第12話

 物心ついた頃から魔法、精霊、妖精は近くにいた。あった。ある、いるのが普通の環境で育った。

 魔法を知るのは苦ではなく、楽しかった。どんな魔法でも。

 だが、これは。眼下にはくさった大地。結界を幾重いくえにも張り、空中に浮いて、じわじわ腐っていく大地を見ていた。

 家が、村があったと聞いていたが、すべて腐り。

 結界によりにおいは届いてこない。影響を受けない上空。

 幾重にも結界を張り、どんなものかと近づいたが、その結界すら侵食しんしょくしていく。浄化の炎で焼くとはらわれ。かなり強力な炎でないと祓えない。たとえば、自然四大精霊、サラマンダーの炎。

 なるほど。普通の魔法使いでは無理だ。何人かで試したのだろう。薬も。試せる手は試した。それでも。そして、今の魔法協会の魔法使いにサラマンダーを召喚して使役しえきできる者はいないと言っているようなもの。

 全体を見るために上空にいた。目を閉じ、息を吐く。次に目を開けた時には、浄化すべく唱え始めた。

 初仕事がなんだったのか覚えていない。祖母の手伝いをしていたから。魔女を継いで、魔法協会から受けた最初の大仕事とも言えた。

 協会は西の魔女を頼ることが多かった。今回の件は西の魔女が何か言ったのだろう。こんな小娘、一四になったばかりの子供を頼らないといけないとは。失敗したらどうするのか。

 結果は成功。浄化できた。大地は大きくえぐれ、焼けたが。数十年は誰も住めない。立ち入り禁止だろう。

 魔法協会がすべて責任を持つ、と言っていたが、どこからか東の魔女が気まぐれで村一つを焼き払ったと。

 その後も魔法協会から色々押し付けられ、世間からはやってもいないことをやったようにささやかれ。偽物まで現れ、悪名が広まった。



「魔法学校に招かれた?」

 竜と人の子供達に魔法を教え始めて三回目。いや、五回目、か。報酬をもらい始めて三回目。期待していた報酬は竜の地で使えるお金。人の地とは違う金属。人の地ではれないもので造られており売れば高額に。

 西の魔女候補がこの地に来るかと思えば、来なかった、そうだ。個人的な理由では道を使わせてもらえなかったか。竜の地までの正規の道があるのは魔法協会。作れるほどの腕があれば勝手に。

 他はどうなのか。東竜王とうりゅうおうの地はリディス派の誰かが教えているだろう。クファールが直接教えることは。ラビアと同じ、来る日を決めていれば、竜が迎えに行けば。

「ああ。他の、三つも同じように招かれた」

「公平に、か」

 どこか一つに力がかたよれば。

「む~。私が教えていることが他にも知れた? 協会にしても、他の竜にしても私が直接教えていることを知れば。……攻撃魔法ばかり教えていると思われる?」

 腕を組み。

「なぜ」

「なんと呼ばれているか知っているだろう」

 半分は魔法協会からの依頼のせい。

「物騒な魔法を」

 白夜びゃくやは顔をしかめ。

「教えていない。そこまで上達していない。基礎はできてきたから、次へいっても。持ってきた魔法書も見せているのだろう。わからないところは質問されたし」

「ああ。俺に聞かれても。次に来る時までに聞きたいことをまとめておけばいいと」

 時間があるから、わからない、聞きたいことをまとめて。

「学校の話に戻るが、子供達を連れて行くのか」

「いや。まず代表が見に、話しを聞いてから、どうするか決める」

「ふむ。話しは変わるが、ここは宗教とかあるのか」

「宗教?」

「信じている神様とか」

「いや、一番偉い、とうといのは西竜王せいりゅうおう様だと。他もそうだろう」

「それなら、そういう変な知識も教えられるかも、な。もしくは人側に引き込み、将来魔法協会で働いてもらおうと」

 白夜びゃくやは再び顔をしかめ。

「ま、そういう魂胆こんたんがあるかもしれないから気をつけろ、ということだ。向こうも親切心だけではないだろう。精霊と人の子もいる。彼ら、彼女らは卒業、学校を出れば魔法協会で働く。そうでないものもいるが、完全に自由、とは」

