第25話
「お前の彼女のおかげで一気に片付いたなぁ」
どこからつっこむべきか。
彼女じゃない。頼っていいのか。行き
「父上、あの件とは」
白慈が父である西竜王様を見上げ。
「よくわからないものを拾ったらしく。知らないかと」
「彼女でもわからないことがあるんだ」
「それなら
「すぐ答えられなかったので」
「ああ」
「珍しいですね」
「五十年前の今日のことを、お前ははっきり覚えているか」
「なるほど、それで時間をおいて」
「そういうことだ。
「はい」
五日後。
「今日はゆっくり休めるな」
「まだ気を抜くわけには」
「ここにいる全員があれを見た。口止めできないよ。あっという間に広まる」
ここには訓練している者が。それだけでなく見学している者も。
「手引きした誰かも、あれを見て、引いているんじゃない」
「手引きした?」
「やっぱり頭回ってないじゃない。手引きしないと、父上の後ろをとれる」
護衛は近くに控えている。真後ろではない。ラビアがいなければ、フォディーナ様を傷つけられていたら。人質に取られていたら。
血の気が引いていく。
「今日は帰ってゆっくり休むことだね」
「そうそう。彼女も言っていただろう。いい男が台無しだと」
「何度か言い直していたが」
「
頭上から高い声が。見上げると、青みがかった長い銀髪の女性。金の瞳は冷たいようにも見える。整った容姿だが、ラビアに比べると。
「
「白夜殿は白慈様をよくかばうでしょう」
「どちらかといえば押しつけ」
「お綺麗な
「そうですね。
白夜に負けた、ラビアに無視されて男まで。いつもは殿などつけない。
「変なのに目を付けられて」
「他にもいると思うが」
見ていたのはこの場にいる者。
「今回は色々助かったから、何か贈ればどうだ。欲しいものくらい知っているだろう」
「
「俺に」
「「死ねと」」
「……なぜそうなる」
「以前、贈られて嬉しいものを聞いたんですよ。そうしたら」
「「マンドラゴラ」」
再び白慈と声を揃え。
「マンドラゴラってあのマンドラゴラか」
聞いた時は
「引っこ抜いた時の声で死ぬ、発狂する、というやつだ」
ラビアははっきり。
「庭に植えようと採りに行ったが、採れなかった。そこらの精霊に頼もうとしたが、勘がいいのか、影すらなく。いつもはそこらにいるのに。それなら魔族と捜したが、これまたおらず」
舌打ちして。
「今、一番欲しいのはマンドラゴラ。庭に植えたい」
そう言って。
「本物を近くでじっくり見ていたそうですから、偽物は見抜きますよ」
気を引きたい者は本物など知らないだろうと偽物を用意する。そんなもの渡しても目の前で焼かれて終わり。せめて目のない所で焼け、と言うべきか。
「剣を新しくしたとも言っていたので、試し斬りの相手でも」
「……ああ。彼女、強かったな」
御前試合の時にラビアの腕は見ている。
「鍛え直されたと話していたので、さらに腕を上げているのでは。魔法の腕も」
「勇ましいのですね。是非、お話ししてみたいです」
青みがかった銀髪の女性、
「でしたら、わたしも加えてください」
新たな声。女の子が近くに。
「あの
助けた? この子は、と思い出そうとしていると、背後に父親が。
魔法をかけられ、苦しんでいた娘。あの頃より肉がつき、血色も良い。健康そのもの。父親も、当時の
「伝えておきます。ですが、今回も色々忙しいようで」
女の子に向かい。
「忙しい?」
「西の魔女が
「ああ、僕達を味方につけて」
「その釘刺しに。一つでも参戦しなければ、説得してくれればと。
「
「ああ」
照れながらも話していた。あの場にいた全員が、孫はわからないが、黒輝が孫に気があるのは。
「
ちらりと見たのは
「真紅だけじゃないだろう。
魔法学校の者も。ここでも子供達に魔法を教えているところを見に。声もかけられて。
前回はラビアがいないことが続いたので、見学者はいなかったが。
「大丈夫なのか」
「どちらが」
