第24話

「麒麟、を知っているか」

 西竜王せいりゅうおう、フォディーナ、二人の前に立ち。

「きりん、とはあの麒麟きりん、か」

 西竜王は控えている護衛をちらりと見て。

「聞かれたくないから結界を張り、音を遮断しゃだんしている。口を読まれたら、筒抜つつぬけだが」

 西竜王はフォディーナにさらに近づき、控えている護衛には口を読ませない位置に。

「先ほど、白夜びゃくやにも聞いたが、知らないと。他言はするなとも言っておいたから、話さないだろう」

 麒麟きりん。体は鹿、尾は牛で頭には一本の角が生えている。体は竜のうろこおおわれ、竜の顔をもつ。穏やかで優しく、虫一匹、草一本すら踏むことを嫌う。鳴き声は音階と一致している。

「その麒麟の子を保護している」

「保護?」

 西竜王せおりゅうおう、フォディーナは眉を寄せ。

「どこの馬鹿がたくらんだが知らないが、出産している麒麟を襲った」

 フォディーナは息をみ、西竜王は顔をしかめた。

「親は仲間に危険を知らせる、子供を助けて欲しかった。理由はわからないが、絶叫。それをシルフが聞き取った」

 しかも真夜中。魔族の地から戻った二日目。シルフに叩き起こされ。いや、寝ているところを風を操り、運ばれ、見たのは。

「生まれたばかりの麒麟きりんを袋に入れようとしていた。倒れている親からは血を抜いて運ぼうとしていたのだろう。それを見たシルフはそいつらを攻撃」

 話しを、背後関係を聞きたかったが、話すことのできない身に。

「治癒魔法をかけていやそうとしたが、間に合わず。見つけた所に埋めれば誰かが見つけるかもしれない。別の所に埋め、子供は保護。したんだが」

「だが?」

麒麟きりんの生態がわからない。食事も手探り。今のところなんとかなっているが」

 四大精霊に他の精霊が、こうしてみれば、と助言してくれ。ただ、どの精霊も麒麟のことは知らない。聞いたことはあるが、会ったことはない、と。

 大きく息を吐く。

「群れがあれば群れに帰したい。群れが無理なら仲間に頼みたい」

 四大精霊でさえ知らない。シルフ、ノームに捜しに行け、と言いたいが、狙われているかもしれないので、下手に外には出せず。別の精霊に頼んでも。ラビアから頼まれたと話せば、ラビアが麒麟きりんを保護していると知れる。

「ふむ」

 西竜王せいりゅうおうは難しい顔で顎を撫でている。フォディーナは顔色を青く。

「永く生きているから何か知っているかと。言い触らしはしないだろう」

 知っていれば竜でも欲しがるだろう。だから多くに知られたくない。

「麒麟、か。永く生きているが」

 フォディーナを見る。

「ごめんなさい。話に聞いたことはあるけれど」

 知らないようだ。

「私より永く生きている者に聞いてみよう。何か知っているかもしれない」

「私も、書物をあたってみましょう」

「お願いします」

 素直に頭を下げる。

 ラビアでは限界が。魔王に聞きに行くのは。美味おいしそうだと食われても。ティータニア、オベロンにしても、ここで飼えばいいと言いそう。どうしようもなくなったら、そうするつもりだった。だが、仲間の居場所がわかるのなら。

「そう、だな。数日後にまた来てくれれば」

 数日後。

「それなら、五日後に」

 西竜王せいりゅおううなずく。

 その西竜王の背後から、こちらに向かってくる男が。手には光るものが。

「ん?」

 ラビアは目を細め。西竜王も背後を見る。控えている護衛は何か叫び、手を伸ばす。

 向かってきた男は結界に勢いよくぶつかり。何が起こっているかわかっていない顔。しかし判断は早く、きびすを返し。

「うりゃ」

 ラビアは指を動かし、魔法で男を外、白夜びゃくや達がいる庭へと引っ張り、放り出す。

 そこへ、以前見たような男と白夜が取り押さえ。何か話している。

 控えていた護衛は西竜王せいりゅうおうの前に。

 ラビアは結界を解くと、騒がしい。

「ご無事ですか」

 取り押さえている男が西竜王を見ている。

「ああ。大事だいじない」

「結界を張っていたから、傷一つない、結界にぶつかっただけ」

 白夜びゃくやと男は大きく安堵の息を吐き。

 ラビアはふちに移動。しゃがみ、取り押さえられている男を見下ろした。白夜と年の近そうな男。

「無謀にも西竜王せいりゅうおうを狙ったのか」

「最近、西竜王様と白慈はくじ、様が襲撃され」

 他の竜もいるので、様をつけたのか。いつもは白慈と呼び捨て。

「元気そうに見えるが」

 西竜王、白慈を見る。

「失敗している」

「お前がブサ、いい男台無しになっている原因はそれか。何日寝ずに張り付いてた。寝ろ。いざという時に動けなくなるぞ」

「もっと言ってやって」

 白慈はくじはそう言い、取り押さえている男も頷いている。

「それとも信用できないのか」

「そんなことは」

 白夜びゃくやはそっぽを向き。

「連れて行け」

 取り押さえている男が近くの男に。

 力をゆるめた瞬間に、だろう。押さえていた男の手を逃れ、再びラビア、西竜王に向かって。

「ぶっ」

 魔法で潰し、地面に。

度々たびたび、すまない」

 男は頭をかき。

「なんだ、反対勢力か。それとも何か言いたいことでもあるのか」

 潰されている男は顔を上げ、

「血を」

「ち?」

西竜王せいりゅうおう様の血を。お願いします。一滴でかまいません。お願いします」

 必死に。

「分けてもらってどうするんだ」

 ラビアはかがんだまま左手に顎を乗せ。

「同じ時を過ごすため」

「同じ時?」

「俺と同じ時間を過ごすには西竜王様の血が必要なんだ」

「誰が」

「……彼女」

「また馬鹿を吹き込まれたな」

 呆れをにじませ。

「馬鹿、だと」

 潰れている男はラビアを睨み。

「ああ、馬鹿だ、大馬鹿だ。信じる奴も、実行する奴も」

「言い方」

 白夜びゃくやは男の傍に。

「それなら、その女がどうなるかその目で見ていろ」

 ラビアは立ち上がり、振り返る。

「そういうわけだ。少量でいい、血をくれるか。ほんの少しでいい。大事おおごとになっても。まあ、なんとかなるとは思うが」

「その者の言う者に与えると」

「それをやれば、その女は命を落とす」

「っ」

 潰されている男は息をみ。

「命をもてあそぶことはしたくないが、どうなるか見せれば、あの男も納得するだろう」

 詠唱し、下級魔族を呼び出す。

 ラビアの手には体長二十センチほどのやせ細った小鬼が。ギイギイと鳴き、暴れている。

「少しでいい。ほんの少しを、こいつに」

 小鬼を掴んだ左手を西竜王せいりゅうおうへと伸ばす。西竜王は迷っていたが左小指の先を、風を操り、切り、小鬼へと。右手で小鬼の口を開け、西竜王の血をその中へ。

「よく見ていろ、これがその女の末路まつろだ」

 ラビアは小鬼を男の近くに投げた。

 小鬼はギイギイと鳴き続け、地面を転がっていたが、右腕が太く。続いて左腕、左足、右足と巨大に。

「まず、体が変化する」

 二十センチほどの小鬼が二メートルほどの大きさに。小鬼というより鬼。

「……大丈夫、なのか。凶暴化したような」

 白夜びゃくやは小鬼であったものを見ながら。

「なわけないだろ。西竜王せいりゅうおうの血のおかげで、力も魔力も増している。少量でこれほどになるとは」

「おい!」

「安心しろ、責任とって倒す。剣も新しくなったし」

「笑顔で言うな。試し斬りしたいだけだろう」

「それなら、魔王との魔法合戦で鍛えられた魔法で」

「狙うのはあれだけにしろ」

 白夜びゃくやは小鬼を指し。

「心配しなくても長くはもたない。急激な体の変化についていかないだろう。それに」

「それに?」

 小鬼は自らの体を見回し、腕を振り、足を動かしていた。知能は変わっていないようだ。が、突然、動きが止まり、どんと地面に膝をつく。のどあたりを太い手で押さえ、地面へと倒れ込み、再びのたうちまわる。

「何が」

「体に合わなかった」

「体に合わない?」

「そうだ、体に合わず、苦しんでいる」

 地面をのたうちまわり続け、やがて静かに、動きが止まる。

「あれがお前の女の末路まつろだ」

 小鬼はぴくりとも動かなくなる。白目をむき、口からは舌がだらりと垂れて。

 男を潰していた魔法は解いているが、男は地面に伏せたまま。首を左右に振り。

「夢じゃない。現実だ。こいつに殴ってもらうか、気絶しない程度に」

 白夜びゃくやを指した。

「こうなってもいいというのなら、土下座でも、泣き落としでも、なんでもして西竜王せいりゅうおうに頼めばいい。ああ、誓約書を書いておけ」

「誓約書?」

「こうなったら自分で始末する。西竜王に文句は一切言わない。恨まない。自己責任。九分九厘くぶくりん、失敗する。それでもいいのなら」

 男は首を振り続けている。

「これは魔力があったから、ここまでもった。お前の女に魔力はあるか。ないのなら、もっと早く」

 聞きたくないとばかりに耳を手でふさぎ、目を閉じている。

「以前、北竜王ほくりゅうおう様を襲った者は」

「あれにも魔力はあった。体は変化しなかったが、魔力は爆発的に増えた。一時的に。最後はどうなったか。苦しみぬいたことは確実だろう」

 返した魔法呪い、竜王の血、禁呪を使った反動。

「もし、成功したとしても、そんな変わり果てた姿で同じ時を過ごせるか。運よく姿が変わらなくとも、その女は狙われる」

「狙われる?」

「薬師の中には自ら毒を飲み、体内で解毒薬を作る者もいる。その場合、薬はその薬師の血肉」

 白夜びゃくやはなんともいえない顔に。

「それと同じで成功すれば、竜王の血に耐えられた者として、他の者から狙われる」

「詳しいな」

「別の話になるが、ドラゴンで試そうとした者がいる」

「ドラゴンで?」

「人の地にもドラゴンの血を浴び不老になった英雄の話がある。ドラゴンの血を全身に浴び、不老となり。心臓を焼いて食べ、動物の言葉がわかるようになった英雄の話が」

「今も、生きているのか」

「確か、一ヶ所だけ浴びていない場所があって、そこを女に刺されて終わった、という話だったような」

 フォディーナを見ると小さく頷いている。

「あと、人魚の肉を食べると不老不死になれるとも。ドラゴンよりは挑みやすい、倒しやすい。ドラゴンは毒を持っているものもいる。そんなものの血を浴び、食べるのは。人魚は嵐を起こすともいわれていた。乱獲されたと」

