8-4

 はる達が生徒会室に入ると、折よく他の部活はきていないようだった。もっとも、咲心凪えみなにとってはよくないのかも知れないが。


「天文部です……成果報告を出しにきました」


 それでも咲心凪は桜、玄佳しずか由意ゆいの前に立って要件を言った。


「今月は早かったのね~」


 そして、生徒会役員が並ぶ中に一人座っている花会里かえりが微笑む。普通にしていると金髪と豪奢な雰囲気が相まって、外国の貴族のような印象を受ける。


「今月はこの後も活動があるんですけど、それを纏めていると長くなりそうなので先に」


「見せなさい」


「はい……」


 咲心凪の言葉を途中でぶった切って、花会里は一方的に要求してきた。桜達は花会里の前までいって、成果報告の用紙を彼女に出した。


 花会里は咲心凪の手からそれを受け取ると、赤い瞳に少し訝し気な光を灯して読み始めた。桜は他の部活の成果報告を知らないが、これくらいその場で読まれる物なのだろうかと思ってしまう。


 ただ、花会里の訝し気な顔は段々面白そうな物に変わり、添付したIBMの写真を見るとフィンガースナップを一つ鳴らした。


「いいじゃない。纏めたのは字と文から判別するに氷見野ひみのさんではないみたいだけど……」


「う……」


 褒められているのか、怒られそうなのか分からないからか、咲心凪が怖そうな顔をするのを桜は見た。


「私が纏めました。規定では纏めるのは部内の誰でもいいようなので」


 由意が口を開く。


 その穏やかな、しかし強い薄墨色の瞳は、花会里のルビーの視線とまともにかち合っていた。


「写真の出所を聞いても?」


 花会里は由意に向けて、IBMの写真を示した。


「ここにいる月守つきもり玄佳ちゃんの亡くなったお父さんが遺したデータからです。この他にも実際の写真、及び当時の状況が分かる資料も手に入れています」


 由意はハキハキと答える。やはり、このような話をする時に由意がいるといないとではスムーズさが全然違うと、桜は素直な感嘆の念を抱いていた。


「なるほど……目的までは近づいたという所ね」


 花会里は一通りの成果報告を置き、咲心凪をじろりと見た。咲心凪はびくっと委縮した。


「一ついい事を教えてあげるわ、氷見野さん」


 その言葉は、明確に咲心凪一人に向いていた。


「なんでしょうか……」


 桜が咲心凪を見ると、真っ青になっていた。


「私の周りには私のストッパーが何人かいる。その内二人から『天文部については特に長期的に見るように』と言われてあるのよ。凛々子りりこ安日あひるの事だけど」


 どうやら、桜が知らない内に凛々子と安日は花会里に話を通してくれていたらしい。


 凛々子の方で守ってくれるのは、桜にとっては助かる。


 ただ、それで花会里が何故か獲物を見る目を咲心凪に注いでいるのは少し不吉だった。


「今回の成果と合わせ、夏休み明けまでは様子見を行ないます。その間にもっと確定的な事を調べなさい」


「はい……」


 夏休み明け――調べ物をする時間はかなりあるが、そこで見つからなかったならばかなり厳しくなりそうだった。


「ま、天文部同士が何かをする機会もそうはないし、そこまで焦らなくてもいいわ。特に、氷見野さん以外の三人はそれぞれ兼部先で有力視されてるし」


 花会里の言葉で、桜達の視線が玄佳に集中する。


 桜に関しては先月の時点で大分言われていた。由意は今月大幅に成果を挙げているだろう。玄佳からそういう話は聞かない。


「私もですか」


 だが、玄佳も自覚がないらしい。


「伯爵曰く『正統後継者』らしいわ」


鹿島谷かしまや先輩って何考えてるんですか?」


「そんなものは考えるだけ無駄よ」


 まだ。


 まだ、僕は玄佳ちゃんの全部を知らない。知りたいって思うけど、もっと貪欲になってもいいのかな――桜はそんな事を考えて、花会里に聞かなければならない事を考えた。


