第17話
「なぜ、ついてきた」
ラビアは南の魔女を定位置の机の上に置くと、
「魔女の家が見たかったから」
白慈は笑顔で。
「ここは南の魔女の家、だがな」
「本だらけ」
「ご主人様、戻られたのですか」
女の声が部屋の外から。家の中に扉はない。扉があるのは出入り口の一ヶ所だけ。
「ああ。戻った。疲れたから、お茶を
「わかりました」
足音が遠ざかる。
「竜は連れて行ってくれよ」
「……わかっている。連れて来たくて来たんじゃない。勝手についてきたんだ」
ラビアは顔をしかめ。
南の魔女の家から再び別の場所に移動。白慈、白夜を連れて。
出たのは泉。周囲は木々に囲まれ。水面は澄んでいる。
「ここは」
「ウンディーネの
ラビアは自身をあちこち触り。
「何をやっている?」
「何かないかと思って。ここまで来たんだ。この
二人は首を傾げ。
次に、いつでも帰れるよう持っていた
「本当に、何をやっている」
「気にするな」
木々の間からここに棲んでいる精霊、妖精がラビア達を見ている。
「これでいいか。買って、また来るのも手間だし。整理もしないと」
中にはいくつかのぬいぐるみ、お菓子の空袋。封の開けられていない菓子。思いついたことを適当にメモしているメモ帳、筆記具。青い鳥のぬいぐるみ以外は鞄の中。
青い鳥のぬいぐるみを持ち、泉の水面を見て、唱え始めた。
突然、体を触る、
こういう姿を見ていると神秘的な魔女、に見えなくも、と黙ってラビアを見ていた。
「我の元に現出せよ、水の精霊、ウンディーネ」
水柱が立つ。水柱はゆっくりと低く、落ち着いて、形をとっていく。水のドレスをまとった女性の形。
ゆっくりと目が開く。澄んだ水面と同じ色。
「ウンディーネ、わかるか」
「……ええ」
「成功、か」
「いいえ、体がありません」
「つまり」
「精神、魂だけ」
「半分成功で半分失敗、か。あの男、何者だ。北の魔女にチクって、解剖してもらうか」
「お手数おかけしたようで。精神だけでも自由になれてよかったです」
ウンディーネは小さく頭を下げ。
「で、どうする。ここにいるのなら、結界張って、近づけないようにしておくが」
「シルフとノームは」
「私の家」
「それならそちらが安全でしょう。わたしの力は半分になっています。結界を張り、彼らも共に護ってくれるとしても、彼らが傷つくのは」
ウンディーネが見ているのは、こちらを
「私や、私の家はいいと」
「あなた、そう簡単に負けないでしょう。シルフ、ノーム、他の精霊もいます。彼ら全員で相手すれば」
「私の家を壊すな。壊したらお前らに修理させるからな」
「精霊を家の修理に使うとは」
ウンディーネは小さく息を吐き。
「壊したのはお前らだ」
「まだ壊していません。それと体がありませんが」
ラビアは手にある青い鳥のぬいぐるみを。
「嫌なら、これもある。こっちはサラマンダーにしようと」
片方の手に
ウンディーネは青い鳥へ。
「仮の体、ですよね。本来の体、取り戻してくれますよね」
「自分で取り戻そうとは」
「今の体でできると。先ほども言いましたが、力は半減しています」
「取り返せと」
ラビアは半眼で。
「協力してください」
そう言うと、青い鳥のぬいぐるみへと吸い込まれるように。
「慣れるのに時間がかかりそうですが、これで目を
ぬいぐるみからウンディーネの声。
「取り込んだ奴はお前を召喚したのか」
自分の有利な場所に。
「いいえ。ここに来て、力を貸して欲しいと。もちろん、ただでは貸しません。代価はもらいます。そう話していれば、いきなり襲い掛かってきて」
「取り込まれた。来たのは男一人か。白髪で左右瞳の色が違う」
「黒い
不意打ち。
「応戦しようとすれば、今度は倒したはずの男が」
「北にチクろう」
興味を持つはずだ。捜し、見つけてくれれば。
「わたしの体まで危ないのでは」
「あ~、魂がない、か。でも、あの女は不老不死求めているんだし、お前達、不老不死じゃないんだろ」
「それでも、です」
青い鳥は
「じゃ、次はサラマンダーのとこ行くか」
「魔族の頼み事と関係が」
鋭い白慈。
「サラマンダーとウンディーネは自然四大精霊。自然、だ」
「取り込まれたままだと自然に影響が出る?」
「ああ。特にウンディーネは水。
「影響大、だね」
「だから二体を取り戻せと言ってきた。しかし居場所はわからない。それなら召喚しろと」
「召喚。確か、力を借りたい精霊を呼び出す。魔法陣を描いて」
