5-1
自分は不思議な夢の中にいるんだ――
私立
今の交友関係は四月の内に構築された。憧れの文芸部に入り、天文部を復活させた。天文部はクラスで同じ班になった
特に、玄佳とは彼女自身の気持ちの闇を巡る中で仲よくなり、桜自身が抱えている問題を通して――恋人同士となった。
玄佳と契りを結んだ一夜が過ぎた後は、実感の痛みがあった。ただ、家に帰ると母から酷い罵倒と共に『二度と友達を家に連れてくるな』と言われて、それで現実に引き戻された。
連休明け、鳳天に向かう途中で一緒になる玄佳はいつも通り、けれどさりげなく近しく、桜の手を取って一緒に登校した。
家にいる時間は悪夢のように、玄佳といる時間は天国のように過ぎていく。
その夢がいつまで続くか分からない。自分が小説――という言葉も不適切な、もっと粗雑な『物語』に描く物よりも、もっと幻想的に思えた。
鞄の中には、連休中に書いた『球根』と題した作品がある。
教室に入ると、咲心凪と由意はきていた。連休中に天文部の活動報告を二人で作るという話になっていたので、それを見ているらしかった。
「おはよ」
「おはよう……」
玄佳に倣って挨拶しながら、桜は自分の机に座った。
「おはよー。活動報告二人も見て」
咲心凪は童顔にマイペースを浮かべて二人の方にレポート用紙を出す。
「おはよう。玄佳ちゃんと桜ちゃんは自分の部活は大丈夫?」
由意は穏やかな垂れ目に優しそうな表情を浮かべて気遣いをくれる。
まだ。
まだ僕と玄佳ちゃんがとても仲よくなった事は誰にも知られてない。玄佳ちゃんも、多分それを積極的に人に言ったりはしないと思う。
でも、二人に知って貰いたいような、少し怖いような、不可思議な気持ちがあるのはどうしてだろう。
「うん。桜も」
玄佳ちゃんと二人で活動報告を読む事が、小さな幸せで、未来が見えるような気持ちになるのはどうしてだろう。
白い魚が踊るように曲がる指が一文をなぞって、桜の意識は現実に引き戻された。
そこには、桜が合宿中に倒れた事が少しだけ書かれていた。
「桜の事、書くの?」
玄佳は少し圧が強く、二人に尋ねた。
「いやまあ、なくてもいいんだけど……」
咲心凪は困ったように由意を見た。
「書いておいた方が無難。あの会長さんは何か隠し事をしてたらすぐに見破る。そういうタイプだよ」
由意には何か考えがあるようだった。
「ぼ、僕は大丈夫……」
由意は現実的な部分に目がいく。なので桜は頷いておく事にした。
「まあ桜がいいならいいけどさ。じゃ、これでひとまず合宿周りは終わりね」
「うん。あとは提出だけだし、そっちは私と由意ちゃんでやるよ」
「いや咲心凪ちゃん一人でやってよ。提出だけだよ?」
「はい……」
由意は相変わらず咲心凪への当たりが強かった。
「少しいいかしら?」
その時、四人に声をかける一つの影があった。
美しい金髪をツーサイドアップにした髪型、愛嬌はあるが整いすぎていて人形のような白い顔は緋色の瞳を持っている。身長は平均より高く、制服姿も似合っている――一年五組のクラス委員長・
「何ー? 黒崎さん」
生徒会長と同じ名字で似た名前……桜はそんな事を考えた。
「ホームルームでも話すけど、今日、臨時文化部総会があるのよ。活動報告はそこで出せると思うわ。出るのは部長と副部長で、四人の中だと氷見野さんと……」
花咲音は咲心凪以外の三人を見回した。
「一応は私」
すぐに、玄佳が自分を指さす。
「じゃあ月守さん……待って。月守さんって写真部と兼部じゃなかった?」
「うん。……あー」
花咲音の言葉に、玄佳は何かに思い当たった顔をした。
「玄佳ちゃん……?」
「いや、写真部って部長と私以外全員幽霊部員だからどうかなって」
「え、待って玄佳ちゃんこれないの?」
「確認する」
咲心凪が困り顔をすると、玄佳はスマホに視線を落とした。
桜は不意に疑問に思って、自分もスマホを取り出してみた。文芸部のグループもできていて、桜はほぼ発言しないなりに入っている。
部長の言葉が以下の通りだった。
〈連絡事項:今年度文芸部役職人事
部長
副部長 町田桜
会計
書記
補足・次期副部長
決定事項故に拒否は認めず。以上〉
これに対して桜は〈頑張ります〉と答えている。
つまり、文化部総会に桜も出る事になる。文芸部の副部長として。
「あー無理だわ。写真部の先輩、他にあてがないから私に出ろって」
「え……」
「だと思ったわ……」
花咲音は予期していたらしい。驚いている咲心凪とは対照的に、納得したような顔をしている。
「っていう事は……私か桜ちゃんになるの?」
由意は花咲音の方を見て言った。
「まあ最低二名出るのが決定だから、副部長が出れなければ別の人になるわね……」
花咲音は少し困り顔を浮かべた。
「待った。桜って文芸部では確か……」
「副部長になってる……」
「え、そうなの?」
「桜ちゃん凄くない? っていうかその凄さ知らないの私だけなの?」
そう言えば、玄佳ちゃんは読みたいって言ってくれたし、由意ちゃんもそうだったけれど、咲心凪ちゃんは僕の作品を知らない……気にした事もなかった。
桜はなんとはない無常観に囚われた。文芸部への入部をいの一番に応援してくれたのは咲心凪だが、咲心凪は桜がどんな作品を書いているのかについて触れた事がない。
「噂になってるわよ、文芸部の凛々子さまが認めた『超新星』町田桜さんの事は」
「っていう事は今日は私と由意ちゃんでって事になるよね」
咲心凪は現実的に話を進める。
「待って……」
由意は疲れたような顔をして、内巻きのボブカットの先端を指で集めた。
「今日友達と予定入れてあるから無理だよ」
「黒崎さん出るの一人じゃダメなの!?」
咲心凪は花咲音に救援を求めた。
「欠席は責められるわね……」
「あの生徒会長に?」
「ええ……」
花咲音が即答すると、咲心凪はこの世の終わりみたいな顔をした。最初に会う以前から、咲心凪は彼女――黒崎
「え、咲心凪ちゃん……文芸部の先輩に掛け合ってみるから……」
桜は必死に、話についていこうとする。他に方策はないように思えた。
「でも桜ちゃん……」
「桜の言う通りにしといた方がいいよ。生徒会長相手に無理な言い訳きくの、私達の中だと桜だけだし」
花会里は桜には甘い印象がある。そこを上手く突ければという気がした。
「じゃあ桜ちゃんお願い……」
咲心凪は絶望に顔を染めている。駄目だと思っているらしい。
桜はすぐに、文芸部のグループに事の経緯を丁寧に書き込んだ。凛々子から〈昼休みに部室まで天文部の部長と一緒にこい〉と連絡がくる。
「咲心凪ちゃん、お昼に一緒に文芸部の部室に……部長が呼んでるから……」
「分かった……」
咲心凪は疲れた顔をしている。
凛々子先輩はどんな事を言うんだろう――この時、桜が以前ほどネガティブに陥らなかったのは、ともすると玄佳との密通がもたらす痛み止めだったかも知れない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます