第7話

 竜の棲む地に山はなく、たいら。森や湖はある、らしい。行ったことがないので聞いただけ。

 他の竜の棲む地に移動する時は竜になり。なれない者はその背に乗って。

 雲海うんかい。その名の通り、雲の海を竜の背に乗り、東竜王とうりゅうおうの治める地に。

 白夜びゃくやは上司の白斗はくと、という竜の背に乗り。ネズミ姿のラビアは白夜の荷物に押し込まれ。渡るところを見たかったので、荷物から顔だけ出し、景色を見ていた。といっても雲で周囲は白い。しかも飛んでいる竜も白。

 西竜王せいりゅうおうの妻は西竜王の背に。その傍を息子の白慈はくじが。両脇を白斗と白亜はくあという竜が。

 白斗、白亜、白夜が三将だと。

 白慈によれば「白夜は竜にはなれない、風は操れないけど、それ以外は竜と同じだよ。竜になれる者が風を操れるんだけど」と。礼を言いに行った時に。

 西竜王は白のうろこ、風を操り、東竜王とうりゅうおうは青の鱗、土を操る。南竜王なんりゅうおうは赤い鱗で炎。北竜王ほくりゅうおうは黒の鱗で水だと以前。

「南竜王と北竜王の所の竜が結婚すると、どうなる。鱗はまだらか? 炎と水を操れる?」

 さして興味はなかったが、たずねたことがあった。

「力の強い方。大抵は父親の力を受け継ぐ」

「ふうん。まだらとか半分赤、半分黒というのも面白おもしろいが」

 東竜王の治める地に近くなれば、青い鱗の竜が案内するように先を。その後をついていく。

 どこかに下りると、人の姿に。同じく人の姿になった西竜王と話している。

「運ぶのなら男より女性が」

 白斗はくとは肩をみながらぼやいていた。

「奥方は」

「あんなものを見て、何が楽しいのかって。息子と留守番。土産みやげよろしくって。息子は息子で勝ってこいと」

 小さく肩をすくめている。

 荷物から出て、白夜の首の後ろ、髪に隠れるように。

「オレよりお前だろ」

 白夜びゃくやの肩を叩いている。

「そうそう」

 白亜はくあという男も頷き。こちらも白夜と同じ二十代に見えるが、白夜より年上、だそうだ。

「何が、です」

「せっかくできた嫁候補にいいところ見せられなくて」

 嫁候補。小さな耳をぴくりと。

「かなりの美人みたいだな。俺も一度見たが、顔はよく見えなかった」

 予想はつくが、誰のことだと、白夜びゃくやの髪を強く引いた。

「違います」

「連れてこられ、残った娘にも気に入られたんだろ。一緒にいるところは何度か」

「三人とも、行くよ」

 白慈はくじが声をかけ、歩き出す。

 歩き出しても白夜は西竜王せいりゅうおうにまでからかわれ。

 白慈は、雰囲気は母親に似ているが、白銀の髪は父親である西竜王と同じ。息子は細身だが、父親はがっしりした体格。

 髪の隙間から周りを見ていた。西竜王の屋敷のように広い。庭も整えられ。

 白夜びゃくや達は話しながら歩いていたが、その歩みが止まる。話しも。

「これは、西竜王様。お久しぶりです」

 そんな言葉。前方を見ると、男二人と女三人が。見覚えのある顔が何人か。

 挨拶してきた男が西竜王と話し、残りは立って。

「こちらは西の魔女様です」

 西竜王と話していた男が自慢げに。

「いえ、西の魔女はおばあ、祖母で、わたしは、まだ」

 桃色の長い髪が首を振るたびに揺れ。

「西の魔女」

 西竜王せいりゅうおうの妻はじっと見て。

「そういえば、奥方は西の魔女殿の血を引いているとか」

 紹介した男が西竜王の妻を見る。

「暴れる竜にささげられた、魔女候補から脱落した魔法使い」

「クファール!」

 魔女の孫は注意するように。

「本当のこと。捧げられた当初は竜により西の地は護られていたが、最近は」

 クファールと呼ばれた男は平然と。

「それは失礼。また護れと」

 西竜王は妻の肩を抱き、笑顔で。

「大丈夫です。我々が西の魔女殿に協力します」

「協力?」

「ええ。我々が西の魔女殿の住む一帯を護ります。西の魔女殿にはこちらに協力を」

「協力といっても、魔力の使い方を教えるだけ。竜と人の子の中には上手く魔力を発散できずにいる子供がいるようだからな」

「クファール殿」

 男は注意するように。

「それなら、知っているよ。うちにも西の魔女から頼まれごとをされたって者が来ていて、教えてくれた。魔法まで教えてくれて」

 白慈はくじはにこにこと。注意していた男は孫とクファールを見た。

「うちの次はそちらですか。その子をそちらの竜にとつがせ、護る、と」

 怒っている、のか。白慈の声と表情は穏やかだが。

「未来の西の魔女を竜に嫁がせるわけない」

 クファールははっきり。しかし男は何も言わない。

「もてもて、だな」

 小さく、聞こえないように。

「お、西竜王様ご一行じゃないか」

 孫、男達の背後から、にぎやかな声。

 こっそり見ると、褐色かっしょくの肌に金髪の男が。背後に二人連れて。

「もしかして、これが西の魔女、か。連れて回って、自慢しているって」

真紅しんくくん」

 女性の声。

「あ、白慈はくじくん、白夜びゃくやくん、久しぶり~」

 さらに親しそうに。

東竜王とうりゅうおうはとうとう魔女ってやつに頼るようになったか」

 真紅と呼ばれた男は長身を折り、孫を不躾ぶしつけに見ている。

 クファールと女二人がその視線から護るように。

「魔女っていうから、どんな年寄りかと思えば」

 男は笑い。

「ふうん。これが魔女」と遠慮なく見続けている。

 傍にいる二人、女性は「ごめんね」と可愛く手を合わせ、男性は「申し訳ありません」と頭を下げて。

 西竜王が進むと、従うように他の者も進む。残っている者はにぎやかに。

 声が完全に聞こえなくなった、離れた場所まで来て、

「よく我慢したな、白夜びゃくや

 白斗はくとが白夜の肩を叩いている。

「お前のことだから白慈はくじ様と一緒になって何か言うかと」

「言いたかったですけど」

「けど」

「いえ」

 歯切れが悪い。


 用意された部屋、それぞれ一室。ふすまで仕切られ、隣同士の部屋。襖を開ける、はずせば大部屋に。

 荷物を置き、部屋の前、広い庭で三人は剣、槍を合わせていた。

「御前試合は明後日。今日、明日は自由」

 日当たりの良い廊下で整えられた庭を見ていた。へいは屋敷を囲んでいるのだろう。その塀近くには背の低い木が。根元にはさらに低い庭木や花、石が置かれ。

「あの三人は最終調整、かな? やらなくていいのに」

 白夜びゃくや達から見れば白慈はくじが白夜達を見ているようにしか。いや、竜の視力なら、この小さなネズミでも。

「余裕で勝てる? それとも負けてもいいと」

「負けて悔しいのはあの三人。父上の面子めんつもあるけど」

 その西竜王せいりゅうおうは廊下側のふすまを開け、部屋から三人を見ながらお茶を飲み、くつろいでいる。

「やっぱりついて来ていた」

「……」

 白慈はくじは笑い。

「連れてこられた娘の中から嫁候補でも見つけたのか」

「そう、だね。見つけたというか、気に入られたというか。いている? 容姿は君が完全に勝っているよ」

「まったく妬いていないが、悪かったな、こんな性格で」

 白慈はくじは楽しそうに笑い。

白夜びゃくやが、ね」

「好みでない?」

 小さく首を傾げた。

「白夜はね、母上に拾われたんだ」

「は?」

 笑顔を崩さす。

「御殿の門前にいた。赤ん坊の白夜びゃくやがね」

「……そんな話をしていいのか」

「僕とは同い年だけど、白夜が数ヶ月上。一緒に育ったようなもの。名前は父上がつけた」

「おい」

 話を進めていく。

「御殿につとめている誰かの子供か、と言われていたけど。両親は名乗り出なかった。もしかしたら、御殿に勤めている誰かに拾われれば、いい暮らしができると思って、置いていったのかもしれない。その後、似た考えの者が幼い子を置いていこうとしていたから、一日中、門前に見張りを置くことに」

「人は、眷属けんぞくになると言っていたな。竜同士は関係ないのか」

「ないよ。だから、こっそり人の女性を眷属にして、別邸に住まわせる、なんてことも」

「……」

 白慈はくじは苦笑。

「三将になれたのだって実力なのに。母上がえこひいきした、とかなんとか。父上がそんなことで決めはしないのに」

 今度は馬鹿にしたように。

白夜びゃくやは母上が理想の女性なんだ」

「理想、高くないか? あの人がどんな人か詳しく知らないが」

「だから、さっき西の魔女の孫、だっけ。あの子の傍にいた男に色々言われていた時、白夜も言うと思っていたんだけど」

 やはり、白慈はくじはあの時怒っていたのか。

「あれは何か言わないと済まない性格だ。気にするな、と言っても無理だろうが、聞き流すことをすすめる」

「同じ弟子?」

「同じじゃない。私はあの男に嫌われている。好かれたくもないが」

 んべ、と小さく舌を出す。

「西の魔女殿の所も色々あるのか」

「大勢いるからな。あの男の隣にいた女は知らないが、弟子の一人だろう。もう一人いた女は魔法協会の者だ。西の魔女も弟子をつける、協会の者がついていくと。あ、嫁にはやらん、とはっきり言っていた」

「そう」

「孫はやらんが弟子の中から、はあるかも、な。詳しくは聞いていない」

「嫌われているのなら、君を差し出す、なんて」

「それはない」

「はっきり言うね。それだけ西の魔女が信頼しているのか、魔女を信頼しているのか」

「それより」

「それより?」

「外に出ていいか」

「明日、白夜びゃくやに案内してもらえばいいよ」

 白慈はくじは笑顔で。

 こうして色々押し付けられているのか。


「あの子は、大丈夫なのか」

「あの子?」

 布団に横になっている白夜びゃくやはそんなことを。ラビアは枕元まくらもとでショールに包まれていた。

「西の魔女の孫、か。あの子の周りにも以前見た、黒いもやのようなものが」

「見えたのか。目がいいな。それで黙っていたのか」

「黙っていた?」

「フォディーナにいちゃもんつけていた男がいただろう。白慈はくじはお前も文句を言うと」

「フォディーナ様。言われていい気はしないが。それよりも」

「気になった、か」

「気になった、というか驚いたというか。顔もよく見えなかった。全体をおおうように。近づいてこられたら、どう説明して、あの場を離れようと。周りは誰も気づいて」

「いないから騒がない。いたら騒いでなんとかしている」

「本人も、気づいていない?」

「かけられているのは気づいている。見えていないだけ」

「だけって、大丈夫なのか」

 白夜はうつぶせから、肘をつき、少し上体を上げる。

「さあ」

「……」

「前に見た時より増えていたな」

「……」

「本人がぴんぴんしているから、大丈夫だろう」

「無責任」

「うるさい。何から何まで面倒見られるか。傍にいる奴が見ろ」

 短い手を伸ばし、白夜の長い髪を一房掴んで引っ張った。

「それより明日は案内してくれるんだろうな」

「? なんのことだ」

「外に出ていいのだろう。白慈はくじがお前に案内してもらえばいいと」

「白慈ぃ」

 なぜか声を低く。

「忙しいのか。それなら一人で」

「案内するから、大人しくしていろ」

「大人しくしている。ここに来て、何もしていない。もしかして、親しくしていた女と約束でもあるのか。それなら」

「親しくしていた女?」

「名前を呼ばれて、鼻の下を伸ばして」

「いない」

「残った女にも気に入られたと」

「……いない」

 ぼそっと。

「ん?」

「いない。その娘は他にも付き合っている。というか一緒に出かけている男がいる」

 二股? 白夜びゃくやは枕に顔を。

「何度か見たが、見るたびに違う男と」

 何股している。条件のいいおとこさがしているのか?

 白夜は息を吐き。

「今まで誰かと付き合ったことは」

「……ない」

 小さく返され。

「お前、何歳だ」

 まさか、数十年、数百年、恋人なし。人の機関からも竜に紹介している。それとも。

「何か失礼なこと考えてないか」

「お前の理想はフォディーナ様だと。年上好き。まさか西竜王せいりゅうおうから奪おうと」

「馬鹿言うな。そう言うお前は、前にいないと言っていたな」

「そのうちいい女が見つかる。頑張れ」

 髪を軽く引っ張る。

「……見つかっても、俺には、俺だけじゃない、半端はんぱものには眷属けんぞくにする力はない。できるのは純粋な竜だけ」

 共に老いることはできない。眷族にできるのは純粋な竜だけだと、あの女も言っていた。

「子供の面倒をかいがいしく見る姿が簡単に予想できる」

 たとえ、妻に先立たれても子供がいれば、その子供の面倒を。

「明日、外を歩きたいんだろ。寝ろ。それと、今日会った女性は純粋な竜。南竜王なんりゅうおう様のところの三将だ。俺など相手にされない」

「三将とは強いのだろ」

 ちらりとしか見なかったが、小柄だったような。

「彼女は強い」

 今までの口調とは違い、しっかりしている。

「ま、色々頑張れ。なんなら西の魔女の所から、れ薬を取ってきてやる」

「やるな。寝ろ」

 ショールを乱暴にかぶせられた。


「あまり変わらないな。味付けは少々違うが。建物も、服も、食べ物も」

 あの屋敷は御前試合の時に使う、東竜王とうりゅうおうの別邸のようなものだと。東竜王には別に家がある、らしい。他の竜王も同じで、別邸があり、そこで御前試合をおこなっていると。

 この地も西竜王せいりゅうおうの地と同じで、竜王の屋敷近くは純粋な竜が棲み、それ以外は離れた場所。

 その離れた、食べ物や雑貨、服飾などを売っている店が並んでいる所を歩いていた。離れているといっても歩いて三十分ほど。白夜びゃくやは「勝手に動くな、顔は見せるな」とうるさく。髪を結ばれ、ショールをかぶせられ。

「他の地も似たようなもの。大きく変わらない」

「人の地が面白おもしろいな。海を渡れば、建物、服、食べ物がまったく違う所も。言葉は同じらしいが、独自の言葉を持つ地域も」

 西竜王の地と同じ、着物というものに似た服。男が多く、白夜のように長い髪の者も。短い者は少ない。

「そうか」

 今日は人の姿で歩いているので、彼女、奥さんへの贈り物にどうだい、とあちこちから声をかけられ。違うと揃って否定すれば、そうかい、と笑われるか、そういうことにしといてやる、と生温かい目。

「そういえば、男は眷属けんぞくになれないのか」

「いきなりだな。なれないことはない、と思うが、そういう話は聞いた覚えはない」

「へえ」

 つまり、やろうと思えばできる。だが純粋な竜の男にすれば。


 遠くに行けない。白夜びゃくやが竜になれたら、乗せてもらい、行け、と言えるのだが。二時間ほど歩き、東竜王の別邸に。

 このままの姿では。人目がないか確かめ。ネズミの姿に。

「あ、白夜くん」

 甘えたような女性の声。

 褐色の肌に銀髪。二十歳前後の小柄だが、えらく胸の大きい女性が歩み寄ってくる。

 胸が、ムカつく。

「外に出ていたの?」

 大きな金の瞳で白夜びゃくやを見上げて。

 ネズミ姿のラビアは白夜の背後、服、長い髪をつたい、隠れる。

「ええ」

白慈はくじくんと一緒じゃなくて」

 女性は後ろをのぞきこむように。

「え、ええ」

「ふうん」

 危なかった。ネズミ姿になるのが少しでも遅れれば。この女性が来るのが早ければ。

「誰かにお土産みやげ? いい人見つかった?」

 白夜びゃくやが持っている、ラビアが買った荷物を見ている。

「こちらには簡単に来られないので。それにフォディーナ様、西竜王様も」

南竜王なんりゅうおう様もそう。でも真紅しんくくんは勝手に出て」

「捜しに行かれるので」

真朱まそおくんが捜しに行った。あたしは屋敷を散歩。自由に歩いていいって言っていたから」

 この姿なら竜王の近くをちょろちょろしていても、見つかりにくい。それとも魔法で姿を消して。

「勝手に動くな」

 白夜びゃくやは怖い顔、低い声で、ぼそっと。

「ん?」

「いえ、なんでもないです。真紅しんく様、真朱まそお様も見かけませんでした」

 一瞬で笑顔に。

「そっかぁ。あたしも外、出たかったぁ。南竜王様の護衛のため一人はここにいないといけないんだよねぇ。真紅くんに色々ねだって、買ってもらって」

「……」

「それでは、俺は」

「うん。あ、明日はお互い頑張ろうね」

「お手柔らかに」

 女性は笑顔で手を振り、白夜びゃくやも笑顔で別れ。

「強いのか」

「ああ」

 誰もいない所でたずねた。

「色仕掛けで勝っているのかと」

「……」

「あの胸だからな」

「失礼なことは言うな」

 竜になれば胸はどうなるのだろう。

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