 見張り付き、ではないが、どこに行く、何をする、とうるさく聞かれる。魔法協会につとめていれば普通の生活はできる。食うに困らない。

「で、周りの見物人はなんだ。親か。前回より増えたような」

 離れているが、こちらをじっと見ている男達が。

「いや、あれは」

「あれは?」

「……お前目当て」

「は?」

「だから、お前。美人が子供達に何か教えているとうわさになり」

「見に来た」

「そうだ」

「……」

「ぶっとばすなよ」

「それなら子供達に魔法を使わせ、どさくさにまぎれ」

「やるな」

「実害があったわけでもなし。危なくなれば、ひっぱたく、る、魔法で」

「やめろ」

 白夜びゃくやは額に右手をあて。

「それなら」

「それなら?」

 じっと白夜を見上げる。

「嫌な予感がする」

 一歩下がる白夜びゃくや

「抱きついて、勘違いさせる」

「やめろ。さらなる誤解を招く」

「ああ、恋人でもできたか」

「……」

 沈んだ様子。違うようだ。

 高望みしなければ。いや、高望みしても、白夜びゃくやなら。家事はできる。容姿も悪くない。それとも、先立たれることが嫌なのか。楽しければそれだけ別れはつらい。それなら竜と人の子は一生独   ひとり? はない。相手を捜している。そうでなければ、さらいはしない。

「責任を、とってくれるのなら」

 白夜びゃくやはどこかを見ながら。

「責任?」

 小さく首を傾げ。

 責任。誤解させた責任。

「つまり、お前が下僕げぼくになると」

「なぜそうなる」

 ラビアを見た。

従僕じゅうぼく?」

「言い方を変えただけだろう。なるか!」

「師匠」と子供達が呼んでいる。白夜は呼ばれた子供の方へ。

 ラビアも魔法を使っている子供を見た。基本に忠実に使っている。教えるのは難しかった。

 基礎は祖母に。その祖母も手取り足取り、懇切こんせつ丁寧に教えてくれなかった。魔法を見せて、こんな感じだと。それで覚えた。というか覚えさせられた。魔族のに行った時も、何度も見て覚えた。魔法に似ているが魔法とは違う。精霊とも違い。面白かった、というのが正直なところ。

 そんな自分が、まさか教えるようになるとは。人生何があるかわからん。

「あの」

 遠慮がちな声がかけられ、見ると男が。子供ではない。立派な大人。子供の親か。

「おれも魔力があるか、見てもらっても」

「ずるいぞ、抜けけか」

 見物人が次々に。なぜか、食事に、恋人は、と魔法、魔力と関係ないことを。

「邪魔をするのなら、帰れ」

 冷たく、突き放すように。

「帰れ」

 再び強く言うと、背を向け、散らばっていく。

「大丈夫?」

 子供の一人が。

「ああ」

「でも、あんなにめていたのに」

「あれも魔法の一つ。以前言っただろう。言霊ことだま。魔法使いの言葉には魔力が宿ると。使い方次第で、ああいうことができる。だから、下手に人を傷つけるようなことを言うな」

「一生解けないんですか」

「それほど強くはかけていない。また来るかもしれない。姿を別のものに変えるか」

 顎に手をあて。許可を取り、魔法の実験台でも。

「姿を変える?」

 子供達はそろって首を傾げ。

「こういうことだ」

 くるりと回る。

「わ、師匠だ」

 子供達の言う師匠とは白夜びゃくやのこと。

「他にもできるが、知っている者が少ない」

 近くにいる子供の姿に変えると、再び驚かれた。


「そういうわけだ。戻るまで、子供達は別の者に見てもらう。お前はどうする」

「どういうわけだ?」

 子供達と別れ、白夜びゃくやの家に。

「人の地にある魔法学校に招かれたと言っただろう。俺と白慈はくじが行くことになった」

「そんな話しをしていたな。だが招かれたと言っただけで、誰が行くとは。というか、次期西竜王   せいりゅうおうが」

「周りも止めたが、本人が行くと言ってきかず。付き添いに俺を指名してきた」

 白夜はうんざりしたように。

「仲良いな」

 いつものやりとり。白慈はくじに押し切られたのだろう。笑顔で。

「何かあれば」

 白夜びゃくやのせい。だからうんざり?

「何十日もけるのか」

「他の三つと合わせる。帰ろうと思えばいつでも帰れるが」

「ああ、竜になって」

 学校で竜になれば大騒ぎだろう。いや、竜が見学に来ただけでも大騒ぎ。

「そうか、お前が人の地に行けば、私もこっちに来られない、か」

 白夜びゃくやにもらった髪は糸で編んだブレスレットに一緒に編みこみ、左手首に。作ったのは使用人。

「別の者に任せようと思ったが、そうなると」

「道は作るな」

 勝手に作られては。

「突然ネズミにふってこられるのも」

「次はこの姿で頭上から現れてやる」

「やるな」

 白夜は息を吐き、

「帰ってくまで休み、でいいか」

「私はかまわない。子供達も魔法書を読んで、理解して使っているから、大丈夫、だろう」

 面白半分でやらなければ。失敗すれば、ふざけてやればどうなるかも見せている。

「いつ行くんだ」

「五日後。向こうには十日ほど、を予定しているが、早まるかもしれない」

「遅くはならないのか」

「それは、なんとも」

「竜が行くから、何も起こらないはずない、か」

「起こらなくていい」

 小さく笑い、周りを見た。人? 通りが多く、店もある。魔法で顔をぼやかしているので道行く人にははっきり見えていない。見えていたら先ほどのように男が寄ってくる。

 店にある物に目をめ、少し考えてから、その店に。

「おい」

 白夜びゃくやが背後から声をかけてくる。

 店に並んでいるのは大小のぬいぐるみ。

「これかな」

 小さな白い鳥のぬいぐるみを手に取り、代金を払う。

「で、今日の夕食は」

 当然のように。今までも夕食、朝食をごちそうになり、白夜びゃくやが仕事に出る時、帰っていた。

「ネズミになれ」

 なぜか決まってそう言う。ネズミの方が体が小さいので布団、風呂の片付けは簡単。

「こんな美人と向かい合って食事する機会なんて、そうそうないのに」

「自分で言うな」

 ラビアも誰かと向き合って食事することはあまりない。たまに魔法協会に顔を出した際、食事に誘われるが、高いもの、普段食べられないものを頼み、話しもせず、食事が終われば別れる。または酔い潰し。そのため誘う者は少なく。それでも挑戦者は現れる。

 使用人は作るだけで食べる必要はない。食べている時に洗濯や掃除を。最近はノームがごろごろ。鬱陶うっとうしく思い、うっかり、といったていで踏んだことは何度か。

「そんなので結婚できるのか」

 右頬をつねられた。

「そういえば、連れてこられ、帰った娘がまたこちらに来ているんだが」

「は?」

「今度はさらわれて、ではなく、正規で」

「……」

 外には出してもらえなかったが、食事は出され、服、宝飾まで用意。欲しいものを用意すると言っていたようだし。大事に扱われ。

 こちらの暮らしがよかったのか?


 夕食を作っている間におけに湯を入れ、ネズミになり、風呂。風呂から出れば夕食。夕食が終われば、買ったぬいぐるみに細工さいくを。白夜びゃくやは風呂。眠くなったら用意してもらった寝床へ。寝て、起きれば朝食。

「これ、持っとけ」

 テーブルに昨日買った小さな白い鳥のぬいぐるみを置く。

「おまもり代わりだ。何かあっても何もできないが」

「そんなものを持てと」

「いいから持ってけ。学校に行っている間だけでも持っていろ」

 白夜びゃくやはぬいぐるみを取り、あちこち見て、

「学校に行っている間だけでいいんだな」

「ああ」

 念のため。竜を招くなど、魔法学校側も何かある。竜に手を出しても痛い目を見るのは学校側。ラビアに来てくれ、という手紙は届いていない。届いても行ったかどうか。

「金色の竜について何かわかったか」

「まったく。ここにいるのかどうか。顔はわからない。素顔で歩いていれば」

 期待はしていなかった。ラビアも積極的に捜していない。

「次は三十日後、になるか」

「忘れるなよ。間がいたからといって面倒くさがるな」

 うるさく。

「お前達こそ、気をつけろ」

 食事を終えると、玄関で別れた。


「ただいま」

 玄関から中へ。ネズミ姿ではなく元の姿。

「お帰りなさいませ」

 使用人が出てくる。

「当分上に行かなくてよくなった」

「当分。半年、です?」

「いや、そこまでは」

 そんなに行かなければ、協会を通じて家に来られそうだ。

「ノーム様が窓に張り付いて、何か言っていましたが」

「ノームが」

 踏んだ文句でも言っているのか。

 ノームがいつもごろごろしている居間に。

 使用人の言う通り、窓に張り付いている。

「大地が、泣いている」

「?」

「いつかのように、汚され」

 けがされる。

「苦しいと、泣いている」

「まさか」

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