第18話
朝食が終われば
「船旅、か」
「一度戻って準備しなければ。お前達は私の家、でいいか」
ネズミは
「ええ。向こうも力は半減しています。おそらく、まだ気づいていないでしょう。が、いずれ気づくでしょう」
「棲み処に戻るのも、な。それにしても、もっとかっこいい体が」
「だったら捕まるな」
「ウンディーネ、ノームの力を使ってきた。驚くに決まっている。見た目、ほっそい男だったから、侮っていたのもあった」
「ご迷惑、お手数かけて、すいません」
「魔王の所へ行くか。なんとかしろ、と言ってきたのは向こう。こなければ、お前達を取り込んだ男が来るまで動かなかった」
「動け!」
「動いてください!」
「魔王に押し付けるのもいいな。退屈していたら、あの金色の竜と回復力の早い男はいいおもちゃ。男は北の魔女にでも」
……。
「失礼します」
声をかけられ、見ると、サイルと
「幻獣狩りの
サイルの背後にいる幻獣狩りはこちらを睨んでいる。
「知らないよ」
「本当か。お前達が何もしていないという証拠はない」
幻獣狩りは憎々しげに。
「見張っていたんでしょ。ずっと。視線が
「そうなっても我々、魔法学校は協力しません。魔法協会も。あなた達だけでどうぞ」
「竜の味方をすると」
「いえ、どちらにも手は貸しません」
「そう決めた、か」
ネズミは小さく。
「魔女が味方についていても、か」
サイルは少々顔色を変えたが、答えず。
はったり、か。
幻獣狩りの者は背を向け、足音荒く、部屋を出る。
「あの、東の魔女様は」
「さあ、帰ったんじゃない。彼らのこと嫌っていたようだし」
「そう、ですか」
サイルはなんともいえない顔。ラビアが
「失礼しました」
頭を小さく下げ、部屋を出ていった。
「どこの魔女がついた? 候補か。その候補も馬鹿だな。臭いが移れば、精霊は呼び出せないぞ」
「そう言いたいだけかも。もしくは君の偽物」
「どこかでぼろが出そうだが。偽者は山ほどいる」
「気にならないのか」
悪名を利用、広げられては。
「まったく。そいつが私の仕事を片付けてくれたら、ラッキー。後ろから刺される可能性が高いけどな」
「お気の毒に」
一日のほとんどを図書室で過ごし、夕食にしようと歩いていると、
「どうした」
右肩にいたラビアは小さく首を傾げ。
「聞こえたか」
「聞こえたよ」
竜がラビアには聞こえない音を拾ったようだ。鳥、ドラゴンを見ると頷いている。二体にも聞こえたようだ。
そこに行くのか、二人は走り出し、振り落とされないよう、髪にしがみついた。
近づいて行くと聞こえてくる、悲鳴、助けを求める声。
「っ」
辿り着いたその場所、学校内のいくつかある部屋で見たのは、
「バニップ」
「バニップ?」
巨大な蛇。竜ほど巨大ではない。頭は鳥で硬い
「人間を
蛇、バニップを攻撃している二人は尾で払われ。
「
「冷静だな」
「お前達は助けるのか。疑われたのに。というか、なぜバニップがいる? 学校側が人を餌とするものを管理するはずない」
「つまり、いなくなった幻獣狩りは」
「あれが食べていたんだろ。幻獣狩りは精霊達の恨みの臭いが染み付いている」
「助けないのか」
そう言う
「なぜ私が。自分でなんとかしろ。もしくは、お前が助ければどうだ」
話している間も幻獣狩りは攻撃。攻撃している間は食べられないのか、バニップはくわえたまま。
「全滅したら?」
「腹一杯なら、巣穴に。そうでないなら、お前達を襲う」
「それは、遠慮したい。見捨てても、僕達のせいになりそう」
「竜に助けられて嬉しいか? 礼も言わないと思うが」
余計なことをと。見捨てたら見捨てたで。
音と悲鳴に気づき、だろう、教師が駆けつけて来る。中にはクファール、クファールの弟子のフィリ、リディスの姿も。
「これは」
「バニップだって教えてくれた」
駆けつけた何人かはバニップに向かっていく、が幻獣狩りをくわえているので、頭に攻撃はできず。
ラビアは
「あんな危険なものをこの学校は管理しているのか」
リディスの前まで行くと、フィリはかばうようにリディスの前に。
「幻獣狩りについたんじゃないのか」
フィリは睨み。
「つくか。それより」
