第21話
妙な気配は消えず。だが何事もなく二日、三日と過ぎていく。
夕食を揃ってとっていると、突然の悲鳴。ラビアは食事を続けたかったが、他の面々は手を止め、立ち上がり。ラビアも
レストランを出ると、ボロ布をまとった
「なんだ、あれは」
「スケルトン?」
スケルトンとは骨となっても戦い続ける戦士。
警備の者が剣を持ち、
骸骨は手にある剣を振り上げ。
ラビアは舌打ち、浄化魔法を唱える。骸骨は白い炎に包まれ。
しかし、剣を振ると、魔法は
「……」
「失敗しました?」
「するか、お前じゃあるまいし」
「ひどいっ」
炎の魔法はまずい、と風の魔法を放つ。しかし、それも剣で斬られ。
「もしかして、あの剣、魔法を無効化する、のか」
「僕達の力は」
「なんとも。船を壊さない程度にやってみるか」
それも剣を振り、骸骨に届く前に払われ。
攻撃し続けていたので、骸骨はラビア達に近づいてくる。
「う~ん、剣での攻撃なら効くのか?」
警備の者は剣で攻撃しようとして軽々と弾かれ。魔法使いも船を傷つけない程度の魔法を。
何かのイベントと思っているのか、逃げず、見学している客も。
ラビアも魔法で剣を引き寄せ、
突き込み、弾かれる。
骸骨なのに力が。何度か剣を合わせ、離れる。
「剣は得意じゃないからなぁ」
ぼやく。魔法だったら、もっと大きな魔法が使えたら。
「生きて、いたのか」
骸骨の口が動く。
色々相手しているので驚きはしないが、驚いている者も。
「名も知れぬ者に倒された、と風の噂で聞いたが。噂は噂、か」
「誰かと間違えて」
「何を間違う。その剣筋。オレが間違うはずない」
剣を教わったのは。
「なんだ、その細い剣は。師から剣をもらわなかったか。オレはもらった、この剣を」
「っ」
さらに激しく打ち込まれ。
「勝負。今度こそ、オレが勝つ」
剣の腕は骸骨が上。さらにここで暴れられては。
下がり、先ほど出た広いレストランに。テーブル、椅子の障害物もある。
追いかけて来た骸骨は剣で払い、障害物と見なしていない。
「邪魔だぁ!」
白夜達の剣を払い。
「邪魔をするな。オレの相手は」
目はない。だが視線はラビアに。竜には目もくれず、向かってくる。
「どうした、腕が落ちたか。何をしていた。オレは斬り続けていた。高みを目指して」
魔法で剣を強化しても、骸骨が持っている剣に触れると、魔法は消され。それなら骸骨本体を、と魔法で攻撃しようとしても避けられる、斬られる。剣が当たっても大したダメージには。
振られた剣を受け流そうとして、合わせた。合わせた場所から、折れた。
「あ」
「じゃないだろ!」
折れた剣を見ていると、後ろから服を引かれ。入れ替わるように
持っている剣は白夜の方がもろいのに、折れることもなく、欠けてはいるが。
「邪魔をするなと言った!」
再び舌打ち。
「どうした、剣が折れただけで。それほどに腕が落ちたか」
持ってきた剣はあれだけ。いつも魔法で対処できていた。
「う~ん。剣をもっと習っておけばよかったか」
「
「あれは」
「スケルトン、かな。アンデッドだから浄化魔法で倒せるのに」
「浄化できないのか?」
「あの剣のせいだと思うんだが。魔法を斬る、無効化する剣があるのは知っている。だが、使い手を攻撃すれば。魂を何かに移しているのか」
「なんとかできないのか」
「船を沈めていいのなら」
「やめろ。知り合いか?」
「あんな知り合いはいない。心当たりはあるが」
「心当たり? 恨まれて」
「いない」
叩きたいが、それで気が散っては。
いつまでも荷物でいられない。
「開け、異界の門」
ラビアの前、半透明の扉が現れる。
「望みしものを、ここに」
扉が開き、押し出されるように出てきたのは、人の姿をしているが、左の額に
長いボサボサの白髪を適当に一つに結んでいる。紫の色みが強い赤い瞳はラビアを睨んで。気の弱い者なら気絶しているくらいの迫力はある。白夜も小さく背を震わせていた。
男が口を開く。怒鳴られる前に、折れた剣を見せ、男の背後、骸骨を指した。
「あれにやられた。私を誰かと間違えている。剣筋が、とか、今度こそオレが勝つ、とか。私が剣を教わったのは」
早口で。呼び出したものは後ろを。
「スクレット?」
「知り合い? 私をこんな男と間違うとは」
小さく肩をすくめ。
男はラビアより背が高い。筋骨隆々としてはいないが、肩幅もある。そんな者と間違われるとは。
男はゆっくりとした足取りで
「下ろせ」
「スクレット、か。その剣は」
骸骨は男を見て、小さく首を傾げるような仕草。
「その剣、クリム、か」
骸骨は男の腰にある剣を見て。
「何をしている。それに、なんだその姿は」
「姿? それはお前も、だろう。それに、お前は討たれたと聞いた。討った奴を捜して、オレが討てば」
「何を言っている。討たれたのはお前だろう。忘れたのか、師の家族を斬り、手配され、
「オレが討たれた? 師の家族を?」
骸骨は再び小さく首を傾げるように。
「何を言っている? 彼女はオレを選んだ。お前でも、別の男でもなく、オレを。オレと一緒に」
持っている剣で男、クリムを指し。
「お前こそ何を言っている! お前は師の娘を、彼女の家族を斬った! 子供を、夫を、かばおうとした彼女まで」
「お前こそ、何を言っている? 彼女はオレを選んでくれた。だから一緒に逃げた。今も一緒にいる」
「今も一緒にいる、だと」
「ああ、一緒だ」
骸骨は後ろ腰のあたりに片手をやり。ボロ布に隠れて見えなかったが、腰に布袋を
「っ」
息を
その手にあるのは頭蓋骨。大きさからして女性、だろう。
「お前、墓を」
骸骨は頭蓋骨に頬ずり。クリムは腰にある剣を抜き。
あの剣を抜いたところを見た覚えはない。いつも腰に提げているだけだった。
骸骨は頭蓋骨を大事そうに近くのテーブルに置くと、クリムと剣を合わせる。
「お、いいタイミングで来たな」
新たな声。男にも女にも聞こえる声。
「……なぜ、ここに」
「ん、誰かが
「来たまでって」
妖艶に笑い。
「酒があるのか。つまみも」
離れた場所にあるテーブルは無事。客は逃げて、部屋にいるのは、ラビア達だけ。
「被害を最小にしたければ結界でも張っとけ。剣風で壊れるが。ここだけで済むといいな。あいつらの腕なら辺りを破壊しても」
慌てて、脇目もふらず争っているクリムと骸骨の周囲に結界を張る。
新たな声の
「ここにいて、いいのか」
「たまにはいいだろう」
「いいのか?」
疑問形で。
「お前も飲むか。飲める年になっただろう」
「あっちに集中したい。終われば」
「真面目だな。多少壊れても」
「困る。ここは海の上。何百人も乗っている」
「ふうん。俺にとってはどうでもいい」
「だろうな。帰ればいいだけ」
「わかっているじゃないか。それにやろうと思えば、ここにいる全員を転送させることができるだろ」
小さく笑い。クリムと
「人というのは面白いな」
グラスに酒を
剣が結界に触れ、消える。張り直し。
「想い、執着だけで、ああなる」
「つまり、あの骸骨は」
「人であった頃に倒された。しかし、無念が、執着が剣に宿り。もしくはあの剣に魂を自力で移した、か。そして封じられていた。それを誰かが起こし」
地中深くに埋められ、封じられていたのだろう。それが月日と共に地上へ。もしくは
妙な気配の正体はあれか。あの時、探して海に捨ててれば。
「金色の竜を知っているか」
「そんな報告があったな。北に赤い竜、西に白い竜、東に青い竜、南に黒い竜。それ以外は知らん」
「よく知っているな。もしかして、竜の地に」
ラビアでさえ竜の地に行くまで知らなかった。
「どうだと思う」
にやりと笑い。
「魔法を使っていた」
「竜とドラゴンを掛け合わせたか。ドラゴンは魔法を使える。金の
「こんな姿だが、何千年も生きているババア」
「誰が、なんだと」
グラスをテーブルに叩きつけると、テーブル、グラスは
「たく。俺にそんな口をきけるのは、お前だけだ」
「こっちはいつ首が飛ぶか冷や冷や。だが、嘘は無駄」
「わかっているじゃないか」
「今度はなんだ」
「ほお、珍しい」
女は笑い。
「また面倒なのが」
ラビアは顔をしかめ。
長い、まっすぐな若葉色の髪は床まであり、真っ白のドレス。こちらは肌を隠している。
髪と同じ若葉色の瞳は一点を見て。
「なぜ、ここにいる」
高く澄んだ、冷たい声。
「こいつに呼ばれた」
しれっとラビアを指し。
「私はあれを呼んだだけ」
骸骨と争っているクリムを指す。
視線は女、ラビア、クリムと移り。
「だが、
「勝手に来たのはこっち」
互いを指す。
結界を何度も張り直しながら。
「何千年ぶりだ、ティータニア」
「何千年ぶりでしょうね、魔王」
リディスの肩にいる黒猫は声にならない声をあげ。
「ま、座れ。おい、椅子」
近くの椅子を魔王が飲食しているテーブルに。逆らえばどうなるか。
「用が済めば帰るのでしょうね」
魔王に比べ、ティータニアの外見は十代半ばと幼く見える。背はラビアより低い。
「どうするかなぁ」
意地の悪い笑み。
ティータニアはラビアを
「私になんとかできると」
「なんだ。オベロンと
「していません」
魔王は指を動かし、グラスを引き寄せ、対面に。
「あんな勝負、
魔王が見ているのはクリムと
「あれは時々俺に挑んでくる、面白い奴だ。他の奴らは隙を探しているが、あれは正面から堂々と」
ティータニアは小さく息を吐き。
「お気に入り、ですか。
椅子に腰かける。魔王はグラスに酒を
「ああ、退屈だ」
「退屈していてください」
「え~と、魔王とティータニアって聞こえたけど」
「聞いた通り、あっちの金髪が魔王。金髪に見えるか」
「見えるよ」
「女性に見える?」
「どうかしたの?」
「いや、前に理想の姿に映ると」
「それ、君と会った時に言っていたような。僕には君より美女に見えるよ。金髪で背が高い」
「同じく」
「若葉色が妖精の女王、ティータニア。まさかティータニアまで出てくるとは」
「冷静、だね」
「手を出さなければ魔王もティータニアも反撃しない。出せば、その瞬間逃げる。魔王もティータニアも力を抑えている。本気を出せば、テーブルだけでなく船、海も真二つ。いや船も乗っている者も消滅」
「……」
「なぜ、魔王が」
「クリム。あの骸骨と戦っている者を私が呼び出した。私はクリムに剣を教わった。剣も造ってもらい。言っていただろう。剣筋が、とか。弟子が師の剣に似るのは」
「ああ」
「知り合いかと思い、召喚、呼び出した。クリムがいるのは魔族の地、底。呼び出したのはクリムだけなのに、おまけで。退屈はわかるが」
げんなりと。
「誰がおまけだ」
コルクを投げてくる。頭に当たり。
「終われば大人しく帰ってくれればいいが」
「大丈夫、なのか」
「さあ? 気まぐれだから、なんとも。今は機嫌がいい」
「なんだ」
「いや」
「あれは」
見たのはクリムと骸骨。
「スケルトン。アンデッド。アンデッド、というのは」
「そういうことじゃない」
「話していた通り。同門、だったのだろう。片方は魔族に
「魔族に堕ちる?」
「人は竜にはなれない。精霊にも。だが魔族に
教えてくれた魔王をちらりと見た。
