7-11
考査そのものは二日で終わる。
二日目が終わると、
桜は嬉しかったが、外出の計画を親に言うと不満そうな顔をされるし、言わなくても怒られるので頭を抱えつつ帰り、母が帰ってくると明日は出かけると言った。母は興味もなさそうだったので、桜は少し安心できた。
迎えた土曜日、桜は玄佳が指定してきた、桜の家の駅と玄佳が乗る駅の中間にある駅に向かった。
そこは少し小さめの駅で、桜が電車を降りるとすぐに玄佳を見つけられた。
彼女は半袖のブラウスに黒いスキニーを合わせ、肩掛け鞄とカメラを提げている。一応、写真部としての活動もするらしかった。
「玄佳ちゃん」
桜が声をかけると、玄佳はすぐに振り向いた。
「おはよう、桜」
「おはよう……どこにいくの?」
「この辺は色々あるから、歩くだけで楽しいんだよ。それに、あぷすまでいけるし。きつかったら電車使うけど」
「大丈夫だと思う」
桜の地元は友達の家にいくにも結構歩く。運動そのものは苦手だが、歩くだけならばそんなに苦ではない。
「じゃ、いこう」
桜は玄佳に手を引かれて、改札を出た。
東京の中でも下町という感じが残る街並みが広がっている。玄佳は何度もきているらしく、迷わずに進んでいく。どこか目的地があるようだ。複雑な道なので、桜は玄佳を見失ったら迷子になるだろう。それでも玄佳は桜の歩調に合わせてくれる。
「お腹空いてない?」
「大丈夫」
そんな会話をして、玄佳を先頭にして一つの公園に入った。公園と言っても、ベンチが幾つか置いてあって、自販機が二つあって、あとは舗装されていない地面が広がっているだけの、何もない所だった。
「ちょっと飲み物買おう。もう結構暑いし」
「うん」
二人は自販機の前までいって、二人そろってレモンスカッシュを買った。
そして、公園の中にあるベンチに座る。
玄佳は、ベンチから見える自販機の風景を一枚撮った。
「昔の話なんだけどさ」
どこか真面目な顔で、玄佳は話し始めた。
昔、お父さんから聞いた事がある。
お父さんは生まれは東京で、静岡に越して、絵本作家を目指してまた上京してきた。
私が小さい頃、お父さんはここに連れてきてくれた。
お父さんも子どもの頃にきた事があるんだって言ってた。
その頃は、遊具もあって、もっと公園らしい見た目だったって言ってた。
変わる事と失くす事は違うけど、なくなっていく物は確かにあるんだって。
でも、代わりに何かがくる。
お父さんはそんな事を言って、『ここは透明な場所に繋がってる』なんて言ってた。
玄佳は語り終えると、レモンスカッシュを一口飲んだ。
「私にはよく分からなかったし、今もよく分かってないんだけど、でも、ここに透明な場所があるんだって考えると、少し不思議な気持ちになる」
確かに、玄佳が父・つきのひさしから聞いたという話は難しかった。
見た感じにこの公園は何もない。昔はあった。それがなくなって、つきのひさしは何かを見出したのだろうか。
「全部は分からないけど、でも、変わる事、失くす事の違いと、失くなっていく物が必ずあるっていうのは、分かる気がする」
それは、桜自身が今までに体験した事を、明確に現わしている気がしているから。
玄佳は、話の続きを促すように桜を見た。
「僕は――変わろうと思って鳳天にきた。少し、自分でも気が強くなった気がする。でも、元々自分で持ってた物は何もなくなってない。ただ、前みたいなつらさがなくなって、これからもなくなっていく物はあるんだと思う」
それから、という事だ。
「でも、失くしたくないならしがみついていればいいって、先輩が教えてくれた」
そっと、桜は玄佳のブラウスの端をつまんだ。玄佳は、優しい顔でその手に自分の手を重ねた。
「最初に桜に声かけた時さ」
入学式の後のホームルームが終わってから――桜はすぐに思い出した。
「私はなんだか『この人は変わらなさそう』なんて思ったんだけどね、正直に言うと」
その時の自分は大分奇天烈な真似をしていたので、玄佳から見ても変に映るのは仕方ないと桜自身思う。
「でも、しっかり変わって、今は凄く強くなった」
ぎゅ、と玄佳は桜と手を握り、親指をぐいとつきあわせた。
「だから私も、って思うんだけど、なかなかね」
「玄佳ちゃん」
桜は玄佳を親指を合わせたまま、その顔を見上げた。
「先輩から受け売りだけど、強さには三つの段階があるんだって」
「聞きたい」
「一つ目は自分は弱いと認める所、次は自分の強さにしがみつく事、最後に強い弱いの対岸に立つ事。僕は一つ目はできてるって言われて、二つ目を必死につかんでる」
桜の話を、玄佳は真面目な話で聞いている。
「僕が変われたからっていうのは無責任だけど、玄佳ちゃんが悩んだら相談に乗るくらいできるよ」
桜が穏やかな顔で言うと、玄佳はそっと桜と繋いでいた手を離し、桜を抱きしめた。
「ありがとう。まずは、自分の弱さ、しっかり見つめてみる」
まずは、そこからなのだと、桜は思う。
自分を強いと思える程の強さを持つのは、絶対的な強者だけで、そんな人は滅多にいない。だから、自分の弱さを知らなきゃいけない。
玄佳ちゃんの助けになれるならと思えば、幾らでも身を粉にできる。
「いつでも、声をかけて」
桜が言うと、玄佳は体を話した。
「やっぱり、桜は私のヒーローだよ」
そう言われると、少しくすぐったい。
桜が視線を逸らして空を見ると――鳶が飛んでいた。
「あ、鳶……」
「あー」
玄佳は立ち上がり、空中をゆっくり旋回する鳶にカメラを向けた。
「こんな都会にもいるんだ……」
桜にとっては見慣れていたが、都市部にいるとは思わなかった。
「なんかあいつ、この辺に巣があるみたいで、結構な頻度で見かけるんだよね。ちょっと待って。撮りたい」
「いいよ」
玄佳は鳶にカメラを向け、写真を撮り始めた。
一心に写真を撮るその姿が、桜にはいいなと思えた。以前、玄佳は桜が何か書いているのを見るのが好きだと言っていたが、その気持ちは今の桜みたいなものなのかと思う。
一頻り写真を撮ると、玄佳はカメラを提げて、桜の方にきた。鞄を取って、中から一つの手帳を取り出した。
「撮ってて思い出したけど、前ここきた後で調べて描いたのあるんだよね」
それは、玄佳が父の真似と言って描いている絵の手帳だ。玄佳はページを繰って、「あった」と桜に一つの絵を見せた。
綺麗で繊細なタッチで、鳶が描かれていた。
「こういう鳥なんだって、初めて知った……」
「あれ、近くで見た事ない?」
「人の近くまで下りてくるのを見た事がないから」
「じゃあ、実物見る?」
玄佳はカメラをいじって、今撮った鳶の写真を拡大して見せてきた。
猛禽らしい姿だが、どこか可愛らしい。写真で見ると、飛んでいるのを見るのとまた違う発見がある。
「鳥、か……」
何か、頭の中に湧き上がってくる物があるのを桜は感じた。
「何か思いついたね」
「うん……ごめん、ノート持ってきてるから、どこかで……」
「近くに美味しい店あるし、時間も丁度いいし、お昼食べつつね」
「ありがとう」
その後、玄佳の案内で桜は一つの店に入り、そこで鳥について思う事を書きメモを作り、昼食を食べた。
その後、玄佳の家の最寄り駅まで歩いて、あぷすという店に入って、その日は幸せに過ぎた。
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