「あれは、誰かが、いや、生徒が召喚した」
「師匠」
話していいのか、とフィリは。
「この数日、色々あっただろう。
結界に閉ざされ、外に出られなかった。
「その生徒は無事か」
「いや、姿は見えない。召喚陣も、今日、気づいた」
クファールは顔を歪め。
「暇潰し、腕試し、遊び半分で呼べばどうなるか、身をもって知った、か」
言葉が気に入らなかったのだろう。もしくは、まだその生徒が生きていると。フィリは睨み。
「召喚陣のある場所は」
「
クファールが
「こいつが」
リディスを指す。指されたリディスは「ええっ! 」と驚き。
「それなら姉さんが」
「私、この学校の者じゃない。補習の件も。この間の浄化魔法が上手くいったからだろう。今回のこれも上手くいけば、さらにおまけしてくれるんじゃないのか。こいつらが証人になってくれる」
クファールとフィリを指す。どうせついてくる。
「でも、召喚魔法は呼び出した人が
「呼び出した者の手に負えず、他人が還すことはよくある。迷惑だな。力量考えろ」
「考えて呼び出したのだろう。近くに本が落ちていた。しかし、出てきたのは」
バニップ。
「成功すれば二十日を十日にしてやる」
「うう」
「二十日?」
クファールとフィリは首を傾げ。
船旅の件、黙っているな、こいつ。とリディスを見た。
教師達は幻獣狩りとバニップに向かい。バニップは尾で払い、くわえてる人を盾に、時には振り回し。
「さっさと行くぞ。犠牲者増やしたいか」
「リディス様」
クファールはリディスの背を押し、召喚陣のある部屋に。
「召喚陣からでないと
走りながら
「還せなくはないが、扉が二つあるようなもの。あの場で新しく召喚陣を描いて、還せたとしても、出てきた、別の場所の召喚陣、扉は開きっぱなし。そこからまた出ては」
「なるほど」
物置か。学校で使うだろう道具が並んでいる部屋の真ん中に召喚陣。
リディスはここまで来て、
「ほら、早くやれ。夕食が遅くなる。
「はい~」
情けない返事。情けない顔のまま、召喚陣の前に立つ。
「南の魔女と話していたことは本当か」
クファールは邪魔にならない小声で。
「どの話しだ」
「リディス様に
「ああ、その話か。話した通り、減っている。誰かが浄化、返したか。それなら、その者にも何かある。あの候補三人にも。対策を考えていれば別だが」
さらに弟子に肩代わりさせれば。
「良いものでは」
「私には良いものに見えない。誰があんなものを仕掛けたのか。弟子どもにはできないだろう。魔力は多い。しかも西の魔女の血を引いている。欲しがる者は多い」
はっきりしたことはわからない。今は護られている。それが解けた時どうなっているか。
声と音が近づいてくる。
「お、上手くいっているか」
召喚陣が扉で、ここから来たのなら、
開いたままの扉から見えたのは尾。叫び声も。さらに何人かが追って。
「あの人は」
フィリはバニップにくわえられたままの人を見て。尾は召喚陣に。
「このままだと一緒に巣穴行き。
「冷静に言うな!」
リディスは困惑顔。
「かまわない。続けろ、還せ。こいつらは自業自得。バニップでなくとも、いずれ力のある精霊に
ラビアはリディスに。
「どうして」
フィリは睨み。
「精霊の味方だからだ」
クファールも冷静に。クファールも幻獣狩りにうんざりしているのかもしれない。
「師匠まで、何を」
「こいつらが今まで何をしていたか知っているだろう。そして精霊がこいつらをどう思っているかも。肩の精霊を見ろ。何も言わず、動かず、冷めた目、嫌悪の目で見ている」
鳥とドラゴン。助ける気はないが、動けば二体は邪魔をする、止める。
バニップは召喚陣の中に、その巨大な体が吸い込まれて。くわえられている者は抵抗して暴れているが、離れず。
助けることにしたのか、フィリはくわえられている者の腕を取り。
バニップの体の半分以上は召喚陣の中に。さらに沈んでいく。
最後は諦めたのか、巻き添えになりたくないと考えたのか、仲間とフィリは手を離し、召喚陣は閉じる。
「成功、だな。上手く説明しといてくれ」
クファールを見た。クファールだけでなく、部屋の外には追いかけてきた教師の姿も。
「魔女」