「私の場合、呼べば風に乗り、もしくは風の精霊が風に声を乗せて、届けてくれる。それで来てくれていた。召喚を
「呼んでも来ない。届いていない。
「そう。少しでも成功率を上げるため、棲み処で呼び出した。半分成功。精神、魂、中身はこちら。体は向こう。本来なら揃って現れる。まったく、何者だあの男」
頭をかき。
「しかし、力は半減しています」
右肩の青い鳥のぬいぐるみ、ウンディーネが。
「次へ行く」
「今度は暑い」
「勝手について来たのは誰だ」
ウンディーネの棲み処に竜を置いていくわけにもいかず。別の場所なら遠慮なく置いてきた。
暑いのも当たり前。火山、火口近く。
ウンディーネ同様、唱え始める。暑さのため汗がだらだら。早く終わらせたくて、早口になりかけ。集中するのも一苦労。
なんとか呼び出したが、ウンディーネ同様、精神だけ。さらにウンディーネよりやかましくわめかれ、
「だったら、ここに封印していってやる。あいつらだろうが、誰だろうが呼び出せないように」
こちらも暑さで気が短く。
サラマンダーは渋々、不細工なドラゴンのぬいぐるみに。本体もトカゲなので、あまり変わらない。封印され自由を奪われるより、不自由な体の自由を選んだ。
「あいつらぁ、今度会ったら、
力が半減しているのに、できるのか。
「で、お前はどんな不意打ちされた。ウンディーネ、ノームは不意打ちで取り込まれた。呼び出されたところを、か。それともここまで歩いてきた、か。歩きだったら根性あるな。暑い上に他の精霊もいる。炎の精霊は気性が荒い」
「歩きかどうかは知らんが、ここに来た。来て、ウンディーネの力を使った。だから驚いた。ウンディーネがおれを攻撃するなんて、気でも狂ったかと」
「四大精霊は仲良し?」
「いや。だが仲が悪い、ということもない。不可侵、というところか。精霊同士が
「竜と似たようなもの、か」
「精霊は人の都合など考えないから、な」
人を巻き込もうと気にしない。ある意味、人を考えてくれる竜が良い方、か。
「これで魔王の頼まれ事は終わった」
「魔王に言われて動いたのですか」
ウンディーネの冷たい声。
「言われなかったらどうする気だった!」
サラマンダーは騒がしい。今まで自由に動けず、話せなかった反動だろう。
「向こうから来るまで、ほっといた」
両方からつつかれた。
「では、戻るか」
「あ、涼しい。学校? 君の家じゃなくて」
「なぜ、私の家」
「魔女の家に興味が」
「南の魔女の家に行っただろう。北の魔女の住み家の入口に置いてきてやろうか」
「それは、遠慮したい」
「お~い、戻ってきたぞ」
誰かの声。ばたばたという足音。
「げっ」
魔法協会の者が迫力ある顔で駆け寄って来る。
「今日は諦めたら」
協会の者にすれば、当分依頼を受けない、というのを
魔法協会も
その日は協会の者に囲まれ夕食。ご機嫌取り。幻獣狩りからは離れた所から睨まれ。
顔に何か当たり、それで目を覚ました。
目に入ってきたのは白い毛。シーツは白。だがこんな毛玉は。
毛玉は動いている。すうすうという音も。聞き覚え、見覚えがある。
潰したくなった。
ゆっくり起き上がると、白いネズミの他にも二つのぬいぐるみ。一つは青色の鳥。一つはドラゴン、か。竜とも呼ばれている、トカゲのような顔、コウモリのような翼。太い手足。なのだが、ぬいぐるみなので小さい。が足下に。
学校には図書室といって本ばかりの部屋も。そこには、こちらの動物、精霊、妖精の絵が描かれた本もあり、
ネズミは大の字になって寝ている。
「ん、
白慈は眠そうに。離れた寝台から顔を上げ。
カーテンの閉じられた窓。日が昇れば隙間から日が差し込んでくるが、今は差し込んでいない。
ネズミの首根っこを掴み、持ち上げた。ネズミは寝ている。
「……連れて入った?」
「いない。今、気づいた」
「
起き上がり、こちらを見ている。
「それも、彼女が持ち込んだ?」
二つのぬいぐるみ。ウンディーネとサラマンダー。
「たぶん」
ネズミを持ち替え、握り締めた。
「中身が出るかと思った。なんだ、あの起こし
ネズミは白夜の右肩。
「勝手に入ってきたのが悪い」
朝食にするため、用意されている場所に。
「この姿でなく、別の姿で寝ていればよかったのか」
別の姿、本来の姿。
「すいません。狙われているとか。あの部屋が安全だと」
「こいつを狙っている命知らずがいるとは」
ウンディーネは礼儀正しい。挨拶、謝罪、礼をきちんと。それに比べ、このネズミは。
「また握り潰してやろうか」
ネズミは小さな両手で
部屋には全員揃っており、白夜達が最後、皆、食べている。
肩にいる、ネズミ、鳥、ドラゴンを見た
「精霊、だそうだよ」
席に着くと、ネズミ、鳥、ドラゴンは肩から下り。
「精霊。これが精霊なのか」
「そういや、人の地には精霊の棲み処があると。全然見てないな」
「ね、ちょっと楽しみにしていたのに」
「色々、いるみたいですね。本で見ました」
「
ネズミが体より大きなパンを取りながら。
しゃべった、と
「あいつらには倒した精霊の
「燃やしたい」
ドラゴンは舌打ち。鳥も頷いている。
「お前らだって仲間を倒され、その一部を使われるのは嫌だろう。しかも、それでさらに仲間を傷つけられれば」
「嫌、というより、黙っていないよ。それで、精霊はここにはこない?」
「いる、が隠れているのだろう。あいつらは勝てるものを相手にしていた。強いものがくれば、あいつらは食われる、かもな。魔法使いは精霊から力を借りることもある。だが、あいつらは無理だ。誰も
「それに?」
ネズミはパンにかじりついている。
「いずれ使っている武器により、終わるでしょう」
鳥が後を続ける。鳥とドラゴンは何も口にしていない。
「倒された、武器、防具にされても、憎しみ、恨みは消えません。あの武器を使い続ける限り、その武器により、いずれ命を落とすでしょう」
「……」
「自業自得だ。あいつらのせいで絶滅寸前に追い込まれた精霊もいる」
「だな。あいつら、とっとと終わってくれねぇかな」
ドラゴンはネズミに同意。
なんとなく気づいていたが、ラビアは幻獣狩りにいい感情はないようだ。
教えても
「精霊の力を借りるには代価が必要なの? そんなこと話していたけど」
「ああ。タダでは精霊も力を貸さない。代価は精霊により違う。精霊に
「精霊から助けを求められたら?」
今の状況か。精霊はラビアに代価を払わないといけない?
「ん~、弱い精霊は強い精霊に助けを求めるからな。大抵の場合はそれで済んでいる。あまり人に助けを求めない。魔法協会に求めたら、何を言われるか。一生こき使われるかもしれない。ただ、たまたま助けた人を好きになる、というのもあるな」
「精霊と人の子のこと。ここにも何人かいるみたいだけど」
「それは良い方だろう。散々、利用された、というのも聞く。精霊によっては、人を取り込む、というのも」
ぱたぱたと駆けてくる足音。
竜は揃っている。また何かあったのか。
「おはようございます」
元気よく挨拶したのは西の魔女の孫。竜側は返したり、返さなかったり。
「姉さんは、こちらでは」
孫は一人一人見て。
「何か用があったの」
「はい。もうすぐ休みに入るので、一緒に旅行しようと、申し込みました」
置かれていた
「それを伝えようと捜しているのですが。もし見つけたら、伝えておいてください」
「え~と、たぶん、伝わっていると」
ネズミはテーブルを走り、跳ぶ。孫の顔、額に小さな両足を。跳び蹴り。
「ひゃっ」
孫は小さな悲鳴。
ネズミは空中で一回転。床に着いた時には元の、人の姿に。
「旅行に申し込んだ、だぁ。勝手に何をしている」
不機嫌極まりない声。
「あれ、いたんですか。でも」
「姿を変えていた。うるさいのにつきまとわれているからな。で、なに勝手してやがる」
ラビアは左手を孫の頭に。
「だって、だって、今年は補習がないんです。毎年毎年、学校に残って、勉強。今年はそれもなく。それで」
「別の誰かを誘えばいいだろう」
「皆さん、予定があるらしく、誰も」
「友達いないのか」
「います。姉さんと一緒にしないでください。それと、わたしも今年も補習だと。それがなかったので、て、痛いです。頭痛いですぅ」
「だからといって人の許可も得ず、勝手に。それに補習とはなんだ」
「テストで平均点を取れなかった者が休みの間、勉強することです。追試があって、それでもだめなら補習。補習に出れば、留年は
黒猫が冷静に説明。
「どんなテストだ」
頭から手を離し。
「それより旅行、船ですよ、船。二十日間の船旅」
「いいから、見せろ」
「ふきゅう」
孫は大人しく持っている本の中から何枚か紙を。ラビアは受け取り、見ている。
「あの~、これも」
関係ないものだろう。差し出して。
「……なんだ、この調合」
「へ?」
「へ? じゃない。こんな調合したら死ぬぞ、天国送りにしたいのか!」
「姉さん、調合は」
