3-12
二人で登校すると、
「
すぐに、咲心凪が反応する。
由意はゆっくり二人を振り返り、穏やかな微笑みを浮かべた。
「ごめん、心配かけちゃったね」
玄佳は軽く謝って、自分の席に着いた。
「心配なんてもんじゃないよ! さっき桜ちゃんから連絡くるまで全然何がどうなったか分からなかったし!」
咲心凪は相当心配していたらしい。自分の席で玄佳に詰め寄っている。
「ごめん……玄佳ちゃんから大丈夫って言われるまでは、咲心凪ちゃんに返せないなって思って……」
桜はすぐに連絡を返せなかった負い目があるので、素直に謝った。事実、玄佳が不安定だから咲心凪と由意の二人は自分をいかせたのだから、その務めを果たしてこそ初めて答えられると思う。
「桜ちゃんのそういう所がないと、玄佳ちゃんは頷かないでしょ」
由意は桜を責めなかった。
「割と私の行動とか思考を読んでたよねー、由意は」
玄佳はどこかジトッとした目で由意を見た。
由意は、いつもの穏やかな微笑みではない、もっとニヒルな笑みを浮かべた。
桜にとっては初めて見る表情で、由意がこういう顔をするという事が意外だった。ただ、現実が見えている由意ならば、玄佳の言葉も予期していたような気持ちもする。
「私じゃ無理だろうなって思ったからね」
「まー桜でも大喧嘩したし、由意がきてたらもっと大変な事になってたよ」
それを聞いて、自分はどうすればいいのか。桜は胃がきゅっと締め付けられる気持ちがした。まるで玄佳と由意が仲が悪いような言いぶりだ。
「玄佳ちゃんと喧嘩してよく無事に済んだね桜ちゃん……」
「う、うん……」
喧嘩はしたが、無意味な物ではなかったし、玄佳を説得できたから、桜にとってはよかった。
「もう! せっかく玄佳ちゃんきたのにギスギスしないでよ! まだ合宿に向けてやる事あるんだから!」
咲心凪が話を進めた。
どうにも玄佳と由意はお互いの腹の内を探り合っているような所がある。咲心凪はまっすぐに目的に向かっている所がある。
「咲心凪ちゃん、合宿の計画……どうなったの?」
桜は自分が全然絡んでいない天文部合宿の事に、あまり気が回っていなかった。玄佳の問題の方が大変で、合宿の事を気にしている余裕は全然なかった。
「由意ちゃんがお風呂を所望したから運動部が使うシャワールーム使わせて貰うこれが一つ、夕食もちゃんと食べたいって言い出すから家庭科室の使用許可を出して貰うこれが二つ、寝床が寝袋だと厳しいって言うから空いてる部屋に布団を出して貰うこれが三つ由意ちゃん希望出し過ぎ!!」
咲心凪は指折り数えていきつつ、最後に由意を思い切り見た。目を剥いた物凄い顔で見ていて、咲心凪がこんな面白い顔をしているのを桜は初めて見た。
「いいじゃん。キャンプ場じゃないんだから寝袋はきついし今時キャンプ場でもシャワーとかあるくらいだし」
ただ、玄佳は概ね由意に賛成らしかった。
「えっと……僕達、何をすればいいの?」
咲心凪の言い方だと、今日を含めて三日間の間に大分する事が詰まっているように思える。
「生徒会にいって部屋とか設備の使用申請! 先生の許可は
咲心凪は簡潔に纏めた。
「まあ全員でいかなくていいよね。咲心凪ちゃん部長なんだから、咲心凪ちゃんがいけばいいし」
「ここで私にぶん投げるの!? 今の生徒会長滅茶苦茶怖いって噂なんだけど!?
