第23話

「これは、魔族まぞく、か」

 白斗はくとは顔をしかめ。

 そうとしか見えないものが路地ろじに倒れていた。発見したのは人と竜の子。子といっても大人。この区域は人と竜の子が多く住んでいる。そのため来たがらない純粋な竜も。そちらのことはそちらで片付けろ、と言う竜もいる。

 ここに現れる魔族は翼のあるものばかり。だが、路地に倒れている、事切こときれている魔族のようなものに翼はない。人のように頭があり、髪、手足も。魔法学校の本で見た、鬼に似ている。大柄で醜い姿。

 どこから来て、なぜ、ここに倒れていたのか。

 いつまでもここに置いておくわけにもいかず。危険はないとわかっていても運ぶ者は顔をしかめ、嫌々。

 他にもいないか、何人かで組ませ、捜索したが、見つからなかった。



 本日は西竜王せいりゅうおう様、フォディーナ様が御殿につとめる者の訓練を見学。二人だけでなく、純粋な竜の独身女性、訓練している者の家族も見学に。そのため普段は訓練に来ない純粋な竜も来て。

 女性の黄色い声。子供が親を応援する声。訓練している者の声、色々な声が響いていた。

「僕が御前試合に出ていれば。やはり半端はんぱものに三将がつとまるとは」

 そう言う竜も。真面目に訓練にも出ず。

 半端はんぱものは白夜びゃくやだけではない。その言葉に顔をしかめている者も。

「だったら、対戦してみるか」

 いつものことと聞き流していたのに。

 白斗はくと白夜びゃくやの肩に手を置き。

 白斗はここの者達をまとめている。いくつかの隊に分け、隊長が上司である白斗に報告。白斗から西竜王せいりゅうおう様に報告。西竜王様からのめいも白斗を通して。白慈はくじが白夜に直接言う場合もある。

 白夜も隊を任されている。隊長の一人。隊は白夜と同じ、人と竜の子が多い。純粋な竜もいる。人とか竜とか気にしない者。

 白斗はくとはにやにや笑っている。

「白斗」

 白夜びゃくやは呆れたように。

「そんなこと言うってことは、腕をみがいているんだろ。こいつに負けず」

 磨いているわけない。訓練している姿を見た覚えはない。家で、誰も見ていない所で剣を振っているかもしれないが。

「お、いいね。俺も見ていてやる。手を抜くなよ、白夜」

 白亜はくあまで。さらには白慈はくじも加わり。

 もしかして訓練に出てこない、真面目に仕事していないことに、いい加減頭にきて、人前で恥をかかせようと。

 彼も隊長だが、仕事は隊員に任せ、本人は何をしているのやら。あまりいい噂は聞かない。

「それなら、僕が勝てば三将に」

「勝てば、考えてやるよ」

 白斗はくとは変わらずにやにやと笑い。白亜はくあも似たような笑み。

 彼はそれが気に入らないのだろう。顔を引きつらせ。

 彼は純粋な竜。プライドも高く。白夜びゃくやが三将に選ばれたことが気に入らず、顔を合わせれば何か言い。

「手を抜いた、体調が悪かった、なんて言い訳は通用しない。白夜も」

 白斗はくとは、ばんばん肩を叩き。

 彼はいつも「今日は体調が」「半端はんぱもの相手だから手を抜いた」と。

 わかる者はわかる。彼が白夜びゃくやより弱いのは。

 了解していないのに、場をけ。

 小さく息を吐き、持っている訓練用の剣を構える。

 見学している者達の中には彼の両親も。負かせば、また彼らの一派に色々言われるが、わざと負けても、白斗はくと白亜はくあ白慈はくじ西竜王せいりゅうおう様に見抜かれ「手を抜くな」と。

 彼も剣を手に。白夜と対峙たいじ。白斗が始まりの合図を。

 剣を合わせる。彼は余裕の表情。勝てる、と思っているのだろう。

 ここのところ色々あり、睡眠をしっかりとれていない。食事もとれる時に。なので、一日一食の日も。そのせいか、顔色は悪いようだ。自分ではいつも通りだと。判断力も、動きも。いつもと変わらない。