「今も、されているのですか」

 フォディーナはか細い声で。

「いや、今はマーマンが護っている。ろうとする、いじめようとすれば、マーマンが持っている槍で一刺し」

 槍を持っているように手を動かす。

 マーマン。男性人魚の一種。基本的に大人しく、特別な理由がなければ人間に危害を加えるようなことはしないが、マーメイド、人魚をいじめたりすると海を荒らして復讐する。

「不死の成功者は……南の魔女と北の魔女は成功したか? いびつな形で。だが、あれも不死かどうかは」

 不老ではある。首から上だけと、魂を移すという無茶な方法で。

「まあ、そういうわけだ。お前の女がどうなってもいいのなら、試せばいいのでは。あ、結果、教えてくれ」

 白夜びゃくやを見た。

「止めたいのかやらせたいのか、どちらだ」

「もう一度言うが、九分九厘失敗する。まっ先に襲われるのは」

 男を見た。

「何も知らない者にすれば、魔族がどこからか現れた、と思えるだろう」

「いいか」

 男を逃した、短い顎鬚あごひげ、体格のよい、白夜びゃくやより年上の男が進み出てくる。

「実は、似たようなものを一度見た。魔族だと考えていたんだが。翼はない、息絶えていたから、どこから来たと。竜があんなもの連れてくるとは考えにくい。それなら人か、とも考えていたんだが、人にしても、あんな目立つものは。金色の竜が混乱させるために連れて来たとも。あれもまだ見つかっていない。それにしては暴れたとも聞かなくて。そこから新たなものは現れず、静か」

「あれに似ていた?」

 ラビアは動かなくなった小鬼を見た。体は大きいまま。

「似ていると言われれば」

「実物見ていないからはっきり言えない。見てもわかるかどうか、だが、先に誰かが試して、失敗したのかも、な」

西竜王せいりゅうおう様や白慈はくじ様は襲撃されたが、怪我一つなく」

「西竜王でなくとも、純粋な竜の血で試せる」

「つまり、そいつは純粋な竜を襲った?」

「もしくは仲が良ければゆずってもらい」

 試した。

 男は顎に手をあて。

「け、眷属けんぞくは、眷属にする方法は」

 耳をふさぎ、目を閉じていた男が口を開く。

「それもよくわからないが、純粋な竜にしかできない条件か、何かがあるのでは。たとえば、どちらか片方が命を落とす。両方落とす、とか。何かしらあるから同意が必要、純粋な竜しか使えないのでは」

 竜だけが一方的に想っても。竜も減ってきている。ハーフとはいえ、これ以上減らしたくないのだろう。危険な橋を渡らせたくない。成功するのならとっくに教えて。

 目の前の男はハーフ、か。想い人と同じ時を過ごそうと西竜王せいりゅうおうを襲った。

「両方命を落とすのならいいかもしれないが、片方だけ、女だけ残るのは嫌だろうな。その女は永い年月をひとりでごさないといけない。新たな誰かを好きになっても、それに縛られ。男は恨まれるな。それとも、お前の女はそうなってもかまわないと」

 どういう結果になろうとも後悔しないと。

 男は答えない。

「詳しいことはわからない。お前も、その女も命を落とす、見るも無残な姿になってもかまわないというのなら、試せばいいのでは」

 小さく肩をすくめ。

 どうするか決めるのは目の前の男。こう言ってもやる者はやる。自分を信じて。そうして失敗してきた者を見てきた。後始末はラビアに。ここでは白夜びゃくや達が。

 短い顎鬚あごひげ、体格のよい男は息を吐き「連れて行け」と指示。二人の男が脱力して座り込んでいる男を立たせ、どこかに。

 西竜王せいりゅうおうを狙った。失敗したが、罪人。女に会えるかどうか。だが、誰がそんなことを。それを考えるのも白夜びゃくや達の仕事か。

「さて、私も」

 戻るか、と。

「これ、始末していって」

 白慈はくじしたのは小鬼。

「有効活用して、西竜王の血を飲んだ女がこうなったと」

「もう十分わかっているから。口止めできないほど」

「それでも馬鹿考えて、土下座、泣き落とし。ちょっと見たいかも」

「土下座を。それとも変化した人?」

「両方」

「僕は土下座が」

白慈はくじ様」

 体格のよい男が止め。

 詠唱し、小鬼だったものを燃やす。骨も残さず。

「そうだ、あの件のこと」

 西竜王を振り返る。

「ああ」

 二人が頷くのを見て、家へと転移。

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