5-4
定期的な成果報告で『成果なし』『見込なし』とみなされた部活動は最悪廃部となる――そうならない為に、天文部が何をできるかも
だが、
そして桜は――
中には二年生の二人――茶髪をロングストレートにして眼鏡をかけた
「凛々子さま! 文化部総会お疲れ様です!」
「お疲れ様です! どのような話だったのですか!?」
二人はすぐに立ち上がって凛々子に尋ねる。桜達はそれぞれの席に座った。
「一つ、考査で補習者を出した部活はその人数分部費を引かれる。これについて何か言うつもりはない」
桜も考査は気になるが、授業を受けている感じ、補習まではいかないと思っている。
問題なのは、その後だ。
「二つ――こちらが本題だったが、月ごとの活動報告で『成果なし』『見込なし』と判断された場合は部費を引く他、最悪廃部まであり得るとの事だ」
その部分をどうにかする当てがあるような事を凛々子は言っていたが、桜は自分にはできないと思い込んでいる。
「ならば私達は凛々子さまがいらっしゃる以上安泰ですね」
「私達も早く何かの成果が出せるように精進していきます」
ただ、多門寺と寒原はもっと簡単に考えているらしかった。もっとも、凛々子がいて、
「安泰? 精進?」
いつものあれだな、桜は少し視線を落とした。
「無慮、怠慢!!」
すぐに、凛々子は二人を怒鳴りつけた。
「私一人が成果を出した所でそれは所詮『
凛々子が多門寺と寒原を叱責するのはいつもの事になりつつあるが、今日は珍しく楽要にも流れ弾が飛んだ。桜が彼女の方を見ると、何かを考えるような顔をしている。
「はっきり言って今の鳳天中等部文芸部は未成熟、しかし萌芽は充分にある――本題に移る」
凛々子は鞄から一種類の紙を人数分取り出し、配った。
桜がそれを見ると『書肆浮舟堂文学賞』の文字があった。
「鈴見先輩、これって……」
思い当って、桜は尋ねた。
「去年私が受賞した物だ。出版社の方から縁があって、今年の文芸部でも出してみないかと打診された」
という事は――さっき凛々子が言っていた事が、分かってくる。
「桜、宝泉、多門寺、寒原、全員この文学賞への作品提出を義務とする」
無論、活動としてそうするのだろうと思えた。
初めて、文学賞に応募する――桜は、心が緊張で強張るのを感じた。
僕が――僕が文学賞に作品を出すの? 自分の作品を『文学』とも思えないのに? けれど、ここで頑張らないと、文芸部の成果報告に差しさわりが出るんじゃないか……凛々子先輩は去年、大賞を受賞してる。僕にはきっと無理だ。
愚図だもんな。
吐き捨てられた罵声が、鼓動を逸らせる。
「桜」
凛々子の声が、桜をトラウマの沼から現実に引き上げてくれる。
「今は目の前の事を考えろ」
その言葉は桜の中の暗闇を照らすライトのように機能した。
凛々子先輩は、切っ掛けをくれたんだ。
「はい」
だから、強く頷く。
「応募締め切りは来月……期間は短いが、この短い期間にお前達の成果を出せ。各々――」
凛々子は、桜を見た。
「極めて稀有な経験からくる独自性と」
視線は、楽要に転じる。
「物語を幾つも読んで生まれた幻想性と」
そして、多門寺と寒原を見る。
「積み上げてきた技巧がある。それを徹底的に磨き上げた一作を出せ。既存の作品、連休までに書いた作品でもいいが、改稿はしろ」
明確に、凛々子は部長として部を動かしていた。
「各自相談がいる部分については四人平等に相談に乗る。文芸部の未来の明暗を――ここで試す」
その言葉は強く、惨酷で、桜には少し、凛々子が怖く見えた。
「頑張ります!!」
「精進します!! 四月の間と連休中に書いていた物を!!」
多門寺と寒原は早速、原稿用紙の束を取り出した。
「預かる。桜と楽要はどうだ」
凛々子はすぐに、桜と楽要に視線を転じた。
「あ、僕も連休で一作できたので、それを……」
桜は『球根』の束を取り出し、凛々子に渡した。
「宝泉は」
「私はもう少し、練ってからお見せします」
唯一、楽要は作品を出さなかった。
「なら、これで今日の活動は〆だ。桜、少し残れ。副部長としての事を教えておく」
「は、はい!」
「宝泉達は帰れ。明日、原稿を返す。宝泉も近い内に出せるよう練り上げろ」
凛々子の言葉に三人はそれぞれ頷き、部室を出ていった。
副部長としての事――桜は何が始まるのかと、凛々子を見た。
ただ、凛々子は桜が渡した原稿用紙を見ているだけで、話を始める様子がない。
「……桜の実力は、確実に上がってる」
出てきたのは、桜を肯定してくれる言葉だった。
「ありがとうございます……あの、副部長としての事って……」
「口実でも、事実でもある」
凛々子は鞄から一冊のノートを取り出した。それを桜に渡す。表紙に『研究ノート』とあった。
「今の桜に足りないものは純粋に『小説を書く上での技巧』……基本的な所は独学でできている。ただ、応用を学んでいくのに浮舟堂文学賞までの期間は短すぎる」
何か、とても重要で、桜にとっては後ろ暗い気持ちを喚起する事が語られている。
「そのノートには私がつかんだ文章技法の基本から応用が一通り書いてある……ヒントにしろ」
「でも、それなら宝泉さん達にもこれは必要なんじゃ……」
凛々子に憧れるのは自分だけではない。多門寺と寒原も、楽要も欲しくてたまらない物を、今桜は持っている。
それだけ特別に扱われる事は、桜にとっては初めての体験だった。
「言っただろ。私の後継は桜だ。桜は来年、そのノートを新たな誰かに繋げばいい……存分に学べ。それが今、桜に必要な事だ」
とても嬉しくて、無性に悲しく切ない気持ちはどこからくるのか、桜には分からない。
「……ありがとうございます」
お礼を言って、桜は立ち上がった。
「この作品に関しては優先して読む」
「……いいんですか?」
「私の中の期待だ」
何か、凛々子の顔にはそれだけではない物もあるように見えた。
ただ、桜にはその正体が分からなくて、ただお礼を言って部室を出た。
文芸部の部室を出て、玄関までの道を進んでいくと、楽要がいた。
「あ、宝泉さん……」
先に帰ったと思ったが、どうしたのか――桜は、楽要から初めて、険のある視線を向けられて、戸惑った。
「
短く言って、楽要は去っていった。
分からない事が多い――そして、とても頭の中が混乱している。
どうにか整理したい――桜は行く先を変えて、誰もいない一年五組の教室に戻って、下校時間までノートに思考を吐き出していた。
つらい、と書いた先での結びが書けなかった。
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