「苦手なだけ、作らないだけ、こんな調合したらどうなるかくらいわかる!」
「料理もできないのに」
「それに、こっち、これ、お前、自爆する気か。周り巻き込んで自爆か!」
「する気はないですけど」
「だったら、なぜこんな魔法になる!」
物騒な言葉ばかり。
ラビアは大きく息を吐き、
「二十日間の船旅だと言っていたな」
「はい。行ってくれます?」
孫は沈んだ顔から笑顔に。
「ああ。二十日間、基礎を叩き込み直してやる」
「ええ~」
「よかったですね、リディス様」
孫はうなだれ、黒猫は嬉しそうに。
「ねえねえ、その船旅って」
「これです」
孫はうなだれながら茜に紙を渡す。
「お前、家に戻っているか」
ラビアは腕を組み、半眼で。
「……」
「戻っていないんだな」
孫はラビアと目を合わせず。
「はい」
黒猫がはっきり。
「かわいがってくれる姉弟子、兄弟子はいますが、嫌味を言ってくる者もいるので。なにより、成績は中の下。西の魔女様も戻ってくるよりは、こちらで学べ、遊べと」
「……そうか」
「行きたい」
「は?」
「あたしもこの船旅に行きたい」
「
「いいじゃない。もう少しいても。二十日、なんでしょ。行きたい、行きたい、行きたい」
「ぼくも、行ってみたいです」
「
お付きの
「行けるのなら、行こうかなぁ」
「えっと、誘ってくれた
すべての竜が手を上げ。
「誘ってくれた?」
ラビアは
「はい。父親がこの船の持ち主、企画者、社長だそうです。お友達を誘って、是非と。旅行代金は無料でかまわないと」
「嫌な予感しかしないな」
「姉さん!」
「授業があるんだろ、行け」
「むうう。それでは、失礼します」
孫は頭を下げ、部屋を出て行く。黒猫も後について。
「まだ行けるとは限らないだろ」
ラビアはテーブルに近づき、
「てい」
ネズミの姿に。途中だった食事を再開。
「あの」
遠慮がちに声をかけたのは
「あなたは、あの子と仲が良いのですか」
「良くない」
考えず、はっきり。
「おい」
「でも、あの子は」
「小さい頃から知っている。この数年は会っていなかったが」
「あの子は、魔女に」
「さあ」
「さあ? でも、西の魔女の孫なのでしょう」
「孫だから魔女になれるのではない。決めるのは現西の魔女。他の者がなるかもしれない。あの三人以外が選ばれるかもしれない。あんなのでなれるかわからないが」
「ならない場合も」
「ある、が魔法協会がほっておかない。あれの魔力はこの学校内では一番ある。弟子の中でも。魔力だけなら西の魔女に相応しい。が、知識が」
「知識がないとだめなのですか」
「先ほども言ったが、正しく使わないと周りを巻き込む、自爆」
「……」
「薬の調合、できるのか」
「やろうと思えば。だがやれば劇薬になりかねない。見た目もまずそうで、とても薬とは」
「作ったのか」
「作った。失敗し、庭の隅に虫除けにとまけば、草が生えなくなった」
どんな薬を作ろうとしていたのか。
「薬には魔力も込めるそうだ。込めすぎて」
劇薬に。
「途中爆発も」
「作るな」
「暴走されたら困るから、魔法協会は手元に置いておきたいのと、利用したいから」
「暴走」
「感情に任せて暴れる奴がいる。お前達、竜はないのか?」
「なくは、ないかな」
「それならわかるだろう。暴走したら、そいつより上の者が出ないと止まらないのは」
「あの子が暴走することになれば」
「私が出ることになるだろうな。もしかしたら、体欲しさに北の魔女が動くかもしれない」
「それなら、あなたが暴走すれば」
「う~ん。誰だろうな。やはり北か。だが手加減なしなら」
「魔王じゃね」
「魔王では。もしくは妖精王」
ドラゴンと鳥が揃って。
「うわぁ」と
「まあ、私は魔女になるべく育てられたから。そのあたりは」
「魔女になるべく育てられた?」
「ああ。
「魔女に、なるべく育てられていない、のですか」
「そうだ」
ラビアは
黒輝も竜王の子だが、兄がいる。次は兄が継ぐ。
「西の魔女にすれば、広い世界を見聞きして、同年代の友人作って遊べ、楽しめ、という親心だったのかもしれないな。娘で失敗したから」
最後は小さく。
「私は同年代の者と遊び、語り合った記憶はない。ただ、魔女になるべく育てられ、教えられただけ」
「ま、あの三人みたいに、何がなんでも魔女になってやるっていうのも」
小さな肩を小さくすくめ。
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