第22話

「はあ~」

 テーブルにし、大きな溜息ためいき

「こうして船が無事、ということはお二方ふたかたとも戻られたのですね。よかったぁ」

 黒猫は大きく安堵あんどの息。

「部屋で休んで」

「にゃ」

 毛を逆立て。

「冗談。帰った」

「どっちです。どちらなのです。本当に帰ったのですか」

 黒猫はテーブルに突っ伏したままのラビアの頭をぺしぺしと。

「帰った。私が信用ならないのなら、そっちに聞いてみろ」

 顔を上げ、見たのは白夜びゃくや北竜王ほくりゅうおうの次男の付き添い。

徹夜てつやで見張っていた」

 出入り口に張り付き。

 ラビアはくわぁ、と大あくび。

 ふたりが帰ったのは夜が明けてから。あの部屋は立ち入り禁止。テーブル、椅子は壊れ、壁も床も傷ついている。壁は何かを飾れば誤魔化せる。床も絨毯じゅうたんでもけば。穴が開かなくて、ほっとしていた。請求書をつきつけられても。誘ったのはリディスだから西の魔女に送りつけるのも。

 レストランの一つが使えないので、朝食を用意してある部屋は人が多い。夜しか明けない軽食の店も開けるとか、船員が話していたが。

 次に寄港するのはいつだったか。

「で、あれの出所はわかったか」

 黒猫を見た。

「骨董商が持っていたそうです」

「骨董商?」

「骨董商というのは」

「わかっている。その説明じゃない。生きているのか」

「ええ。重傷ですが、話しはできます。他の方々も軽傷で済んでいます」

「魔王とティータニアが来て、軽傷。奇跡だな」

「三つどもえにならなくてよかったです」

 黒猫は再び大きく息を吐き。

「そうなる前に私は逃げる。魔王と妖精の女王の喧嘩けんかに巻き込まれたくない」

「そこは止めて」

「止められるか。唯我独尊をいくようなものを」

「止めてください!」

「無茶を」

「はいはい。それで、あの骸骨がいこつは、その骨董商? とかいうのと、どういう関係が」

 白慈はくじが止め。

「詳しくはわからないが、予想はできる」

「予想?」

「あの骸骨は生前、罪を犯した。おそらく、師の家族を手にかけたのだろう。他にも。そして、手配された。手配され、最後は討たれた。が、持っていた剣に想いというか、魂が移った、というか」

「物に魂が宿ることは珍しくありません。それが大事なもの、執着しているものなら」

 黒猫が説明。その間、熱い紅茶を飲む。

 一晩中付き合わされた。酒持ってこいと言われなかっただけ良い方か。あのレストランにあった酒はふたりが飲み干し。

「剣と一緒に封印されたのだろう。しかし、月日が過ぎれば人は忘れる。文献にして残していても、失われれば、何もわからない。その骨董商か、誰かが、あの剣は値打ちがあると、盗ったか、買ったか、何かしたのだろう。ふむ、魂を剣に移していれば浄化魔法が効かなかったのも頷ける。それが魔法無効化のある剣なら」

「剣を追ってあのスケルトンはここまで来た、のですか? 骨董商は寄港した町で買ったと」

「だろうな。剣と離されたことで、眠りから覚めた。それにしてもよく来れたな」

 ずっと探していたのだろうが。海の上、海中を歩いてきたか。それだけ、大事に。

「思い込みが激しかったのか? 自分が討たれたことも気づかず。いや、忘れた、のか。それとも都合のいいように記憶を変えた? 師の家族である娘のことも」

 好きだった、のだろう。しかし、娘は二人を選ばず、他の男と。想像でしかない。クリムに聞いても答えてくれない。クリム達だけの思い出。

「その、娘はどうするのです?」

「元の場所に帰す。場所も聞いている」

「そうですか。それでは、あのスケルトンは」

ちりも残さず消え去った。剣と一緒に」

「人が魔族に、か」

 白慈はくじはぽつりと。

「知らなかったのか」

 苦笑し、頷く。

「精霊も魔族にはならないが、ちれば魔族と同じ扱いになる。破壊衝動にかられるからな。おそらく竜も」

「仲間内で始末をつけるよ」

 苦い笑みを張り付け。

「それにしても、魔王が出てくるとは。しかも、あんな姿」

「あれが本当の姿かどうかは、わからない。行動しやすい姿をとることもあるそうだ」

「へえ」

「それに魔王は長く棲み処を離れられない」

「離れられない?」

「ああ。まず一つに魔族の頂点、魔王だが、その座を狙っているものがいる。皆が皆、従っているわけではない。人の地近くにいるのは、それほど知能は高くない。言葉を解さないのもいる。知能の高い、魔力の多いものは底にいる。出てこられなくはないようだが」

「一つ、と言っていたけど、いくつか理由があるの?」

「いくつか、というか、もう一つ、か。魔族の棲んでいる場所、空間を造っているのが魔王。自分が棲みやすいように造っている。造っている、というか、改造しているというか。あの魔王が棲みやすいように造り変えただけ。そこに他の魔族が集まって。その造り主が長々不在は。魔王を倒す、いなくなれば、元に戻る。棲んでいる場所がなくなり、人の地に出てくる、ということはない」

「空間に影響が出るのですね」

 黒猫が口をはさむ。

「あの魔王ほどの空間を他のものが造れるかどうか。魔王を、魔王の座を狙ってはいるが、気長に。魔族も永く生きる。今がいいから積極的に魔王を狙わないのかもしれない、な。そこのところは魔族ではないから、わからないが」

 造り主が変えようと思えば景色を、空間を変えられるだろう。気に入らないものを集めて一気に始末することも。それをやらず、好きにさせている。命を狙われるのも、退屈しのぎの一つか。

「人の地に攻めてくるっていうのは」

「う~ん、調べたが、大挙たいきょして人の地に来たって記録は無いんだよなぁ。百年に一度くらい一体、二体強いのが出てきてはいるが、大挙は。そこのところはそっちが詳しいんじゃないか。人の力だけじゃ無理だろうから、協力してくれと頼みそうだが」

「なるほど。魔女には頼まない?」

「頼むだろうが、対抗できるかどうか。知能が高ければ指揮もとれる。従ってくれるものがいれば。あと、人をそそのし、人を動かす」

「妖精、精霊は?」

「どう、だろうな。精霊、妖精も自分の身が危なくなれば、逃げる。自分より強いものと戦わない。精霊をあてにするよりは」

 竜をあてにした方が。

「魔王はほいほいこちらに出てこられない?」

「来られない。今回は、なんで来たんだ? 退屈しのぎか? クリムの心配はないだろう。ティータニアは魔王がこちらに来たから、だろうが」

 魔王の気配、もしくは妖精、精霊が教え。

「なにはともあれ、船は沈められずに済んだ。今日は寝る」

 再び大あくび。



 白夜びゃくや黒林こくりんも昼まで寝ていた。

 骸骨がいこつ達の勝負はついたようだが、まだ魔王がいる。ラビア、妖精の女王がいるとはいえ、魔王の背後には骸骨と戦っていた男。左の額につのがあるだけで人と変わらない姿。無言で立っている。まるで魔王の背を護るように。正面から挑んでくると話していた。

 魔王と妖精の女王が話し、ラビアが時々口を開く。席を立ち、どこかからびんや食べ物を運んできていた。何を話しているかはわからない、が険悪ではない。

 何か魔法をかけているのか、行きかう人は部屋に入ろうとしない。見向きもしない。

 遠くの窓の外は暗く。夜がけるにつれ、前を通る人は少なく。

 ぐったりとしたラビアが出てきたのは、明るくなってから。部屋をのぞいても誰もおらず、テーブル下には空の瓶が大量に。テーブルの上には皿が積み重なって。

 そのまま朝食に。朝食後は白夜びゃくやもラビア同様、部屋で休んでいた。

 起きれば昼食。ラビアの姿はない。まだ寝ているのだろう。

「何事もなく、よかったです」

 目立たない場所、テーブルの隅で黒猫は朝と同じように安堵の息を吐き。

「姉さんも、竜の方々かたがたもいるでしょう」

 孫は小さく首を傾げ。

「四つどもえですか。恐ろしいことを言わないでください」

 黒猫は小さく身を震わせ。

「もし、彼女、魔王、妖精の女王で三つ巴になれば」

白慈はくじ

 笑顔で言うことではない。

「地形変わりますよ」

 黒猫は半眼で。

「彼女が負ける、とは言わないんだ」

「魔女様なら漁夫の利を狙いそうです。ですがそれをやれば、後が」

「彼女が魔王?」

「いえ、魔王の座を狙い、他の魔族が挑んでくるでしょう。魔族の棲み処も。下手をすれば、人の地に魔族が」

 魔王が魔族の棲む空間を造っている。いや、改造か。その魔王がいなくなれば。

「ティータニア様にしても、夫、オベロン様が黙っていません。妖精、精霊に狙われます。それなら傍観ぼうかん。もしくは両者をどこか遠くへ引き離した方が。後々、お叱りを受けるかもしれませんが、そちらが」

 平和に終わる?

