第10話

 準備ができたと呼びに来たので、再び、試合のおこなわれる場所に。

図太ずぶといな」

「何が」

「東の魔女と知り、この場に、この姿でここにいろ、とは」

 しかも顔も隠さず。

 今は西竜王せいりゅうおう南竜王なんりゅうおうの三将の試合。地面のへこみは整えられているが、廊下の一部は壊れたまま。

「それとも利用しようと」

「いやいや、できないのはわかっている。ノームも傍にいる」

 西竜王は笑い。そのノームは右肩に。

 安全な場所をわかっている。先ほどの者が再び襲ってきても、返り討ち。ノームが捕らえられることはない。

「何を持っているか、気づいたのだろう」

「持っている?」

 同じく見学している白慈はくじが。

りゅう

 西竜王は静かに。

「竜の眼?」

 白慈はくじは繰り返し。

「東の魔女殿が持っている、眼のこと。竜の眼。よくわかっていないが、人が持っていると。竜に負けぬ魔力の持ち主。そこから竜の眼とついたと」

「眼だけを取り出す、移植しても何もない。私から離れれば、ただの眼。お前達、竜が高く売れる」

「やはり、そうだったか」

「言いらしは」

 西竜王せいりゅうおうを睨んだ。

「しない。言い触らして、他に取られては。暴れられては。ここの一つが落とされても」

「何度も言うが、それをやれば、私は竜から罪人にされる。人からも」

 下には人が住んでいる。

 竜に負けぬ魔力の持ち主、ではなく、無尽蔵むじんぞうきぬ魔力の持ち主。いくら使っても減らない。魔力がまり、暴走する、体調を崩すこともない。

 だから、ずるい。北、南、西の魔女はこんなもの持っていない。持って生まれたから実力だと祖母は言っていたが。他の者にすればずるい、のだろう。

 通常、魔法使いは魔力抜き、まりすぎないよう魔力、魔法を使う。その相手は弱い魔族が多い。魔族にはくらいがあり、上位ほど知能が高く、魔力が多い。だが魔族が魔力暴走を起こした、など聞いた覚えはなく、興味を持った。上位魔族は人の地へ出て来ているのだろうが、見つけるのは難しく。会えたとしても生きているかどうか。その前に人、精霊、妖精と見分けがつくか。

 あれは、魔女をいですぐの頃、魔法使いが弱い魔族を遊びでいたぶっていた。人を襲ったわけではない。ただ、彼らの目に入っただけ。小熊に似た魔族一体を三人で囲み。イラ、ともしたので、三人をぶっとばした。そして気まぐれ、治癒魔法の練習台としていやしていた。ところを魔王の右腕に見られており、地の底の底へ。

 魔王というからには迫力ある姿だろうと思っていたが、南の三将、あの女に負けていない胸と細い腰回り。会った、見たことのない美貌びぼう。なのだが、冷めきった目をしていた。虫けらを見るように見られ。だが、あの魔王は一目で見抜いた。持っているものを。

 そこから一年、地の底の底にいた。魔族にかじられそうになり、一角を吹き飛ばしかけ、魔王直々   じきじきにおしかりを。あの時は終わった、と思った。あの時以上の恐怖など、これからもないだろう。

 完璧といっていい美貌、体形。右腕は「理想の姿に映るんですよ」とうさんくさい笑顔で。あれも人に化けていた。どこにでもいる平々凡々な男に。偵察で目立っては。

 今回使った剣も、魔族が造ったもの。剣術を教えてくれもした。試作品だ、試せ、使った感想を教えろ、と送りつけてきた。

 思い出にひたっていると、炎がせまってくる。

「おおっと、手がすべった」

 白々しらじらしく。

 防ぎ、倍にして返せば、同じ三将の女が炎を放った者を怒鳴っていた。

「ばれないよう、潰すか」

「それはやめて」

 白慈はくじが止め。

「睨みをきかせる?」

「邪魔したら白夜びゃくやが怒るよ」

「じっと見つめる」

「う~ん、変な誤解されたら」

「記憶をきれいさっぱり消す」

「さすが魔女」

 東竜王とうりゅうおう北竜王ほくりゅうおうの三将もこちらを見ている。最初は東竜王の所にいる未来の西の魔女を見ていた。クファールが隠すように護り。

「で、お前はこれからどうする」

 右肩にいるノームを見た。ノームは土竜もぐら姿。

「ん~、ワタシもお前の家に」

「シルフがいる」

「わかっている。だがねぐらに戻って、また襲われては」

「ノームともあろうものが」

 呆れをにじませ。

「いきなりウンディーネの力を使ってきたのだ! 驚くに決まっている。今はサラマンダーを取り込み」

 不意打ふいうち、か。

「使っていたのはウンディーネの力だけ?」

「ああ。ウンディーネ本人は出てこなかったが」

 力だけを使っていた。

「サラマンダーの力は」

「使っていない。おそらく、ワタシを取り込み、サラマンダーを」

 取り込んだ。

 何かに封じて、それをさらに体内に取り込み、力だけを使っている? 

 そんな道具あっただろうか。作った、ということも。古い時代の物で作り方のわからない物はいくつかある。完全な形で残っている物は少ない。

 北の魔女、か。あの女が変な研究をするから。人を造る、などということを。まったくばれないことはない。足りないものを補充しに住み家から出る、使いを出す。そこを見張っていれば。もしくは自ら流し。

 魔法協会には持ち出し禁止の魔法書も。つとめている者も品行方正とは。横流しする、模写して売る者も。

 精霊を封じ込めるためだけに造られたうつわ? 同じ竜の眼を持ってはいないだろう。不完全でパーツを集めている?

 魔法は日進月歩。進化している。一つの魔法をきわめる者、広く浅く使う者。

「めんどい」

 考えても仕方ない。なるようにしかならないのだから。ただ、ウンディーネとサラマンダーはなんとかしなければ。


 色々あったが今年は東竜王とうりゅうおうの三将が一番勝った。白夜びゃくや達はその東竜王に勝ち、北竜王ほくりゅうおうとは引き分け、南竜王なんりゅうおうの三将に負けた。



 御前試合が終われば四竜王、その三将、お付き、すべてそろい、大部屋で宴会。西の魔女の孫であるリディスもいる。護衛の師弟、魔法協会の女性職員も。

「人気、だな」

 白夜びゃくやが見ているのはリディス。そのリディスの周りには西竜王側の竜をのぞく竜が。竜王は加わっていない。

「加わりたいのか。ああいうのが好み、か」

「違う」

「むきにならなくても」

「なっていない。心配じゃないのか」

「護衛がなんとかするだろう。ま、どこも魔女を味方につけたいんじゃないのか。もしくは嫁」

 白夜びゃくやはラビアを見て。

「なんだ、その目は」

「いや。同じ魔女なのに」

「あれが扱いやすい、だましやすいと見たんじゃないのか。実際、弟子や学校の者にあんなことされても、本人は笑っている」

「優しい、のか?」

「おひとよし、鈍感どんかん

「なるほど、あっちに行くわけだ」

 白夜びゃくやを軽く睨む。

「魔力はある。実力がつき、性格さえなんとかなれば」

「君にあの子と同じようなことをすれば」

 白慈はくじは笑顔で。あんなこと、とはまとわりいている悪意ある魔法、だろう。

「遠慮せず倍返し」

 グラスの酒を飲む。

「大丈夫なのか」

「えらく気にするな。気になるなら」

「違う。酒だ」

「ああ。人の地とは味が違う。酔い潰れたことはないが」

「そうか」

 信じていなさそうな返事。性分か、面倒見がいいのか。

南竜王なんりゅうおうの竜は純粋な竜しか興味ないのでは」

 炎を放ってきた男がリディスの傍に。

真紅しんくくんはそんな頭がちがちじゃないよ」

 三将唯一の女性が白夜びゃくやの隣に腰を下ろす。隣にいた白亜はくあが少し移動し、女性に場所をゆずる。

 心なし鼻の下が伸びているような。この女性もだが、リディスも胸は大きい。十五のくせに。こう胸の大きい者ばかり見ていると。

真紅しんくくんは柔軟。人の女性を迎えてもいいって」

「なるほど。さらいまくっていれば南竜王なんりゅうおうの評判は」

「おい」

「あははは、言う通り。うちだけいつまでもこだわっても。他の所は迎えているし」

 明るい。ほんのり頬は赤く。酔っている?

「飲んでいるか、東の魔女殿」

 さらに金髪の男が。ラビアの隣に座る。

「あ、真紅しんくくん」

「次の南竜王様だ」

 隣の白夜びゃくやは小声で。

「だから手を抜いた」

 負けたのは南竜王の三将。次期竜王に女性もいる。

「抜いていない。東竜王とうりゅうおう様の所も次代が出ている」

 出ていないのは北竜王ほくりゅうおう西竜王せいりゅうおう

「僕より強いからね」

 白慈はくじは笑い。

「あんたが、東の魔女、ねえ」

 じろじろと。慣れてはいるが。

「西と手を組んだのか」

 からみ酒か。めんどい。

真紅しんく様にはお相手がいるでしょう」

 白慈はくじは笑顔だが、先ほどと違い、少し迫力のある笑顔。

「相手?」

「結婚相手」

 白夜びゃくやが再び小声で。

「つまり、この魔女殿にも相手がいると」

 なぜか白斗はくと白亜はくあ白慈はくじの視線は白夜びゃくやに。

「違います」

 白夜は気持ちのいいくらいはっきりと。

「そうだが。人は眷属けんぞくになるのだったな」

「ああ」

「ふむ。魔法にも似たようなものがあった。自分の所有だとわかるようにするのが」

「……酔っていないか」

「いない。これくらいで酔うか」

「魔女様はザル。酔い潰した男は数知れず」

 黒猫がいつの間にか近くに。

「酔い潰される前に潰した。代金は相手持ち」

 それをいいことに普段は食べられない、飲めない高いものをばんばん頼み。

「何をやっているんだ」

 白夜びゃくやは右手を額にあて。

「この猫は」

「あれの使い魔」

 リディスを見た。北竜王ほくりゅうおう東竜王とうりゅうおうの竜に囲まれ。

「所有といっても居場所がわかるだけ。浮気していてもばれなければ」

「まだ続いていたのか」

 呆れている白夜びゃくやをじっと見た。

「嫌な予感がする。何を考えている」

ためしにかけてみるのも」

「なぜ、俺。他にもいるだろう」

「かけてくれと頼んでくる奴より、嫌がっている奴にかけた方が面白おもしろい」

「面白い、でかけるな」

「ま、飲め」

 真紅しんくという竜はグラスに酒をそそいできた。


「……」

「竜は酒に弱いのか。もっと強いと思っていたが」

 いつの間にか真紅しんくという竜と飲み比べ。その真紅は体がふらふら揺れ、傍の男に支えられている。

「また犠牲がひとり」

 黒猫は呟き。

「大丈夫、なのか」

「何が」

「あれだけ飲んで」

「あのようになっていない。意識はしっかりしている。歩ける」

 指したのは酩酊めいてい状態の真紅しんく

「魔女ってお酒に強いの?」

「どう、だろうな。おばあちゃんは強かった。西の魔女も。魔法使いでも飲めない、弱い者はいる。おかわり」

「やめろ」

 白夜びゃくやにお茶のコップと入れ替えられた。

「で、なんの用だ」

 黒猫を見た。

北竜王ほくりゅうおう様をおそった者について」

 黒猫の目には真剣な光り。

「助かったのか」

「いいえ。わかって言っているでしょう。返された上、魔法がかかっていました。強力な。あれは」

「あの男が考えたものだ。少し手を加えて返してやった。自分で作った魔法なのに解けなかった、か」

 いや、返されると考えていなかった。絶対解かれはしないと。だから解く方法を考えず、さらに強力なものを。

「あれのせいで苦しかったのでしょう。そして、そこを上手く付け入り、そそのされた」

「唆された?」

「ええ。黒ローブの者が突然現れ、こう言ったそうです。竜王の血を手に入れれば、その苦しみから解放され、さらなる力が手に入る」

 その言葉をに受け。北竜王を襲い、手に入れた。それでも返された魔法は生きていた。竜王の血より強力。さすが私。

「黒ローブの者のことは」

「わかりません」

 黒猫は首を左右に振り。

「その男はどうやってここに」

「女性にけて来たそうです」

「……なぜそんなことまでして」

 そんなことまでして来たかった? 自分の力が竜に通用するか試したかった?

「魔女様の言う通り、あの男は手配されていました」

禁呪きんじゅを使って」

「はい。魔法協会の者だったようですが、協会からも魔法書や道具をいくつか盗み」

 ラビアは息を吐き。

「自業自得の最期さいご、か」

「禁呪を使い続け、安らかに眠れると。それに竜の血は劇薬」

 手を振ると、黒猫は主人のもとへ。

「禁呪とは」

「使ってはいけない魔法。人を呪うものが多い。使い続けていれば、本人も気づかないうちにむしばまれる」

 精神だったり、肉体だったり。

 竜の血は劇薬。体に合えばいいが、そうでなければ、命を落とす。

 ふっと小さく笑った。

「何がおかしい」

 白夜びゃくやは眉を寄せ。

「話したから、そそのかした者をさがせ、ということだ」

「捜すのか」

「めんどくさい」

「……」

「用があれば向こうから来る。無駄に体力使うより、来た時、会えば潰せばいい」

「相手が避けそうだな」

「そうだな。それが楽でいいんだが」

 ウンディーネ、サラマンダーを取り込んでいる。シルフ、ノームを狙っているのなら、嫌でもまた会う。

「次は一瞬で消し炭にするか」

「物騒なことをさらりと言うな。酔っているのか」

「しつこい。いない。こんなに飲んだのは久しぶりだが」

「何歳だ。その姿で百を越えて」

「失礼だな。お前こそ酔っているのか。姿も年も誤魔化していない。見たままの年齢だ。長く生きているお前達からしたら二十数年しか生きていない私は子供同然なのだろうが、私からすればお前達は若作りしているジジイ」

 白夜に右頬をつねられた。

「限界量はわかっている。潰れるほど飲まない」

「遠慮しなくても、潰れた者の面倒を見るのは白夜の役目だから」

 白慈はくじが指したのは白斗はくと白亜はくあ。二人ともテーブルにつっぷし。周りを見ると似たようなもの。

死屍累々ししるいるい

「生きている。失礼なことを言うな」

「あはは。そろそろ、お開きになるよ」

 南竜王なんりゅうおうのところの二人も無防備に寝ていたが、一人が女性を先に抱え、どこか、部屋だろう、運び。

「隙だらけ」

「馬鹿を考えるな」

「考えていない。いたとしても酔って覚えていないと言えば」

「おい」

 頭上からかけられた声。見ると、西の魔女の弟子、クファールが。茶色の短い髪を整え、茶色の瞳で冷たく見下ろしている。クファールは弟子の中でも優秀だと。真面目すぎるのが、と話していたような。

「手なら貸さん。自分達でなんとかしろ。できないのなら弟子を全員始末しろ。もしくはおどせ。やった奴の手に負えないのなら、考えなし。余程あれが気に入らないのだろう」

「全員があのかたを認めていないわけではない。一部だ」

「一部、ねえ」

 テーブルに左肘をつき、手の平に顎を乗せる。

「ま、そっちで頑張れ。冷たい、人でなしと思うのなら思え。今さら誰にどう思われようと。未来の西の魔女がいつまで別の魔女に頼っている。それでも魔女といえるのか。話しが通じるかわからんが、北を頼ればどうだ」

「わかって言っているだろう。北の魔女は話すら通じない。すべて拒絶するように暮らしている」

 苛立っているのだろう。表情には出していないが、強く握られている両手は震えている。

「私もそうしたい」

 はあ、と息を吐く。自分のやりたいことだけを。

「そんなことをすれば」

「汚い仕事はすべてそちらに、か。なんだかんだ言いながら、お前達も私にすべて押し付けている。きれいな仕事だけできると」

 クファールは舌打ち。リディスの傍に。

「先に言っておくが、本当のこと。お前達だってそうだろう。竜の中で強いというのなら、色々押し付けられる。嫌だ、できるか、と言えるか」

 何か言いたそうな白夜びゃくやを見た。

「そう、だな」

 なぜか頭を撫でられ。

「私ははっきり言ったが。最終的には受けたな」

「おい」

 白夜は息を吐き、

「片付けるか」

「……片付けの手伝いまでするのか」

 どこまで面倒見がいいのか。それとも片付けが好きなのか。

「違う。白斗はくと白亜はくあを部屋に運ぶ。ここの片付けは東竜王とうりゅうおう様の使用人達がやってくれる。お前も」

「もう少しここに」

「何をするかわからない奴をここに置いていけると」

「観察」

「寝ろ」

「部屋は」

「……」

布団ふとんは早い者勝ち、か」

「ネズミになれ」

白夜びゃくや

 白慈はくじは呆れたように。

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