「どちら?」
「大丈夫じゃないのは竜の
「物騒なこと言うね。あんなに可憐でか弱そうな女性なのに」
今までを見なかったのか。夢想するのは自由。
「知らないって幸せだね。
「実験は」
「きれいさっぱり記憶を消して、本人が無事なら。
数は減らされたくない。
「何人が撃沈するだろうね。
人の地でもはっきり言って睨まれていた。聞く耳を持たない者もいたが。いや、自分の都合のよいように
「余裕ぶっていられるのも今のうちだよ」
男は
両方から文句を、苦情を言われるのか。
その後も囲まれ、どこで会った、紹介してくれ、友人だろ、と友人ではまったくない者から言われ続け、疲れた。
「なんでここにいるの」
「今日が約束の五日後」
「それは知ってる。ここは」
「家の周りは花を持った男達が囲んでいる。それなら、ここで待っていれば」
西竜王様の私室近くに来られる者は限られている。いつ来るとも聞いていないが、家で待っているのは。あれに囲まれ、家からここまで来るのは。実際囲まれ、ここまで来た。
一緒に行動する時、当分の間、ネズミ姿に。
「そう言う
なぜいるのか。呼ばれたのか。
「ここ、僕の家」
好奇心で来たのか。
「西竜王様は」
「部屋にいる。
「白響様が」
白響とはこの地で一番永く生きている竜。千歳は超えている。本人も何歳かわからないと聞いたような。
いつかのように頭上が陰る。
今回はさっと移動。目の前を何かが通りすぎ、床に落ちる前に停止。というか浮いている。
「なぜ避ける」
ラビアは
「避けないと前と同じことになる」
「だからといって落とすか」
「勝手に落ちてきたのはそっちだ」
ラビアは浮き上がり、床に足をつけ。
体の前に袋を抱えて。その袋には青い鳥と黒猫がくっついている。さらにラビアは。
「大丈夫か」
「何が」
「五日前より、なんというか」
「
「違う。ぼろぼろ?」
疲れているようにも。顔色は悪くない。
「色々あって、な。それは後で説明する。それより」
「ああ。こっちだ」
「来る、のか」
「もちろん」
笑顔で頷き。
「なんの話かは」
「知らない」
「他言しないのならかまわない。他言したら、妖精の国か魔族の地に十年ほど引きこもる。特に妖精の国は時間の流れが違うから、人の地やここでは、五十年から百年経っている、かも」
「つまり、それだけ
「大事、というより知られたくない」
ラビアと
「失礼します。
「入りなさい」
許可の声を聞き、
部屋には
「お久しぶりです、
全員入ったので、
「
「きりん?」と
「これだ」
抱えていた袋の口を開くと、中から小さな竜の顔が。しかし、角は一本。竜は二本。小さな顔は周りを見ている。
竜のように鱗に覆われているが、体は鹿。子供のため足は細い。
「保護した理由は」
「西竜王から聞いた。出産中に襲ったと。罰当たりな奴らよ。罰は与えたのだろうな」
「シルフがあの世行きに。頼んだ者を聞きたかったが」
「襲った者は頼まれた者だと」
「ただの人間が麒麟の出産現場に運よく出くわすとは」
「ふむ」
その麒麟は顔を上げ、匂いを
「珍しい、のか」
「「珍しい」」
尋ねるとラビア、
「
「人の地も同じ。現れても精霊だけがいる場所。人のいる場所には現れない」
「そんなものを保護したのか」
「声を拾ったのはシルフだ。ほっておくわけにもいかないだろう。親が生きていれば、家で保護して、元気になったら返すが、この子だけ。しかも生まれたばかり」
麒麟の子はゆっくり部屋の中を歩き、傍を青い鳥が。
「四大精霊すらよくわかっていない。オベロン、ティータニアなら何か知っているかもしれないが、聞きに行って足止めされれば、帰るのはいつになるか。魔王には食われそうだし。ここならそうならないだろう」
「聞き間違いか。懐かしい名前に魔王、と」
「妖精王と女王、魔王と知り合いですよ。僕もこの間、魔王と妖精の女王に会いました。ね、
「……はい」
「どえらい者に
