第2話

「やあやあ、どうだい」

 白慈はくじが笑顔で声をかけてくる。場所は西竜王せいりゅうおう様の御殿ごてん

 仕事はある。頼まれごとばかりにかかっていられない。

「何が」

「同居生活は」

「……」

「小さなネズミに振り回されている?」

 楽しそうに。こうなることをわかっていたから押し付けたのか。

 あんなもの、捕らえるべきではなかった。見間違い、とほっておけば。……。今頃どうなっていたか。

白夜びゃくやを振り回すとは」

「一番振り回しているのは誰だ」

「僕と君の仲だろう。で、あのネズミは、ネズミの姿のまま?」

「どういう意味だ?」

「使い魔は魔法使いの命令で動く精霊や動物の総称。猫や犬、鳥などの動物に変身。なんだけど、魔法使いが化けているかもしれないって、母上が言っていただろう」

「ああ」

 そんなものがいるとは知らなかった。

「こちらの質問にすらすら答える。その様子からして、色々言われているのだろう。使い魔がそこまで主張する?」

 確かに。この五日間を振り返る。

 家にある食料を勝手に食べ、そこら辺に跡形けいせきが。寝床を用意しろと言うし、本棚の本を取ろうとして、本の下敷き。本は散乱。テーブルにネズミの足跡。

「君が見ていないところで元の姿に戻っているの、かも」

 適当なことを。

「怪しい者を見つけた。当たりかはわからないが」

「……早いね」

「ついてこい」

 白慈はくじも頼まれている。そして西竜王様の息子。

「今から、じゃないよね」

「明日だ。今日は帰る。これ以上家を荒されたくない」

 留守中も何をしているやら。連れて回るのも、と思い、家に置いていたが。

「わかったよ。それじゃ、また明日」

「ああ、明日」

「と、そうだ。この件、父上に伝えている」

西竜王せいりゅうおう様に」

「今のところ急ぎの用事はない。竜の名誉のためにも協力しろ、だって。母上が頼んだのもある。父上は母上に弱いから」

 白慈はくじは小さく肩をすくめ。

「それに父上に黙って動くのは。話しておけば、何かあった時に」

 許可はとっていると言える。西竜王様の命でもあると言えば、どんな者も。

「わかった。それでは明日」


「何を、しているんだ」

 家は散らかっていない。いないが、木桶きおけに白い毛並みのネズミが浮いている。出る時にこんな物を用意した覚えはない。

「見てわからないか。風呂」

 おけの近くにはタオルが用意されて。

「自分で用意したのか」

「ここの風呂は深すぎる。おぼれるような間抜まぬけはしないが、水がもったいない。いつ帰ってくるかもわからない。このサイズなら」

 この小さな体で湯をかせるのか? 水風呂? と指を入れると、温かい。一体どうやって。

「ご飯は」

「……作る」

 こんな調子だ。

 昼は作り置きしたものを。小さな体のどこに、というほど食べる。一人前はぺろりと食べる。

「当たりかわからないが、明日、怪しい者の家を訪ねる」

「行く」

 おけから出て、タオルに包まれている。

「むう。こちらも捜していたが、そちらが先に見つけたか」

「……捜して、いたのか」

「ごろごろしていたと言いたいのか。ちゃんと捜していた。失礼な。そっちこそ。身内の不祥事を隠そうと奔走ほんそう

「していない」

 持っている包丁を投げたいが。八つ当たりに野菜を切る手に力が。入りすぎればまな板ごと切りかねないので、注意して。

「この地にも罪人はいる。ここは西竜王せいりゅうおう様の御殿ごてん近く、膝元ひざもと。そんな場所にろうは作れない」

 牢があるのははし。断崖絶壁といってもいい。

「そこに行って、町でも情報収集して」

 牢の者はなかなか口を開かなかったが。

「その牢とは、どこに」

「逃がされては困る」

「逃がすか。聞き耳を立てに行く」

「却下」

 なるほど、白慈はくじの言う通り。すらすら答える。不自然な間があるわけでもなく。

 そのネズミは不機嫌に、テーブルを足で叩いていた。



 小さな体で歩くのと、肩に乗って歩くのでは、歩幅が違い、白夜びゃくやの足の長さもあるのだろう。速い。背も高いので視線も高く。鍛えているのか、筋骨隆々ではないが無駄のない体つき。

