼をご馳走してくれた。
帰ると、しばらく好きにしていいと言われたので、桜は玄佳の部屋のテーブルを借りて少しノートを書いていた。
玄佳は新しい何かが始まっているのではないかと言っていたが、あながち間違いでもない。桜の中には一つの萌芽があった。形にするには、まだ足りない物があるが。
それから、弓佳に呼ばれて話を聞くと、児童相談所の職員がくるというのを聞かされた。気は重かったが、必要な事だと弓佳に諭されて、桜は頷いた。
会った事のない人間は無条件に怖い。ただ、玄佳の母が一緒ならばという気はした。
弓佳が淹れてくれたコーヒーを飲みながらリビングでぼーっとしていると、インターホンが響いた。
「桜ちゃんはそこにいて」
「はい」
母と会話する時には決して感じない安心感を感じながら、桜は頷いて、コーヒーを少し飲んだ。
これから――と思えば僅かに聞こえたのは、玄佳と、咲心凪と、由意と、西脇の声だった。
「桜ちゃん――」
「桜」
すぐに弓佳が戻ってきて、彼女を押しのけて玄佳が入ってくる。
「玄佳ちゃん……怪我は、治るって」
桜は、真っ先に伝えるべき事を伝えた。
「よかった……咲心凪、由意、入って。西脇先生も」
玄佳に呼ばれて、西脇、咲心凪、由意の順にリビングに入ってくる。
「桜ちゃん……大丈夫?」
咲心凪が戸惑ったような声を出した。
「大丈夫じゃないからここにいるんだろうけど、私達も玄佳ちゃんに話は聞いたからさ」
由意は全然いつも通りだった。
「まあ生徒間でできる事は今まで通りに
西脇は桜の前に座り、真面目な顔で彼女の瞳を見た。
「ごめんなさい。そんなになるまで、気づけなくて。児童相談所の方はまだみたいだけど、事例を調べるとちょっと、こちらから提案できる事があるんじゃないかって思うから、少し準備してきたわ」
西脇は持っていたバッグから一枚のパンフレットを出し、桜に差し出した。
「
そこに書いてある文字を見るに、
「児相ってこれだけ酷い事例だとまず間違いなく親元から引き離して施設入れるんだけど、そっちが万全かっていうとそうでもないし、
「はい……」
「月守さんの家にずっといるって方法は簡単には取れないのよ。少なくとも義理の両親として月守さんのご両親が認められなきゃいけないけど、そこまでが長い」
西脇の話が見えてきた。
「それまで、寮で過ごす……っていう事ですか?」
導き出せる結論は、他になかった。
「まあその為の手続きは色々あるんだけど……」
西脇は頭を抱えた。そちらを取るにしても、簡単な事ではないらしい。
未来が見えない時、人はこんなに不安になるのか――桜は震えすら感じた。
「少なくとも、知ってる人がいない施設に入るより、明確に知ってる人がいる寮の方が町田さんにはいいかと思ってるんだけど……」
「え……知ってる人って……」
桜の言葉に、西脇は不思議そうな顔をした。
「聞いてないの?
「……僕は……」
選ぶ時がきている。どうするか、自分で――それは桜自身が決める事ではある。だが、その前に気になる事はあった。
「まず、施設に入った時、学校はどうなるのか知りたいです」
「転校になる可能性が一番高いわ」
転校――桜は明確に、顔から血の気が引くのを感じた。
「なら……でも、寮に入る事で変わるんですか」
玄佳と、咲心凪と、由意と離れる事など、桜には既に考えられなかった。
「まあこっちはこっちで色々手続きはあるんだけど……入寮すれば親御さんから離れるって事はできる、月守さんのご両親の方は……」
西脇はそこで弓佳を見た。
「本音を言えばずっと家にいて欲しいくらいではありますけど……少なくとも引き取る条件については早急に整えます」
「っていう事だから、町田さんが鳳天にいるまま環境を変える為の手段として、入寮案内持ってきたのよ。寮関係で町田さんは親御さんと一切話さなくていいわ。こっちでするし」
西脇はかなり先まで見ているらしかった。
「なら、鳳雛寮に入る方向で考えます」
迷う事はなかった。凛々子がいる、というのも桜には安堵をもたらす。
「で……月守さん、そっちの手続き済むまで町田さんをお願いする事になりますが……」
「うちはオールオッケーですよ」
弓佳は一切の躊躇いを見せなかった。
「分かりました。この後児相の職員さんくるけど、話は主に私と月守さんのお母さんでするから、町田さんは今の話を基本にして」
「はい」
そこまで考えて貰えるならば、桜は心強い気持ちになった。
「お母さん、先生、それまで四人で話しても?」
玄佳はそこで話に入ってきた。桜が咲心凪と由意を見ると、二人共はらはらした表情をしていた。
「そうしなさい。あなた達三人――」
西脇はじろりと玄佳達三人を見た。
「ずっと町田さんに支えられてきたんだし、たまには支える側に回らないとね」
それでも、その言葉に毒はなかった。
「じゃ、桜、咲心凪、由意、私の部屋にきて」
「うん……」
「ありがとう」
「分かった」
玄佳の言葉にそれぞれ返して、玄佳の後から彼女の部屋に入る。相変わらず乱雑な部屋だが、誰も気にしなかった。
「桜ちゃんいなくならなくて本当によかったよ……」
真っ先に言ってくれたのは、咲心凪だった。
「ほんとにね。西脇先生はああ言ってたけど……私達もできる事ないか、少しでも探そうって話はしてたよ」
由意は心配そうに言った。
「もう学校中巻き込んじゃえばいいじゃん」
「玄佳ちゃんそれでどうするかは考えてないよね」
「でも、西脇先生の話を考えると有効な選択肢だよ」
玄佳の言葉に真顔で考え出したのは由意だ。
「ま、待って……! 僕が寮に入れば済む話だし……」
「その先、っていう所まで考えないと問題は解決しないでしょ。西脇先生が私達にできる事はないって言ってるのは勿論、理屈として分かるけど……無力と非力は違う」
桜の目をまっすぐに見る由意の薄墨色の瞳には、優しさと決意が滲んでいた。
「由意ちゃん……」
「桜ちゃんが学校にきたタイミングで幾つか動きを作る。それまでのケアは玄佳ちゃんにしかできないかな」
「任せろ」
玄佳は少しお道化た風に言ったが、その言葉は深刻だった。
「……なら、私も覚悟決めないとね」
咲心凪が頷き、その後、桜達は由意のプランを聞いた。
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