「本当にあれが魔王なのか。そんなふうには見えなかったが」

 真紅しんくはテーブルにひじをつき。

「ティータニア様はぴりぴりしていました。魔女様も言われましたが、あれが本当の姿かどうかは。うう、生きていてよかった」

 黒猫はみしめるように。

「姉さん、大丈夫でしょうか」

「眠いだけでしょう。お腹がけば」

「そうなのだけど、眠くて、同時にお腹も空いたら、って出てくるから。最初見た時は驚いて、どこの精霊かと」

 そういえば、ネズミも寝床からうめきながら這って出てきていた。あれはそういう理由だったのか。寝ぼけながら食事していた。お茶や汁物に顔をつっこみかけ。

 昼食が終われば思い思いに過ごしていた。


 夕食時にはラビアも出てきていたが、眠そうに。それでもしっかり食べていた。



「あの剣、使いやすかったのに」

 二度目の寄港。今回も船から出て。

 壊れた椅子、テーブルのたぐいはここで入れ替え。レストランは使えるようになっていたが、テーブル、椅子は減り、テーブルの間は広くとられていた。傷ついた壁や床は絵や絨毯じゅうたんで隠され。

 リディスとあかねはあちこちの店をのぞき。その中にペーパーナイフがあったので、思い出したように。

「突然出していたな。魔法で直せないのか」

「持って来ていた。部屋に置いていたものを魔法で引き寄せた。魔法では直せない。あれは私専用にクリムが造ってくれたもの」

「専用に造ってくれた?」

「クリムは剣の腕だけでなく、自分が使う剣も造っていた。既製品では満足しなかったのか、材料から選んで。ついでに私のも造ってくれた。私の腕に合うように。少しの力で大打撃を与えられるように」

 試供品のように言っていたが、考えて造られているのは使ってわかった。

「お前達、竜が使えば船は軽々真二つ。もしくは力に耐えきれず折れる。私専用だから。はあ、次、造ってくれるかな。保管庫から適当に見繕みつくろうか」

「魔法でどうにかできるんじゃないのか」

「今回のように魔法の効かない相手は」

「なるほど」

 おいしそうな、甘い匂い。リディス、あかねもその店に。

 クレープ店。リディス、茜は迷っている。ラビアは素早く注文。

「魔法の効かない相手対策として習っていた。というか習わされたというか」

 クリムに。

「魔法を唱えている間に攻撃される、と以前話していたな。剣士と組んで、と」

 白夜びゃくやは注文せず。リディスとあかねはまだ迷い、白慈はくじが注文。

「通常は。魔法剣士、というのもいるが、魔法を唱える時は集中するからなぁ。剣を振りながらだと」

 剣に、相手に集中して、魔法を唱える余裕は。相手が魔法剣士だとわかれば、魔法を唱えさせないよう、邪魔を。

「今度、そちらの子供達を組ませて訓練させてみるか。相性もある。む、そちらの剣を見に行くのも」

 雑貨、食べ物は見ていたが、武器類は。

「竜用に作られている。重すぎて持つことすら無理だろう」

「それなら精霊という手もあるが」

 使いやすかったのはクリムの造った剣。

 ラビアが頼んだ、アイスと果物を包んだクレープができあがり、受け取る。

「精霊が剣を造るのか」

「造れるのもいる。人に売ればかなりの高値がつく。精霊の造ったもの、だからな。幻獣狩げんじゅうがりが持っているものとは違う」

 精霊が造るので精霊の力が宿る。それなら竜の造ったものも、なんらかの力が。

「剣をもらって嬉しいか」

「買ってくれるのか」

 白夜びゃくやを見上げた。

「買わない。普通なら、服、宝石、花、香水、とか、か?」

 白夜は見下ろして。

「誰かに買った、贈ったことがあるのか」

「母上に、ね」

 白慈はくじは小さく笑っている。

「ああ」

「なんだ、その残念そうな目は」

「残念な奴だから、そう見ただけ」

「それならお前は。誰かに何かを贈ったことがあるのか」

「祖母がいた頃は祖母に。西の魔女、リディスの誕生日。南の魔女、嫌がらせに北の魔女にも。他にもいたような気はするが、覚えていない。たぶん、ろくなものを贈らなかったんだろう。呪われた何かとか、どうでもいいゴミ同然の」

「もういい」

「逆に色々もらっているが、これまたろくなものは」

 クレープを食べている白慈はくじを見た。

「なに?」

「色々贈られているだろうな、と。各竜王も。宝物、見たい」

「父上なら母上だと言うだろうね」

 白慈は笑顔で。


 その後は何事もなく穏やかに過ぎていった。天気にも恵まれ(嵐を起こそうとしたものは睨んで)。

 隠れているのか、途中で降りたのか、リディスの姉弟子には会わず。寄港した町で小耳に挟んだが、海賊が海をただっていた、という話も。

 ラビアが頼んだ船か別か。海の精霊の怒りを買い、沈められる船は珍しくない。だから、海賊だろうが、漁師だろうが、海で仕事する者は海にいる精霊をうやまう、怒りを買わないよう注意する。

