2-1
翌日、
桜が
あの後、玄佳は自分の父の作品から『Icy Blue Moon』を見つけ出して、持ってきたと言う。内容について、玄佳は昔読んだきりで、あまり詳しく覚えていなかった。
二人で教室にいくと、同じ班の
「おはよ」
「お、おはよう……」
二人が挨拶すると、咲心凪と由意はそちらを見た。
「ごめん月守さん、由意ちゃんに見つかった……」
「見つかったって……」
青褪める咲心凪は玄佳からどう話を聞いているのか。そして、由意は呆れたような顔をしている。
「何か、玄佳ちゃんにとって大事な事なんでしょ? だったら私も協力したいよ……」
なんだか、自分だけ話に入られていない気がして、桜は自分より高い玄佳の顔を見上げた。玄佳は特に表情を変えるでもなく、自分の席に着いた。桜も自分の席に座る。
「
「え……」
桜を置いてけぼりにして、玄佳は鞄から『Icy Blue Moon』を取り出した。
「これが『氷のように青い月』を描いた絵本!?」
咲心凪はすぐに食いついた。
「そう。あ、町田さん」
「う、うん……」
「昨日、氷見野さんと話して、この絵本の内容次第で天文部復活への理由にならないかって話になった」
「え……?」
「つまりこういう事」
玄佳は絵本を開いて、中を三人に見せつつ話し出した。
氷見野さんがお祖父さんから聞いた『氷のように青い月』の話は私も聞いた。
氷見野さんのお祖父さんの周りには同じものを見た人がいない。けれど、私のお父さんは同じ言葉で絵本を描いている。
もしも氷見野さんのお祖父さんが見た物と、私のお父さんが見た物が同じなら?
答えは絵本の中にある。
玄佳は、絵本の一節を読み上げた。
「旅立った魂が祝福している夜に、月は氷のように冷たく青く輝くのです。それは、新しい命が生まれるきざしで、誰かが旅立つ合図でもあります。わたしは青い月を見た次の日に、妻の妊娠を知りました」
神秘的な話だけど、きっとつきのひさしさんは嘘を書いてはいない。この本が発表されたのは、僕や月守さんが生まれた年の翌年だから。
「きっとお父さんは、氷のように青い月を見た事がある。そしてそれを絵本として残した。氷見野さんのお祖父さんも見てるなら、それは何かの条件で確認できるっていう事になる」
「えっと……?」
ただ、桜は上手く玄佳の言葉を飲み込めなかった。
「こういう事だよ、町田さん。『誰か一人しかその存在を確認していないもの』は妄想かも知れない。けど『複数の人が見て、記録している同一の現象』ならそれは何かの条件下で見られる『現実』って」
由意が優しく解説してくれた。
つまり、氷のように青い月は実際に存在していて、氷見野さんのお祖父さんと月守さんのお父さんが見た事がある? 二つの目撃証言から、氷のように青い月の存在を立証する……ひょっとして、それを天文部の活動にするの?
「それだけじゃないよ。何か……月守さんのお父さんの話と、お祖父ちゃんから聞いた話に被る事がある」
「咲心凪ちゃんは何か知っているの?」
驚いた顔をしている咲心凪に、由意が穏やかな顔を向ける。
「お祖父ちゃんは私のお祖母ちゃんと結婚する前、別の奥さんがいた。お祖父ちゃんが氷のように青い月を見たのは、その時のお相手と一緒だった頃。それから一年もしないで、子どもが生まれたって聞いた」
氷見野さんの話は、大切な物になる。初めて聞く事だけど、きっとそこに嘘はなくて、示し合わせたような虚構ではない何かが存在する。
「でも、お祖父ちゃんはずっと月に心奪われて、そればっかり探してるから、前のお相手に離縁状叩きつけられて、その後、私のお祖母ちゃんと一緒になったって言ってた」
氷見野さんの話は、『Icy Blue Moon』に似ていた。
「何か不思議な事があるっていう事だよね……?」
由意が二つの話に共通する『不思議な共通点』を指摘する。
「これを元にしてどうにか活動要旨を作って部員を集めて天文部復活の契機にする……」
咲心凪は苦しそうな顔をしている。
クラスの中には、生徒が集まり出していた。
「もしもこれに共通点があるなら、その活動要旨に同意したって事で、私も天文部に入りたい」
すぐに、玄佳が元の話に戻る。
「私は、お父さんの居場所を少しでも知りたいから」
その言葉に、何故だか由意が悲し気な視線を玄佳に送るのを、桜は見逃さなかった。
玉舘さんはどうしたんだろう。いつも穏やかな顔をしているのに、今は少し、悲しそうな顔をしてる。目は慈しみみたいに見える。けれど、聞けない事な気がする。
「入部するのに必要な理由がそろったら入るって、咲心凪ちゃんと約束してるから、私もつきあうよ。咲心凪ちゃん、何か、書類はある?」
すぐに、由意は実際的な話に移った。その表情はいつもの世話好きそうで穏やかで平和な顔で、玄佳に送った悲し気な視線はなんだったのか、桜にはまったく分からなかった。
「入部届しかない……」
「あ、それなら……!」
桜は、自分以外の三人がもう天文部入部の意思を固めているのを知って、自分も咲心凪の力になりたいと、鞄に手を入れた。三人は不思議そうに桜を見た。
「使うかも知れないって、原稿用紙とレポート用紙持ってる……活動要旨、僕じゃどう書いていいか分からないけど……」
桜は白紙の原稿用紙の束と、レポート用紙を取り出した。
「町田さん、文芸部はいいの?」
由意が尋ねてくる。それは、もっともな疑問だと思う。
「よくない。文芸部で僕は何かの物語を書いて、書いていきたい。先輩はやり方を教えてくれるって言ってた。この機会を逃したくない。でも、氷見野さんの気持ちも叶えたいし、月守さんの思いには寄り添いたい。どれか一つ選ぶなんてできない。だから全部選ぶ。文芸部の先輩になんて言えばいいかなんて分からないし、天文部の活動がどんな物なのかも僕は知らないけれど……」
桜は泣きそうな顔で咲心凪、由意、玄佳の顔を見た。
「僕も、『氷のように青い月』を見てみたい……」
つぅと、眦から温かい物が流れた。
「……理由なんて、それだけでも十分だよ」
咲心凪は、いつもより儚く微笑んだ。
「活動要旨纏めるから、レポート用紙少し貰うね。あと、町田さんも入部動機の下書き書いて。文芸部の人の物を私が添削って言うのもおかしいけど……」
由意は優しい表情で手を差し出す。桜はその手の上にレポート用紙を渡す。
「町田さんさ」
玄佳は、レポート用紙を放した桜の手を優しく握った。
「優しいよね。『桜』って呼んでも、いい?」
穏やかな目に、唇の端が上がっている。美しい表情は魔性を孕み、その言葉を断る選択肢などないのだと桜に告げている。
「う、うん……」
「月守さんだけずるくない? 私も桜ちゃんって呼びたいよ」
「その方が合ってるよねー。私達、名前で呼び合わない?」
桜が魔性に惹きつけられるままに頷くと、咲心凪と由意も、二人の手に自分の手を重ねた。
僕は、新しい世界の扉が開く音を聞いた。
踏み出す――一歩でも、たといそれが一歩でも。
「うん……!」
泣きながら笑って、桜は頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます