第25話

「お前の彼女のおかげで一気に片付いたなぁ」

 どこからつっこむべきか。

 彼女じゃない。頼っていいのか。行きづまっていたのは確か。あんなものを見せられては、西竜王せいりゅうおう様、白慈はくじを襲おうとは。それとも土下座して。

「父上、あの件とは」

 白慈が父である西竜王様を見上げ。

「よくわからないものを拾ったらしく。知らないかと」

「彼女でもわからないことがあるんだ」

「それなら白慈はくじ、お前はどうだ」

 西竜王せいりゅおう様は笑い。白慈は小さく肩をすくめ。

「すぐ答えられなかったので」

「ああ」

「珍しいですね」

「五十年前の今日のことを、お前ははっきり覚えているか」

「なるほど、それで時間をおいて」

「そういうことだ。白夜びゃくや、五日後にまた来る。仕事中なら、フォディーナに伝えておく。部屋に通しておいてくれ」

「はい」

 五日後。たずねていたのは、きりん、のことか。

「今日はゆっくり休めるな」

 白斗はくと白夜びゃくやの肩を叩き。

「まだ気を抜くわけには」

「ここにいる全員があれを見た。口止めできないよ。あっという間に広まる」

 ここには訓練している者が。それだけでなく見学している者も。

「手引きした誰かも、あれを見て、引いているんじゃない」

「手引きした?」

「やっぱり頭回ってないじゃない。手引きしないと、父上の後ろをとれる」

 護衛は近くに控えている。真後ろではない。ラビアがいなければ、フォディーナ様を傷つけられていたら。人質に取られていたら。

 血の気が引いていく。

「今日は帰ってゆっくり休むことだね」

「そうそう。彼女も言っていただろう。いい男が台無しだと」

「何度か言い直していたが」

随分ずいぶん仲がよろしいのですね」

 頭上から高い声が。見上げると、青みがかった長い銀髪の女性。金の瞳は冷たいようにも見える。整った容姿だが、ラビアに比べると。

白夜びゃくやの彼女」

 白慈はくじは笑顔で答え。

「白夜殿は白慈様をよくかばうでしょう」

「どちらかといえば押しつけ」

 白斗はくと、白慈からひじで突かれ。

「お綺麗なかたでしたものね。博識で」

「そうですね。白夜びゃくや殿とは釣り合わないほど」

 白夜に負けた、ラビアに無視されて男まで。いつもは殿などつけない。半端はんぱものと馬鹿に。

「変なのに目を付けられて」

 白慈はくじはぼそっと。

「他にもいると思うが」

 白夜びゃくやもぼそっと。

 見ていたのはこの場にいる者。

「今回は色々助かったから、何か贈ればどうだ。欲しいものくらい知っているだろう」

白夜びゃくやに」

「俺に」

「「死ねと」」

 白慈はくじと声を揃え。

「……なぜそうなる」

「以前、贈られて嬉しいものを聞いたんですよ。そうしたら」

「「マンドラゴラ」」

 再び白慈と声を揃え。

「マンドラゴラってあのマンドラゴラか」

 聞いた時は白夜びゃくや白斗はくとと同じ反応を。

「引っこ抜いた時の声で死ぬ、発狂する、というやつだ」

 ラビアははっきり。

「庭に植えようと採りに行ったが、採れなかった。そこらの精霊に頼もうとしたが、勘がいいのか、影すらなく。いつもはそこらにいるのに。それなら魔族と捜したが、これまたおらず」

 舌打ちして。

「今、一番欲しいのはマンドラゴラ。庭に植えたい」

 そう言って。

「本物を近くでじっくり見ていたそうですから、偽物は見抜きますよ」

 気を引きたい者は本物など知らないだろうと偽物を用意する。そんなもの渡しても目の前で焼かれて終わり。せめて目のない所で焼け、と言うべきか。

「剣を新しくしたとも言っていたので、試し斬りの相手でも」

「……ああ。彼女、強かったな」

 御前試合の時にラビアの腕は見ている。

「鍛え直されたと話していたので、さらに腕を上げているのでは。魔法の腕も」

「勇ましいのですね。是非、お話ししてみたいです」

 青みがかった銀髪の女性、白慈はくじの婚約者、白雪しらゆきは笑顔で。

「でしたら、わたしも加えてください」

 新たな声。女の子が近くに。

「あのかたがわたしを助けてくれたのでしょう。ちゃんとお礼を言えていません。会えたらお礼を言おうと」

 助けた? この子は、と思い出そうとしていると、背後に父親が。西竜王せいりゅうおう様に頭を下げ。白雪しらゆき白慈はくじの婚約者なので西竜王様の傍に簡単に来られるが、他の者は許可をとり。

 魔法をかけられ、苦しんでいた娘。あの頃より肉がつき、血色も良い。健康そのもの。父親も、当時の憔悴しょうすいした様子から、がらりと変わり。

「伝えておきます。ですが、今回も色々忙しいようで」

 女の子に向かい。

「忙しい?」

「西の魔女が逝去せいきょしたそうだ。後継は決まっていない。そのせいで竜同士が争うのでは、と」

 白慈はくじの方を。

「ああ、僕達を味方につけて」

「その釘刺しに。一つでも参戦しなければ、説得してくれればと。南竜王なんりゅうおう様の所は大丈夫だろうと」

真紅しんくは冷静に考えられるからね。東竜王とうりゅうおうは孫に。北竜王ほくりゅうおうは。黒輝こくきは孫につきそうだね」

「ああ」

 照れながらも話していた。あの場にいた全員が、孫はわからないが、黒輝が孫に気があるのは。

真紅しんくも彼女を狙っていたからねぇ」

 ちらりと見たのは白夜びゃくやに負けた男。

「真紅だけじゃないだろう。幻獣狩げんじゅうがり、魔法協会の者」

 魔法学校の者も。ここでも子供達に魔法を教えているところを見に。声もかけられて。

 前回はラビアがいないことが続いたので、見学者はいなかったが。

「大丈夫なのか」

 白斗はくとは心配そうに。

「どちらが」

「どちら?」

「大丈夫じゃないのは竜のほう。運が良ければ記憶を消されて終わり。悪ければ焼かれる、斬られる、実験台」

「物騒なこと言うね。あんなに可憐でか弱そうな女性なのに」

 今までを見なかったのか。夢想するのは自由。

「知らないって幸せだね。白夜びゃくや、とどめは刺さないよう伝えといて」

「実験は」

「きれいさっぱり記憶を消して、本人が無事なら。くさっても竜だから」

 数は減らされたくない。

「何人が撃沈するだろうね。白夜びゃくやみたいに打たれ強ければいいけど。彼女、はっきり言うから」

 人の地でもはっきり言って睨まれていた。聞く耳を持たない者もいたが。いや、自分の都合のよいようにとらえていた、か。この男のように。

「余裕ぶっていられるのも今のうちだよ」

 男は白夜びゃくやの肩を叩き、笑顔で去って行く。

 白慈はくじではないが、知らないとは幸せだ。いや、知っていてもあの男は声をかける、気を引こうと、手に入れようとする。

 両方から文句を、苦情を言われるのか。

 その後も囲まれ、どこで会った、紹介してくれ、友人だろ、と友人ではまったくない者から言われ続け、疲れた。



「なんでここにいるの」

「今日が約束の五日後」

「それは知ってる。ここは」

 西竜王せいりゅうおう様、フォディーナ様の私室近く。

「家の周りは花を持った男達が囲んでいる。それなら、ここで待っていれば」

 西竜王様の私室近くに来られる者は限られている。いつ来るとも聞いていないが、家で待っているのは。あれに囲まれ、家からここまで来るのは。実際囲まれ、ここまで来た。

 一緒に行動する時、当分の間、ネズミ姿に。

「そう言う白慈はくじも」

 なぜいるのか。呼ばれたのか。

「ここ、僕の家」

 好奇心で来たのか。

「西竜王様は」

「部屋にいる。白響はくきょう様が来ている」

「白響様が」

 白響とはこの地で一番永く生きている竜。千歳は超えている。本人も何歳かわからないと聞いたような。

 いつかのように頭上が陰る。

 今回はさっと移動。目の前を何かが通りすぎ、床に落ちる前に停止。というか浮いている。

「なぜ避ける」

 ラビアは白夜びゃくやを見上げ。

「避けないと前と同じことになる」

「だからといって落とすか」

「勝手に落ちてきたのはそっちだ」

 ラビアは浮き上がり、床に足をつけ。

 体の前に袋を抱えて。その袋には青い鳥と黒猫がくっついている。さらにラビアは。

「大丈夫か」

「何が」

「五日前より、なんというか」

不細工ぶさいく

「違う。ぼろぼろ?」

 疲れているようにも。顔色は悪くない。

「色々あって、な。それは後で説明する。それより」

「ああ。こっちだ」

 白夜びゃくやは先を歩き。

「来る、のか」

 白慈はくじを見た。

「もちろん」

 笑顔で頷き。

「なんの話かは」

「知らない」

「他言しないのならかまわない。他言したら、妖精の国か魔族の地に十年ほど引きこもる。特に妖精の国は時間の流れが違うから、人の地やここでは、五十年から百年経っている、かも」

「つまり、それだけ大事だいじな話?」

「大事、というより知られたくない」

 ラビアと白慈はくじが話している間に西竜王せいりゅうおう様の部屋の前に。

「失礼します。白夜びゃくやです」

「入りなさい」

 許可の声を聞き、ふすまを開ける。

 部屋には西竜王せいりゅうおう様とフォディーナ様、白響はくきょう様が座って。白響様の頭は禿頭とくとうだが真っ白のひげは長く、眉毛も長い。

「お久しぶりです、白響はくきょう様」

 白慈はくじは頭を下げ、白夜びゃくやも頭を下げる。ラビアも小さく頭を下げ、部屋の中へ。

 全員入ったので、ふすまを閉める。

麒麟きりんの子を保護した、というのはその娘か」

 白響はくきょう様の細い目がラビアを見る。

「きりん?」と白慈はくじは首を傾げ。

「これだ」

 抱えていた袋の口を開くと、中から小さな竜の顔が。しかし、角は一本。竜は二本。小さな顔は周りを見ている。

 西竜王せいりゅうおう様と白響はくきょう様は「これが麒麟きりんの子」と、じっと見て。フォディーナ様も。

 たたみに下ろし、袋から出す。

 竜のように鱗に覆われているが、体は鹿。子供のため足は細い。

「保護した理由は」

「西竜王から聞いた。出産中に襲ったと。罰当たりな奴らよ。罰は与えたのだろうな」

 白響はくきょう様の目は麒麟きりんを見たまま。

「シルフがあの世行きに。頼んだ者を聞きたかったが」

「襲った者は頼まれた者だと」

「ただの人間が麒麟の出産現場に運よく出くわすとは」

「ふむ」

 その麒麟は顔を上げ、匂いをぐ仕草。

「珍しい、のか」

「「珍しい」」

 尋ねるとラビア、白響はくきょう様は声を揃え。

麒麟きりんはわしらの前にすら現れない」

「人の地も同じ。現れても精霊だけがいる場所。人のいる場所には現れない」

「そんなものを保護したのか」

「声を拾ったのはシルフだ。ほっておくわけにもいかないだろう。親が生きていれば、家で保護して、元気になったら返すが、この子だけ。しかも生まれたばかり」

 麒麟の子はゆっくり部屋の中を歩き、傍を青い鳥が。

「四大精霊すらよくわかっていない。オベロン、ティータニアなら何か知っているかもしれないが、聞きに行って足止めされれば、帰るのはいつになるか。魔王には食われそうだし。ここならそうならないだろう」

「聞き間違いか。懐かしい名前に魔王、と」

「妖精王と女王、魔王と知り合いですよ。僕もこの間、魔王と妖精の女王に会いました。ね、白夜びゃくや

「……はい」

「どえらい者にったな。お前達。特に魔王には簡単には会えん」

 白響はくきょう様は白慈はくじ白夜びゃくやを交互に。西竜王せいりゅうおう様、フォディーナ様は目を丸く。話していなかったのか。

「魔法協会には」

「あんな所に行けるか。話したら最後、自由はない。施設の中で実験動物。利用される」

「つまり、黙って」

「知っているのは、ここにいる者と家にいる精霊だけ。竜にも麒麟きりんのことが知れ渡れば」

「利用される」

 白響はくきょう様も。

「そこの娘の判断は正しい。で、この子をどうしたい」

「仲間の元に戻したい。どこにいるか知っているのなら、教えて欲しい」

 ラビアはまっすぐに白響様を見て。

「利用したいとは」

「まったく。一刻も早く戻したい」

「ふむ」

 白響はくきょう様はひげを撫で。

「大変、なのですよ」

 青い鳥はしみじみ。

「お前達は大変じゃないだろう。大変なのは私だ。食事もだが、かみつく、寝ていれば前足で腹を遠慮なく踏んで起こす。角で突いて来る。家の中を走り回り、激突しないよう怪我しないよう体を張り」

 それで、疲れたように。

「魔法で治せば」

「私やこいつらは、な。だが麒麟きりんは生態がよくわからない。魔法をかけていいのかどうか。何かが起こってからでは遅い。それに人になついて、危険な存在と判断しなくなるのは」

「捕まり、利用される」

「そうだ。だから一刻も早く帰したい。したいが、どこにいるか」

 ラビアは大きく息を吐き。魂が抜けていっているようにも。

 その麒麟の子は白響はくきょう様の匂いを嗅ぐ仕草。

「こいつは面倒見がいいから、おりをしてもらっている。ノームやサラマンダーは何度も踏まれ、切れる寸前。シルフは避難。麒麟は草花を踏まないよう歩くと聞いたが、踏まれまくりだ」

「使用人は」

「壊れたら困るから、できるだけ手を出すな、と言っている」

「壊れたら困る?」

「あ~、人ではない。人形。意思を持った人形。直し方はわからない。指一本でも壊れる、外れたら、できなくなることもある。だからできるだけ手を出すなと。こいつらなら指の一本二本」

「よくありません」

 青い鳥は座っているラビアの膝をくちばしでつつき。

「この、沈んでいる黒猫は」

 白慈はくじはラビアの傍でじっとしている黒猫を指し。

「この忙しい時に、リディスが行方不明になった」

 ……。

「それで、麒麟きりんの」

「待て、いいのか」

「私はこっちで手一杯だ」

 麒麟の子を指すと、その指にかみつき。

「お腹がいたのですね」

 青い鳥は袋の中に。

「つまり、孫より、こっちを取ると」

「そうだ。居場所も漠然ばくぜんとだがわかっている」

 麒麟きりんの子は指にかみつき続け。ラビアは顔をしかめている。

 青い鳥が袋から出て来て「ご飯はこちらですよ」と。それでも指にかみついたまま。

「使い魔なんでしょ。傍にずっといたし」

 白慈はくじは黒猫をつつき。

「こいつが悪い」

「すいません」

 黒猫はさらに沈み。

「どういうことだ?」

「リディスはこれを祖母が作った使い魔だと思い込んでいた。その祖母がいなくなった。作り主がいなくなった。それなら元に戻る。こいつも意地悪して、数日リディスの傍から姿を消した。その間に行方不明」

 黒猫はますます沈み。

「で、私を頼ってきた。忙しいのに」

 麒麟きりんの子は指から離れ、何か食べている。

「他に頼れるかたがいなかったので。お邪魔しているかもと」

「使い魔じゃない?」

 白慈はくじは黒猫を見て。

「正確には、な」

「なぜ行方不明に」

「さあ。西の魔女を継ぐのが嫌だった。候補の姉弟子と争うのが嫌だった。理由は本人しかわからん」

 ラビアは小さく肩をすくめ。

「居場所は漠然とわかっていると言っていたが」

「捜しに行くのか。それならこっちを手伝ってくれ」

 ラビアは白夜びゃくやを見て。

「行かない。手伝っているだろう」

 こうして西竜王せいりゅうおう様と話している。白響はくきょう様まで引っ張り出してきて。

「ここだ」

「ここ?」

「空の上、竜の地のどこか」

「可能性としては東竜王とうりゅうおうの所かな?」

 白慈はくじは顎に手をあて。

「私が来られるのはお前のいる、ここ。東竜王の所には行けない」

「魔法協会にある道は」

「クファールが使い、とっくに行っているだろう。魔法協会もごたごたしている」

「ごたごた?」

「いずれわかる。さて、どうなるか」

 ラビアは小さく笑い。

「手紙も送った。会いに来たければ、ここに来いと書いてある」

「居場所、わかっているんじゃ」

「わからん。手紙はリディスの元へ届くよう魔法をかけている。追いかけることもできたが、今は、うっ」

 いきなりうめき、前のめりに。

 よく見ると、麒麟きりんの子がラビアの背に頭をぐりぐり押しつけ、前足で背をっている?

「遊べ、ということです。麒麟の子でなければ魔法で飛ばされています。もしくは剣を向けて」

 珍しいから、生態がわからないから。青い鳥は麒麟の子の気を引こうと。

「こ、ここへ来たら、教えてくれ」

 我慢、しているのだろう。握った手は小さく震えている。

「話しはれたが、麒麟きりんの居場所は」

 ラビアは起き上がり、西竜王せいりゅうおう様、白響はくきょう様を見た。

「すまん。永く生きているが、麒麟を見るのは初めてじゃ」

 白響様はひげを撫でながら。

「永く生きるものだのぅ。まさか麒麟きりんの子を見られるとは」

 笑っている。

 麒麟の子はラビアから離れ、あちこち歩き。ラビアはがくりと肩を落とし。

「そうがっかりするな。わしは知らんがモリノ山で見た、という話が残っている」

「調べたらミソルト渓谷でも目撃されたと」

 フォディーナ様も。ラビアは顎に手をあて。

「どちらも人の地。今から行けるのはどちらか一ヶ所」

 呟き、

「ウンディーネ」

「はい?」

「モリノ山に今から行ってくる。それを見ていてくれ。これはほっといていい」

 黒猫を指し、

「手伝ってくれると言うのなら、これを見ていてくれ」

 白夜びゃくやを見る。

「モリノ山は妖精と魔族しかいません。ミソルト渓谷も。人の立ち入れる場所ではありません。特にモリノ山はヒュドラが封じられており、毒霧に覆われている場所もあるとか」

「ついでにヒュドラの封印も見てくるか。とにかく頼む。それと、私にしるしをつけておいてくれ」

「印、ですか」

「ああ。一日で戻ってこられるだろうが、いつ戻ってこられるか。夜中や明け方、寝ているこいつの上は」

 白夜びゃくやを指す。

「やめろ」

「仕事中に現れるのも。お前の元ならいつ現れても大丈夫だろう」

「わかりました」

 青い鳥はラビアの傍に行き、小さな額をラビアの左手の甲に。

「ここのどこかの部屋でも、こいつの家でもかまわない。運ぶ時は見つからないように運んでくれ。一日かからないと思うが、頼んだ」

 白夜びゃくやの許可も得ず、勝手に。言うことを言うと、姿を消した。

「ヒュドラとは、また物騒なものが」

「知っているのですか」

 白響はくきょう様を見た。

「ああ。厄介なものだ。にしても、あの娘、何者だ。ただの人間ではあるまい。物怖ものおじせず、堂々と」

「東の魔女。そして竜の眼の持ち主」

「竜の眼?」

 初めて聞く。

「竜の眼。竜の眼を持っているのか、あの娘が」

 白響様は驚いたように。

麒麟きりんに竜の眼の持ち主。永く生きるものだ。まさか再び竜の眼を持つ者に会えるとは。なるほど、妖精王、女王が気に入る、魔王が気にかけるはず」

 膝をぽんぽん叩いている。

「竜と同等の魔力の持ち主、と聞いているが、他にも」

 西竜王せいりゅうおう様が白響はくきょう様を見て。フォディーナ様は麒麟の子にすり寄られ。ラビアのように蹴られも、かみつかれてもいない。

「それもあるが、人でありながら妖精、精霊、竜に近いもの、とも言われている」

 妖精、精霊、竜に近い。……魔王に近いような。

「で、どうするの、この子。白夜びゃくやの家に連れて帰る?」

 白慈はくじ麒麟きりんの子を指し。

 麒麟の子はフォディーナ様の背に隠れるように。

「ふむ。なつかれたか? わしももう少し見ていたい。麒麟の子など、この先見ることはない」

 白響はくきょう様はおいでおいでと手招き。

「それに、あの娘はここにいる者を信じているから、置いていったのだろう。同族には知らせず」

 魔法協会には知らせていない。信用していないから。だが白夜びゃくや達は。

「また、押し付けるのか」

 白慈はくじを見た。ネズミの時のように。

「今日はうち、かな。白響はくきょう様も見たいようだし、父上、母上も」

 三人は麒麟きりんの子を見ている。

「麒麟は正しい王政の時に現れる、という。麒麟を知っている者、野心のある者に渡れば」

 麒麟がそういう存在だと知られれば。自分の元に現れた、自分は選ばれた正しい王だと言えば。特に幼い今は、捕えやすい。

 なるほど、他言するな、言い触らすなと言うはず。

「見ていた方が、いいのか」

「私室には側近しか近づかない。僕や父上を狙う者はあれから現れていないけど、白夜びゃくやは別の意味で目を付けられているからねぇ」

「まだ五日しか経っていない。油断するな」

「はいはい」

 適当な返事。

「だったら、この子といれば安心? ウンディーネも護衛についているみたいだし」

 巻き添えか。麒麟きりんの子に何かあれば、ラビアも黙っていない。

「魔法をかけられないと言っていたが、もし別の者にかけられたら」

 青い鳥を見た。

「何が起こるかわかりません。麒麟のことはよくわかりませんので。普通の精霊なら気づき、なんとかしようとするものもいます。命に関わる魔法でもかけられたのなら、なにがなんでもかけた者を捜し出して倍返しするでしょう。解くにしてもそれで、さらに何かあれば。わかっていれば対処の仕様もありますが、麒麟については。麒麟を調べるわけにはいきません。あれだけ幼ければ意思の疎通そつうも」

 難しい。

「わたし達は人と意思疎通できますが、人と関わらない精霊もいます。そのため言葉が通じない、意思疎通が難しいものも。警戒心が強ければよいのですが、好奇心で人に寄って行き、捕らえられたものも」

 そう言うウンディーネは仮の体。いまだに本体を持っている男と会えていない。

「人に捕まったものを助けたことも」

「手荒な方法で。魔女様が」

 黒猫がぼそっと。

「精霊、妖精に来られても同じですよ。燃やされる、沈められる、吹き飛ばされる、埋められる」

 ……。

「精霊は手加減しないので」

 ラビアがまだ手加減してくれる、のか。

 西竜王せいりゅうおう様は仕事に。フォディーナ様や白響はくきょう様は麒麟きりんの子の相手。白夜びゃくやも部屋のすみ、邪魔にならない場所に。なぜか黒猫が傍にちょこんと。

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