4-6
トラウマが邪魔をして、
二人でいると、咲心凪達がきて、桜に夕飯は食べられそうか尋ねた。桜は頷いた。
洗い物の関係もあるので、家庭科室で食べる事になり、五人は移動した。
大盛りのカレーライスと大盛りの野菜炒めが一人一皿ずつという、活動らしい活動をしていないにも関わらずかなりの量がある夕飯だった。咲心凪が持ってきたキムチも添え物として出ていた。
時刻は、夕暮れが窓から差し込むくらい。
「それじゃ」
一人だけ別の机に座っている西脇が声を上げる。
「頂きます」
その言葉にみんなで頂きますを合わせて、桜達四人も食事に手をつけた。
「料理……手伝えなくてごめんなさい……」
真っ先に、桜は謝った。
自分のトラウマはとても強く体を縛っている。今こうして四人の輪に加わる事すら恐ろしい事のように思う。魔物は、桜の細い体を透過して心臓に咬みついているような気持ちすらする。
「それはいいよ。具合悪かったみたいだし。それより、活動はこれからが本番だけど、大丈夫そう?」
由意が穏やかな垂れ目に優しさを灯して尋ねてくる。
今の所、桜は合宿にきてただ寝込んでいただけだ。少しでも、活動を一緒にしたい。
「うん……。大丈夫だと思う」
それでも弱気に、桜は答えた。
「大丈夫だよ、桜。何かあったら、私が支えるから」
玄佳がそう言ってくれるのは、素直に嬉しかった。
「心配したけど、ご飯食べられてるなら大丈夫だよ」
咲心凪は割と暢気に、もりもりとカレーを食べている。
「あのねー咲心凪ちゃん……」
「何?」
「……まあいいか」
「なんなのぉ!?」
何かの話を諦めた由意に、咲心凪は憤慨している。
「まあ桜ちゃんも回復したっていう事で、ただし無理は禁物。この後シャワー浴びて屋上に移動するけど、何かあったら泊まりの部屋に戻るからね」
由意は手際よく話を進めていく。
「へえ、由意私より副部長らしいじゃん」
「玄佳ちゃんはこういう時に当てにならないからね」
「私は?」
「咲心凪ちゃんはもっとダメ」
「酷い!」
由意が意外と容赦ない性格だという事も、桜にも最近では分かってきた。こういう時に一番頼もしいのは由意かも知れないと思う。
そっと外を見ると、夕日が綺麗な空の間から家庭科室に差し込んでいて、もうすぐ天体観測の時間がくる事を知らせているようだった。
「IBM……見れるのかな」
桜は天文部再興の理由である氷のように青い月に言及した。
咲心凪は晴れている時はいつも夜空を見ているといつか言っていたが、咲心凪も見た事がない物を簡単に見られるとは思わない。
それでも、咲心凪の祖父と、玄佳の父が見た物を見たいと言う気持ちは、桜の中に確かに存在していた。
「まあ……見れたらいいなってくらいかなあ」
咲心凪は思ったよりも淡白に答えた。
「それを見る為にきたんじゃないの?」
由意がそこを尋ねる。
「まあそうなんだけどさ。お祖父ちゃんが何十年もかけて見られなかった物を簡単に見れたら苦労ないよ。それよりは、今夜の月の状態とか、空の感じとか、そういうのを記録して役立てた方がいい」
理想主義に走らず、咲心凪は現実的にものを考えていた。
「咲心凪ちゃん、さっき空の記録を持ってるって言ってたよね?」
「さっき? 料理中?」
「うん。咲心凪ちゃんがつけてる個人的な観測記録持ってきたって」
「そんなのあるんだ」
玄佳は興味深そうに咲心凪を見る。
「まあ役に立つか分からないけど。少なくとも記録をつけてくのは基本だし、それは今日もやるよ」
この手の話になると、桜は全然分からなくなる。咲心凪に任せておいた方がよさそうな気もした。
「まあ学校の屋上からっていうだけで、本当ならもっと見晴らしのいい所でやるだろうしね」
由意は一言言って、カレーに乗っているお肉を食べた。
「うん。それは予算かかるし、もう少し先の話として取っておくしかないかな」
桜と玄佳がお互いの問題に夢中になっている間に、咲心凪は次の事、その先の事まで見据えていたらしい。どこまでも『未来』を見据えているその姿が、桜には羨ましかった。
「お父さん何か書き残してないかな……メモとかもうちにあるから、探してみるかな」
玄佳は『過去』と上手く向き合えるようになっているように桜には思えた。その過去はとても素敵な思い出に溢れていて、そこから宝物を探し出すのも、楽しそうだった。
「なんにしても今は今夜の事。シャワールーム遠いし、夕飯の片づけは手早く終わらせようね」
由意は『今』をしっかり見て、どうすべきという事がしっかり分かっている。一番、地に足がついているのは由意なのではないかと桜は思う。
僕は、未来が見えない。過去はトラウマばかりだ。今どうすべきかも、きちんと見えない。あるのはその三つの中で彷徨する『心』だけだ。
「シャワーは手早く終わらせるとして」
「咲心凪ちゃん、油臭いの取れてなかったら隣の布団では寝ないからね?」
「油臭いとか言わないでよ!!」
「それより、観測器具とか触ってないけど、そっちは大丈夫なの?」
玄佳が咲心凪と由意に割って入った。
「直前に確認して、使える状態なのは分かってるし、部室から運ぶだけだからそんなに手間じゃないよ。まあ今日はお試しとしてね」
確かに、咲心凪の言う通り、一度天体観測の活動をして経験を積まないと、この先活動していく中で困るだろう。
「ま、IBMを見るまでは一緒だと思うよ」
由意ちゃんはきっと、何気なく言ったんだと思う。
でも、僕は。
桜を襲う、過去の強襲。
そっと玄佳を見る。
「なんか言いたげだね、桜」
玄佳は、桜の手をそっと握った。勇気が伝わる。
「僕は……僕は、ずっと四人一緒がいい」
恐ろしい顔をしたあの人の面影がちらつく。許されなかったらどうすればいい? 考える事も、疲れ果てていて。
けれど。
「ずっと一緒にいられるよ。IBMを見た後でも一緒にいちゃ駄目な理由なんてないんだから」
咲心凪は頷いてくれて。
「そうだね。ずっと、か……桜ちゃんは、素敵な事を言うね」
由意は褒めてくれた。
「離れようとしたって離さないよ、私は」
玄佳は誓いよりも強く微笑んだ。
「……ありがとう」
ここにいていいんだって、言って貰えた気がした。
気の所為だと、前の僕なら思ってたかも知れない。けど、今は少しだけ、ここにいていい気がする。
今まで、僕が歩いてきた道はどうしても消えないし、そこで負った傷も、消えてくれはしないと思う。
この先何ができるかを考えると気が重くなるくらいに僕は無力だ。
けれど、今ここにいていいなら、せめて今を一所懸命に頑張ろう。
心は不思議と落ち着いているから、きっと大丈夫だと思う。
ただ。
「ごめん咲心凪ちゃん……」
「ん? どうしたの桜ちゃん。具合悪いの?」
「夕飯、食べ切れそうにない……」
小食の桜にとって、明らかに一人前を超す夕食を食べ切るのはなかなかに難しい事だった。
「だから多過ぎるって言ったんだよ……」
「いやいやこれくらい入るでしょ!? 桜ちゃん残していいよ! 私食べるし!」
「咲心凪は将来丸々肥えるんだろうなあ」
「玄佳ちゃん嫌な事言わないで!!」
賑やかな食卓は、桜にとってはあまり体験した事のない物で、なんだか不思議と心が落ち着いていくのを感じた。
結局、桜が残した分も咲心凪は全部食べ、西脇も含めた五人でシャワーを浴びにいった。
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