7-10
この所、あまり手入れできなかった
少し、手を加えたい気持ちがした。ただ、明日は
翌日――玄佳はいつもの駅で合流して、そっと桜の肩を抱いた。
「ごめんね」
その言葉が何を意味するのか分からなくて、それでも聞けなくて、桜はそっと玄佳に身を寄せて学校にいった。
それからお昼まで、玄佳とは特に会話もなかったが、以前玄佳に感じていた不穏な気配はない。ただ、給食が終わると桜は玄佳と二人で天文部の部室に向かった。
桜が先に入り、ソファーの方に座ると、玄佳はその隣に座った。そして、前かがみになってそっと目の前のホワイトボードを見た。
部室に二人きりというシチュエーションは今までになかった。言い出した桜の方がどうにかなりそうだった。
「……玄佳ちゃん、一昨日からちょっと……焦ってるみたいな事してたけど、どうしたの?」
それでも、彼女を呼んだには理由がある。桜は思っている事をそのまま尋ねた。
「うん……桜に隠し事ってできないっぽい」
玄佳は前を見たまま、ポーカーフェイスで語った。
焦ってたっていうのはその通りなんだよ。
自分でも気持ちが整理できなくて、ただ『由意がいなくなったら』って事を考えて、桜がその為に頑張ってるって考えたら、自分も何かしなきゃって思って……。
だから
ずっと、桜と
玄佳は桜の方を見た。
「桜のヒーローになるって決めたのに、こんな情けなくてさ。もっと言えば」
玄佳は目の前にある四つの椅子を示した。
「ここに四人で座ってるだけで、落ち着く自分がいるのに戸惑ってる。一人欠けるのも嫌で、またいつもの我儘かって怒られそうだけど」
「違うよ」
桜は玄佳が目の前に出している手を取った。玄佳は驚いた顔で桜を見た。桜はその手をそっとソファーの上に置く。
「それは我儘じゃない。玄佳ちゃんにとって、天文部がしっかり『自分の居場所になった』っていう事だよ」
桜が玄佳の顔を見て言うと、玄佳は虚を突かれた顔をした。
恐らく、という事は桜にとっては簡単な事で、以前、
「玄佳ちゃんはずっと『透明な場所』だけ見てて、人と深く繋がろうとしなかったんだと思う。違う?」
桜が尋ねると、玄佳は少し気まずそうに俯いた。
「……うん。正直、いつ死んでも未練にならないようにって、ずっと人とは一定の距離を置いてた。仲良くなったのも、桜が初めて」
「だけど、今の玄佳ちゃんはしっかり未来を見てる。その中には〝Icy Blue Moon〟もあって、それが咲心凪ちゃんとも、由意ちゃんとも重なってるから」
いつもならば見せない、玄佳の弱さに触れて、桜は玄佳の手を取ったまま、自分の両手を重ねた。
そして優しく、玄佳を見る。玄佳はどこか呆然と桜を見つめ返した。
「一緒に未来を見れる人達がいるなら、そこが居場所になるんだよ。だから、もう玄佳ちゃんにとっては天文部が一つの居場所になってるっていう事」
きっと、玄佳なりに苦しみがあって、ただ玄佳にとってその感覚は初めての物で、自分では上手く分析できなかっただけなのだと桜は思う。
「だから」
正体が分かれば、どういう事でもない、シンプルな事だ。
「自分の居場所がなくなりそうだから焦っちゃうって、それはとても自然な事だよ」
桜の言葉を、玄佳は真面目な顔で聞いていた。少し、玄佳ははにかむような顔をして、桜から視線を逸らした。
「そっか……なんか、昨日由意に上手く謝れなかったの申し訳なくなってきたな……」
「しっかり謝るなら、つきあうよ」
「いや、桜にそこまでさせたら私がますます情けなくなるじゃん」
玄佳は、そっと桜の方にもたれかかってきた。
「強くなりたいのに、私はなんで弱いままなのかな」
そして、悲しみを感じさせる声で伝えてくる。
「僕も、自分自身に同じ事を思う。でも、玄佳ちゃんが西脇先生を頼るっていう選択肢を出してくれたから、上手く収まったんだよ」
桜も玄佳に体重を預け、二人で人の字を作った。
「僕達、今はやっと、二人で一人なんじゃないかな」
自信はなかったが、それでもそう言う事が、一つの希望に見えた。
「なら、まあいいか。まず、一つ目の目標はできたっていう事だし」
「うん」
桜が何気なく頷くと、少し、湿度を感じた。
寄せている頭を見ると、玄佳は静かに泣いていた。
「玄佳ちゃん……?」
その涙の意味がなんなのかは分からない。ただ、とても複雑な感情を混ぜて、飽和し切ってでてきた物なのだとは分かる。
「なんだろう……変わるってこういう事なのかなって思ったら、昔の事とか、今までの事とか、悲しくなって……でも、桜と一緒だって思うと嬉しくて……」
変わる――そう、玄佳は少しずつではあるが、四月までの彼女と変わっている。それは桜と、咲心凪と、由意がもたらした変化であるに違いなかった。そして、この先もきっと変わり続けていくだろう。
不変な物など、ないのだから。
「大丈夫だよ。今は、泣いても大丈夫」
桜が玄佳より小柄な体でそっと彼女の頭を抱くと、玄佳は桜の胸に顔を埋めて泣き出した。玄佳がここまで弱気になるという事が今までになくて、それでも今、彼女に起きている事を考えると、それは喜ぶべき事のように思えて、桜はその形のいい耳にそっと声をかけた。
「考査が終わったら、また玄佳ちゃんと一緒に『透明な場所』を探したい」
桜の言葉に、玄佳は桜の両肩をつかんでぐっと顔を上げた。
「ありがとう――少しだけ、寄り道していい? そうしないと私、大切な事を忘れそうになっちゃう」
大切な事――それは、桜にとっては言われなくても分かった。
玄佳がとても大切にしている、父親との事だと。
「幾らでも、寄り道できるよ。道はずっと先まで続いていくし、迷う事もあるけど、ずっと進み続けてたら疲れちゃうから」
桜はまるで自分が玄佳のお姉さんになったかのような甘き錯覚に陥った。
年齢は変わらない、恐らく誕生日は自分の方が早い。それでどうしてこれだけ玄佳が幼く見えるのか分からない。ただ、彼女の子どもっぽさは、最近だとなんだか可愛らしい物に思えてきた。
「ありがとう……じゃ、帰ったら計画立てるね」
「うん……」
ただ、具体的な所になると玄佳の方が余程できるなと思ってしまう。桜は都会にまだ馴染んでいないのもあって、あまり計画を立てるのが得意ではない。
「桜はどこかいきたい所ある?」
不意に質問されて、桜は意表を突かれた。以前ならば玄佳が完全に一人で決めていた。
それもまた、玄佳の変化なのだろうかと思う。
「前にいったあぷすっていう所、またいきたい」
ただ、上手く答える事ができずに以前も二人でいった所しか出せないのは情けないとも思う。
「分かった。テスト終わるまでにはラインするね」
「玄佳ちゃんはちょっと、気が早いよ……」
そんなやり取りをして、二人で教室まで戻った。
自分も、変わらなければならない――桜は、玄佳を見ていて自分に誓った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます