第2話
「やあやあ、どうだい」
仕事はある。頼まれごとばかりにかかっていられない。
「何が」
「同居生活は」
「……」
「小さなネズミに振り回されている?」
楽しそうに。こうなることをわかっていたから押し付けたのか。
あんなもの、捕らえるべきではなかった。見間違い、とほっておけば。……。今頃どうなっていたか。
「
「一番振り回しているのは誰だ」
「僕と君の仲だろう。で、あのネズミは、ネズミの姿のまま?」
「どういう意味だ?」
「使い魔は魔法使いの命令で動く精霊や動物の総称。猫や犬、鳥などの動物に変身。なんだけど、魔法使いが化けているかもしれないって、母上が言っていただろう」
「ああ」
そんなものがいるとは知らなかった。
「こちらの質問にすらすら答える。その様子からして、色々言われているのだろう。使い魔がそこまで主張する?」
確かに。この五日間を振り返る。
家にある食料を勝手に食べ、そこら辺に
「君が見ていないところで元の姿に戻っているの、かも」
適当なことを。
「怪しい者を見つけた。当たりかはわからないが」
「……早いね」
「ついてこい」
「今から、じゃないよね」
「明日だ。今日は帰る。これ以上家を荒されたくない」
留守中も何をしているやら。連れて回るのも、と思い、家に置いていたが。
「わかったよ。それじゃ、また明日」
「ああ、明日」
「と、そうだ。この件、父上に伝えている」
「
「今のところ急ぎの用事はない。竜の名誉のためにも協力しろ、だって。母上が頼んだのもある。父上は母上に弱いから」
「それに父上に黙って動くのは。話しておけば、何かあった時に」
許可はとっていると言える。西竜王様の命でもあると言えば、どんな者も。
「わかった。それでは明日」
「何を、しているんだ」
家は散らかっていない。いないが、
「見てわからないか。風呂」
「自分で用意したのか」
「ここの風呂は深すぎる。
この小さな体で湯を
「ご飯は」
「……作る」
こんな調子だ。
昼は作り置きしたものを。小さな体のどこに、というほど食べる。一人前はぺろりと食べる。
「当たりかわからないが、明日、怪しい者の家を訪ねる」
「行く」
「むう。こちらも捜していたが、そちらが先に見つけたか」
「……捜して、いたのか」
「ごろごろしていたと言いたいのか。ちゃんと捜していた。失礼な。そっちこそ。身内の不祥事を隠そうと
「していない」
持っている包丁を投げたいが。八つ当たりに野菜を切る手に力が。入りすぎればまな板ごと切りかねないので、注意して。
「この地にも罪人はいる。ここは
牢があるのは
「そこに行って、町でも情報収集して」
牢の者はなかなか口を開かなかったが。
「その牢とは、どこに」
「逃がされては困る」
「逃がすか。聞き耳を立てに行く」
「却下」
なるほど、
そのネズミは不機嫌に、テーブルを足で叩いていた。
小さな体で歩くのと、肩に乗って歩くのでは、歩幅が違い、
町を道から、屋根から見ていた。世間話しも聞いて。女性達の井戸端会議にも。さらに姿を変え、
こういうのは苦手だ。西の魔女はよくこんなことをやれる。いや、弟子がやっているのか。あそこは弟子が多い。
「
「肩に乗っているだけだろ」
「楽だぁ」
「落とそうか」
並んで歩いている
「純粋な竜は
「純粋な竜、それに近い者は近くで、人に近い者は離れている?」
「そうだね。父上はそういうのは関係なく、才能のある者を採用しようとしている。ただ、純粋な竜の中には、それを嫌う者も」
「ここはまだ良い方だ。
「そう言うものじゃないって注意したいけど」
「事実、迷惑している?」
その通りなのか、何も言わない。
何軒か並んでいる。そのなか、一つの家の前で止まった。
「ここは男が一人で暮らしている。最近、女物の服や小物、食事も一人分より多く買っていく。友人知人を集めて騒ぐわけでもないのに。女性の出入りもない。結婚したとも聞かない」
「怪しいね」
「女性に
人と変わらないな、と聞いていた。
白夜は閉められている扉、玄関から声をかけ。
待っていると、男が出てくる。二人とそう変わらない年齢。二十代、に見える。実際二十代ではないだろう。容姿は二人に比べるべくもなく。二人が上。整っている。特に白慈は。女性なら誰でも振り返る容姿。男も振り返っていた。出てきた男は平々凡々。背丈、体格も。
男は二人を見て驚いていた。
「な、何か用か」
「人を捜している」
「人?」
「ああ。女性だ。なんでも
「それが、おれとどう関係が」
こっそり見ていたが、男の顔は引きつっている。暑くもないのに汗が。
「色々聞いている。入っても」
男は舌打ち、だが二人を家の中に入れ。
「いなかったら、どう責任を取ってくれる」
「謝罪はする。協力してくれた礼も。その女性の親は竜が
「悪い感情、ね」
男は繰り返し。
この家も木製の廊下、
「部屋は二つ。あとは台所と風呂、便所。好きに調べてくれ」
そう言うと廊下で腕組みをして。
二人は
男は先ほどと変わり、にやにやして見ている。
押入れ、天井裏まで捜しても見つからず。
「女物の服、小物も見つからない」
「気は済んだか」
男は笑みを浮かべ。
済んでいないのだろうが、何も出てこない以上。
「本当に何も知らない?」
「なんのことだ」
男は
「あんたらはいいよな、
話しが進みそうにない。
「本当に何も知らないのか」
白夜の背から出て、男に近づく。男は大きく目を見開き。それは白夜と白慈も。
「何か知っていれば」
男の近くまで行き、足を止めた。
目線はネズミより高い。男は頭半分背が高い。
「け」
「け?」
それとも、けっ、か。
「結婚してくれ!」
平手で右頬を打つと男はよろけ。
「そんなことは聞いていない。知っていることを吐け」
冷たい口調、目で男を見る。男もじっと見返し。
「結婚してくれるんなら、教えてやってもいいが」
「知っている、ということか」
「どうだろうな」
にやにやして、頭のてっぺんから足の先を見る。不快な視線。
「知っていることを、話せ」
再び、はっきりと。
「地、下」
男の目はぼんやり。
「地下?」
「そう、だ。地下にいる。話しを、聞いてくれない、逃げようとするから」
「閉じ込めているのか」
腕を組む。白い毛に
「
地下に閉じ込めておいて。
「その女とはどうやって知り合った」
「見合いで」
「見合い?」
「高額だが、月に一度、そういう集まりがある。そこにいた女性と」
婚活パーティー、というやつか、行ったことがないので、詳しくないが。
「おれのような
「……最低だな」
振り返り、二人を見た。見られた二人は固まっていたが。
「知らなかったよ。そんな集まりがあったなんて」
「ばれないよう、不定期、場所も変えている、知られないよう極秘。話せば二度と呼ばれない」
「うん。知らなくて当然」
「……」
引かれなければ抱きつかれていた。男の目はじっとこちらを。熱い視線。
うんざりして。
「眠れ」
右手を振ると、男はその場に倒れた。
「おい」
白夜は男に寄り。
「眠らせただけだ。聞くことは聞けた」
腕を組み、顎を上げ、ふん、と鼻から息を吐く。
「今までぺらぺら話していたのは」
「魔法だ。何か知っていそうだったから。あのまま言い合っていても」
「そうだね」
「にしても、なんで襲い掛かってきた? そんなことは」
「え~と、君、自分の容姿、わかっている」
「お前達の目にはどう映っている?」
「美人。それもかなりの」
「自分だって美人だろう」
呆れ半分で
「……。見た者の理想の姿に映るように」
「
「長い黒髪、澄んだ空色の瞳。雪白の肌に整いすぎている美貌」
「うん。僕も同じに見える。にしても真顔で言うとは」
「言えと言ったのは誰だ」
小さく舌打ち。
「地下、と言っていたな」
いつまでも話していられない。目線は下に。畳敷き。部屋は二つ。いや台所も。
「燃やすか」
「待て! なぜそうなる」
「捜しやすい。そいつもいつ起きるか。起きて騒がれるより」
抱きついてきたのは男の意思。竜には魔法が効きにくいのか。
「それでもやめろ。近くに家がある」
「飛び火するような間抜けはしない」
「そんな所から俺達が出れば、それを誰かに見られれば」
むうう、と顔をしかめ。
「ごちゃごちゃ言っていないで、
はっきりいえば面倒。この姿なら手伝えと言われる。
右手の人差し指を下から上へ。
「浮け」
部屋の畳がすべて浮く。足下の畳も。二人はバランスを崩しかけていたが、立て直し。
それほど高く浮かせていない。畳の下が見えるくらい。地下への入口らしきものはない。浮かせていた畳を下ろし、次の部屋へ。同じように畳を浮かせ。
「
そこの畳だけさらに高く浮かせる。
床板に四角い扉? 大人一人が入れる幅。輪がついているので、下げるか上げるか、すればいいのだろう。
その輪を握り、引き上げようとするが、上がらない。よく見ると鍵穴が。
「鍵を探さないと」
どこからともなくピンを取り出し、鍵穴に。
「お前、一体」
「ただのネズミ」
「ネズミが魔法を使い、鍵でもないもので開けられると。それに今は人の姿」
「細かいことは気にするな」
「これを気にしなくて、何を気にする」
「開いた」
再び、取っ手である輪を握るが、
「重い」
「代われ」
白夜に場所を
「これは、竜でないと持ち上げられないだろう」
裏を見ると、重そうな金属、だろう、くっつけている。人の腕では持ち上げられない。鍵は必要ないのでは。
その金属の端に一本の縄が。下は明るい。階段はない。
「先に下りる」
ぱっと見、上の家と同じ広さ。上とは違い仕切りがない。いや、隅に小部屋が二つ並んで。足下は上と同じ
壁も。土がむき出し、ではなく、壁紙が張られ。上がるには縄一本。
「竜とはこの高さも平気で
入口を見上げ。五メートルはあるか?
「無理だ」
「竜になれば。でも、あの幅では通れない」
白夜、白慈も見上げ。
顔を地下の部屋に。見ていると、小部屋とは反対側の隅に布団らしきものがこんもり。別の隅には服や宝飾品が。
なんと声をかけるか。そこにいるのはわかっている、出て来い。は出にくい、か。
日の光など入ってこない。時間もわからないだろう。寝ているのかもしれない。
「大丈夫? ここから出たいのなら、出してあげるよ。ていうか出たいよね。こんな所」
「あ、なた達は」
水色の瞳は警戒心と恐れが
「君は
「あなた達も、竜?」
「私は、人だ」
「竜の、
「違う。西の魔女から竜に
「わたし、じゃないのね」
女性は目に見えてがっかりと。
「出たいのなら出してあげる。君は攫われて来たの?」
こくりと頷き、
「仕事帰りに。いつも通っている道だから、大丈夫だと思っていたら、いきなり男の人達が現れて」
「おそらく、目を付けられていたのだろう。名前は。捜索願は何人も出されている」
右手に捜索願の出されている紙、人相書きを。
「
「何も、されていない。ご飯は三食出されたし、欲しいものがあればなんでも贈るって。でも、ここから出してくれなくて。わたしは出して、帰してって、ずっと言い続けて」
疲れたように肩を落とし。
「帰りたいのなら、送るよ」
「本当!」
女性は顔を上げ、白慈を見た。
「本当だよ。いくつか教えてほしいんだけど」
「わたしで、わかることなら」
「ここに君を連れて来た男は、見合いで知り合ったと言っていた。他にも人はいた?」
「いたわ。わたしと同じ
「女?」
「ええ。わたし達には女がついていた。一人、だけど。見合いの服、宝飾、化粧まで用意されて。喜んでいる
暮らしが貧しければ。
「場所とか」
「わからない。ここにも、そこにも眠らされて」
弱々しく首を左右に振る。
「出よう、か」
「そうだな」
「抱えて上がらないと」
入口の真下まで来て、白慈は女性を見た。女性は小さく肩を震わせ。
「浮かそうか」
自分も空中に浮かぶ。
「魔法使い?」
「そうだ」
「さっき西の魔女様に頼まれたって」
女性へと手を伸ばすと、恐る恐るだが、手を取る。
「先に上がる」
「いいぞ」
入口へと浮き上がる。
外、まだ家の中だが女性は、ほっと息を吐き。
「あの、男は」
不安一杯できょろきょろしている。
「眠らせている。だが、いつ目が覚めるか」
「帰すとは言ったけど、僕、人の地は詳しくないんだよね。白夜は」
「詳しいと思うか」
「だよね」
「……」
女性はますます不安顔。
「家まで送れないが、知っている町なら送れる。住んでいる町は」
女性が呟いた地は東の地に近い。
「それと、どちらか髪をよこせ」
「「は?」」
「ここには招かれる、連れられて、でなければ来られない。何か
正規の道もあるが、それは使えない。許可が下りるのに何日かかるか。理由も聞かれる。
「君なら竜の目にも
「留まる気はない。いいからよこせ。引っこ抜くぞ。別に髪でなくても、爪、血、目でも」
「目はちょっと。血も」
「これでいいのか」
受け取り。
「かまわない。では、またな」
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