第3話

「では、またな」そう言うと姿が消える。連れて来られたという女性の姿もない。幻のようにも。だが幻でない証拠に地下への入口は開いている。

 くせのない長い黒髪、晴れた日の澄んだ空色の瞳。雪白の肌。竜の中でもあれほどの美貌の者はいない。すらりと伸びた手足、細い腰回り。眠っている男が結婚してくれと言うのも頷ける。黙って立っているだけなら。口を開けば。

「もっと詳しく聞くか」

「そうだね」

 幸せそうに眠っている男を起こしに。


 話しを聞き、西竜王せいりゅうおう様に報告。同じように連れて来られた娘を捜すよう、今度は直々じきじきに言われた。

 娘の意思を尊重しろ、とも。娘が帰りたいと言えば帰し、残りたい、ここにいたい、と言うのなら、そのまま。

 竜の女性が少なくなり、人の機関を通して紹介してもらうようになった。一対一や何人か集まって、だったり。ただ、それは女性の同意を得ていた。今回は。

 男は起きると、周りを見て「すんごい美女がおれの家に。ていないよな。やっぱり。はぁ~、夢だったかぁ」と心底残念そうに。この男は友人から紹介してもらったと。大金を払わなければならないが、確実に会えて、話せる。

 人の機関を通してのものは、金は払わなくてもいいが、純粋な竜、親が権力を持っている者が優先される。あの男のように半端はんぱもの。人と竜の間に生まれた者には話しがいきにくい。女性が集まらなければ中止も。

 一度、同僚や上司にすすめられ、強引に連れて行かれ。女性に対して竜は倍。なんとか射止いとめようと必死な竜も。

 射止めても、竜身を見ておびえる、逃げ出す女性もいる。同じ竜ならそんなことはないが。

 あの男も悪いことをして稼いだ金でなく、必死に働いて。……なんともいえない気持ちに。

 家に戻れば、ぼてんと、何かが頭に落ちてくる。手をやり、つかむと、

「強く掴むな。中身がつぶれる」

 茶色の紙袋にぶら下がっている、真っ白なネズミが目の前に。

「使用人が迷惑をかけているだろう、持っていけ、と持たせた。あれはなんでも上手に作る」

「戻ってきたのか」

「捜し人を見つけていない。それより、何か聞き出せたか」

 責任感が強いのか、律儀りちぎなのか。

「友人から聞いたそうだ。その友人はそこで知り合い、結婚したと。大金積めば、理想の女性を捜してくれるとまで」

「つまり、そいつは大金払って、理想の女性を見つけた者を知っている」

「だろうな」

 おそらく、純粋な竜も関わっている。

「お前達は魔法を使えるか」

「いきなりだな」

「理想の女性を連れて来ても、その女性が嫌がれば、大人しく帰すか?」

「……。執着が強ければ、今回のように。それとどう関係が」

「魔法や薬で人の心を操れる。一生魔法がかかり続けることはない、と思う」

「思う?」

「魔法は日々研究されている。誰かが新しい魔法を思いついても、公表しなければ、そいつしか知らん。薬はそれ以上にまずい。依存性のあるものなら、心も体もぼろぼろ」

「……」

 テーブルに袋とネズミを置く。

「夕食は」

「もらう」

「魔法は使えない。だが純粋な竜、西竜王様は風を操れる。そのため、ここには風を操る竜ばかり。南竜王なんりゅうおう様は炎、北竜王ほくりゅうおう様は水、東竜王とうりゅうおう様は土。ここは雨が降る日が決まっている。北竜王様が全土に降らせている。西竜王様が風を操り、協力して」

「精霊に似ているな。あれらも風や水など操れる。魔法とは違うちから」

「お前は、精霊なのか」

「どう思う」

 ネズミはテーブルの上で手を腰に当て、こちらを見上げている。

「精霊なら、西の魔女は精霊を操れる」

「竜は操れないのか。というか精霊がいるのか、ここに」

「いる、が姿はあまり見ない。見せないようにしているのかもしれないが」

「人の地はよく見る。人と精霊の子もいるからな」

「人と精霊の子?」

「ああ、魔法協会が保護している。姿が人寄りの者もいれば精霊寄りの者もいる。気まぐれで、精霊や妖精が自分達の棲み処へ連れていくこともある」

「いいことじゃないのか」

「いい、か」

 ネズミはふう、と息を吐き。

「まあ、魔法使いの職探しもしてくれるからな。いいことはいいんだろうが。奴ら、自分達にできない、やりたくないことを押し付けてきて。以前からいえば魔法使いは増えた。教育不足だろう。なんでもかんでも押し付けるな」

 小さな片足で、たしたしとテーブルを叩いている。

 押し付けられているのか。西の魔女に。

「竜と精霊の子、というのも面白そうだな」

「……面白くない。人と結婚しても子ができない竜もいる」

「人のように離縁、別れることは」

「純粋な竜はできない」

眷属けんぞく、というのか」

「ああ。一生、竜が先にっても、眷属が解かれることはない」

「魔法に似ているな。解かれることのない、呪縛じゅばくの魔法。何かしるしでもあるのか。じっくり見たい」

「やめろ」

 できた料理をテーブルに並べていく。

「西竜王、か。竜王というからには強いのだろうな」

「風を操る竜の頂点にいる」

 ネズミの持ってきた袋を開け、テーブルに。

「マフィン、というものだ。バナナ、チョコ、イチゴ、と入っている」

 小さな手で一つ一つ指していく。

「四体の竜王がいるのだろう。誰が一番強い?」

「同等」

 ネズミは小さな足で再び、たしたしと。

「同等だから四つに分けた? 一体だったら、それが」

「そちらは魔女がいるのだろう。強いのは」

「東、か。だがあれはある意味、ずるをしているようなもの。北、か」

「西の魔女じゃないのか」

「あれは人がいいだけ。そのため人に好かれている。他は自分の研究、やりたいことだけをやっている」

「そういえば、東の魔女は村一つ焼き払ったとか聞いているが」

「……。魔法協会が勝手に決め、面倒ごとを押し付けている。魔女という大層たいそうな称号を与えただけ。西はよく協会と協力している。東も時々、気まぐれで。南は微妙。北は完全無視」

「北と南は何百年も代わっていないと言っていたな。その、精霊と人の間にできた子供なのか」

 精霊も竜と同じくらい長く生きる。

「いや、人だ。両者だけ、ではないが、あの二人は死にたくないと不老不死を研究。南は成功したが、首から上だけ。ちなみに、魔女と言うが、南は男だ」

「……首から上だけ。それで生きているのか」

「生きている。人前には出られないが世話をする人がいる」

「それは、協力を求められないな」

 どうやって動くのか。食事は?