 町を道から、屋根から見ていた。世間話しも聞いて。女性達の井戸端会議にも。さらに姿を変え、さぐっていたが。

 こういうのは苦手だ。西の魔女はよくこんなことをやれる。いや、弟子がやっているのか。あそこは弟子が多い。

随分ずいぶん、歩くな」

「肩に乗っているだけだろ」

「楽だぁ」

「落とそうか」

 並んで歩いている白慈はくじは楽しそうに笑っている。

「純粋な竜は御殿の近くに住んでいる。つとめている者も。離れた場所から来る者もいるけど」

「純粋な竜、それに近い者は近くで、人に近い者は離れている?」

「そうだね。父上はそういうのは関係なく、才能のある者を採用しようとしている。ただ、純粋な竜の中には、それを嫌う者も」

「ここはまだ良い方だ。南竜王なんりゅうおう様の所ははっきり分けている。他の竜の治める地から、純粋な竜をさらうとも」

「そう言うものじゃないって注意したいけど」

「事実、迷惑している?」

 その通りなのか、何も言わない。

 西竜王せいりゅうおうむ屋敷、御殿というらしい。の周辺は大きく広い平屋、庭付きの家が多い。白夜びゃくやの家も小さな庭があるので、花や野菜を育てていた。離れるにつれ家は小さく、庭もない。

 何軒か並んでいる。そのなか、一つの家の前で止まった。

「ここは男が一人で暮らしている。最近、女物の服や小物、食事も一人分より多く買っていく。友人知人を集めて騒ぐわけでもないのに。女性の出入りもない。結婚したとも聞かない」

「怪しいね」

 白慈はくじも頷き。笑顔だが目は笑っていない。白夜びゃくやは真剣な表情。

「女性にみついで、失恋。自棄やけ食い、もあるけど」

 人と変わらないな、と聞いていた。

 白夜は閉められている扉、玄関から声をかけていた。

 待っていると、男が出てくる。二人とそう変わらない年齢。二十代、に見える。実際二十代ではないだろう。容姿は二人に比べるべくもなく。二人が上。整っている。特に白慈は。女性なら誰でも振り返る容姿。男も振り返っていた。出てきた男は平々凡々。背丈、体格も。

 男は二人を見て驚いていた。

「な、何か用か」

「人を捜している」

「人?」

「ああ。女性だ。なんでもさらわれたらしい」

「それが、おれとどう関係が」

 こっそり見ていたが、男の顔は引きつっている。暑くもないのに汗が。

「色々聞いている。入っても」

 男は舌打ち、だが二人を家の中に入れ。

「いなかったら、どう責任を取ってくれる」

「謝罪はする。協力してくれた礼も。その女性の親は竜がさらったと。竜に悪い感情を持たれたくない。潔白を証明したい」

「悪い感情、ね」

 男は繰り返し。

 この家も木製の廊下、障子しょうじ戸。廊下は歩くときしきしと音が。

「部屋は二つ。あとは台所と風呂、便所。好きに調べてくれ」

 そう言うと廊下で腕組みをして。

 二人はかれて部屋を捜す。広い部屋ではないので、時間もかからず。

 男は先ほどと変わり、にやにやして見ている。

 押入れ、天井裏まで捜しても見つからず。

「女物の服、小物も見つからない」

 白夜びゃくやは顎に手をあて、呟いて。

「気は済んだか」

 男は笑みを浮かべ。

 済んでいないのだろうが、何も出てこない以上。

「本当に何も知らない?」

 白慈はくじは笑顔で。

「なんのことだ」

 男はひるみながらも虚勢きょせいなのか、笑い。

「あんたらはいいよな、半端はんぱものでも、相手は選べる。良い仕事にもいて。それに比べ、同じ半端ものなのに、おれは」

 話しが進みそうにない。白夜びゃくやの肩を下り、

「本当に何も知らないのか」

 白夜の背から出て、男に近づく。男は大きく目を見開き。それは白夜と白慈も。

「何か知っていれば」

 男の近くまで行き、足を止めた。

 目線はネズミより高い。男は頭半分背が高い。

「け」

「け?」

 それとも、けっ、か。

「結婚してくれ!」

 平手で右頬を打つと男はよろけ。

「そんなことは聞いていない。知っていることを吐け」

 冷たい口調、目で男を見る。男もじっと見返し。

「結婚してくれるんなら、教えてやってもいいが」

 ゆがんだ笑み。

「知っている、ということか」

「どうだろうな」

 にやにやして、頭のてっぺんから足の先を見る。不快な視線。

「知っていることを、話せ」

 再び、はっきりと。

「地、下」

 男の目はぼんやり。

「地下?」

「そう、だ。地下にいる。話しを、聞いてくれない、逃げようとするから」

「閉じ込めているのか」

 腕を組む。白い毛におおわれたネズミの腕でなく、人の腕、手。

ひどい、ことはしていない。丁重にもてなしている。泣いて、話しを聞いてくれない、から」

 地下に閉じ込めておいて。

「その女とはどうやって知り合った」

「見合いで」

「見合い?」

「高額だが、月に一度、そういう集まりがある。そこにいた女性と」

 婚活パーティー、というやつか、行ったことがないので、詳しくないが。

「おれのような半端はんぱものには、そういう場で会った女性しか。主催者に金をめば、好みの女性を家まで」

「……最低だな」

 振り返り、二人を見た。見られた二人は固まっていたが。

「知らなかったよ。そんな集まりがあったなんて」

「ばれないよう、不定期、場所も変えている、知られないよう極秘。話せば二度と呼ばれない」

「うん。知らなくて当然」

 白慈はくじは頷き。そんな白慈を半眼で見た。

 白夜びゃくやが動く。肩を引かれ。それまでいた場所に男が。

「……」

 引かれなければ抱きつかれていた。男の目はじっとこちらを。熱い視線。

 うんざりして。

「眠れ」

 右手を振ると、男はその場に倒れた。

「おい」

 白夜は男に寄り。

「眠らせただけだ。聞くことは聞けた」

 腕を組み、顎を上げ、ふん、と鼻から息を吐く。

「今までぺらぺら話していたのは」

「魔法だ。何か知っていそうだったから。あのまま言い合っていても」

「そうだね」

「にしても、なんで襲い掛かってきた? そんなことは」

「え~と、君、自分の容姿、わかっている」

「お前達の目にはどう映っている?」

「美人。それもかなりの」

「自分だって美人だろう」

 呆れ半分で白慈はくじを見た。

「……。見た者の理想の姿に映るように」

白夜びゃくや、君の目にどう映っている。僕と君とでは違う」

「長い黒髪、澄んだ空色の瞳。雪白の肌に整いすぎている美貌」

「うん。僕も同じに見える。にしても真顔で言うとは」

「言えと言ったのは誰だ」

 小さく舌打ち。

「地下、と言っていたな」

 いつまでも話していられない。目線は下に。畳敷き。部屋は二つ。いや台所も。

「燃やすか」

「待て! なぜそうなる」

「捜しやすい。そいつもいつ起きるか。起きて騒がれるより」

 抱きついてきたのは男の意思。竜には魔法が効きにくいのか。

「それでもやめろ。近くに家がある」

「飛び火するような間抜けはしない」

「そんな所から俺達が出れば、それを誰かに見られれば」

 むうう、と顔をしかめ。

「ごちゃごちゃ言っていないで、たたみの下を調べよう」

 白慈はくじは畳に手をかけ。

 はっきりいえば面倒。この姿なら手伝えと言われる。

 右手の人差し指を下から上へ。

「浮け」

 部屋の畳がすべて浮く。足下の畳も。二人はバランスを崩しかけていたが、立て直し。

 それほど高く浮かせていない。畳の下が見えるくらい。地下への入口らしきものはない。浮かせていた畳を下ろし、次の部屋へ。同じように畳を浮かせ。

すみに」

 白夜びゃくやが部屋の隅を指す。

 そこの畳だけさらに高く浮かせる。

 床板に四角い扉? 大人一人が入れる幅。輪がついているので、下げるか上げるか、すればいいのだろう。

 その輪を握り、引き上げようとするが、上がらない。よく見ると鍵穴が。

「鍵を探さないと」

 白夜びゃくやはそう言うが。

 どこからともなくピンを取り出し、鍵穴に。

「お前、一体」

「ただのネズミ」

「ネズミが魔法を使い、鍵でもないもので開けられると。それに今は人の姿」

「細かいことは気にするな」

「これを気にしなくて、何を気にする」

「開いた」

 再び、取っ手である輪を握るが、

「重い」

「代われ」

 白夜に場所をゆずる。重かった扉? は、簡単に開き。

「これは、竜でないと持ち上げられないだろう」

 裏を見ると、重そうな金属、だろう、くっつけている。人の腕では持ち上げられない。鍵は必要ないのでは。

 その金属の端に一本の縄が。下は明るい。階段はない。

「先に下りる」

 白夜びゃくやは縄も握らず、飛び下り。続いて、浮遊の魔法を使い、下りた。そのあと白慈はくじが。

 ぱっと見、上の家と同じ広さ。上とは違い仕切りがない。いや、隅に小部屋が二つ並んで。足下は上と同じたたみが敷いている。窓はないが、匂いがこもってはいない。どこかで換気しているのだろう。

 壁も。土がむき出し、ではなく、壁紙が張られ。上がるには縄一本。

「竜とはこの高さも平気でべるのか」

 入口を見上げ。五メートルはあるか?

