7-12

 玄佳しずかと遊んでも、はるの母は何も言わなかった。桜は『球根』を改稿し、なんとか凛々子りりこに見せられるくらいに整えた。


 全力、今の全力は出せたと思う。そう思いながら原稿用紙を鞄に詰めて、桜は月曜日に学校にいった。途中で玄佳と合流し、一緒に校舎に向かった。玄佳は少し、嬉しそうだった。


 クラスにいくと、咲心凪えみな由意ゆいはもうきていて――由意は髪の毛を切って、以前より大分軽いヘアスタイルに変わっていた。


「おはよう」


 朗らかに言う由意にそれぞれ返して、放課後は天文部の部室に集まる事になった。


 先週までの空気の悪さは完全に消え、以前と変わらない平和な一日を終えて、桜達は天文部の部室に向かった。


 咲心凪がテーブルの窓側に座り、その隣に由意、桜、玄佳の順に座る。


「じゃあ、今週の活動方針、決めようか」


 咲心凪は活動日誌を取って話を切り出した。


「ねえ、咲心凪ちゃん……今の時点での活動ってどの程度進んでるの? 途中から参加できなかったから……」


 桜はまず現状を確認したかった。


 月の最初の方にあった書肆浮舟堂の編集者・高岡たかおかとの話ではあまり成果が出なかった。そこから玄佳の父・つきのひさしの遺した物に当たる事になったが、桜は途中で親から部活禁止を食らい、由意に至ってはその部分の活動に一切参加してない。


「まず、玄佳ちゃんの家にあった専門書にIBMに関する情報はほぼなかった。幾つか火山の噴火の後、隕石が落ちた後に粉塵やガスで空が曇って月が青く見れるっていう話はあったけど、これは学説じゃない」


「でも、手掛かりはあるよ」


 不意に、玄佳が言った。


 桜達は皆、彼女を見た。玄佳は一枚の、折り畳んだメモを持っていた。


「ミッシングリンクってあるよね」


 ミッシングリンク――玄佳が持っている物は、大きな手掛かりになるのではないか? 桜の中にはそんな予感が湧き上がってきた。


「玄佳ちゃん、それは?」


 由意が尋ねる。


「お父さんのスケッチブックに挟まってたメモ」


 玄佳はメモを開いた。


「読むよ。『火球の直後に空が曇った。その曇りが明けると、空はいやに霞んでいて、月は氷のように青く映った。これを〝Icy Blue Moon〟と呼びたい』……まあお父さんは作家だから、着想メモなんだろうけど……」


 玄佳は鞄を取って、中から三葉の写真を取り出した。


「でも、現実が見えてない人じゃない。見て」


 玄佳に言われて、桜はその三葉の写真を受け取り、由意と咲心凪にも見えるように並べた。


 一枚目には夜空にはっきり写る火球の写真があり、二枚目は月明かりを受けた霞んだ空の写真、そして、三枚目には――確かに『氷のように青い月』とでも形容するのが適切なような、青い月の写真があった。


「写真を元にして『Icy Blue Moon』って作品を描いたって事で間違いないと思う。絵本と見比べてみたけど、その写真をお父さんが絵にすればあんな感じになるって分かるから」