由意が即座に咲心凪にぶん投げて、咲心凪はそれに抗議の意を示した。
生徒会長、と聞いて桜は入学式の時を思い出した。綺麗な金髪の生徒会長が挨拶していたが、怖いという印象は抱かなかった。だが、普段はそうなのだろうか。入学式の挨拶では当然、新入生に優しい印象を抱かせるだろう。
「ぼ、僕、一緒にいくよ……」
勇気を出して、桜は言った。
「桜がいくなら私もいく」
「なんか不安になってきたから私もいくよ」
「桜ちゃんありがとう!! この現金な奴らめ!!」
咲心凪は思い切り玄佳と由意の方に指を指している。
「じゃあ今日の予定は決定ね」
玄佳はすぐに話を締めた。
「予定は決定したけど他にもやる事は詰まってるから! 夕食と朝の献立考えたり! 設備移動させたり!」
咲心凪としては色々と活動が詰まっているのを見越しているらしい。
「先生含めて五人分の夕食だからどうしようかなっていう話してたよね」
由意が補足する。
桜は家で料理をした経験がまるでないので、献立を考えろと言われても思いつかない。西脇が手伝ってくれるのか分からないが、四人で作ると考えると足手まといになりそうで怖い。
「料理か……材料費どうするの? 月末だからお金ないよ?」
「うんまあ本来部費から出るんだけど部費がまだ下りてないからね……」
計画そのものは立ったが、細かい所の詰めはまだまだらしかった。もっとも、由意の要望を満たす計画を作るので大変だったのだろうが。
「それも含めて生徒会に相談できるといいねって話してたんだよね」
「それが分かってて私一人をいかせようとしたのは本当になんなの?」
咲心凪と由意は仲がいい印象があった桜だが、結構意見が合わない所もあるらしいと認識を改めた。寧ろ、生活的な所になると相性が悪そうな所もある。
自分の知らない所で回る物語が身近に感じられて、桜は何か自分の中で一つ変わる物があるのを感じた。
「部費が下りるって言っても、この先の活動もあるって考えるとあんまり浪費はできないでしょ」
玄佳は現実的な問題を指摘する。
「材料家から持ち寄る感じの方がお手軽でよくない?」
そして、すぐに代案を出してくる。
その顔はいつも通りポーカーフェイスだが、普段漂っている不意にいなくなりそうな気配と、有無を言わさぬ美の支配力がなかった。もっと強い、包容力のような物を桜は感じた。
「なら何作るかだよね。まあご飯なんて食べられればなんでもいいけど」
「咲心凪ちゃん、そういう所だよ」
「由意ちゃんが繊細過ぎるんだよ!! 適当にカロリーブロックで済ませようとしたのに!!」
「ちゃんとしたもの食べたいでしょ?」
「あんた達ー」
咲心凪と由意がまた始まった時、教卓の方から声がかかった。西脇が出席簿を持ってきていた。
「まだ揉めてんの?」
いつもよりラフな感じで尋ねてくる西脇は昨日、部室で二人とどんなやり取りをしていたのか。桜は気になったが、西脇がきたという事はホームルームが近いという事なので聞く時間がない。
「合宿の献立ですよ、先生」
玄佳が誤解を解消するように言った。
「あー、作るんだったらカレーとかでよくない? そんな何品も作る時間はないし」
「じゃあ先生材料費」
「持ち寄りなさい」
西脇の言葉に咲心凪が図々しい要望を出そうとして、あっさり足蹴にされる。
「カレー……まあいいか。私ルー買ってくるよ」
「お肉と野菜はうちに余るほどあるから、誰かお米分けて」
「後にしなさいホームルーム始めるから」
西脇はホームルームの開始を促した。
桜は、いつになく明晰に自分の気持ちを吐き出せる気がして、こっそりノートを取り出して今の気持ちを書き連ねた。
[僕達はまだ歪だけど、一つに向かってる]その書き出しから始めると、すらすらと言葉が出てきた。
ホームルームの終わりに西脇から注意されたのに気づけたのは何故か、桜に自覚はない。
自分の心と、少しでも向き合えるようになっているからだと。
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