4-3
憂鬱な授業参観の翌日は、天文部の合宿当日だった。
合宿に当たって、四人は慎重に議論を重ねた。
他の野菜などどうでもいい。そんな事よりも、果たしてカレーにじゃがいもは必要か。
結果、必要となった。だが、
桜はいきの道のスーパーでじゃがいもを買って、袋に入れて
途中、カメラを提げてリュックを背負って、それとは別にバッグを持ったやたら重装備な玄佳と合流して、二人で待ち合わせ場所の玄関に向かった。
先にきていたのは、由意と
「おはよー、桜ちゃん、玄佳ちゃん」
由意はこじんまりとしたバッグ一つできていた。西脇はそれより大きいバッグを持っている。
「おはよう……」
「おはよ。咲心凪は?」
「まだだよ。まあ時間はまだあるし……あれ、西脇先生、咲心凪ちゃんの家って遠いんですか?」
由意は思い当たったように西脇に尋ねた。
「あなた達四人の中では一番近いわよ。自転車で通ってるくらいだし。ちょっと待って。家出たか電話――」
「おはよう……」
西脇がスマホを取り出すと同時に、咲心凪のしんどそうな声が聞こえた。
「あ、おはよー咲心凪ちゃ……」
由意が絶句するので、桜と玄佳も振り返って咲心凪を見た。
彼女は両肩からクーラーボックスを下げて、リュックを背負っているという大分の大荷物だった。
「お、その様子だと今夜は御馳走だな?」
玄佳はなんでもない事のように言う。
「待って咲心凪ちゃん。クーラーボックスで持ってくるのがまず予想外なんだけど、お肉と野菜だけだよね? そんなに何持ってきたの?」
由意が問い詰める。どう見ても咲心凪の装備は大人数でキャンプにいく時のそれだ。五人で一泊するにしても、恐らく消費し切れない。
「お肉五キロと野菜色々と自家製キムチ……」
「なんでそんなに持ってきたの!! 主旨分かってる!? 話聞いてた!? 今日天体観測するのが目的だよ!? 夕飯カレーだよ!? 合宿一晩で私達一人一キロ太るの!?」
由意は咲心凪の言葉に怒り出した。桜はどうすればいいか分からず、おろおろと二人の間で視線を彷徨わせた。
「由意」
「どうしたの玄佳ちゃん?」
「私もお米十キロの袋持ってきたから大丈夫!」
玄佳が自信満々に断言すると、由意は両目を覆って天を仰いだ。
「どうして人数超える量持ってくるかなー……」
「一人三キロ太る計算か」
「お米は水を吸うと重くなるのって知ってる?」
「うん」
「そんなに食べられるわけないでしょ!! っていうかどう考えてもカレールウ足りないよ!!」
由意は一人で怒っているが、そもそもカレーを作るという話をそのまま進めるわけにもいかないのではないかと桜は思う。じゃがいもをどうするか考える必要があった。
「仕方ないでしょうちの親これくらい食って帰ってこいって言うんだから……」
咲心凪は由意と視線を合わせずに答える。
「いや幾らなんでも多過ぎるよ……どうするのそれ……っていうか外に置いとくわけにもいかないから中入ろうか……」
由意は諦めたように言った。
「じゃ、入るけど、くれぐれも合宿だって事を忘れない事ね」
西脇は玄関を開けて四人を招いた。玄佳、由意、桜、咲心凪の順に続く。咲心凪は荷物が多過ぎて下駄箱を開けるのがやっとだったので、桜が手伝った。
「ごめん桜ちゃん……リュックに飲み物入ってるから取ってくれない……? 家からこれ持ってくるのは無理があった……」
「う、うん……!」
「持ってもこれないような量を食べさせようとしないでよ……」
桜が咲心凪の後ろに回ってリュックを開けると、由意が呆れたように言った。
「あ、そうだ。丁度いいから三人そのままで。先生こっちきてください」
不意に、玄佳が言った。
「どうしたの?」
不思議そうにしている三人を置いて西脇が玄佳の方にいくと、玄佳はカメラをいじって、それを西脇に渡して桜達の方にきた。そのまま桜の肩を抱く。
「十秒切ってる」
「え、こんな状態で集合写真なの!?」
「急だね!?」
話を理解した三人はなんとかそれらしいポーズを取り、三脚代わりにされた西脇が向けるカメラに写った。
「……まあ上手く撮れてるんじゃない? 問題はこれを撮ったのが
西脇はカメラを見ながら静かに歩み寄って、玄佳にカメラを渡した。
「んー、集合写真とか取った事ないしな……」
「とりあえず家庭科室移動しようよ。玄佳ちゃん、後で見せて」
「それより誰かクーラーボックス片方持って欲しいんだけど!?」
ずっと両肩にとんでもない負担をかけている咲心凪が叫んだ。
「あ、僕、持つよ……」
「じゃあ桜ちゃん軽い方……由意ちゃん」
「仕方ないなー……」
由意は咲心凪から重たい方のクーラーボックスを受け取った。
「腕もげるかと思った……」
「受け取った時点で断ろうよ……」
咲心凪と由意がそんなやり取りをする中、五人は校舎の中を歩いて家庭科室を目指した。ひとまず食材の保管が必要そうだった。
「あー、っていうかこんなに食材あるなら料理先にやっちゃったら?」
西脇が提案する。最初は観測器具の調整だった。確かに料理に時間がかかりそうなくらいに食材が多い。
「炊飯器十合炊きだっけ」
「玄佳ちゃん、誰が十合も食べるの? っていうか先生、調味料どうするんですか?」
「あー、家庭科室で少しは置いてるけど……」
「調味料も貰ってきた」
「咲心凪ちゃんの家はレストランか何か?」
「当たらずも遠からず……」
一体、咲心凪の家は何を営んでいるのか、桜は少し不思議に思った。
それより、気になる事は――これから自分が料理をするという事。
料理をする事自体が久しぶりで、桜は――階段の途中で、倒れそうになった。
もういい! そんな声が頭の中に木霊した。
あれは確か、小学校の中学年くらいの記憶だ。
僕が料理の手伝いをしようとした時、野菜を切るのに手間取っていて、もういいと怒られて、結局何も教えて貰えなかった。
卑しい目が僕を見ている。卑しい目は叫ぶ。目玉を口に変えておぞましく。
やめて! 叫んだ事は、かろうじて僕自身を保つのに役立った。
「桜?」
震えていると自分で分かる。荷物が重いからじゃない。もっと恐ろしい言葉を思い出したから。
玄佳ちゃんが呼んでるから、いかなくちゃいけない。なんとか、重たい脚を動かして階段を上る。
「大丈夫?」
桜にさしのべられる玄佳の手を取って、桜は一歩踏み出した。
「うん……昨日の事」
「大丈夫。今は忘れよう」
忘れる。忘れられたらどれだけいいか分からない。
西脇が心配そうに桜を見ているのに、本人は気づかなかった。
ただ、今自分の事にみんなをつきあわせるのが申し訳ないから、歩き出す。
「うん……ごめん」
「謝らなくていいよ。ゆっくりでいいから」
玄佳は桜に歩調を合わせて歩いていく。会話が聞こえているからか、咲心凪と由意も歩みを遅くした。それが桜にはとても申し訳なくて、頭の中から湧き上がる恐ろしい視線と声を無視するのに必死で、潰れそうだった。
なんとか家庭科室のある階に着く。食材を保管したら泊まり用の荷物を別室に置いて、料理を始める事になった。
料理の分担を話し始める三人がどこか遠い世界にいる知らない誰かのように思えて、桜はとても恐ろしい気持ちになりながら聞いていた。
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