8-5

 翌日の土曜日、はる達天文部の面々は朝に鳳天ほうてんに集まり、西脇にしわきの引率で講演会に参加した。


『月の色』についてがテーマで、咲心凪えみなが軽く下調べした所、入門向けの講演であるらしい。


 西脇はきっちり五つの席を用意していたので、一番端に彼女を置いて、桜、玄佳しずか由意ゆい、咲心凪の順に座った。


 桜は持参したノートに講演を行なう女性の言葉を書いていった。主な所では月の呼称の歴史、それからその呼び名に対する科学的な説明などがある。


 授業を聞くのとさほど変わりなく聞けたが、例えば月が何故赤く見えるかなどの部分は少し専門的な話もあり、桜は後で咲心凪に確認しようと思った。


 最後の質問の時間に、咲心凪はIBMの写真を見せて『月が青く見える事例』について尋ねていた。


 具体的な話に関しては相手も知らなかったが、月が高く昇っている場合、そして観測の条件的には冬の夜という条件で見えるとされると言う。桜はその部分にマーカーを引いた。


 講演会は終わり、桜達は食事を取る事になった。その場で今回のまとめも入っている。


 咲心凪は西脇と話をつけていたらしく、近くのレストランに入った。それぞれ注文し、まずは講演の内容を咲心凪に確かめた。その間に全員の注文がくる。


「それじゃみんな、頂きます」


 西脇の言葉に唱和して、それぞれ手をつけ始める。


「月が青く見える事例があるって分かっただけでも一つの成果かな」


 由意が考えるように言った。


 確かに、今までは話の上の物として考えていたし、話の証拠も玄佳がIBMの写真を見つけるまでなかった。


 観測条件による所も大きいようだが、今の時点では情報が少ない。前進はした。


「うーん……冬の方が空気が澄んでるからそうって言うのは確かにそうなんだよね。お祖父ちゃんが見たのも冬の事みたいだったし。玄佳ちゃんのお父さんは?」


 咲心凪は玄佳に尋ねる。


「写真のデータの日付見るに冬場だね。一月。お母さんに聞いたんだけど、その辺りでお母さんが妊娠してたの分かったって」


 玄佳が言っているのはつきのひさしが書き残している『IBMは誰かが旅立ち、誰かが生まれる合図』という主旨の事についてだ。玄佳としては父の痕跡や考え方を知りたくてIBMを求めている所もあるので、その情報を足したのだろう。