「魔法協会には」
「あんな所に行けるか。話したら最後、自由はない。施設の中で実験動物。利用される」
「つまり、黙って」
「知っているのは、ここにいる者と家にいる精霊だけ。竜にも
「利用される」
「そこの娘の判断は正しい。で、この子をどうしたい」
「仲間の元に戻したい。どこにいるか知っているのなら、教えて欲しい」
ラビアはまっすぐに白響様を見て。
「利用したいとは」
「まったく。一刻も早く戻したい」
「ふむ」
「大変、なのですよ」
青い鳥はしみじみ。
「お前達は大変じゃないだろう。大変なのは私だ。食事もだが、かみつく、寝ていれば前足で腹を遠慮なく踏んで起こす。角で突いて来る。家の中を走り回り、激突しないよう怪我しないよう体を張り」
それで、疲れたように。
「魔法で治せば」
「私やこいつらは、な。だが
「捕まり、利用される」
「そうだ。だから一刻も早く帰したい。したいが、どこにいるか」
ラビアは大きく息を吐き。魂が抜けていっているようにも。
その麒麟の子は
「こいつは面倒見がいいから、お
「使用人は」
「壊れたら困るから、できるだけ手を出すな、と言っている」
「壊れたら困る?」
「あ~、人ではない。人形。意思を持った人形。直し方はわからない。指一本でも壊れる、外れたら、できなくなることもある。だからできるだけ手を出すなと。こいつらなら指の一本二本」
「よくありません」
青い鳥は座っているラビアの膝を
「この、沈んでいる黒猫は」
「この忙しい時に、リディスが行方不明になった」
……。
「それで、
「待て、いいのか」
「私はこっちで手一杯だ」
麒麟の子を指すと、その指にかみつき。
「お腹が
青い鳥は袋の中に。
「つまり、孫より、こっちを取ると」
「そうだ。居場所も
青い鳥が袋から出て来て「ご飯はこちらですよ」と。それでも指にかみついたまま。
「使い魔なんでしょ。傍にずっといたし」
「こいつが悪い」
「すいません」
黒猫はさらに沈み。
「どういうことだ?」
「リディスはこれを祖母が作った使い魔だと思い込んでいた。その祖母がいなくなった。作り主がいなくなった。それなら元に戻る。こいつも意地悪して、数日リディスの傍から姿を消した。その間に行方不明」
黒猫はますます沈み。
「で、私を頼ってきた。忙しいのに」
「他に頼れる
「使い魔じゃない?」
「正確には、な」
「なぜ行方不明に」
「さあ。西の魔女を継ぐのが嫌だった。候補の姉弟子と争うのが嫌だった。理由は本人しかわからん」
ラビアは小さく肩をすくめ。
「居場所は漠然とわかっていると言っていたが」
「捜しに行くのか。それならこっちを手伝ってくれ」
ラビアは
「行かない。手伝っているだろう」
こうして
「ここだ」
「ここ?」
「空の上、竜の地のどこか」
「可能性としては
「私が来られるのはお前のいる、ここ。東竜王の所には行けない」
「魔法協会にある道は」
「クファールが使い、とっくに行っているだろう。魔法協会もごたごたしている」
「ごたごた?」
「いずれわかる。さて、どうなるか」
ラビアは小さく笑い。
「手紙も送った。会いに来たければ、ここに来いと書いてある」
「居場所、わかっているんじゃ」
「わからん。手紙はリディスの元へ届くよう魔法をかけている。追いかけることもできたが、今は、うっ」
いきなり
よく見ると、
「遊べ、ということです。麒麟の子でなければ魔法で飛ばされています。もしくは剣を向けて」
珍しいから、生態がわからないから。青い鳥は麒麟の子の気を引こうと。
「こ、ここへ来たら、教えてくれ」
我慢、しているのだろう。握った手は小さく震えている。
「話しは
ラビアは起き上がり、
「すまん。永く生きているが、麒麟を見るのは初めてじゃ」
白響様は
「永く生きるものだのぅ。まさか
笑っている。
麒麟の子はラビアから離れ、あちこち歩き。ラビアはがくりと肩を落とし。
