8-2
天文部、文芸部の活動の両方とも順調にいっている。
文芸部の原稿については考査が一段落した事もあって、集中的に打ち込めた。天文部の方では講演会より先に活動記録を纏めて、講演会については別途添付となった。
活動記録の整理をすると
翌日の木曜日は天文部の活動はせず、
どうせ作業するなら、今は一人の方がいい。
そう思って桜が家に帰ると、珍しく母の靴が既にあった。
怒られる――ほとんど直感で、桜は覚悟した。
母はいつも怒っているが、前触れみたいなものは多少でもある。例えば、靴の脱ぎ方が雑になっている時など。
桜は一つ深呼吸して中に入り、リビングでテレビを見ていた母に「ただいま戻りました」と言った。
「桜」
母は酒に焼けた声で桜に声をかけてきた。いつもならば無視するのに。
「は、はい……」
桜は委縮しながら答えた。
「テストの答案、全部返ってきたんだろ」
「はい、返ってきました……」
「全部持ってこい」
ギョロりと血走った目を向けられて、桜は急いで「はい!」と返事をして、自分の部屋に入った。
テストの答案については一つのクリアファイルに纏めているので、それを持って母のいるリビングに戻る。
「持ってきました……」
「見せろ!!」
桜の手からひったくるようにして、桜が大切にしていたクリアファイルを破く程の勢いで中の答案を取り出し、一枚一枚点数を確かめた。桜自身が計算した所、平均は九一点、それ程低くはないと自分では思う。
「座れ!!」
それでも、足りないのか。示されたのはソファではなく、その場の床だった。桜はそこに正座した。
やっぱり、怒られるんだろうな……どこか諦めに似た気持ちで、桜は視線を伏せた。
「なんでこれしか取れないの?」
母は怒りが滲む声で尋ねてきた。
「それは……」
言い訳する気も失せる。何を言っても、母には届かないと知っているから。
「どうせ勉強しなかったんだろ」
正座する桜の頭を答案の束でぽんぽん叩きながら、桜の母は尋問してくる。
「勉強は……しました」
嘘は吐いていない。可能な限り勉強して、なんとか学年平均・クラス平均より高い点数を取った。なのに桜は怒られている。
「小学校の頃はもっと点数よかっただろ。勉強が足りてない!!」
小学校の頃――それは寧ろ、小学校の先生が簡単なテストを作っていた上に、桜はその時点で
言い訳じみた言葉は次々に出てくるが、どれも母には通用しそうにない。
「本当に出来損ないの死にぞこないだな。頭に欠陥あるんだから、黙って勉強だけしてろ!! 飯の時間までに課題全部終わってなかったら今日は飯出さねえぞ!!」
「はい……」
「分かったら早く始めろ!!」
桜の母は、答案を投げ捨てて立ち上がった。
桜は涙を瞳に滲ませて、投げ捨てられた努力の成果を束ねて、部屋に戻って着替えた。
今日中に、出ている課題全部をやる。不可能な量ではない。もっとも、それをしなくても食事を抜かれる事はないと桜は冷静に考えていたが。
桜の母は勉強しろと言う割に、本人が勉強できるタイプではない。桜が嘘を吐いて『もうできました』と言えば確かめもせずに終わりにする。
そういう奴だって、分かる。
桜は母に対して軽蔑を抱いている自分を発見して、いつも思考を整理する為につけているノートを開いた。
[スクラップの血脈。出来損ないの死にぞこないだってまた言われた。最近は言われてない気がする。でも、蛙の子が蛙なら、お母さんだって出来損ないなんじゃないか。結局、僕に流れている血はスクラップの物で、僕は多分、一生その血を愛する事ができない。愛なく生きていくゾンビは嫌だけれど、自分の血を愛せない者は人を愛する事ができないって本当なんだろうか]
思考はとめどなく流れていく。
[玄佳ちゃんはきちんと家族を愛している。今のお父さんとの関係もいつか上手くいくって思えるけれど、僕はどうだろう。お母さんの事も、お父さんの事も好きにはなれそうにない。こんな僕が玄佳ちゃんの事を好きでいるなら、それはそれだけで罪かな。罪愛、罪の愛でも、玄佳ちゃんとずっと一緒にいられたらいいのに……]
思考は途切れる事なく続いていく。
頭の中に玄佳の事がいっぱいになっていって、桜はそっとスマホを取った。
〈通話しないで〉
桜は先にそれを送った。
〈少し話したいけど、通話するとお母さんが気づく〉
玄佳はその言葉に、サムズアップのスタンプを返した。
〈どうしたの?〉
そして、すぐに返事を返してくる。
〈お母さんにテストの点数が悪いって言われて、色々考えちゃって、話したくなって……〉
桜は上手く言葉を纏められなかった。
〈点数悪いって、桜平均で九〇取ってたよね?〉
恐らく、玄佳もピンときていない。九〇点で『出来が悪い』と言われたら、もう全教科満点を狙うくらいしかないのだから。
〈小学校の頃はどの科目も一〇〇とれたから、それと比較してるんだと思う〉
〈小学校のテストと鳳天のテスト比べるとか、あの婆馬鹿なの?〉
玄佳がいきなり辛辣な事を言うので、桜は答えに詰まった。
実際、やってみた感じでいけば小学校のテストなど比べ物にならないくらい鳳天の考査は難しい。その難易度の差は答案を見るだけで分かると桜は思うのだが、母は点数しか見ていない――そう、結果だけだ。
〈お母さんの場合、点数……結果だけ見て優劣を判定するから〉
〈バカのする事じゃん。また何か言われた?〉
玄佳の言葉を痛快に感じる自分がいる事に、桜は戸惑っていた。ただ、玄佳が言っている事が正しいと言うのも分かる。
〈また出来損ないの死にぞこないって言われた……でも、それはもう、気にならない〉
桜が返すと、玄佳はすぐには返事を送ってこなかった。
〈ただ、お母さんの血が流れてる僕も、クズなんだって思ったら、玄佳ちゃんと一緒にいていいのか分からなくて〉
〈桜〉
途中送信した桜の言葉を、玄佳はすぐに止めた。
〈桜の親がどうかとか、私には関係ない。私は桜の血が好きなんじゃなくて、一人の人間としての桜が好きなんだから〉
一人の人間として――それは桜にとって、とてもありがたい言葉だった。
〈ありがとう……〉
いつか見た、玄佳に向けたヒーロー像が、強くなる。
〈今から桜の家いこうか〉
〈ダメだよ〉
それでも、すぐに何かが解決するわけではない。
恐らく、今玄佳が桜の家にきたならば大喧嘩になる。まずくなるのは玄佳の立場だ。玄佳にはそんな危ない橋は渡らないで欲しいと思う。
〈僕の話を聞いてくれるだけでいいから、玄佳ちゃんはきちゃダメ〉
玄佳の不満そうな顔が、文字越しでも伝わるくらいの沈黙が流れた。
〈なら、桜は思った事全部吐き出してよ〉
〈ちょっと、待って〉
桜はさっき書いたノートを写真に撮って、玄佳に送った。
〈前渡したノートに、今日の事書いておいてくれないかな〉
玄佳の言葉で、桜は玄佳から貰ったノートに手をつけた。
それから桜は「課題は?」と確かめる母に嘘を吐いて、食事をして、少し課題も進めて、眠りに就いた。
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