 実際に見たと言う証言はどちらも冬、となるとやはり冬場に観測の機会を設けるのがいいのではないかと桜は思う。


「咲心凪ちゃん……大分先だけど、冬に天体観測するの?」


 桜にとってはとても遠い未来のように思えた。


「する。これだけ話が出そろってるならそこでしないといけないけど、問題は具体的な観測条件までいくと不明瞭、かつ玄佳ちゃんのお父さんの話を加味すると運要素もある」


「ちょっといい?」


「何? 由意ちゃん」


 由意は口元を上品に拭いて、咲心凪の方を見た。


「その『運要素』の部分を極力排していく情報を求めないと、観測にいっても確実に見れないよ」


 その発言は由意らしく理にかなっていた。


 つきのひさしは『火球の直後』と言っているが、いつ落ちてくるか分からない物を予測したり待ったりするのは得策ではない。


 現時点での手掛かりを纏める必要もあるが、その前に――と桜は思った。


「咲心凪ちゃん、咲心凪ちゃんのお祖父ちゃんが見た時は『火球』っていう条件はあったの?」


 気になるのはそこだ。実際に見たと言い残しているのは咲心凪の祖父と玄佳の父の二人だが、咲心凪から火球の話を聞いていない。


「お祖父ちゃんの話……ちょっと気になる事は言ってた」


「何それ」


 玄佳が紙ナプキンで折り鶴しながら尋ねる。


「その時、天変地異の前触れだって話が仲間内で出た……結局何も起きてないらしいんだけど、火球が近くに落ちたって考えるとそんな風になるのも分かる気がする」


 咲心凪の方でも思い当たる事はあったらしい。


 一人は明確に、もう一人は少し曖昧にではあるが、『火球』や『異変』について言及している。その部分がどの程度『必須の要素』なのか。


 桜が隣の玄佳を見ると、何か考える顔をしていた。


「……玄佳ちゃん、どうしたの?」


 桜が声をかけると、玄佳は荷物から一つの手帳を取り出した。


 いつも彼女が使っている手帳ではない。もう少し大きな物で、黒い革の表紙だった。


「お父さんが当時描いた物を見つけたんだけど、ここから見える情報はそんなになくて出そうか迷ってた」


「いや出してよ。ちょっとでも情報欲しいんだから」


 玄佳の言葉に咲心凪がつっこむ。


「まあでも、本当に少しなんだよ。『氷鏡山ひかがみやま星落としで見た光景』ってメモがある。場所検索したけど――」


「待って。星落としって言った?」


 咲心凪は玄佳の言葉を途中で止めた。


 氷鏡山星落とし――少なくとも、桜が知っている地名ではなかった。


 ただ、咲心凪の様子を見ると何か重要な要素があるらしかった。


「うん。っていうか明確に書いてある。ほら」


 玄佳は咲心凪、桜、由意に見えるように手帳を広げ、その部分をなぞった。


「ちょっと借りていい?」


「汚さないでね」


 玄佳の言葉に答えもせず、咲心凪は彼女が持っていた手帳を取り、他のページも合わせて見始めた。何か重要な物を見つけたように考えているらしかった。


「……明確にどこにある場所なのか書いてないね……玄佳ちゃんは知らない?」


「氷鏡山って検索しても出てこない。咲心凪は何を知ってるの」


「それ。氷鏡山っていうのは今知ったけど、お祖父ちゃん曰く『星落とし』って場所で見たって」


 咲心凪の言葉にすぐ動いたのは由意だった。スマホを取り出してすぐにその言葉を調べているようだ。


「……確かに検索しても出てこないね。でも、二人が同じ場所でIBMを見てるってなると……待って」


 一つ、気になる事は桜も恐らく由意と同じだった。


「具体的な都道府県くらい絞れないとまずい」


 現状、場所については名前以外は一切不明な状態だ。この情報も必要になる。


「お祖父ちゃんも言ってなかったんだよね……ただ、東京からそんなに時間かけずにいける所ではある筈」


「曖昧だね……玄佳ちゃんは知らない?」


 由意は玄佳に話を回した。


「咲心凪、手帳返して」


「あ、ごめん」


 咲心凪から手帳を受け取ると、玄佳はそれの最初のページを開いた。


「正直私もお父さんがどこでって事知らないし、お母さんも文貴さんも知らなかったんだよね……文貴さんに頼んで、当時一緒にいった人調べて貰う?」


 玄佳の提案が、今の所は一番現実的な気がした。


「なんだか凄く頼ってて申し訳なくなるけど……他に手掛かりないからお願い」


「分かった」


 咲心凪はそこでスマホを取った。


「この情報を夏までに確定させれば、冬の観測っていう条件と一緒に方針が立つ筈……!」


 もう既に、咲心凪は計画を立て始めているらしかった。


「……マップで検索しても出てこないな……正式な名前じゃないのかな」


 由意はもう少し詳しく考えている。


「……地方の呼び方なんじゃないかな……僕の地元でも本当の地名より有名な呼び方はあったし……」


 桜は控えめに意見を出した。


「その線かな。なんにせよ……」


 玄佳は桜の背中をそっと撫で、西脇に視線を送った。


「また何かあったら先生、窓口お願いします」


「分かったわよ……」


 黙って聞いていた西脇は、少し不満そうに請け負ってくれた。


 少しずつではあっても、IBMに近づいている――桜は少し、心にキラキラする物が現われるのを感じた。


 その日は鳳天に一度戻り、また週明けにという事で別れた。




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