「あの……黒崎くろさき会長」


 不思議そうな顔をしている玄佳の横で、桜は花会里に声をかけた。


「何かしら?」


 花会里は気分を害するでもなく、寧ろそうする事が当然のように首を傾げた。


「由意ちゃんは凄く頑張ってるから分かるんですけれど、僕は……僕はどうして……」


 言葉が上手く出てこない。


「文芸部の人間の実力を何で測るか」


 花会里は人差し指を立てた。


「それはただただ作品の出来。今年の文芸部は二人しか入らなかった……あなたは知らないかも知れないけれど、去年は十人以上入って、凛々子についていけたのが凡骨二人だけなのよ。けど……」


 初めて知る事実だった。二年生の先輩二人の同期という事になるが、凛々子についていけないと聞くと何故か納得してしまう。


「今年の一年は二人共優秀ね。あなたは飛び抜けて凄まじい物を書くけれど、宝泉ほうせんさんの方も既に中学生の域を超えてる。もっとも……」


 花会里はそこでとてもあくどく、目を細めた。


「凛々子の『次』となれば、あなたでしょうけれど」


 その赤い瞳は何を見、その言葉は何を示しているのか、今の桜には分からなかった。


『次』――次の部長には恐らくなる。副部長に選ばれると言う事はそういう事だ。


 ただ、花会里が言っているのは明らかに違う意味のように桜には思えた。


「それは……どういう意味ですか」


 桜がそのまま尋ねると、花会里は可憐なくらいに笑った。


「分からないなら、凛々子に聞いて頂戴。そう遠くなく――」


 花会里はまっすぐに桜を指さす。


「あなたは自分の実力を正確に知る」


 予言じみた言葉は、かえって戸惑いを呼ぶ。


 花会里が何を言っているか分からないが、桜は自分の実力なる物が分かるなら、それでいいと思えた。


「……分かりました。ありがとうございます」


 ひとまず、花会里がどうして桜を高く評価しているか――それは単に、花会里が桜の作品を評価していると言う、簡潔で分かりやすい指標だった。


「じゃ、もういきなさい。この成果報告に書いてある講演会の準備もあるでしょうし」


 講演会はもう明日だ。それ程準備する物はないが、それでも一応、質問ができるかも知れないと言う事で西脇にしわきから考えておくようには言われている。


「失礼しました」


 咲心凪を先頭に、それぞれが生徒会室を出ていく。


「なんで天文部がこんな目をつけられるのか分からない……!」


 出て少し歩くと、咲心凪は疲れたように言った。


「そこが謎だけど、あの感じだとすぐにどうこうするのは避けて貰えそうだし、そこでなんとかするしかないかなあ」


 由意は現実的な問題を話す。


「講演会での質問……咲心凪ちゃん決めてある……?」


 桜は咲心凪に尋ねてみた。


「一人一問かつ部活としてみると一個だけだから悩むんだよ……! とりあえずそっちは私で考えるから、みんなIBMの情報どう探すかの方考えて!」


 成績こそ四人の中で一番いいのだが、咲心凪は唯一専門知識があるのでそちらを任されている。IBMに関しては桜達で考えるしかないらしい。


「って言っても……うちにある物漁る、咲心凪の家に何かないかの再調査、後は何かある?」


 玄佳は今までの活動から二つ、方針を出した。


「目撃情報募るならネットの方がいい気もするんだけど、勝手にってわけにいかないから、一度それを西脇先生に相談してみる?」


 由意は今までなかった角度から提案してきた。


「まあそれもありか……じゃ、咲心凪だけ部室で」


「分かったー」


 咲心凪は拒むかと桜は思ったが、普通に受け入れている。


 一度、西脇と話す事になって桜達は別行動を取った。


 その後、西脇と少し話し、彼女の方で考えて貰える事になって、桜達は別れた。



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