5-11
昼食の時も、由意と咲心凪は一言も話さなかった。
昼休みになった途端、由意は誰にも何も言わず、教室を出ていった。
追いかけたいけど――今の怒ってる由意ちゃんに何か言えるかな。
桜が憂鬱を顔に浮かべていると、由意の椅子に誰か座った。
身長は小柄な咲心凪より更に少し低い。綺麗な黒髪は二つ編みにしてたらしている。顔立ちは幼いが整っている。柿色の瞳は玄佳と桜、咲心凪を次々に見た。
「なんか天文部大変な事になってんなー」
気軽に口を開いたのは、同じクラスで由意の右隣りの席に座っている
「まあね」
答えたのは玄佳だ。ごく淡白に返した。
「
「え」
玉緒の言葉に反応したのは、咲心凪だった。物凄い勢いで顔を玉緒の方に向けた。
桜は、その顔が少し青ざめているのを見た。
「待って玉緒ちゃん、それどういう事?」
「んー……まあ私も直接知ってるわけじゃないんだけど……」
「象山さん部活って……」
「書道部。って私も文化部総会出たんだからちょっとくらいは認知しろ! で、書道部って他の部と兼部する人も多いんだけど、華道部と茶道部で玉舘を見たって話がある」
一応、玉緒は親切心から桜達に教えてくれているらしかった。
由意がそちらに顔を出しているのがどのような意味を持つのか――桜は上手く想像できなかった。元々由意は入りたい部活が多かったのを思い出す。玉緒が言った二つについても言及していた事はあったと思う。
由意ちゃんは――僕達の事をどう思っているんだろう。もう、鬱陶しいだけなのかな。
酷い喧嘩の声が頭の中で聞こえて、桜は必死に意識を現実に戻した。
「華道部と茶道部……確か先輩が伝手持ってたな……」
すぐに、玄佳がスマホを取り出した。
「ねえ……玉緒ちゃんは由意ちゃんと何か話してないの?」
一方、咲心凪は心細そうに玉緒に尋ねる。
「天文部の事はほとんど全然だな。ただ、玉舘から聞いた所だと、華道と茶道は経験があるらしい」
玉緒はすぐに答えられるだけの事を答えてくれた。
僕達が由意ちゃんの事に口を出す権利はないんじゃないか――桜はそんな事を考えた。由意は経験がある部活に手を出しているだけで、それ自体は別に責められる物ではない。寧ろ、天文部の活動で無理に縛る方が申し訳ない。
でも――喧嘩したままは嫌だな。
仲直りしたいというのが、桜の希望だった。
ただ、どうすればできるのか分からない。
「まあ確かに由意はその二つにも興味あるとか言ってた記憶はあるけど……入部届まで出してるの?」
玄佳はスマホをすぐ見える所に置いて、玉緒に尋ねる。
「うーん……そういやそこはどうなんだろ。先輩は凄く頼りになる一年生って言ってたけど」
玉緒は深くは知らないようだった。
だが、由意がどうしているのか考えるのならば、その発言は有意義だった。
「由意ちゃん、今もその誰かと会ってるのかな……」
桜の声は、クラスの喧騒に掻き消されそうだった。
「いやー? どうだか。玉舘って割と友達は多い方だぞ。部活絡みってだけじゃないかも」
確かに、由意ならば人と仲良くなるのは早いだろう。寧ろ、自分達こそ由意のいい所を潰しているのではないか。桜の中にはそんな気持ちが湧いてきていた。
「由意ちゃん……戻ってこないのかな」
咲心凪の声が、酷く悲しげにひしゃげていた。
「咲心凪ちゃん……咲心凪ちゃんも、由意ちゃんと仲直りしたいんだよね……?」
桜は少し躊躇いながら、咲心凪に声をかけた。
「……桜ちゃんって、意外と鋭い。うん。さっきはカッとなっちゃって……ダメだね私。部長なのに、部長としての事、何もできてない」
円らな瞳から、大粒の涙が零れていた。
「大丈夫だよ……由意ちゃんの話を聞ければ……」
自分の舌根を抜きたくなるくらいに、言葉が空しい。由意が話してくれるかも分からない。ただ、気休めじみた事を言わないと、桜自身も希望を失ってしまいそうだった。
「……まあ話を聞く必要はあるか」
玄佳がスマホを見て言った。
「玄佳ちゃん……何か分かった?」
桜は彼女の方を見て尋ねた。
「三年の、華道部と茶道部の先輩の間で由意の事が話題になってるっぽい。文芸部の桜、書道部の象山さん、美術部の
玄佳が挙げたのはいずれもクラスメイトの名前だ。桜はあまり知らないが、自分と同列ならばという事は理屈で分かった。
「……部活で有力視されてるの?」
少なくとも、自分と同じ見方をされているならばそういう事だ。
「桜と並べられるって事はそういう事だよ。象山さんもなんだっけ、書道部の……」
「『書聖』な」
「とか呼ばれてるし、あとの二人も凄いらしいし、下手に邪魔できない感じになってるかもね」
玄佳はあまり由意に未練がなさそうに言った。
ただ――桜は思う。
玄佳ちゃんは元々人に対する執着心は薄いと思う。正確には、執着しない癖がついてる。少し前まで、死ぬ事だけを目的にしてたから、未練になるものは少しでも減らす。玄佳ちゃんならそうするって分かる。
でも――僕も咲心凪ちゃんも、由意ちゃんの事を探る事はできない。
「玄佳ちゃん……」
桜は、玄佳の腕をつかんでいた。
「何?」
言葉は素っ気なかったが、玄佳の低い体温を伴う手は少女に手を差し伸べる魔女のようにしっかりと、桜の手に重ねられた。
「その噂、もう少し詳しく知りたい……咲心凪ちゃんは上級生に繋がりがないし、文芸部は今、そういう話ができる空気じゃないから……お願い」
玄佳の手が、桜の手から離れる。
打たれる――桜が条件反射的に思った時、感じたのは自分の癖毛を優しく撫でる玄佳の魔性の手だった。
「大丈夫。任せて。由意も無計画には動いてないと思うから、少しでも分かるように探ってみる」
玄佳は、力強く言った。
「私からもお願い! 上級生に繋がりないって桜ちゃんの言う通りだし!!」
咲心凪はそこに混ざってきた。内心気が気ではないのだろう。
「まー引き受けるけど……でも、今日は由意抜きで活動するしかないね」
現実的な所を出さない玄佳でない事も、桜には分かっていた。
「なんかお前らも大変そうだな……書道部には華道部茶道部と兼部の人もいるから、私の方も聞いてみるわ」
玉緒はぐっと立ち上がった。
「お願い玉緒ちゃん」
「ま、任せとけって」
ひらひら手を振って、玉緒は一つ隣の自分の席の方に向かった。
「問題は、由意本人がなんか怒ってるっぽい事だけど……咲心凪は何か心当たりないの? 連休中に会ったの咲心凪だけでしょ」
玄佳は咲心凪に尋ねた。
「ない……って、信じて貰えないかも知れないけど、本当に心当たりがないの……私が悪いなら謝るけど、でも由意ちゃん、その時には全然いつも通りだったし……」
由意の態度が変わったのが連休明けからと考えると、その間に何かあったのかも知れない。しかし、会っていた咲心凪に心当たりはなし。
「そっちはどうしたもんかな……」
考える時間もなく、次の授業までの時間がくる。
もう少し、地球がゆっくり回ってくれればいいのに――桜は益体もない事を考えていた。
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