幻獣狩りの一人が呟き、手にある剣をラビアに向ける。
「よくも」
「私がやったんじゃないのに」
頭をかき。
「任せろ。こいつらの
ドラゴンが頭の上に飛び乗る。
「手加減しろ。半減しているとはいえ、この部屋を燃やされては、請求書がこちらにくる」
ドラゴンは小さな口を開けると、ラビアの
剣を構えている幻獣狩りにすべて直撃。剣を構えていた者は部屋から外へと吹き飛ばされ、壁に当たる。もう一人いた幻獣狩りが駆け寄り。
「この学校にも精霊、妖精はいるのだろう」
「ああ」
「し、師匠、いいんですか」
フィリはクファールと幻獣狩りを交互に見ている。
「だったら、早くあれらを追い出せ。バニップに触発され、団体で襲うのも時間の問題。こいつは短気だからな。他のものもそろそろ限界だろう。幻獣狩りにすれば、襲ってきたから退治した、と言い訳。学校側にすれば痛い損害では」
学校管理の精霊を倒されれば、しかも学校で。精霊はこの地に数百年は来ない。
「お前が狙われるのでは」
クファールはどうでもいいように。
「帰る。家にまで来るか」
「行けるわけない。辿り着けない。辿り着けても、そっちで保護しているものが嫌がる」
「ナックラヴィーでも置いておくか。
「全滅、だな」
クファールは無表情、平然と。
「
「真実を伝える」
部屋を出ると、介抱している幻獣狩りに睨まれた。来ていた教師達は道をあけ。
「囮って」
「
「助けていたら、邪魔した。どついて、燃やしていた」
「同じです」
ドラゴンはラビアの頭。鳥は右肩に。
「で、私を狙う。帰ると言ったし。家には来られない」
「来たら全員燃やす」
「沈めます」
「来てもこうなる。他にもいるから、簡単に全滅」
「一体何を保護しているの」
「今はシルフとノームも。あれらも嫌がる」
自然四大精霊すべてで攻撃すれば、地形が変わる、かも。
ラビアは周囲を見回して誰もいないことを確認。
「うりゃ」
ネズミに姿を変えた。ドラゴンは「おっと」と翼を動かし、鳥も羽ばたく。
「幻獣狩りが魔法協会に何か言えば、どうするの」
「クファールが説明する。下手すれば学校の責任になるな。呼び出したのは、ここの生徒。ま、学校側も自業自得だと言うだろう。力量も考えずに手を出したのでは、とかなんとか」
「考えているのか」
「幻獣狩り側もパトロン、後ろ盾はいるだろうが、魔法協会と対立するのは。魔法協会が、力がある。もし幻獣狩りと一緒になって私を攻撃しようものなら、一生協会の依頼は受けない。というか敵対するのだから、協会も依頼しない。新たな東の魔女を
「その、もし、になったら」
「ん~、家にいるか、魔族のとこに行っても。妖精の国、というのも。特に妖精の国は人の地と時間の流れが違う。妖精の国に一日、二日いただけなのに、人の地に戻れば五、六日とか、それ以上経っていた、ということもある」
小さくお腹が鳴る。
「はあ、お腹空いた」
「あんなもの見ておいて」
「精霊、妖精が人を襲うのは珍しくない。バニップのように人を
「そうか。で、夕食後は部屋に送ればいいのか」
「いや、お前達の部屋でいい」
「なぜ」
「この姿だからいいだろ。場所はとらない。用意してもらった部屋には協会の者と幻獣狩りの者が。今日、ここにいると知れたら、
「好意があるとは」
「好意というより利用、だろう。
「ああ。君は個人ではなく、魔女として見られていると」
「協会の紹介、
「鬼」
「うるさい。どうせ相手はそんな考えしかない。だったら、とことん利用するだけ。だから正体知っても態度変えないそっちが新鮮だったのかも、な。魔族、精霊のように。魔法教えてくれと言われたが、今のところそれ以上言われていない」
「魔法のことはわからないけど、自分の所のことは自分でするよ。それだけの力はある」
「あと、外見だけで寄ってこられても。それはお前もわかるんじゃないか」
竜の地は別として、ここでは寄ってこられたのでは。白夜だけでなく、他の者も。
船旅をするのなら、乗っている者からも。貸し切り、はないだろう。パンフレットを見たが、大きな客船だった。
空を飛ぶ乗り物はない。精霊、妖精、竜、魔族に当たったり、邪魔だと落とされたり。海にもいるが、空に棲む竜は海を泳いでいない。空より一つ安全。
