第8話

 四角く広い庭。整えられてる庭とは違い、庭木、花も植えられていない。殺風景ともいえる。四竜王は東西南北、それぞれにかれ、座している。

 竜王同士の話し合いは昨日おこなわれたらしい。盗み見、盗み聞きしたかった。

 この庭で東西南北の三将が争う。竜王に腕を見せる。

「一対一で戦うのか?」

 一番目は西竜王せいりゅうおうの三将と北竜王ほくりゅうおうの三将。白夜びゃくや達は庭の真ん中に。

「ううん。三対三」

「どうやって負けを決める。相手が降参するまで?」

 白慈はくじの左肩に。

「時間がある。あと竜にならないって決まりも。竜になったら、この一帯は」

「なるほど」

「父上、この者が話していた、西の魔女殿の使いです」

 白慈はくじは左肩を指し。

 年は五十代ほど、に見える。隣にはフォディーナ。

「白慈から色々聞いている」

 何を話しているのか。

東竜王とうりゅうおうにも協力するとか」

「ようだな。その話は聞いていない」

派閥はばつでもあるの?」

「ある、な。誰につけば得か」

「君の派閥、もしくはどこかの派閥に」

「ない」

「ああ、始まるね。人の姿で応援したら」

「喜ぶか? 気が散りそうだが」

「うん。他の竜の気が散る」

「……」

 笑顔でそんなことを。

白慈はくじ」とフォディーナは注意するように。

「それならわからないよう、魔法で邪魔できるが」

「やる気ないでしょ」

 頷いた。

「あの女が応援すれば喜ぶのでは」

 指したのは南。

「戦う相手を応援してどうするの」

 白慈はくじは呆れたように。

「始まりますよ」

 フォディーナの言葉通り、白夜びゃくや達は剣や槍を構え。

「あれは刃をつぶしているのか」

「ううん、本物」

 白慈はくじは軽く。

「大丈夫。怪我はするけど、大怪我まではいかないし、竜王達が見ているのに、とどめを刺すのは」

「……」

 笑顔でさらりと。


 白夜びゃくや達の試合が終わり、別の試合が始まると、白夜達は真剣に見ている。時には思ったことを口に。

 ラビアも見ていたが、きた。小さなあくびをして、屋敷の中を見て回るのも、と考え、

「ん?」

 反対側の屋根に何か。たずねる前、考えるより先に体が動いた。


「竜ってひまなのかな? それとも自分達が一番だと思い込んでいる?」

 くすくすと笑う声。

「それなら、お前達は竜ではないのか」

 屋根にいるのは二人。一人は真っ黒なローブを頭からかぶり、顔は見えない。一人は何もかぶらず。二十歳ほどの若い男。真っ白の長い髪を一つに結んでいる。右は赤、左は青の色違いの瞳。

「君は?」

 若い男は無邪気な笑顔で首を傾げている。

「人に名前をたずねる時は自分から名乗れと教わらなかったか」

「うん」

 悪意のない笑顔。

「そうか。それで、ここで何をしている」

「何をしていると思う」

 笑顔で向かってきた。



 隠しもせず舌打ち。他の者も同じ気持ちだろう。

 竜王様の傍に一人残し、それぞれ剣、槍、拳を振っていた。

 東竜王とうりゅうおう南竜王なんりゅうおうの三将の試合を見ていると、突然、北竜王ほくりゅうおう様の部屋から男が飛び出してきた。

「北竜王様がその男に襲われた!」

 耳を疑う言葉。白夜びゃくや達から北竜王様の部屋は見えない。しかし、三将の「北竜王様! 」という叫び声は聞こえてくる。

 試合していた三将は、飛び出してきた男を囲む。男は笑っている。狂ったように。

「苦しくない、苦しくない、苦しくない。これが竜の血」

 苦しくない? 竜の血? よく見ると男の口周りは赤く汚れて。

「まさか」

 北竜王様が襲われ、襲った男の口周りは赤い。瞳は黒。竜ではない。その黒い瞳で周りを見て、

「まだ、竜がいる」

 歪んだ笑み。

白夜びゃくや白斗はくと

「ああ」

「わかっています。ここは任せても」

 白夜、白亜はくあは剣を持ち、庭に。白斗はくと西竜王せいりゅうおう様の傍、護衛。

 男は細い。東竜王と南竜王の三将が囲んでいても、北竜王様を襲った。不意打ち、だろう。北竜王の三将は北竜王様の傍。南、東も一人を竜王様の傍に。

 男の体が爆発、したように見えた。実際爆発しておらず、男の体から、無数の黒い蛇が。太いものもいれば、小さなものも。

 向かってくる蛇を持っている剣で斬る。斬って、次の蛇を斬る。その次と斬っていた。いたが、蛇は減らない。どころか、斬ったところから再び蛇の頭が。

「なんなのこれ。きりがないよぉ~」

 東西南北の三将で唯一の女性、あかねが。

「大丈夫か!」

 見ると、東竜王の三将の一人が蛇にみつかれたようだ。左上腕を押さえ。あれは純粋な竜。

 さらに蛇は太く、数も増え。一人が竜に姿を変えたが、無数の蛇にからみつかれ。さらには人の姿で戦っている竜の邪魔にも。

 南の真紅しんく、東の竜、白亜はくあも、竜の姿に迷惑している。下手へたすれば竜王様のいる部屋を壊す可能性も。いつの間にか北竜王の三将の二人も加わり。

「本体を叩く。手伝え!」

 真紅しんくは叫び。

 そうすることが早い。命令口調は気に入らないが。

 炎、水、風、土が舞う。しかし、周りの蛇を倒しても再生が早い。

「ちっ、竜の回復力か」

 誰かが。

 人の身になっても頑丈だ。しかも回復は早い。ラビアに言わせれば、これも魔力のおかげ。魔法使いは治癒魔法というものを使い、傷を癒すが、竜はその魔力で、自動回復? しているのでは、と。その竜の血を取り込んだから、回復が早いのか。

 そのネズミは大人しくしているのか。

 これを起こしているのは人間。ここに入れる者は限られている。だから油断していた。

「うわっ」

「今度はなんだ」

 襲ってくる蛇を斬る、かわしながら。竜になった者は不利をさとり、人の姿に。だが、蛇にあちこちみつかれ、おおわれ。仲間が助けるべく蛇を斬っている。

「男がふってきた」

「はあ?」

「こっちは女」

「はあ?」

「ちっ、俺もそっちが」

真紅しんくくん!」

 白夜びゃくやは舌打ち。次から次へと、何が起こっている。

「……ラビア?」

 ラビアは細い、華奢きゃしゃともいえる剣を片手に持ち、男と刃を合わせている。男の持つ剣が頑丈そうに見える。それでもラビアの持つ剣は折れることなく、激しく打ち合い。竜、三将の試合におとっていない。

 蛇はラビアにも襲い掛かり。だが触れる前にばらばらに。

 ラビアは小さく舌打ち。男は笑顔で剣を繰り出し。さらに、

退くぞ! その女に関わるな!」

 新たな者が。声は男だが、頭から黒いローブをかぶっており、はっきりわからない。

「ええ~、なんでぇ」

 ラビアに剣を振っている男は笑いながら軽く。

「いいから、退くぞ!」

 黒ローブの者は必死。

「これもいるし、この程度なら」

 指しているのは蛇達。

「その女は本気を出していない! 出されれば」

 本気を出していない? 確かにラビアは涼しい顔。周囲の温度も下がったような。ではなく、蛇が凍りついていく。

 あれだけ苦戦していた。はしから本体である男に向かい凍りついて。

「う、そだろ」

 三将達は驚き。

「へえ、すごいすごい」

 男はラビアと距離を取り、手を叩いて。

「すごいね、君。君も竜? あ、竜は金の瞳、だっけ。精霊? ハーフ? まさか魔族?」

「そういうお前は」

 冷静。いや、冷たい声。今まで聞いた覚えはない。

「聞いているのは、ぼくなんだけど」

 離れている黒ローブの者は盛大な舌打ち。

「退くぞ。その女にかまうな!」

「ええ~、もっと遊びたいよ」

 男は子供のように頬をふくらませ。

「そんなに言うってことは、この子のこと知っているの?」

「その女は」

 しぼりだすように。

 三将達は動かず。しかし警戒はおこたらず、静かに状況を見ている。

「その女は、東の魔女。最強の魔女だ」

 苦々しく。

 全員の視線がラビアに。おそらく竜王様達も。

 注目をびている本人は動じもしない。男を見ている。

「最強? 最強なの、彼女が」

 男は興味津々といった様子で見ている。

「そうだ。最も強い魔女。なぜここにいるか知らないが、我々の力では。わかったのなら、退くぞ!」

 最強の魔女。東の魔女についてはこちらでも聞いている、届いてきている。

 西の魔女の孫がいる東竜王とうりゅうおうの部屋を見ると、孫は廊下に出て、笑顔。傍にいる三人は下がらせようと。三人とも表情はかたい。

「へぇ~、ふうん。最強、ね。だったら、これを受けたらどうなるかな」

 男が剣を持っている右手を上げる。その腕、手、剣に炎が。渦巻うずまくように。

「っ」

 息をんだのは誰か。竜の操る炎に劣っていない威力いりょく

「行くよ」

 男は剣をラビアに向けて振り下ろす。炎はラビアに向かい。

 あかねの悲鳴。目をらす者、じっと見る者。白夜びゃくやは見ていた。

 炎がラビアを襲う、包む。

「ねえねえ、これでぼくが勝ったら、ぼくが最強」

 子供のように無邪気に。

「馬鹿を言うな。退くぞ」

「ええ~、だってあの炎は」

「サラマンダーの炎、か」

 女の声が響く。炎はラビアの周囲を渦巻き。服、髪の一本すら燃えていない。

「まじか」

 誰の呟きか。

 炎を放った男は目を見開いている。

「返すぞ」

 言葉通り、炎は竜、蛇のように男へと向かう。

「えっ」

 反応が遅れ、炎が男を襲う。

「ウンディーネの力を使え!」

 黒ローブの者は叫びながらも、大量の水を出し。あれも魔法だろう。詳しくはわからない。

 返ってきた炎にぶつけるが、炎の勢いは弱まらず。

 炎が落ち着くと、男はその場に座り込み。あれだけの炎を受けたのに生きて。無傷ではなく大火傷を負っている。

 ラビアが男に近づいていく。

「あ、れ」

 男は不思議そうな声。よく見ると、両手が震えている。なぜ震えているのか、わかっていないのか。

「サラマンダー、ウンディーネ、ノーム。お前達、何をやっている」

 りんとした冷たい声。

 男はさらに震え。

「まさか、東の魔女殿がいるとは」

 突然、ラビアの背後に黒いよろいに身を包んだ者が。顔もかぶとによりおおわれている。

 間近から振られる剣。しかし、ラビアの姿はその場から消え、離れた場所に現れる。

「それが恐怖だ」

「恐怖」

 座り込んでいる男は繰り返し、よろいの者を見上げ。

「今は勝てない。退け」

 黒ローブの者が座り込んでいる男の傍に。ラビアは左腕を真横に振る。

 風を切る音。凍っている蛇が見えない何かにけずられ。

 鎧の者は剣を持っていない左手を前に。

「さすが、東の魔女殿。完全には防げなかったか」

 ラビアは白夜達の目には見えない魔法を放った。相手は何かして防いだのだろうが、何をして防いだのかわからない。前に出していた左手の鎧の一部は壊れ。そして、男と黒ローブの者がいない。見回すが、どこにもいない。

「七十点」

 ラビアは小さく息を吐き、長い髪を払っている。こんな場だが、彼女の周りだけ空気が違う、絵になるような景色。

「上手く気を引き、あの二人を逃した。突然背後に現れたこと、自分の有利になるよう空間を作った」

「手厳しい。私としては九十点なのですが」

「それなら、そこから出られれば、百点をくれてやる」

「出る?」

「お前の周りに空間を作った。そこから出られれば百点だ」

「ほう。一瞬で、気づかれず作り上げるとは」

 空間?

「ああ、それはおまけだ。せいぜい頑張れ」

 ラビアはひらひらと手を振り。

 白夜びゃくやこぶしほどの黒いたまよろいの者の傍に。現れたと思えば、ねる。さらにどこかに跳ね返り、鎧の者の周りを。

 つまり、あの跳ね返っている場所が空間、とかいうもの。

 黒い球は当たると鎧をけずり。鎧の者も黒い球を斬ろうと剣を振る。

「で、お前はいつまでそうしている」

 ラビアは腕を組み、地面を見て。

「そうか、永眠させてほしいか」

「待てぃ」

 地面から声。いや地面と同じ色をした何かが。

「ワタシ、ノーム。とっても偉い精霊。土の精霊のトップ。とっても偉い」

「その偉い精霊が何をしている」

「……」

 冷たい目と声。ここからでは何と話しているかは。しかし本人の言葉では土の精霊ノーム。

「お、お前こそ、何している。あれ、あれ、瞬殺できるだろう」

 ラビアが見たのは鎧の者。

「いたぶる趣味はない。やるなら苦しまず、瞬殺。聞いて正直に話さないだろう。だったら、弱らせて。って話をらすな」

 地面へと視線を戻す。

「で、なぜここにいる。まあ、話さなくても予想はできる。間抜まぬけして捕まり、いいように力を使われていた、か。間抜け」

「ま、まぬけ、まぬけ言うな! 何度も言うが、ワタシはとっても偉い、土の精霊ノーム」

「ほぉう」

「……」

 ラビアのさらに冷たい視線。偉いと言うが、負けているような。

「これもどうにかしないと」

 見たのは広範囲で凍りついている蛇。

 ラビアが軽く剣を振ると、亀裂きれつが入り、そこから崩れていく。

「だ、大丈夫なの」

 あかね真紅しんくの傍に。竜の血の回復力でまた襲い掛かってこられては。

「サラマンダーとウンディーネは、あれに取り込まれているんだな」

「あ、ああ。ワタシが取り込まれた時、ウンディーネの力を使っていた。その後サラマンダーを取り込んだのだろう」

「ウンディーネとお前は人に友好的だからな。そこをつかれたか」

 ラビアは顎に左手をあて。白夜びゃくや達は崩れた氷を警戒して。

「シルフは」

「家に来た」

「はぁぁ! あいつぅ、ひとりだけ安全な場所にぃ」

「警戒心が強かったのだろう。さて」

 右手に剣、左手は細い腰にあて、よろいの者を見る。

「お前達は何者だ。答えたら見逃さんこともない」

「はあ! あいつらは北竜王ほくりゅうおうを傷つけた」

 真紅しんくが叫ぶ。

「傷つけたのは、それだろう」

 剣でしたのは、凍らされていた男。地面に倒れ、動かない。

「まあ、何かした、中に入れたのはこいつらだろうが」

 鎧の者へと視線を戻す。

「まったく、貴女あなたがここにいたのは誤算でしたよ。東の魔女殿」

 よろいの者は球をかわし続け。

「運がなかっただけだろう」

「貴女に、ここを落とさせればよかった」

「んなこと、できるわけ」

「できる。お前達、竜が知らないだけ。東の魔女殿の実力を」

 声を低く、冷たくし、真紅しんくを見た。

「それをやれば私は竜から罪人扱いされるな。下には町もある。人からも」

 ラビアは小さく肩をすくめ。

「はぐらかさず、教えてもらおう。あの男はなんだ」

「さあ、なんでしょうね」

 よろいにひびが入る。黒いたまは当たっていないのに。腕、足、胴が太く、長く。鎧は壊れ、地面に落ちて。

「……」

 全員が注目。そこにいたのは、金色の竜。透明なおりに入れられているよう、長い体はある一定の所からはみ出さず。

「おい」

 声もなく、金色の竜を見て。

「おい!」

 その声に全員がはっとする。

「あれはお前達の仲間か」

 金色の竜は暴れ。

「い、や。あんな竜は」

「違うんだな」

「……」

 目は金色の竜に釘付くぎづけ。

「どっちなんだ、はっきりしろ」

「仲間ではない」

 りんとした声が響く。

「あれは我らの仲間ではない」

 西竜王せいりゅうおう様ははっきり。

「ああ」

 南竜王なんりゅうおう様もしっかり頷いている。

 つまり、倒せと。

 意味を理解した南竜王の二将も剣を構え直す。

「あの男、お前が逃した、サラマンダーとウンディーネを取り込んだ男は何者だ」

 金色の竜は答えず、暴れ。

「そうか。答えてくれなくとも、方法はある」

 暴れる幅がせまくなったような。ようなではなく、狭くなっている。ゆっくりと。金色の竜は窮屈きゅうくつそうに。ラビアに向かいえ。さらには炎が現れ、ラビアを襲う。

「空間越しに炎を出した、か」

 剣を振ると、炎は真っ二つ。

「ここの竜とは関係ないようだし、ためさせてもらうか。ああ、それと、六十点だ。空間を越えて炎を出したのはよかったが、空間自体壊せていないから、な」

 剣を構え、振る。ただそれだけなのに、金色の竜は吹き飛び。

「……」

 細い腕、細い剣であそこまで吹き飛ぶものなのか。硬いうろこに護られているのに。長い胴の一部は斬られ。

「ふむ。なかなかの剣だな。竜を傷つけられた」

「いや、お前なら魔法で瞬殺」

 左肩に茶色の毛をした小動物が。

「聞きたいことがあると言った。瞬殺したらできないだろう」

 余裕の足取りで金色の竜に近づいていく。

 竜は頭を上げ。

 いくつもの雷が突然降ってくる。

「っ」

 眼前は真っ白に。

 雷も落ち着き、視界もはっきり。

「逃げられた、か」

 ラビアの言う通り、金色の竜の姿はない。地面はあちこち焦げ、氷の欠片が散らばっている。建物のはし、庭に面する廊下は所々壊れ。それぞれ竜王様に声をかけている。

 白夜びゃくやは西竜王様のいる部屋を見る。白斗はくとはしっかり頷き。次いでラビアを見た。

「あ、たす、け」

 凍らされ、倒れている男が手を伸ばしている。肩の小動物は背中側に下り。

 ラビアは冷たい一瞥いちべつ

 東竜王とうりゅうおう様の部屋から男が出て、倒れている、手を伸ばしている男の傍に膝をつく。遅れて女性も傍に。

「東の魔女様は見向きもしないって、か」

 若い、人の年でいえば十代後半の女性が、去ろうとしていたラビアの背に向け。小動物は前面に移動している。

「やめろ」

「だって本当のことじゃないですか。確かに、この場は乱しましたけど。そいつだって理由が」

「やめろ!」

「やめなさい!」

 倒れている男を診ている男と廊下に出てきた女性が叫んでいる。ラビアは小さく笑って。

「何が、おかしい」

 女性はむっと。

「その男は純粋な竜の子供、しかも女の子に苦しむ魔法、呪いをかけた。いくつも」

 他の三将も反応。

「それだけではないだろう。竜の子供だけでなく、動物、人にも。今まで何人かけた。かけた者も同じように助けを求めたのでは。助けたか? それとも自分だけ助かろうと。ああ、竜の子供が嘘だと思うのなら、聞いてみればいい。あちこちの医師に診てもらったそうだ」

 あの親子。娘は半年寝たきり。せ細り。両親も憔悴しょうすいしきって。

 父親は日に日に回復していく娘の報告を、嬉しそうに。

「フィリ」

 女性の名前だろう。男は注意するように呼び。呼ばれた女性は唇をみ、ラビアを睨んで。

「治して、さばく? 北竜王ほくりゅうおうも襲っておいて。ひどいのはどちらだ」

 ラビアは馬鹿にしたように。

「東の魔女様」

 廊下にいた女性も庭に出てくる。こちらは二十代後半から三十代前半に見える。西の魔女の孫も出てくる。孫は笑顔で。

「いらしていたのですね」

「西の魔女に頼まれた」

 小動物は背中に移動。ぶら下がり。

「おばあちゃんに」

「西の魔女様に」

「お前らが来るのなら、断ればよかった」

 小さく息を吐き。

「どのような」

「娘が竜にさらわれた。その娘を取り返してくれ、というもの。調べてみたが、年頃の娘が行方不明になっているな」

「……」

「ああ、依頼されていた娘は見つけて帰した。他にも何人か。だが一ヶ所だけ。他はどうなっているか」

 意地の悪い笑み。

 わかって言っている。東西南北の竜王様がそろっている。そんなことを言えば。

「東の」

「おい」

 治療していた男を押しのけ、

「魔女ぉ!」

 倒れている男が右手を突き出すと、真っ黒い大蛇が現れ。

「リディス様!」

 押しのけられた男がラビア、いや西の魔女の孫を見て。傍にいる女性も孫をかばうように。ラビアは小さく笑い。

 大蛇はラビアの周りをくるりと回ると、姿を狼に変え、放った男に向かい牙をむく。

 治療していた男は舌打ち。傍にいた女性の手を引き、離れる。狼は男の右肩にみつき。

「し、師匠」

 女性は男にしがみつくように。

「返したんだ」

「返した?」

魔法呪いを返した。力量も考えず」

 男は苦々しげに。

「さすが東の魔女」

 冷たい目、嫌悪の目で見ている。

「大事な未来の魔女を巻き添えにしてもよかったのか」

 ラビアは勝ち誇った、馬鹿にした目。

「とはいえ、何を護っているのやら」

「なん、だと」

 男の傍にいる女性は眉を吊り上げ。

「そう言うのなら、これが見えているのだろうな、当然」

 ラビアが指したのは孫。

「はあ、あんたこそ何を言っている」

 女性はいぶかしそうに。

「フィリ」

 傍の男は女性の右肩に手を置き。フィリ、というのが女性の名前か。

「っ、だって、そうでしょう、師匠」

 男は女性、フィリの師、のようだ。茶色の髪と同じ色の鋭い目。三十代半ば、に見える。

「やめろ。お前の勝てる相手じゃない」

「でも、師匠だって気に食わないでしょう。あの女は」

「やめなさい!」

 ラビア、孫の傍にいる女性が怒鳴る。

「好きに言わせればいいじゃないか。それだけあれらの目が節穴なのだろう」

「なっ!」

「やめろ」

 師は弟子を止め。

「魔女様」

 傍の女性は困ったように。

「何が、見えている。お前の目には、何が映っている」

「師匠!」

「認めるのか」

 男は歯がみして「ああ」と頷き、孫の傍にいる女性も「私からもお願いします」と頭を下げている。

 ラビアが指を鳴らす。

「へ?」

 孫の間の抜けた声。傍の女性は息をみ、離れる。あかねは小さな悲鳴をあげ。師弟も息を呑み、愕然がくぜん

「え~と、あの、いきなり暗くなったんですけど」

 孫ののんびりとした声。

 その彼女の周りにはよくわからないものが。蛇、きつねに似たものもいれば、大きな蜘蛛くも蟷螂かまきりのようなものが、彼女をおおうように。

「あの~」

 あんなものに囲まれて、よく平気で。

 再び指を鳴らす音。孫を覆っていたものは消え。いや、可視化した。他の者にも見えるように。見えなくなっただけで、彼女の周りには。

「で、お前達は何から誰を護っている。それとも竜になすりつける、肩代わりさせるか。そのために手を組んだ?」

「な、に、を、何を言っている! お前が作った幻かもしれないだろ!」

 弟子は叫び。ラビアはわざとらしく目を丸くし、小さく笑う。

「何がおかしい」

「フィリ、黙っていろ」

「でも、師匠」

「黙っていろ。これ以上節穴だと言われたくなければ」

「幻と本物の区別もつかないのか」

 呆れたラビアの声。

「魔女様」

 傍の女性も呆れ半分。もう半分はおそれ、か。

「偉そうに言うのなら、わかっていたのだろう。なんとかできるのだろう。それとも」

 馬鹿にした目。

「フィリ」

 師は弟子を止めている。

「ああ、わかっていた! わたし達でなんとかする!」

 ラビアは笑い。師は弟子を叩き、ラビアと孫の傍にいる女性は顔を手で覆っている。

「この、馬鹿が!」

「だって師匠」

「これで東の魔女の手は借りられない。あれをお前が、俺達がなんとかしなければならなくなった」

「は? でもあれくらい」

 ラビアは肩を小さく震わせ、笑い続けている。

「本当に見えているか、あれが。そして誰がやっているのか、わかっているか」

「っ」

「その女がやると言ったんだ。そちらがやるしかない。たとえ同じ弟子がやっているのだとしても」

 弟子は歯がみ。

「東の魔女。こっちでも聞いている」

真紅しんくくん?」

「最強の魔女。どれほどの腕か」

 真紅がちらりと見たのは北竜王の三将の一人。ラビアを挟む形。いや東西南北、囲む形。

真紅しんくくん」

黒陽こくひ

 剣を構え、二人が動く。

「っ」

 いきなり体が重く。地面に。

「魔女様!」

 女性の叫び声。

「手を出してきたのは向こうだ。私は身を護っただけ」

「って、なんで、あたしまでぇ~」

 あかねの苦しそうな声。

 顔を上げると、庭にいる三将、全員が地面に。立っているのは師弟、孫、女性、ラビア。

「連帯責任」

「なんで、俺まで」

 白夜びゃくやは、ぼそっと。

 真紅しんくは文句を叫んで。

「まだ元気そうだな。もっと重さを加えるか」

 さらに体が重く。茜は悲鳴をあげ、

「真紅くんのばかぁ~、あやまれぇ~」

「魔女様!」

「おい、やめろ!」

 それぞれが声をあげていた。

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