「意識?」
「自我、とでもいうのか。魔族に堕ちれば今までの自分を忘れる。何をしていたのか、したかったのか。それすらわからず、暴れる、さ迷う。いるのも人の地に近い場所。魔族として倒されることが多い」
だがクリムは自我を保ち、魔王のいる底に。
「剣を
元人間だったから人であるラビアに剣を教えてくれたのかもしれない。もしくは魔王のように気まぐれで。剣術だけでなく、自分に合った剣も造り。
会話をしながらも、何度も結界を張り直す。
「強い、な」
「嫌味に聞こえる」
呆れて
「本当のこと」
「それなら、どちらが勝つ?」
魔法ならわかるが剣術は詳しくない。有利に見えて、それが作戦とも限らない。
「角のある方」
「どれくらいか知らないが、魔王に挑み続けていたからなぁ。片方は当時のまま。それでも私には互角に見える」
「執着、だろう。人とは面白い。魔族はあそこまでの執着を持たない」
魔王も勝負を見ている。
「人との勝負見て、面白いか? 魔族同士の争いが
「派手じゃないか。お前が結界なんて張るから」
「張らないと沈む。沈みたくない」
「巻き添えはごめんです。張り続けなさい」
ティータニアは争いを見ず。
「お前も逃げられるだろう、ティータニア。夫に助けを求める、近くの精霊、妖精も」
ふたりは飲み続け。
どのくらい戦っていたか。クリムの剣が
クリムの剣は骸骨の左肩から右下へと斜めに斬り下ろされ。
「終わった、か」
魔王の言葉通り、斬られた骸骨は立ち上がることなく、
静かになるとクリムは剣を
結界に足止めされ、ラビアを
「終わった。これを、戻してくれ。家族の元へ」
ラビアに向かい布包みを差し出してくる。
激しい剣の応酬だったが、置かれていたテーブルだけは無事。
「どこに」
また睨まれた。
「知らないのに戻せると」
舌打ちして、地名を小さく。
「あ、これ直して。金の竜を斬れた」
折れた剣を。
「お前に斬られるとは。弱いな」
「金の竜? そんな竜がいるのですか」
「知らないのか」
ティータニアを見た。
「ええ。初めて聞きました。突然変異ですか」
ティータニアも魔王に負けず永く生きている。そのふたりが知らない竜。
クリムが鞘に収めた剣を魔王に。
「くれるのか」
「壊せ」
「文句は受け付けんぞ」
「言わない」
魔王はクリムから剣を片手で受け取る。鞘に収められた剣の中ほどを持ち、握ると、そこから折れ、床に。
「師からもらった大事な剣だろう」
「壊した後で言うのか、馬鹿力」
呆れながらつっこむ。頑丈そうな剣を片手で、握っただけで壊すなど。竜達もぎょっとしていた。
「さあな。忘れた」
「よく言う」
魔王は笑い。ふたりはラビアをきれいに無視。
「大事にしていたのに。それとも、あのスケルトンとともに人であった頃のもの、すべて捨てると」
「用は済んだ。戻るぞ」
「先に戻っていろ。何千年ぶりかに会った。
「飲みたいだけじゃ」
「お前もやることないだろ。飲め。愚痴の一つや二つ。それともコイバナ? か。の一つ、二つ」
「あると思えませんが」
「他人の不幸は蜜の味、か。お前のところが上手くいっていないからといって」
「いっています!」
ティータニアは猫のように毛を逆立て。
「先に部屋に戻れ」
ラビアは
「大丈夫、ですか」
代表して、だろう。リディスが。
「
魔王としてはこちらの空気を
魔族の地には朝昼夜などなく、どんよりとした灰色の空に
「大丈夫じゃなければ沈むだけ」
「だめです。だめだめ、それだけはだめですぅ~」
リディスと黒猫に胸倉を掴まれ、揺すられた。
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