夕食にして白夜達の部屋で就寝。
翌日、朝食にしていると黒猫が来て、
「船旅の件ですが、竜の皆様も大丈夫とのことです」
竜の女性は声を上げて大喜び。
「五日後、港から船が出ます。ここからその港には二日かかりますので、それまでに準備を」
「西の魔女ちゃんは大丈夫なの」
「ええ、ここを出る日に休みに入ります」
「友達いないのか」
ネズミ姿のラビアは食べながら。
「います。ちゃんといます。ですが、その
「補習、か」
類は友を呼ぶとも。
「いえ、優秀な方です。家が田舎で。こちらが魔法書や道具などがありますから」
「ああ」
大きな町なら魔法書や魔法道具が置いてあるが、田舎になると、新しい魔法書などは遅れるか、入荷しない。ただ田舎でも薬の元となる植物を育て、それで生計をたてている場所もある。空気、水が合う合わないがあるとか。
「
「信じたか」
「いいえ。何か気に
「お前らだって気に入らないだろう。使い魔とはいえ鼻はいい。精霊の恨みの
「ええ。とっても気に入りません。ここにいる精霊も。最初は隠れていましたが、そろそろ我慢の限界。いつ襲う、と話し合っているものも。教師達もあと少しだとなだめていますが」
「確かに。あと少し、だな」
休みに入れば。竜が出れば残る理由もない。
黒猫は話すことを話し終えると、部屋から出た。
ラビア達も朝食を終えて部屋を出ると、ラビアにつきまとっていた幻獣狩りの男が。
入口で見張るように立っていたのは知っていたが。
「東の魔女殿は」
睨むように
「帰ったんじゃないのか。本人もそう言っていた」
他の竜は先を歩き。女は
「そう、ですか。また会うので」
「気まぐれなのは知っているだろう」
「会えたら、これを渡してください」
男の手にあるのは青い宝石のついたペンダント。
「必ず、渡してください。それと、いつでも歓迎します。我々は竜とは違います、と。昨日の仲間の件も。お前達、竜が東の魔女殿を止めたのだろう」
睨み、背を向け、去って行く。
「だ、そうだ」
「燃やせ」
「おう」
ドラゴンが答える。
「おい」
「何か魔法がかけてある。追跡、か。誘惑? ろくな魔法じゃない。しかも精霊の一部が使われている。そんなもんいるか、燃やせ」
吐き捨てるように。
「俺の手は燃やさないでくれ。どうすればいい」
「投げろ。そこを燃やせ」
「任せろ」
白夜はペンダントを上に投げる。ドラゴンはラビアの言葉通り燃やし、
「で、今日はどうする」
何事もなかったように歩き出す。
「一旦家に帰る。こいつら置いて、荷造りもしないと。今度は何が起こるか。西の魔女にも連絡しないと」
肩を落として、大きく息を吐き出した。
「連れて行かないからな」
家に戻れば、ウンディーネ、サラマンダーの変わり果てた姿に大爆笑のノーム。床を転がっている。サラマンダーはノームを燃やすと睨み。シルフはウンディーネに何があったと
旅の準備の大半を使用人にしてもらい。
「二十日、ですか。ついていかなくて大丈夫です?」
「子供じゃない」
「ですが、家の中を下着で歩き回り、部屋から
「家だから、だ。外ではやらない。這って出てきたのは、眠いがお腹も
寝ながら床を這い。
「一緒に行く
「かけない。かけられたのはこちらだ。この船旅も。リディスが勝手に」
「西の魔女には」
「手紙を送った。保護者には黙っているようだから」
クファール。家に帰るとでも言うのだろう。クファールは魔法学校でも教えている。
「サラマンダー、家は燃やすな。燃やしたら、全員追い出す。棲み処に帰す」
「なぜ、ワタシまで」
「そうよ」
ノームに同意するシルフ。
「連帯責任。ここには他のものもいる。半減しているとはいえ、サラマンダーの炎で燃やされれば」
「できるだけのことはします」
ウンディーネが。
「金色の竜と、サラマンダー、ウンディーネの体を取り込んでいる男が来たら連絡してくれ、すぐ戻って来る」
「わかったわ」
シルフが返事。
出発の日まで家で休んでいた。
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