 十日間の叩き込みが終わったリディスは次に課題に苦しみ。竜は竜でそれぞれ楽しんでいた。クリムに頼まれていたことも。一日だけ船から離れ、家族の元へと帰した。



「あっという間の二十日間でした」

「色々ありましたね」

 出発した港に戻ってきたリディスと黒猫はしみじみ。

 初日に挨拶してきた男と船長にリディスはものすごく感謝され「是非、また」と誘われていた。安全に航海できたのはリディスのおかげだと思われている。

「一生会わずに済むものにまで会って」

 魔王とティータニアのことか。魔法使いならティータニアと会えたのは幸運、奇跡と大喜び、感激するのでは。

 ラビアも度々たびたび会ってはいない。何年ぶりだろう。

 魔王も。右腕にはよく会うが。

「いい経験ができたね」

 白慈はくじは笑顔。あかねも大満足したようだ。お付きは大変そうだった。

「ここから帰るのか」

「魔法協会に寄っていたら、誰に何を言われるか」

 白慈はくじは小さく肩をすくめ。

「ああ」

 納得。

 幻獣狩げんじゅうがりは入れないだろう。しかし、西の魔女候補は。協会の者にしても。

 よくあんなのを候補にしたものだ。あまり覚えていないが。

「ここで解散?」

 白慈はくじは他の竜を見て。

「に、なるな。人目があるから、人目のない所か、少ない場所に行って」

 真紅しんくの言う通り、船から続々と客が降り。ラビア達は邪魔にならない場所で話していた。

「君はどうするの」

「帰る。お前は」

 リディスを見た。

「学校です」

「家に戻れとは言わんが、手紙くらい出せ」

「が、頑張ります」

 身内に手紙を出すのに、なぜ頑張らないといけない。


 あかねの提案で竜達は暗くなるまで港町を歩いていた。提案というか、押し切った、我がまま

 リディスは汽車の時間もあるので、昼食後、別れ。あかねは「また誘ってね。ぜったい誘ってね。こっちにも遊びに来てね。案内してあげるから」とリディスの手を握り。東竜王とうりゅうおうの地の二人は複雑そうな顔をして。

 竜とラビアは暗くなるまで港町を歩いていた。

「はぁ~、楽しかった。満足した。また来たい」

 夕食後、あかねは大満足といった様子で。

「帰るぞ、予定より大幅に遅れて帰ることになった。心配している奴らもいる」

「人に迷惑かけていないか? とか」

「お前に迷惑している。荷物持ちにしやがって」

 竜の中では一番荷物が多い。ラビアは白夜びゃくやに持ってもらい。

「リーちゃんにも言ったけど、楽しいことなら大歓迎だからね」

 ラビアに向かい。

「うちにも魔法を教えに来てくれ」

「……」

「旦那付きでよければ」

 白慈はくじは笑顔で。真紅しんくは白慈を睨み。あかねは「人気だね」と笑い。東竜王とうりゅうおう北竜王ほくりゅうおう組は何も言わない。

 二ヶ所同時は遠慮したい。

「こいつらが嫌になる、飽きればいつでも来てくれ。ちゃんと報酬も払う。倍出してもいい。じゃあな」

 真紅しんくあかねは竜の姿に。東竜王、北竜王の二人も竜に姿を変え、夜空へ。

「僕達も」

「ああ」

「次、そっち行くの、何日後だ」

 白夜びゃくやも黙り。

「ついてきたら」

「は?」

「おい」

「ついてきて、明日にでも教えに」

「帰ってすぐ働かすのか」

 遊んでいたとはいえ。

「俺の都合は」

「急ぎの用事がないなら、二、三日白夜の家にいればいいよ。あと、白夜びゃくやは仕事じゃなくて、本人がやりたくてやっている」

「無料で?」

「無料で。仕事中毒みたいなもの」

「趣味見つけるか、恋人見つけろ」

 呆れた目で白夜びゃくやを見上げた。

「う~ん、見つけられて、愛想尽かされ、真紅しんくにとられても」

 白慈はくじはよくわからないことを。

「それじゃ、行くよ」

 白慈は姿を変え、尾でひょいっとラビアを背に。

「おい」

「はい、行くよ~」

「って、待て、まだ行くとは」

 話しを聞かず地上から離れて行く。

「諦めろ」

 いつの間にか白夜びゃくやも背に。そういう白夜もあきらめのにじんだ声だった。

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