4-1
放課後、
生徒会室、と聞いても桜はピンとこなかったが、
「会長が怖いとか言ってたよね、咲心凪ちゃん」
「うん……その一言で部活が潰れる『
咲心凪はどんよりした顔で振り向いた。
一体、どんな人なんだろう。
桜はまだ見ぬ『女帝』に対して、恐怖と興味が半々に起こった。どんなに怖くてもそこまで部活を自由自在にするわけにはいかないだろう。特に桜は、
「ま、面白いじゃん。生徒会と喧嘩するのも」
「
いきなり物騒な事を言い出した玄佳を止めて、咲心凪は一つの角部屋の前で立ち止まった。立派な看板に《生徒会室》の表示がある。ドアノッカーまでついていた。
「じゃ、じゃあいくよ?」
「早くして」
躊躇う咲心凪を由意が無情に急かす。
咲心凪は恐る恐るドアノッカーを鳴らした。中から反応はなく、大きな扉を開けて四人、中に入る。
「て、天文部です……」
咲心凪も損な役割だなと桜は思う。震える声で中に入る彼女は、部長として用件を説明する必要がある。
「天文部?」
聞こえたのは、歌うような綺麗な声だった。
長くまっすぐな金髪の前髪を跳ね上げておでこを出し、後ろで束ねた特徴的な髪型に、綺麗に形の整った瞳にはルビーのような色がある。身長は三年生の平均くらいはあるだろう。
桜は(どうしてこの人はドレスを着ていないんだろう)などと思った。制服姿があまりにも似合わず、それよりはドレスでも着ている方が余程、適切な容姿に思えたので。
生徒会室に入ると真っ先に金髪の麗人が目に入った。そこに《会長席》の表示がある。その左右に椅子と机が並び、何人かの人間が座って作業している。並んだ机の後ろに棚があり、様々な書類入れが並んでいる。
「そう言えば今年復活したんだったわね。私は会長の
花会里はにこにこと笑みを浮かべているが、その肌の裏に桜は怒りの感情を感じた。一体、どうしてそんな事を思うのか分からない。ただ、花会里の白い肌がメリメリ裂けて、そこから赤く血塗れの鬼の顔が出てくるかのような錯覚を覚える。
鬼――どこかそんな印象を抱かせるのが、『怖い』と呼ばれる所以なのではないか。
桜は鞄から用件を纏めた書類を取り出す咲心凪を見た。
「えっと、ゴールデンウイーク中に校内で合宿をする計画を立ててます。そこで一つ目、食事調達用に家庭科室の使用許可、二つ目、お風呂代わりに運動部のシャワールーム使用許可、三つ目、寝る所の為にどこか空いている部屋の確保をお願いしたくてきました」
咲心凪は頑張っている様子で用件を告げた。
「合宿の日時は?」
「内容が天体観測なので、天気も加味して四月三十日から五月一日です」
「天文部の皆さん」
その瞬間、花会里の放つにこやかな雰囲気が激変し、冷徹に相手を睥睨する恐ろしい表情に変わった。
「今はいつか言ってご覧なさい」
ぞっとする程、硬くて冷たい声だった。
「四月……二十六日です……」
咲心凪の後ろ姿は大分しんどそうだ。
「申請は一週間前まで行なうのが規則。あなた達の要求は却下です。それより、四月分の活動報告を週末までに生徒会に提出しなさい?」
にこり、花会里は両手を頬に当てて可憐に笑った。
「そうですか……」
咲心凪は項垂れて、特に反抗する事もなかった。
いや、できないのだろう。花会里の顔は圧倒的な力を秘めていて、歯向かえばすぐに捻り潰されるのが目に見えている。
由意も、玄佳も同じなのか、何も言わない。
「用件はこれで――」
「あのっ!」
花会里が話を終わらせようとした時、桜は心にある勇気をありったけ振り絞って声を出した。
ルビーの瞳が、まっすぐに桜を射抜く。
クラスの前に立って発表する時よりも、もっと緊張する。それでも、由意と咲心凪が考えてくれたプランだから、通したい。
「僕達、先輩達が卒業して廃部になった天文部を立て直して、活動して、合宿やろうって話になったのも先週で、それまでに計画の申請をするのは無理だったんです」
冷静には話せていないと思う。初対面の人相手に綺麗な話をできる程、僕は器用じゃない。けれど、放っておけない。
「でも、それぞれが考えて、やっとできた計画なんです。今回だけでも、見逃して貰えませんか……?」
桜が必死に話し終えると、彼女を見ていた花会里の表情が徐々に変わってきた。有無を言わさぬ迫力を持つ微笑から、まるで未知の出来事が目の前で起きているかのように。
「……短い黒髪の癖毛にフレームの大きい黒縁の眼鏡、身長は平均に届かない程度……」
不意に、花会里は桜の外見に触れた。
「おどおどと自信がなさそうに話す。けれど内容ははっきりしている。……あなた、文芸部の
桜は、花会里が何を言っているのか分からなかった。
「は、はい……文芸部で、天文部の、町田桜です……」
桜が名乗った瞬間、花会里は音を立てて立ち上がった。そのまま優雅な所作と性急な動きの中間で桜の所にくる。
桜が戸惑っていると、花会里は桜の両手を取った。
「あなたが町田さん! 気になっていたのよ文芸部に現れた『超新星』!」
超新星――誰がそんな事を言い出したのか。三年生なら凛々子と繋がりがありそうだが、凛々子は言い出しそうにない。
「凛々子があなたの作品のコピーを読ませてくれたけれど、確かにあなたは物凄い実力と可能性を持っているわね! もしかして天文部にいるのも文筆活動の為かしら!?」
先程までとは違う、明らかに私的な好奇心で、花会里は質問してくる。
「は、はい……
「ブラボー!」
叫んで、花会里は桜の両手から自分の手を放し、元の席に向かった。
「どこの馬の骨とも分からない四人組相手に仕事を急ぐなんて馬鹿馬鹿しいと思っていたけれど、新たな時代の担い手がいるなら話は別だわ」
生徒会室の視線を独占して、花会里は話す。
「天文部の部長さん、計画書を出しなさい。今回だけと言わず、全て叶えてあげるわ。私が生徒会長の内はね」
花会里の言葉に合わせて、咲心凪がそそくさと歩み寄って活動計画書を出す。
「ありがとうございます!」
「今の所あなたに興味はないのよ」
「すみませんでした!」
お礼を言った咲心凪はすげなくされてあっさり回れ右した。
「金曜日の放課後、部室に誰かいる状態にして頂戴。設備の使い方その他、こちらから使いを送って知らせるわ。鍵関係は教師連中に話を通しておくし。活動報告についてはそうね、連休明けに提出ね」
花会里はさっきのどこか怒気を隠すような表情とは違う、もっと穏やかで楽しそうな微笑みで言った。
「ありがとうございました!」
咲心凪を筆頭にお礼を言って、四人は生徒会室を出た。
「桜に助けられたね、咲心凪」
出て少し歩くと、玄佳が言った。
「ほんとだよ!! ありがとう桜ちゃん!!」
「う、うん……」
咲心凪に抱き着かれて、桜は倒れるかと思った。咲心凪は小柄な割に力が強く、重い。
「なんにせよこれで設備関係は大丈夫だねー。細かい所詰めようか」
由意の言葉で、四人は部室に向かった。
合宿の計画は、無事に纏まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます