第6話
「何人か見つかった」
「ほへ?」
夕食中、そんなことを。本日もネズミ姿。
「
「ああ。以前捕まえた奴から
「芋づる? 内々、
苦い顔で。
「
「……」
「脅したんだな」
「渡す相手を間違えた」
肩を落とし。
「私としては、それで当たってくれていれば、文句はない」
「そうか。明日、こっそり会わせてくれるそうだ。何人かは帰りたくないと」
「なぜ、こっそり。そして、本当かぁ。今までにもそう言っていたが、言わされていただろう。まあ、中には本心もいたが」
言葉とは裏腹に帰りたいと、目で、心の中で、必死に訴え。反対に大事に大事に、それこそお姫様のように扱われ、残りたいと本心から言う者も。
「捜し人が当たっていれば帰るのか」
「帰る。なんだ、寂しいのか」
「いや、これで面倒見なくて済むと思うと」
何かの
「ただ、子供達は。魔法も中途半端に」
あれから何度か教えた。
「人の地で使う、魔法書でも持ってくるか。子供の習う、基礎が書かれた、わかりやすいものを」
「そちらは学校、というものがあるのだったな」
「ああ。学校に通い、正しい使い方を学ぶ。学んでも間違った方向に進むのもいる」
「間違った?」
「他人を苦しめて、なんとも思わない」
「ああ」
「竜だって間違わないことはないだろ」
「そうだな」
苦笑している。
「ま、貴重な経験はできた。
「やめろ。そして、まだ捜し人かどうか」
「なんだ、やっぱり寂しいのか。ペットでも飼えばどうだ。こうして話すことはできないが、犬、猫は
「犬、猫を飼っているのか」
「いないが、面倒を見ている、というか、勝手に
「留守中に部屋を荒らされそうだ。誰かのように」
再び何かの
出かける前に「これをかぶれ」と以前もかぶせられたショールを。しつこかったのはこの男のせいか。
「アエリ、か」
明るい茶色の髪と瞳。二十歳くらいの女性の前に立つ。
女性は
「本当だろうな。住んでいる町。両親の名前は」
女性、アエリは小さな声で答える。
「当たり、か。お前の両親がお前を捜してくれと、西の魔女に頼んだ」
「本当!」
周りの女性達も驚き。
「だからここにいるんだ。嘘をついてどうする。私は人だ」
腰に手をあて。
「ここにいたいのだとしても、娘と直接話したいと。ここにいたいか」
「……。いないと、町が、家族が」
アエリは
「町を襲う、家族を傷つける、とでも言われたか」
小さく頷いている。
「そんなことはさせない。絶対に」
男は真剣に強く。
「かえり、たい、です」
小さな声で。
「だったら帰してやる。他に帰りたい者がいれば一緒に連れていくが」
「あの、もう少し、ここにいたい場合、迷っている場合は」
一人が手を上げる。
「そっち、になるな」
再び白夜を見た。
「居場所さえわかっていれば、いつでも帰れるよう手配する。ただ、別の誰かに
「
「だ、そうだ。好きにしろ。帰りたければこちら。不安なら一時魔法協会にいればいい。協会にも話しは通している。住んでいる場所が心配なら、協会の者が魔法使いを派遣する。竜が仕返しに来たら、協会からここに文句を送るか、交流停止。女性の紹介はしない」
竜が
「それはそれで困るんだが」
男は顎を
「こっちのせいで他三つも交流停止になれば」
「恐ろしいことを言わないでください」
すべて
「どうする。私が頼まれているのはお前だけ。お前だけを連れ帰ればいいが。おまけが何人いようと」
「言い方」
白夜は注意するように。
女性達は迷っているのか。
「十分、時間をやる。考えろ」
全員酷いことはされていないようだ。顔色はいいし、
「見つかってよかったな。長々居座られたらどうしようと」
「あと十日いてもらえばいいじゃないか。いいとこ見せられる」
男はにやにや笑い。
「いいとこ?」
「竜王様達が一年に一度集まる。もちろんオレ達、三将も。護衛と御前試合に出る」
男は厚い胸を張り。
「御前試合?」
「それぞれの地に三将といって、三人の将がいる。その地で最も強い者達だ。その三将同士の腕前を竜王様達の前で見せる」
「去年は
「その前も、だ。炎は気性が荒い」
「その前は
「ああ。オレ達も腕を
「応援、してほしいのか」
「……いや」
「照れるな」
「いません」
竜王が一堂に。
興味、なくはない。
「ちなみに、場所は」
「今年は、
「あの」
遠慮がちに声をかけられ。
「ああ、決まったか」
「はい」
「とりあえず世話になった。御前試合とやらが見たくなれば、また来る」
「魔法書を持ってこなければならないが。
「言えるんだな」
「失礼な奴だな。ここに残る者は任せた。人の地でも
「こちらで責任をもって帰す」
「ではな」
うっすら笑った、のか?
姿が消える前に見えた口元は笑っていた、ような。
「消え、た?」
「魔法、だそうですよ。それより」
残った者を見た。
「よかったのか」
「何が、です」
「嫁候補を帰して。かなりの美人と見た」
「違います。押し付けられたんです。
「婚約者がいるからな。他の女と仲良くしていれば」
「ありましたね。子供の頃。白慈の取り合い。そこから白慈は」
女性が苦手に。母親は別だが。
「彼女達を送るのでしょう。送り終えれば、報告」
「はあ、本当に
「ここだけじゃありませんよ」
残った女性を送るべく、足を動かす。
「そういや、捕まえた女が、魔女、と
「彼女は西の魔女から頼まれたと」
先ほども言っていた。その女性にも同じように言ったのでは。
五日後、いつかのように頭にネズミが落ちてきた。
「邪魔するぞ」
許可を得ず、扉を開き、部屋の中に。
中は棚に囲まれている。本がきれいに並んだ棚、植物、瓶の置かれている棚。部屋の真ん中にテーブル。テーブルを
反対側のソファーへと腰を下ろす。
「頼まれていたことは終わった。娘は両親の
分厚い封筒をテーブルに。ちゃんと戻したという証明でもある。
「ありがとうございます。早かったですね」
「早いぃ。どこが、遅いくらいだ」
ラビアは鼻から、ふん、と息を。
「そうですね。あなたが本気を出せばもっと早く終わった。本気を出さなかった。……居心地が良かったのですか」
テーブルにある、裏返してあるカップを取り、ポッドから紅茶を
「良かったのですね。美味しいものでもありました。ああ、好みの
老女は楽しそうに笑っている。必要ないのに勝手に見合いを用意され。
「竜に
「それはそれは」
「息子も」
「幸せ、なのですね」
魔女という重責を負わず。女性としての幸せを。いや、竜王の妻というのもある意味重責、か。
「もう一度、礼を言いに行く。何か渡すものがあれば」
「もう一度、ですか。二度と行くかと言うかと」
「い、色々、首を、つっこみすぎた、のか?」
腕を組み、小さく首を傾げる。
「孫も、行くようですよ」
「は?」
「竜からお誘いを受けたようです。学校に使者が現れた、と。本人から手紙が」
「行く、のか」
「ようですよ。弟子をつけます。協会の
「嫁にくれ、か」
「あげられません」
穏やかだった口調は一変、はっきり。
「元気、か」
「直接見に行けばどうです」
「遠くから見るにはいい。あれは厄介ごとを引き寄せる。竜も引き寄せたか? とにかく、巻き込まれたくない」
うんざりと。
「あなたのようになってくれれば」
「竜の地まで悪名が届いていた。それより
「善き魔女、ですか」
微苦笑。
「私は壊すことは得意だが、薬は作れない」
カップを持ち、紅茶を一口、二口。この茶葉も老女が配合したもの。
「ふふ。ご冗談を。やらないだけでしょう。それに頼まれるものが良い薬だけだと」
毒薬も、か。
「とにかく、頼まれていたことは終わった。ったく、弟子どもは何をしている」
頭をかき。
「竜を前に、堂々と立っている弟子がいれば頼んでいません。それに男が行くよりは」
同性が行く方が警戒されにくい。
「そういえば、最近精霊が騒がしいですが」
「精霊が」
「ええ」
カップに残っている紅茶を飲み干し、
「帰る。
ソファーから立ち。
「ではな、西の魔女」
「ええ、ありがとうございます。そして、また、東の魔女」
また。また何か頼んでくるのか。金輪際話を持ってくるなと言ったのに。
顔をしかめ、その場から姿を消した。
「ただいま」
西の魔女の家から一瞬で家に。久ぶりの我が家。玄関から中へ。部屋の中に出てもよかったが。
「おかえりなさい」
出てきたのは水色の髪に水色の瞳をした、北の魔女そっくりな女性。正確には女性とはいえない。彼女は失敗作。北の魔女が魂を移そうとして作った人形の一つ。なぜか意思が宿り。意思、心のあるものに魂は移せない、と北の魔女が捨て、若い頃の祖母が拾い、家事をこなしてくれていた。
動きも
彼女がいなければ今頃。……恐ろしい光景。家は散らかり放題。洗濯物は散乱。ラビア一人しか人はいないので、あちこち脱ぎ散らかし。台所には洗い物が積み重なり。見たことのないキノコが生えていたかも。いや、料理などしないので、買ってきたものが積み重なり。栄養など考えず、好きなものばかり。魔法に熱中して二、三日何も食べないことも。
「どうされました」
「いや、ちょっと、怖い想像を」
「怖い、ですか。ご主人様が」
「怖いもの知らず、なように言うな」
「怖いもの知らずでは」
あの女も顔は整っていた。その顔で首を可愛らしく傾げ。
あの女も彼女も無表情だが、こちらがまだ温かみがある。
北の魔女。別名、氷の魔女。氷に閉ざされた場所に住んでいることと、氷のように冷たい性格からついた。もう一つ、
「変わりはない、な」
ここに人は来られない。精霊、妖精は来られる。家の中では棲みついている妖精が小さな体で掃除をしてくれている。なんでも掃除好きな妖精らしい。
住んでいる一帯には魔法で人が近づけない、近づいてきても迷う、辿り着けないようにしている。近くに家などなく。
「手紙が大量に届いています」
魔法協会、か。見るのも面倒。
「精霊が騒がしいと聞いたが」
彼女は首を傾げ。
「それはそうよ。ウンディーネ、ノーム、サラマンダーまで行方不明なのですから」
背後から女性の声。
振り返ると、手の平サイズの美しい女性が。背には透明な四枚の羽。
自然四大精霊のひとり、風の精霊、
「シルフ」
いつからいたのか。
「行方不明って」
「言葉の通り。どこにもいない。あれらが簡単に倒される、捕まるとは考えられないけど、あなたのような存在も」
シルフは顔の前に。
「これは、一つじゃない?」
「さあ?」
小さな肩を小さくすくめ。
「次はわたしかもしれない。だから」
「ここに来た」
「そう。ここは安全。一番安全。あなたが護っているから」
「絶対はないけど」
上には上がいる。ラビアより上など限られるが。実力を隠していれば。
「どこにもいない?」
「ええ。わたしにはわからない」
やろうと思えば世界中の情報を集められるほど、大きな力を持っている精霊すら、わからない。
「何かがあって、深く眠っている。用心して身を隠しているのかもしれない」
なんでもないように。
「それもそれで」
深く眠るということはそれだけ傷つけられた。魔力を使う出来事が起きた。用心するにしても、何に。
「いてもいいけど、他のものもいるから、驚かさないで」
家の裏手に木々の
「念のため強化しておくか」
周囲の護りを。ここにいるものを盗む、自由にされても。精霊、妖精だけではない。貴重、いわくつきの魔法書や武器、防具、宝石が。
「風呂と食事の用意をしといて」
彼女は
片付けること、やるべきことを済ませ、魔法書と菓子を持ち、再び竜の棲む地へ。
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