「そうがっかりするな。わしは知らんがモリノ山で見た、という話が残っている」
「調べたらミソルト渓谷でも目撃されたと」
フォディーナ様も。ラビアは顎に手をあて。
「どちらも人の地。今から行けるのはどちらか一ヶ所」
呟き、
「ウンディーネ」
「はい?」
「モリノ山に今から行ってくる。それを見ていてくれ。これはほっといていい」
黒猫を指し、
「手伝ってくれると言うのなら、これを見ていてくれ」
「モリノ山は妖精と魔族しかいません。ミソルト渓谷も。人の立ち入れる場所ではありません。特にモリノ山はヒュドラが封じられており、毒霧に覆われている場所もあるとか」
「ついでにヒュドラの封印も見てくるか。とにかく頼む。それと、私に
「印、ですか」
「ああ。一日で戻ってこられるだろうが、いつ戻ってこられるか。夜中や明け方、寝ているこいつの上は」
「やめろ」
「仕事中に現れるのも。お前の元ならいつ現れても大丈夫だろう」
「わかりました」
青い鳥はラビアの傍に行き、小さな額をラビアの左手の甲に。
「ここのどこかの部屋でも、こいつの家でもかまわない。運ぶ時は見つからないように運んでくれ。一日かからないと思うが、頼んだ」
「ヒュドラとは、また物騒なものが」
「知っているのですか」
「ああ。厄介なものだ。にしても、あの娘、何者だ。ただの人間ではあるまい。
「東の魔女。そして竜の眼の持ち主」
「竜の眼?」
初めて聞く。
「竜の眼。竜の眼を持っているのか、あの娘が」
白響様は驚いたように。
「
膝をぽんぽん叩いている。
「竜と同等の魔力の持ち主、と聞いているが、他にも」
「それもあるが、人でありながら妖精、精霊、竜に近いもの、とも言われている」
妖精、精霊、竜に近い。……魔王に近いような。
「で、どうするの、この子。
麒麟の子はフォディーナ様の背に隠れるように。
「ふむ。
「それに、あの娘はここにいる者を信じているから、置いていったのだろう。同族には知らせず」
魔法協会には知らせていない。信用していないから。だが
「また、押し付けるのか」
「今日はうち、かな。
三人は
「麒麟は正しい王政の時に現れる、という。麒麟を知っている者、野心のある者に渡れば」
麒麟がそういう存在だと知られれば。自分の元に現れた、自分は選ばれた正しい王だと言えば。特に幼い今は、捕えやすい。
なるほど、他言するな、言い触らすなと言うはず。
「見ていた方が、いいのか」
「私室には側近しか近づかない。僕や父上を狙う者はあれから現れていないけど、
「まだ五日しか経っていない。油断するな」
「はいはい」
適当な返事。
「だったら、この子といれば安心? ウンディーネも護衛についているみたいだし」
巻き添えか。
「魔法をかけられないと言っていたが、もし別の者にかけられたら」
青い鳥を見た。
「何が起こるかわかりません。麒麟のことはよくわかりませんので。普通の精霊なら気づき、なんとかしようとするものもいます。命に関わる魔法でもかけられたのなら、なにがなんでもかけた者を捜し出して倍返しするでしょう。解くにしてもそれで、さらに何かあれば。わかっていれば対処の仕様もありますが、麒麟については。麒麟を調べるわけにはいきません。あれだけ幼ければ意思の
難しい。
「わたし達は人と意思疎通できますが、人と関わらない精霊もいます。そのため言葉が通じない、意思疎通が難しいものも。警戒心が強ければよいのですが、好奇心で人に寄って行き、捕らえられたものも」
そう言うウンディーネは仮の体。
「人に捕まったものを助けたことも」
「手荒な方法で。魔女様が」
黒猫がぼそっと。
「精霊、妖精に来られても同じですよ。燃やされる、沈められる、吹き飛ばされる、埋められる」
……。
「精霊は手加減しないので」
ラビアがまだ手加減してくれる、のか。
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