「北は、えげつないが、な」

「えげつない?」

「まず、最初に自分の魂を別人に移そうとした。そのため、若い娘の墓をあばいたり」

「……」

「それでも上手くいかなかったから、自分のクローンを作った」

「クローン?」

「自分を作るようなものだ。何もかも同じ。子供じゃない。子供は別の者の血や細胞も入るから」

「成功したのか?」

「失敗した。何もかも同じでも、中身、性格は違う。同じように育てても。時間もかかる。あの性格のひん曲がった、ゆがみまくった奴が何人も」

 小さな手をわきわき動かし、しっぽはぴん、と立っている。

「何かあったのか」

 そう興味はなかったが。

大喧嘩おおげんかした」

「……」

雪崩なだれに巻き込まれて永眠してくれていれば」

 西の魔女の責任になるのでは。

「別の方法で成功したのか」

「人形を作った」

「人形?」

「ぬいぐるみ、と同じようなもの。子供が持っているだろう。あれらに魂はない」

「ああ」

 子供が大事そうに腕に抱いているものもあれば、投げている姿も。文句は言わない。

「自分と同じ大きさ、容姿も自分の好きに造形。それに魂を移した。よくやる。失敗すれば」

 ネズミは器用に肩をすくめている。

「しかし、それも完全に成功とは。ガタがくれば、また新しい体を作って移らないといけない。南のように頭だけになるのは嫌なんだろう」

「どうやって魔女を決めるんだ」

「魔女が決める。決めずにいれば、魔法協会が。北や南、東に弟子はいない。血族がいれば、その血族、なんだが、その血族が魔力を持っているとは限らない」

「竜と似たようなもの、か。竜身をとれない、といった」

「まあ、そんな感じだ。ただ、孫やひ孫が魔力を持ち、魔女に相応しければ、魔法協会が魔女の称号を与える。血族が生きていれば」

 竜は人寄りになる、人に近づくほど力は弱まり、寿命も。

「それなら、その魔法協会、というのが力を持っているような」

「権力はあるが実力はない。もし魔法協会がどこかの魔女に喧嘩を売っても勝てない。訴えるぞ、捕らえるぞ、と言っても、無理だろう。他の魔女も協力しない。魔女同士が喧嘩すれば一国が消える。竜の喧嘩もそうでは。力のある竜同士が争えば」

「ああ」

 納得。純粋な竜が一対一で争えば大変なことに。

「北と南はいつの間にか魔女と呼ばれるようになっていた。彼女、彼がいつから生きているのか、さっぱり」

「西と東は」

「東は何度か変わっている。西は代々血族。あそこは血みどろの争いをするからなぁ」

「血みどろ?」

 穏やかでない言葉。

「あの西竜王せいりゅうおうの妻、とかいう女性だが」

「フォディーナ様のことか」

「西の魔女によれば、人身御供ひとみごくう、竜へのにえ、だったらしい」

「は?」

「なんでも、その時代、竜が大暴れして、西の魔女候補から脱落した者を、竜に差し出したとか」

「西竜王様がそんなことをすると」

 むっと。

「暴れていた竜がその西竜王かどうかは。こちらに来て、西竜王に横取りされた、かもしれないだろ。真実を知っている者は人の地にはいない」

「……」

「その後、竜が西の魔女の住み家周辺を護るようになった。が、これまたいつの頃からか護らなくなり」

「今度も差し出して、護ってもらおうと」

「それはないだろう。その時代に比べ、魔法も発達した。だが馬鹿な弟子どもなら」

 ネズミもその弟子の一人では。

「血みどろの争い、とか言っていたな」

「ああ。血族がぐといっても弟子でつけ上がっているのもいる。自分の実力が上だと。魔女候補を」

「魔女にばれるんじゃないのか」

「ばれなければその弟子は魔女より上。候補にしても、それくらいの者にやられるなら」

「許可、しているのか」

「さあ、どうだろうな」

「今も」

「今の魔女はすべてにおいて優れていた。かなう者はおらず、すんなり。ただ、次が、な。あれも頭が痛いだろう」

「次? 次の魔女が狙われているのか」

「ああ。その次がいなくなれば自分が選ばれる、と。来た時期が悪かった。魔法協会にでも預けておけばよかったものを」

「お前は味方しないのか」

「本来なら、手も口も出しはしない。ほだされたというか、なんというか」

 ふう、と息を吐き、小さなはい(コップは大きいので)にあるお茶を飲んでいる。

「西の魔女には娘がいたんだが、娘は母親ほどの魔力を持っていなかった。弟子は優秀、魔力もある。しかし、自分は」

 なんとなくわかる気が。

「娘は家を出た。そして、魔女が後継を決めようと考え始めた頃に、生まれたばかりの娘を連れて、帰ってきた。いや、押し付けに、か」

「押し付ける?」

「娘の生んだ娘は母親より大きな魔力を持っていた。その母親、魔女と同じくらい。娘は自分で育てることは無理だと考え、魔女である母親に押し付け、再び姿を消した」

「……」

 竜の中にも似たような者はいる。

「ところが弟子どもはそれが気に入らなかった」

「気に入らなかった?」

「考えればわかる。自分が魔女の称号をもらえる。そこに、突然現れた孫」

「まさか、赤ん坊を」

「そうだ。弟子の中には親身になって世話する者もいたが、同時に、未来の魔女を始末しようとする者も。困り果てた西の魔女は別の所へ孫を預けることにした。弟子どもの手の届かない所に」

「血みどろ、ね」

 その通りなのだろう。

「無事に成長したが、狙われ続けている。今は学校、に行っている。おそらく学校内でもねたみのまとになり、狙われているだろう。西の魔女ならこれくらい、と面白おもしろがり」

 学校? それより。

「大丈夫、なのか」

「大丈夫なようにしている。いるが、あれはもっと警戒心、人を疑うべきだ」

 魔女も魔女で大変らしい。


 翌日、ネズミの持って来たマフィンとやらをフォディーナ様に持って行くと、大喜びされた。



 竜のに戻って十日。いもづる式に捕らえ、話しを聞いているが捜し人は見つからず。似た者はいたが。

 見つけた女性で帰りたい者は竜が人の地に。残りたい者は残り。残りたいと言った者は外を堂々と歩いていたそうだ。帰りたい女性は、外に出してくれなかったと。それ以外は不自由なく。土下座され、嫁になってくれと言われた者も。プライドないのか、竜は。

 人の姿でも竜。家は竜の力に合わせ頑丈に造られていた。

「で、今日はどこへ」

 白夜びゃくやの肩に乗り、移動。随分ずいぶん歩く。

「今日は約束がある」

「捜し人は」

「捜している。そればかりに手はかけられない」

 言い分はわかる。一人で捜そうとすれば止められ。

西竜王せいりゅうおう様から丁重ていちょうに扱えと言われている」

「どこが丁重だ」

 首根っこを掴まれ、ぶらぶらされることも。

「家を焼かれても困る」

「それが本音か」

 歩いていると、西竜王のむ家よりは狭いが、白夜びゃくやの棲む家より広い建物に。建物の隣には畑。

 食べているもの、育てているものは人と変わらない。味も。野菜は野菜、肉は肉、果物は果物の味。変わった形、色、味のものもある。海はないので食べられる魚は限られる。

 竜は肉を好むかと思えば、そうでもなく。白夜はバランスよくとっていた。甘い物をとることは少ない。菓子より果物。町を歩いていて、よだれらしながら見ていると仕方なく買ってくれ。人の地と同じ、金銭での交換。

 建物前では剣や槍を振っている子供の姿。

「師匠」

 子供達は白夜びゃくやを見ると、口々に師匠と。

「師匠?」

 子供に見つからないように。

「ここの子供達に武道を教えている」

 小さな声で。そういえば白慈はくじが、

「白夜はちゃんと休んでる?」

「休みがあるのか」

「あるよ。その様子だと、休んでないね」

 息を吐き。

 家で休んでいる姿など。

「君からも休むように言ってくれ。頑丈だから、倒れはしないけど」

 毎朝決まった時間に起き、帰ってくる時間も大体同じ。就寝も。規則正しい生活。対する自分は。食べたい時に食べ、寝たい時に寝て、起きる。自堕落じだらく生活。体形を崩さないよう体は動かしていた。

 思い返していると、白夜びゃくやは子供達に剣、槍を教えて。


 ひまだ。こんなことなら町で情報収集していればよかった。

 肩や長い髪にぶら下がり。子供に見つからないよう。見つかれば大変なことに。

「ん、あの子は」

 ひとりだけ建物の軒下のきしたに座っている子供が。この場にいるのは見た目、十歳前後の男の子ばかり。

「ああ、体が弱いというか、すぐ疲れる。無理せず、と言っている。嫌なら、体調が優れないのなら、無理して来なくても。嫌々やっても」

 身につかない。

「医者に診てもらってもどこも悪くない。精神的なものではないかと。あと、体調が回復した次の日には必ずといっていいほど、部屋が荒れている。本人は荒らしていないと言っているが。心身を鍛えていれば、と両親が」

