7-5
放課後になると、
桜が昼に凛々子とした話をすると、咲心凪が意外そうな顔をした。
「
咲心凪はどこかから安日の情報を持っていたらしい。
「
「玄佳ちゃんさあ……私もちゃんと謝るから、なんとか由意ちゃん部室に呼んでよ……私が声かけても無視だし」
ここの所、咲心凪は多少由意に声をかけているが、由意は一切無視している。咲心凪の側から仲直りを言い出すというのは難しそうだった。
「なんにせよ、まずは桜に頼るしかないでしょ。桜、終わったらライン頂戴。ちょっと考えがあるから」
「う、うん……」
玄佳の方では何か考えがあるらしい。桜は部室での話が済んだら玄佳と合流しようと決めた。
「じゃあ、また後で……」
「待ってるよ」
「またねー」
玄佳と咲心凪と別れて、桜は一階の文芸部の部室に向かった。
由意の心が天文部から離れている事が悲しくて、足取りは重たい。説得するつもりで、由意の地雷を踏んだのが申し訳ない。気持ちばかり悲しくなって、体は全然、健康なのが不可思議に思えた。
文芸部の扉をノックして、中に入る。
いつも奥の部長席にいる凛々子の対面が桜の席だ。凛々子は部長席にいて、桜の席は空いている。桜の席の隣には
緑色の黒髪をセミロングにしている。前髪は綺麗に整っていて、顔つきは温厚そうで青い垂れ目が印象的だった。全体として花やかで、かわいらしいイメージを抱かせる顔だった。身長は桜よりも少し高く、制服を綺麗に着こなしている。
「
彼女は、立ち上がって桜に向けて一礼した。その所作がとても丁寧で、礼儀をしっかり学んでいる人なのだと分からせる。
「三年三組、部活は色々の神里安日です。凛々子から話は聞いたよ。まずは、座って」
「は、はい!」
桜は久しぶりに、人見知りの虫がうずくのを感じた。
ギクシャクとした動きで、桜は自分の席に着いた。
「そんなに緊張しなくてもいいのに」
安日は穏やかに微笑んでいる。桜はなんだか決まりが悪かった。安日の放つ雰囲気が温厚過ぎるからかも知れない。
「
何故、楽要がいるのかについては凛々子が説明してくれた。
「すみません、安日さまになると滅多な事では会えない人なので……」
楽要は申し訳なさそうに桜に両手を合わせてきた。
「う、ううん……初めまして、町田桜です……」
桜は自己紹介しようと思ったが、由意と咲心凪の事で頭がいっぱいで話を用意していないし、何より相手が既に自分の事を知っているようなので何を話せばいいのかも分からなかった。
「うん。茶道部と華道部に入ってる
「そうです……」
凛々子の事だから、話は伝えているだろう。そこからどうするかだ。安日は穏やかなオーラを放っていて、考えている事は分かりづらかった。
ただ。桜は思う。
どうしてこんなに不思議な距離感を持ってるんだろう、この人は。
触っても許してくれるような優しさと、手を伸ばしたら自然にどかされそうな感覚が両方ともある。酷く独特な雰囲気があった。
同じ人がいなくても、似てると思う事はある。でも、神里先輩は今まで会った誰とも似てない、未知の人だ。
だから余計に、何を話せばいいのか分からないのかな。
「昼に宝泉が言っていた事だが、私が文化部全般の相談役ならば神里はその執行役。こいつはほとんどどんな部活にいても成果を出せるタイプだ」
凛々子は簡潔に安日の事を説明した。それで桜の話しづらさが変わるわけではなかったが。
「茶道部と華道部の友達に、玉舘ちゃんが凄く頑張ってそれぞれの基本を教えてくれてるっていうのは聞いたよ。もっと言えば」
安日は人差し指を一本立てた。
「どっちの部活も元々『やってみたい』で入った人ばかりで、玉舘ちゃんみたいにしっかりした知識があって入った人はいないの。その中で玉舘ちゃんがきてくれたから、みんな凄く頼りにしてる」
頼りに――桜は、心の中の黒い犬が吠えるのを感じた。
「少し……いいですか」
「なぁに?」
安日の声は柔らかかった。包み込むような不思議な響きを伴っている。
その声に誤魔化されそうになるが、これはしっかり確認しておかなければ、後から桜達も、由意にとっても大変な事になる前提だった。
「由意ちゃん、天文部でも凄く頼りにされてるんです……でも、由意ちゃんは、僕達と喧嘩してからずっと『寄りかからないで欲しい』って言ってて……これ以上、由意ちゃんに頼る人が増えたらって考えると……」
「玉舘ちゃんが、心配なんだね」
「はい……」
桜にとっての気がかりはそれだ。
由意本人がとても頼りになる人物である事を桜はよく知っている。
ただ、由意の気持ちとして、寄りかかられる事は本意ではないらしい。天文部に戻ろうとしない理由にする程、由意はそれを嫌う。
もしも他の部活でも同じ事が起こって、由意がその気持ちになったのならば、由意はどんどん行き場所を見失っていくような気がする。
その時、自分達の所に帰ってきてくれたらいいのに。
桜は上手く言語化できなかった。
しかし、安日には分かったらしい。
「私は玉舘ちゃんをよく知らないけれど、大変な思いをしてるだろうなっていうのは話を聞いていて思うよ」
安日の言う『話』は桜には分からなかった。だから気になって、安日を見た。
「日替わりで二つの部活にいって、いった先でずっと町田さんの言う『寄りかかられる』を繰り返してて、張り詰めてるんじゃないかなって言うのは推測だけど」
安日は桜の目を見て、優しい瞳を少し下げた。
「きっと、つらくても他にできない事だからってやってるんだと思う。上級生の中で」
そこで安日は凛々子を見た。
「凛々子と私、
凛々子、安日、総会で見た
「町田さんは安心して。茶道にせよ華道にせよ心得はあるし、一年生の玉舘ちゃんが無理しなきゃいけないような環境は改善できると思う。ただ」
一本の指を立てて、安日は少し真面目な顔になった。
「私が顔を出している部活は玉舘ちゃんよりも多いくらいだから、寧ろ私が他に回った時のフォローを玉舘ちゃんに頼めないか考える。それは――」
安日は指をそのまま、自分を指さした。
「――今日にでも話がつくから、あとは残っている問題だけ考えてね」
とても優しく、凛々子ともまた違う頼もしさで、安日は請け負ってくれた。
その言葉を受けて、桜は立ち上がった。
「ありがとう、ございます」
そして、大きくお辞儀する。
「なんて事ないよ」
その言葉は、何故だか痛みを感じさせた。
安日には安日の悲しみがある――それを漠然と悟った桜は、必ず由意と咲心凪の問題を解決すると決意を新たにした。
その後、桜は玄佳に連絡を入れて、文芸部の部室を出た。
何度でも、諦めない。それだけが桜の気持ちだった。
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