「無理だ」

「竜になれば。でも、あの幅では通れない」

 白夜、白慈も見上げ。

 顔を地下の部屋に。見ていると、小部屋とは反対側の隅に布団らしきものがこんもり。別の隅には服や宝飾品が。

 なんと声をかけるか。そこにいるのはわかっている、出て来い。は出にくい、か。

 日の光など入ってこない。時間もわからないだろう。寝ているのかもしれない。

「大丈夫? ここから出たいのなら、出してあげるよ。ていうか出たいよね。こんな所」

 白慈はくじが優しく声をかける。布団がもそもそ動く。恐る恐るこちらを見ているのは亜麻色の髪の女性。

「あ、なた達は」

 水色の瞳は警戒心と恐れが一杯いっぱい

「君はさらわれて来たの?」

「あなた達も、竜?」

「私は、人だ」

「竜の、伴侶はんりょ?」

「違う。西の魔女から竜にさらわれた女性を捜してくれと頼まれた。明るい茶色の髪、髪と同じ色の瞳。二十歳のアエリという女性だ。知らないか」

「わたし、じゃないのね」

 女性は目に見えてがっかりと。

「出たいのなら出してあげる。君は攫われて来たの?」

 こくりと頷き、

「仕事帰りに。いつも通っている道だから、大丈夫だと思っていたら、いきなり男の人達が現れて」

「おそらく、目を付けられていたのだろう。名前は。捜索願は何人も出されている」

 右手に捜索願の出されている紙、人相書きを。

ひどいことはしていないと思うけど」

 白慈はくじは心配顔で。

「何も、されていない。ご飯は三食出されたし、欲しいものがあればなんでも贈るって。でも、ここから出してくれなくて。わたしは出して、帰してって、ずっと言い続けて」

 疲れたように肩を落とし。

「帰りたいのなら、送るよ」

「本当!」

 女性は顔を上げ、白慈を見た。

「本当だよ。いくつか教えてほしいんだけど」

「わたしで、わかることなら」

「ここに君を連れて来た男は、見合いで知り合ったと言っていた。他にも人はいた?」

「いたわ。わたしと同じさらわれてきたは泣いて。自分から来たもいた。暮らしが貧しい、旦那や恋人から暴力をふるわれている。竜の伴侶はんりょになりたい。理由は様々。竜は女性に頭が上がらない、欲しいものはなんでも与えてくれる。幸せな未来が待っているって、女に説明されて」

「女?」

「ええ。わたし達には女がついていた。一人、だけど。見合いの服、宝飾、化粧まで用意されて。喜んでいるもいたけど」

 暮らしが貧しければ。

「場所とか」

「わからない。ここにも、そこにも眠らされて」

 弱々しく首を左右に振る。

「出よう、か」

「そうだな」

 白慈はくじはおいでおいでと手招き。女性は恐る恐る立ち上がり、傍に。

「抱えて上がらないと」

 入口の真下まで来て、白慈は女性を見た。女性は小さく肩を震わせ。

「浮かそうか」

 自分も空中に浮かぶ。

「魔法使い?」

「そうだ」

「さっき西の魔女様に頼まれたって」

 女性へと手を伸ばすと、恐る恐るだが、手を取る。

「先に上がる」

 白夜びゃくやが下がっている縄を手に取り、上がっていく。

「いいぞ」

 入口へと浮き上がる。白慈はくじも縄に手を。

 外、まだ家の中だが女性は、ほっと息を吐き。

「あの、男は」

 不安一杯できょろきょろしている。

「眠らせている。だが、いつ目が覚めるか」

「帰すとは言ったけど、僕、人の地は詳しくないんだよね。白夜は」

「詳しいと思うか」

「だよね」

「……」

 女性はますます不安顔。

「家まで送れないが、知っている町なら送れる。住んでいる町は」

 女性が呟いた地は東の地に近い。

「それと、どちらか髪をよこせ」

「「は?」」

「ここには招かれる、連れられて、でなければ来られない。何かつながりのあるものがあれば、私は来られる。捜している者を見つけていないし、な。送りに戻って、ここに来られなければ」

 正規の道もあるが、それは使えない。許可が下りるのに何日かかるか。理由も聞かれる。

「君なら竜の目にもまりそうだけど」

「留まる気はない。いいからよこせ。引っこ抜くぞ。別に髪でなくても、爪、血、目でも」

「目はちょっと。血も」

 白夜びゃくやは無言で髪を一本。

「これでいいのか」

 受け取り。

「かまわない。では、またな」

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