「両親は竜?」

「二世と人」

「他にも似たような症状の者は」

「……何人か。中には何もしていないのにコップが勝手に割れる、とか物が動いたり」

「師匠」

 呼ばれ、そちらに。

 髪をつたい、地面に。この姿はまずい、と家の影で姿を変えた。

 ネズミの姿より視線は高い。ほっそりした腕。指をにぎにぎと動かす。軒下に座り込んでいる子供の所へ。

「体調が優れないらしいな」

 子供は顔を上げ、目を見開いている。

「もやもやした気分、腹に何かまっている、なんともいえない感じはないか。体調が回復した後はすっきりしているが、親に疑われ、気持ちが沈む、不安に」

「う、うん。お姉ちゃんは」

「怪しい者じゃない。あの男の知り合いだ」

 白夜びゃくやを指した。

「師匠の」

 かがみ、じっと子供を見る。子供は固まり。

「両手を出せ」

「は?」

「いいから、こういう形にしろ」

 両手を胸の前に。手の平は上、小指と小指を合わせる形。

「今もそのもやもやした気分が続いてるのだろう。やれ、もしかしたらすべて解決するかもしれない」

「本当?」

 疑わしそうに。

「いいから、やれ。これで解消しなければ、本当にどこか悪いのだろう。医者にもっと詳しく診てもらえ」

 子供は言われた通りに。

「そして、こう言え、灯りよ」

「あかりよ」

 弱々しいが子供の両手の上に五センチほどの光りのたまが。

 子供が驚くと光は明滅。

「そのまま集中。見えにくいのなら、周りを暗くしてやる。見やすいだろう」

 日の光りが降りそそぐ中、光りの球は。夜ならわかりやすいが。

「何をしている」

 白夜びゃくやが近づいてくる。

「簡単な魔法を教えていた」

「魔法を教える?」

「この子は魔力が上手く使えていないだけ。何も知らない医者に診てもらっても原因不明で終わる。両親からは疑われ、さらにおさえ込もうとして、悪循環」

「わかりやすく説明してくれ」

 白夜はわけがわからない、と。

「人の中にも同じ症状の子供はいる。人の場合、すぐ魔力を疑う」

「魔力を疑う?」

「魔力の有無は見た目だけではわからない。こうして魔法を使って初めてわかる。が、何もわからない子供に魔法は使えない。だから無意識に使う。自分の身が危険になった場合、寝ている時。あと感情が不安定になった時。抑え込み続ければ体調にも影響は出る」

「つまり、この子は上手く魔力が発散できず、体が弱い、と」

「そうだ」

 腕を組む。

「他の子達は」

 その他の子はこちらを見て、何か話している。

「あの子達は上手く発散できているのだろう。たぶん、だが。おい、そこそこにしておけ。魔力を使い続ければ、ばてる。まあ、ばてても魔力は使ったから、物が勝手に動き、散らばることはない。寝て、食べれば戻る」

「で、でもどうすればいいか」

「疲れてきたと思えばやめればいい」

 集中が途切れ、光球は明滅めいめつしている。

 離れて見ていた子供達まで寄ってきて、見上げる、光球を珍しそうに、興味津々に見ている。

「似たような症状の子は、魔力を上手く発散できていない可能性がある?」

「全員そうともいえない。だから人の場合は簡単な魔法を教える。こうして発動すれば魔力のせい。違うのなら、別。竜だから、魔力といえるかどうか。竜力?」

 小さく首を傾げると、結んでいない長い髪もさらりと動く。

「前に聞いたが、純粋な竜は水や炎を操るそうだな。それは親が教えるのか」

「ああ。そういう力が生まれながらに備わっている。そのため親が力の使い方を教える。だが竜と人の間に生まれた子は。いや、白慈はくじは」

「王の子だからか、それとも」

 顎に手を当て。

「それとも?」

「そっちは後で話す。人も親が魔力を持っていれば、親が力の使い方を教える。竜と人の子は竜にはなれなくても、なんらかの力があるのだろう。たとえ、三世でも。お前だってあの重い扉? を軽々開けていた」

 最初に見つけた女性のいた家。

「あれくらいなら、この子達でも」

「……」

 子供を見た。

「師匠、このひとは」

「今まで誰も連れてこなかったのに」

「あれなに?」

 次々に。

「おそらく、この子達は筋力に魔力が宿り、それを無意識に使っている」

「筋力に魔力が宿る?」

 近くに生えている草をむしり、

「これをこの子達に例える」

 持っている草を。

「何もしなければ、風に揺られる」

 ふう、と息を吐きかけると、揺れる草。

「これを魔力で強化すると。触ってみろ」

 白夜びゃくやへと草を。白夜は草に触れ、

「硬い」

 鉄の棒のように。先ほどのように息を吹きかけても揺れはしない。

「人の子と競争しても、この子達が早い。力も。大人より勝っているかもしれない。それは魔力をそちらに使っているから。使おうとして、ではなく自然に。剣や槍、手や足での攻撃時、それを防ごうと防御した時、無意識に使っている。この子はそれが上手くできないのだろう」

 硬くなった草で魔法を使い続けている子供を指した。

「それなら別の方法で発散させる。それが」

「魔法」

「そういうことだ。魔法で体を強化できるが、あくまで魔法。自然でない」

 光球が消えると、子供達は「ああ~」と残念そうな声。

「これ、まほうって言うの。おれ達にも」

「できない」

 ばっさり。

「もう少し言い方を考えろ」

「本当のこと。変な期待をもたせても。それに両方使おうとしたら、ぶっ倒れる。魔力を使いすぎて、二、三日眠り続けることもある」

「……」

「それぞれ合ったものがある。ということだ。その子は魔法という方法で魔力を発散。他は体力? 腕力? 脚力? そいういうもので発散。お前達、視力はいいか。どこまで見える?」

 そろって指差す。

「……どこだ」

 悪くはないが。

「人が歩いているとこ」

「何か持ってる。買い物かな」

「……」

 人はなんとかわかるが、何を持っているかまでは。

「もしかしたら、視力や聴力にも使っているのかも、な」

「見えないのか」

「人はわかるが、人がいる、としか。お前はどうだ」

 魔法を使っていた子供を見た。

「え、えっと、人がいるのは、わかるけど、それ以上は」

 同じでわからないようだ。

「それで、お姉さんは」

 服を引いてくる。

「師匠の恋人?」

「「違う」」

 白夜びゃくやと声を揃え。

「違うの?」

 なぜかにやにやして見上げている子もいた。

「ほら訓練に戻るぞ」

 白夜は子供の背を押し。

「なんともいえない気分になればそれをやれ。そうすればすっきりする。他にもあるが、それが初歩の初歩だ」

 魔法を使っていた子供を見た。

 今までこういう症状の子はどうしていたのだろう。そして成長した今は。

「他に、どんなことができるの」

「他、他か。そうだな、人を浮かす」

 右手の人差し指を振ると、子供の体が地面から浮く。

「自分も浮くことができる」

 自分も浮かせ。再び地面へと。子供も下ろす。

「炎や水、風、土の魔法も」

 一センチほどの水滴すいてきをいくつも浮かべ。

「ま、色々だな」

 背後から歓声が。

「できるように、なる?」

「どう、だろうな」

「できないの?」

 しゅんと。

「努力と魔力量次第、か。剣と同じ。一つ一つやっていかないと、いきなりはできない。初歩をいくつか教えるから、似たような、困っている子がいれば教えてやれ、一番簡単なのは、先ほどやった灯りの魔法。夜やればわかりやすい。何度も言うが、そこそこでやめておけ。使いすぎれば倒れる」

 加減のわからない子供は面白がって覚えたばかりの魔法を何度も使い、倒れていた。人の地では対処できるが、ここでは。余計なことを教えた、と白夜びゃくやに苦情が。

 子供にいくつかの簡単な魔法を教え。白夜は他の子に武道を。時には五、六人まとめて手合わせしていた。


「ネズミに、ならないのか。もう子供達はいない」

 話すネズミがいれば子供達のおもちゃ。子供とはいえ、半分は竜。強く握られれば中身が。その点、この姿なら。

 並んで歩いていた。

「久々にこの足で歩くのも」

 ずっとネズミ姿。他にも変えて、話しを盗み聞きしていたが。

「どんな顔かわかっている。周りにはぼやけて見えるよう魔法をかけている」

「つまり、それが本当の姿」

「どうだろうな。ネズミが本当、もしくは別の姿」

「そういえば、名前を聞いていなかったな」

 今頃か。おい、とかお前、ネズミとか呼んで。

 名前を呼ぶ者はいないようなもの。皆、別の通り名で。畏怖いふ嫌悪けんおを込めて。

「おい」

「ん、ああ、名前か、ラビア」

「ラビア、か」

 歩いていると、人の通りも多く。

「あそこで教えているのか」

「ああ。あの子達は二世、三世。教えてくれる者は」

「いない?」

「物好きな竜が教えている」

「そういえば、あの子が師匠はすごいんだと、話して」

「すごい、か」

 苦笑?

「あそこにいるのは孤児だ。通ってきている子もいる。建物があっただろう。面倒を見てくれる者が文字や計算、常識を教えてくれる。だから通う子もいる」

「学校はないのか」

「学校?」

 わかっていないっぽい。以前も学校に、という話をしたが、わからないまま聞いていたのか。

「同年代の子供達が集まり、学ぶ場。人の地はその学校に通う。まあ、ない地域、親の手伝いなどで行けない子もいるが」

「ない、な。純粋な竜は、専門の者をつける。親の仕事を継ぐようなもの。だから、親が教えることも」

 純粋な竜は随分、優遇されているらしい。

半端はんぱものの俺が、西竜王様の近くで働けるようになったから。あの子達も努力すれば、と考えているのだろう。西竜王様も実力のある者を積極的に採用している。白慈はくじのためでも、あるのだろう」

「ああ、ハーフ、だったか」

「ハーフ? こちらでは半端ものと言われている。結婚する時もめたとか」

 恋愛事情も人と似ている。

 半端もの。良いようには聞こえない。

 半端ものの俺が、と言っていた。白夜も人と竜の子。

「そういえば白慈はくじについて後で話すと」

 すっかり忘れていた。

「これは、推測でしかないが、魔力の多い人は竜に近いのではないか、と」

「人が竜に近い?」

西竜王せいりゅうおうの妻は魔女候補だった。魔力量も多い。魔力量とは魔力、魔法を使える量。お前達、というか竜も力を使えば疲れる、減るだろう。それとも竜はずっと力を、水や風を操り続けられるのか」

「いや、ずっとは使えない。疲れるし、限界が来る」

「魔女は魔力が多い。南の魔女はそれほど多くないが、魔法に関する知識量が半端ではない。魔法の字引じびき、とでも言うか。だから魔女と呼ばれるようになったわけだが」

「魔力が多いから竜に近い、と」

「推測だ。言い触らされて、魔力のある者を狙われても」

「言い触らさない」

「竜に近いから、子供も竜になれるのでは。それか、王の子、だからか。解剖して調べるわけにもいかないだろう」

 王の子は竜になれ、他は。

「当たり前だ」

 強く言われ。

「それにしても、西竜王の妻はあの子のような症状に気づかなかったのか」

御殿ごてんから出ることはない。出ても護衛がつく。話すだけでも子供にとっては光栄なこと。言うわけない」

「聞いてわかりそうなものだが。下々しもじもには関わらない?」

「下々? すべての者が西竜王様に従っているのではない。フォディーナ様は西竜王様の弱点になりかねない」

「なるほど。とはいえ、今までそういう症状の者もいたのだろう。人も大人になるまで気づかない者もいるからな。大人は子供より感情の制御はできるが。できなければ、家は見るも無残」

 何度か見た。なんとかしろと言われた。上手く魔力制御できず、暴走させた者を。

 何も知らないこの地、竜の血が入っていれば、どうなっているか。

 買い物、買い食いしながら、おもにラビアが白夜びゃくやにあれは、と服を引き、立ち寄りながら、家に。

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魔女と竜のお話 @3bsvc

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