 誰より近くでつきのひさしの作品について聞いていた玄佳が言うという事は、無論、重い意味を持つ。少なくとも、写真と実際に描かれた絵を照合するという事はできるだろう。


 桜は、顔にこそ出なかったが、内心では咲心凪がずっと探していたIBMそのものの写真が目の前にある事に興奮していた。


 これが、天文部が目標としている物の、正体なんだ。


 だとしたら、どうすれば見れるのかな。咲心凪ちゃんの話の裏付けみたいに玄佳ちゃんは言ったけど、条件次第なのかな。


 聞きたい事は色々あったが、桜は一番気になるであろう咲心凪にその写真を渡した。


「これが〝氷のように青い月〟……玄佳ちゃん、写真の元データってある?」


 咲心凪からすれば、もっと多くの情報が欲しくてたまらないだろう。長年憧れ続けて、ようやく明確な『証拠』が手に入ったのだから。


「文貴さんに確認したけど、お父さんが仕事の取材で手に入れたデータは全部残ってるみたい。そこからもう少し詳しい事が分かるといいんだけど……どうかな」


 玄佳はきちんと天文部の事も考えて動いていたらしい。


「うん、相変わらず玄佳ちゃんの家に頼る感じになっちゃうけど、そこにこれだけ重要な情報が残ってるなら探るしかないかな」


 咲心凪が内心ではかなり興奮しているのが伝わる。ずっと探し求めていた物が、写真とは言え見れたとなればそれはそうもなるだろう。氷のように青い月は思った以上にしっかり青い。


「ねえ咲心凪ちゃん、その活動に入る前に一つ聞きたいんだけど……」


 由意が穏やかな顔に疑問を浮かべて咲心凪に尋ねた。


「何?」


「火球って隕石とかの事だよね?」


「そうだよ?」


「それっていつ落ちるか推測できる物なの?」


「できる場合もあるけど、ほとんどの場合はできないかな」


「そんな不確かな物を探すわけだね……」


 由意は少し、諦めたように微笑んだ。


「だから何か手掛かりがないか探すんだよ。条件を明確にするっていうのはそういう事」


 咲心凪は怒るでもなく、冷静に部長として言うべき事を言っている。


「うん、それくらいならつきあえる。他の部もなんとかなるし」


 由意は不確かと言いつつ、つきあってくれるらしい。


「これからうちくる? お父さんが使ってたパソコンは動かせる状態にしてあるし、その中でその写真の元データも見つかるかも知れない」


「探せるなら探しといた方がいいよ。天文部の活動の上でIBMは重要な物、その写真の元があるなら成果報告として出しておいた方が確実に天文部にとっていい事になるから」


 玄佳の発言に、由意が明確な指針を出す。由意のこういう所は相変わらずのようだった。


「桜ちゃんは大丈夫?」


 咲心凪はまだ何も言っていない桜に尋ねてくる。


「うん……ただ、少し先輩に原稿を渡す時間だけ欲しい……」


 一応、凛々子から今日の予定は聞いている。ほぼ部室にいると聞いているので、今から帰り際にいけば大丈夫だろう。


「じゃ、桜ちゃんを待ってから玄佳ちゃんの家にいって、まずはIBMの写真データを貰う。そこで印刷して、成果報告に出せる物にして、あとは玄佳ちゃんの家に他に何か残ってないか調べるのが今後の主な活動かな」


 咲心凪はすぐに方針を固めた。相変わらず、未来の事を考えさせると誰よりも早く判断できる。


「咲心凪、これ活動日誌に書いといて欲しいんだけど、咲心凪のお祖父さんの仲間の持ってた当時のノートについて探せないか……こっちの情報だけだと心許ないから、それも少し先の事として考えたい」


 玄佳がこういう事を言い出すというのも桜にとっては意外だった。ただ、玄佳は玄佳なりに、未来を見ると言う事が少しずつできるようになっているのかと思うと、安心する。


「お祖父ちゃんの友達か……分かった。頭の中には入れとく」


 咲心凪がどれだけ祖父の遺した物を探したかは、由意との喧嘩の過程で克明になっている。そこから更に探すと言う事ができるかだが、つきのひさし一人の証言というのもも難しい。


「じゃ、活動方針は決まりだね。いこうか」


 由意はすぐに帰り支度を整えだした。


「うん、いこう」


 そして四人は、部室を出た。


 桜は一度三人と別れ、文芸部の部室にいった。凛々子に『球根』の原稿を渡すと、彼女は今日の内には読むと言った。明日直す所を示すので時間を作れとも。桜はその言葉に頷いて、再び三人と合流した。


 その日、玄佳の家で四人はつきのひさしが遺した写真のデータを手に入れた。


 闇雲に探し物をしていた今までに比べると明確な『目標』ができた――桜達は、希望を胸に帰った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る