 だが、彼はそう思っていない。打ち込んでくる。かわし、弾き、打ち込む。風を操り。

 人の地で、船で見た激しい剣技。比べものにならない。あの、人であった魔族と骸骨がいこつ。彼らと剣を合わせた方が余程。

 もう少し打ち合う、相手に花を持たせるつもりが、彼の剣を弾き飛ばす。彼は驚いた顔。終わりかと思えば、素手で向かってくる。白夜びゃくやも剣を手放し、素手すでで。


「倒すなら、とっとと倒せ。手を抜くな」

 背後から白斗はくとに頭を乱暴に撫でられ。

 素手で向かってきたが、難なくかわし、足を引っかけると、彼は見事に転び。白夜びゃくやの足をかわす、踏む、くらいはすると思っていた。もしくは風を操り。

 白斗が終了の声を。彼は起き上がり、白夜を睨む。取り巻きが彼を囲み。いつもの光景。言い訳を口にしているのだろう。

 白夜びゃくやの傍にも白斗はくと達が。

「それとも、本当に体調悪いのか」

「試してみます」

 続けて白斗と手合わせ。


「すごいですね」

 白斗はくととの手合わせを終え、休憩していると、声をかけられる。

「あの人との手合わせ、手を抜きまくって。白斗様とは互角に」

「手を抜かれていたような」

「そうですかぁ」

 白斗はくとは風を上手く操り。それでも手を抜いていた。白斗の本気はよく知っている。

「それとも、噂のお相手が来ているんで、気合が入っているんですか」

 にやりと笑い。

「あ、それ聞いた。綺麗な人だって」

「……」

「噂は噂だろ」

 鼻で笑う通りすがりも。

 誰が綺麗、好み。誰が誰を狙っている、付き合っている、という話に。白夜びゃくやから話しがれたので、その場から離れた。

 人の地から戻ってきて、魔法学校のことを西竜王せいりゅうおう様に報告。

「東の魔女殿が変わらず教えてくれるのなら」と学校の件は流れた。

 その魔女ビア白夜びゃくやの家でごろごろ。時には白夜が庭に引っ張り出し、手合わせしていた。魔法込みで。

 剣の腕は彼よりラビアが上。ラビアと手合わせしていた方が。

 子供達に魔法を教え、日がいたので、二日続けて。次の日、帰った。

 あれから色々あり。もし、もっと早く起こっていれば。だが、あれを見せるのは。頼ってどうする、と考えていると、頭上が陰る。

「?」

 顔を上げるより早く、何かがふって。

「っ」

「んん? 出るとこ間違えたか?」

 人の上でそんな声。

「間違うはずないと思うんだが」

 呑気のんきに。

「いつまで」

「ん?」

「いつまで人の上で話している!」

 倒れるまでいっていない。勢いよく体を起こす。乗っているラビアのことを考えず。

 まったく、と息を吐き、地面に落ちているだろう、と地面を見るも、ラビアは地面にはおらず、空中に浮いていた。

「女一人支えられないのか。情けない。太って、はいないはず。旅行で食ったが、その後、誰かに運動させられ。ん?」

 背は白夜びゃくやが高い。しかし、浮いているため、目線は同じ。近い顔。晴れた空色の瞳はじっと白夜を見ている。

「ブサイ、いい男が台無だいなしになっているな。ちゃんと寝ているか」

「悪かったな、ブサイクで。それで、何の用だ。そんなことを言いに来たのか」

「いや、それじゃ、本題」

 ラビアは一度口を閉ざし。地面に下りるかと思えば、そのまま浮いて。

「西の魔女が逝去せいきょした」

 西の魔女が逝去。言われた言葉を声にせず繰り返す。

「厄介なことに、後継を決めないまま」

「厄介? 後継を決めていないことが」

「そうだ。お前達も人の地に来た時につきまとわれただろう。忘れたのか」

「覚えている」

 うんざりと。

「まさか、また俺達に」

「私が危惧きぐしているのは、竜に代理で争われることだ」

 ラビアは顔をしかめ。

「候補達は言葉巧みにお前達を味方につけようとするだろう。味方につけて、一緒に、もしくは代理でお前達、竜同士を争わす。私はそれを危惧している」

 竜同士。東西南北の竜。

「西の魔女の住んでいる所だけが消し飛ぶなら問題ない」

「大ありだ」

「私の家が無事なら、どこが消滅しようと」

 ラビアは肩をすくめ。

「よくない」

「それなら言いたいことはわかるだろう。竜王達は出てこずとも、お前達が争えば。一対一じゃないだろう。何十体と争われれば」

 人の地の被害は。そして人の地とつながっているという魔族の地。

「魔王から何か言われたのか」

「今のところ言われていない。言われるのは、竜が争い出してからだろう。全部始末しろとか無茶言うに決まっている」

 腕を組み、迷惑だといわんばかりに。

「私の家、無駄な労力を使いたくないから、釘刺くぎさしに来た。どこか一つが冷静でいてくれたら、説得してくれたら、一つでも参戦しなければ、被害は少ない」

「なるほど」

 白夜びゃくやも腕を組む。

「それに、竜同士を争わせ、勝ったとしても必ず西の魔女になれるという保証はない。竜も竜で話が違うと話がこじれにこじれ、竜と人が争うことになっても。……竜の勝ちか。私は手を出さんし。西の魔女の住み家が消滅して」

「おい」

 自分だけでなく、他の場所、人も心配しろと浮いているラビアの右足を引っ張った。

「うおっ」とバランスを崩しただけで、浮き続けている。

南竜王なんりゅうおう様も手を貸さないだろう。気性は荒いが、真紅しんくは冷静に物事を考えられる」

「ここはお前が説得してくれれば」

「説得しなくても」

 今の話しを聞いていれば。

 ……。ここがどこだか、今さらながら思い出す。

 周りを見ると、ラビアを見ている。白夜びゃくやは慣れたが、ラビアの容姿は。

「どうかしたのか」

 その本人は周りを気にせず、顔を近づけてくる。

「いや。西の魔女の孫は大丈夫なのか」

「さあ」

「さあって。心配じゃないのか」

「私があれの傍に今、行けると。今、あれの傍には魔法協会やあれの派閥はばつの者がいる。そんな時、私が行ってみろ」

贔屓ひいき、味方していると思われる」

「わかっているじゃないか。落ち着けば、南の魔女を連れて、花の一つでも持って行く。今、動くのは」

「ちゃんと考えているんだな」

「考えなしみたいな言い方だな」

「その通りだろ」

「むう」と両頬をつねられた。

「怪我でもしたのか」

 右手首に包帯を巻いている。怪我をしても治癒魔法で治していた。子供達にも手本として見せて。

「ああ。これは魔王にやられた」

 なんでもないように、さらりと。

「……今度は何をした」

「何もしていない。ここから帰った次の日、寝ていれば、魔王の右腕が来て、そのまま魔族の地へ。剣が直ったから、取りに来い、ということだったんだが」

「だが?」

 大きな溜息ためいき

「あんな奴の相手もできないのか、と鍛え直された。さらに魔王まで参戦。ご自慢の顔にかすり傷をつければ、さらに攻撃は激しくなり。何十年ぶりかに本気を出した。今、考えると、あの空間、よく無事だったな。それほど魔王が強い、ということか。ま、本気を出せる相手はいないから、出せたのは満足だった」

 あはは、と軽く笑い。

「そういうわけだ。魔王にやられて治りは遅い。帰ってからも色々あったからなぁ。ゆっくり休めていない。いい加減休みたい」

 白慈はくじに連れてこられ、白夜びゃくやの家でごろごろしていて。

「そういえば」

 再び、じっと見てくる。

「なんだ」

「お前、私よりかなり年上、だよな」

「ひっかかる言い方だな」

「聞きたいことがある。聞き返すな。他人に話すな。知っている、知らないで答えろ」

 ラビアは白夜びゃくやの右肩に手を置き、右耳近くに顔を寄せ。

 こちらを見ている者の中には驚いている者、口を開けている者。白斗はくと白亜はくあ白慈はくじも見ている。後でからかわれる。

「   を知っているか」

 小さな声。ラビアは顔を離し。

「知らない」

 聞いた覚えはない。正直に答える。

「そう、か」

 ラビアは腕を組み、難しそうな顔。

西竜王せいりゅうおう、はお前より永く生きているよな。その妻、フォディーナ、様も」

 いいことを思いついた、という顔。

「待て」

 右足首を再び引っ張る。

「うお、いきなり馬鹿力で引っ張るな。私の細く、か弱い足が折れる」

「手加減はしている。何を考えている」

「西竜王かフォディーナ様に会いに」

「西竜王様に会うには許可がる」

 そう言ったのは純粋な竜。先ほど、白夜びゃくやと勝負して負けた男。

 彼はあちこちの女性に声をかけ。白慈はくじの婚約者にも。

 ラビアに目を付けないはずはない。声をかけるタイミングを見ていたのだろう。

「僕が頼めば」

西竜王せいりゅうおう様、白夜びゃくやの彼女がお話したいそうです」

 白斗はくとが大きな声で。

「ん、ここにいるのか」

 そこでラビアは周りを見て、西竜王様の元へ。

「待て」

 握り続けている足首を引く。

「さっきから、何度も。蹴るぞ」

「蹴りながら言うな」

 自由な左足であちこち蹴ってくる。

「西竜王様の許可を得てからだ。そうでないと周りに」

 ラビアなら控えている護衛を魔法で軽々蹴散らしそうだ。だがそれをやれば。

白夜びゃくや、許可は出た」

 白斗はくとは笑い。声をかけてきた男は白斗を軽く睨む。

 彼がさらに声をかけようと口を開くが、手を離すとラビアは周りを見ず、西竜王せいりゅうおう様の所へ一直線。

 彼にしては初めての経験だろう。家柄と容姿で無視する者はいなかった。

「仲良さそうにしていたな」

 白斗はくとはにやにやしながら。

「話しは聞こえていたでしょう」

「ああ。顔を寄せた時は何をするのかと」

「誰にも話すなと」

 その話しを西竜王様、フォディーナ様にしているのだろう。二人のいる場所を見る。

 西竜王様は屋敷の中から見学している。他の者は廊下から。

 ラビアは浮いておらず、床に足をつけ。二人の顔色が変わる。

「何を、話しているんだ」

 白斗はくとも気づいたようだ。笑みを消し、西竜王様を見ている。フォディーナ様はみるみる顔色を変えて。西竜王様も難しい顔。

 控えている護衛は無表情で立っていた。

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